チャプター19 卒業
照和55年4月某日。
高校の入学式を明日に控えた雪子は、自室でセーラー服の試着をしていた。
中学三年間に着ていたものと似ているが、やはり一味違う。
感慨深げに姿見の前で一人悦に入っていると、背後に雪村が現れた。
「雪子さん、中学卒業と高校合格おめでとう。」
出て来るや否や雪村が言う。
「ありがとう。いつの日かあなたにも言ってあげるわね。」
すかさず返事をする雪子。
「それ、知ってます。」
ニコニコ顔の雪村。
「その制服、朝日ヶ丘高校ですね?」
「そう、旭丘高校よ。」
二人は時空のズレによる漢字の違いに気づいてはいない。
「確か、私服登校OKでしたよね?」
「そうなの。でも私、この制服が気に入っているのよ。」
「だからずっと、アバターとして使用していたのですね。」
「えっ?」
「そのうちに分かりますよ。」
またもニコニコする雪村。
「例の研究も順調に進んでいるみたいですね。」
「うん。守山区の志段味あたりに手ごろな土地を見つけたの。じきに研究所も完成するわ。」
「それは楽しみですね。」
「高校三年間のうちに、まずは様々な並行世界を観測してみるわ。次に精神体のシンクロ実験。」
「もちろん、被験体は自分ですよね?」
「当然。こんな楽しいこと、他人になんかにやらせないわ。」
「そして最後にきっと、アナタの所へ行く。」
「待ってますよ。」
「生まれてすぐのところから、しっかり観測してあげるから、覚悟しておいてね。」
「それは素敵だ。」
「…。」
「たぶん僕がこっちに来るのは、これで最後のような気がします。」
「そう…なんだかちょっと寂しいかも。」
「僕なりに雪子さんの役に立った気がするので、まあ満足してます。」
「…ねえ。私はこれから、上手くやれるかしら?」
「もちろんですとも。貴女は時空の神です。」
「それは褒め過ぎ。」
二人は声を上げて笑った。
「じゃあ、これでお別れです。」
「またね。」
「ええ、またいつか、ボクの時空の過去でお会いしましょう。」
手を振りながらそう言って、雪村が消えた空間を、雪子はいつまでも見ていたのだった。
追記
実際に雪子が、雪村のところにアバターを送り込むまでには、ナンヤカンヤの事件があるのだが、それはまた別の話である。
以下、新章①「証和の雪子」に続きます。




