チャプター6 予言
照和46年7月某日。
雪子はパチンコ店に居た。
もちろん、小学一年生が一人で来て良い場所ではない。
子守がてら、父親に連れて来られたのであった。
さっきから、父の出玉が良くない。
雪子は暇つぶしに、その辺に落ちているパチンコ玉を拾っていた。
でも正直、内心ウズウズして、もうがまんできなくなっていた。
「ねえ、お父さん。」
「何だい、雪子。今、ちょっと忙しいんだけどな。」
パチンコ台に向かいながら返事をする父。
「大きな声では言えないんだけど…。」
「何だって?聞こえないよ。」
当然店内は、あんな音やこんな音でやかましい。
しかたなく隣の席に乗って、雪子は父の耳元で内緒話の姿勢をとる。
「たぶん、コッチの席の方が玉がたくさん出るよ。」
囁くように伝える雪子。
「ええ?」
いぶかしげにコッチを見る父。
「何で?」
「なんとなく…。」
ばつが悪そうに半笑いの雪子。
「ホントかなあ。」
とか言いながら、席を移動する父。
「…まあ、やってみてよ。」
できるだけ、素知らぬ顔を決め込む雪子。
数分後、事態は急転する。
大量の出玉をゲットした父は、早々に遊びを切り上げ、早速それを換金しに行ったのだった。
パチンコ玉は、現金3万円と少しばかりのお菓子に化けた。
おかげで雪子は、ようやく騒音から解放され、お菓子を得たのだった。
先ほど雪子は、ちょっとだけ未来の店内をのぞき見したのだった。
内心、このチカラの使い方は良くないことだと自覚している。
でもあの店内の騒音には、とても耐えられなかった。
それに彼女の父は、こういう遊びの引き際をよく心得た人物であった。
以前、こんなこともあった。
テレビで競馬を見ていた時のことである。
「4番の馬が一等賞だね。」
パドックの様子を見ながら、うっかり雪子がつぶやいたのである。
彼女の父は聞き逃さなかった。
すぐ電話をとると、相手側となにやらボソボソと交渉していた。
雪子は後で知ったのだけれど、競馬の馬券は直前まで電話で買えるらしい。
さらに後で知ったのだが、電話の相手は「ノミ屋」で違法らしい。
そのレースは「皐月賞」といって、その業界では有名らしかった。
彼女の父はだいぶ儲かったようである。
そんなことを思い出しながら、雪子は父に手を引かれて店の外を歩きだす。
ふと自分を見ている視線に気づくと、向かいの床屋の前で、学生服の青年がこちらを見ていた。
それは雪村君だった。
雪子は思わず小さく手を振った。
しかし彼は苦笑しながら、右手の人差し指を左右に振った。
そして口パクで「ダメだよ。」と言っているようだった。
「わかってる。」
雪子も口パクで返して、ウインクして舌をペロリと出して見せた。
ちなみに、日笠陽子氏による「てへぺろ」普及は、これから38年後のことである。




