チャプター17 決着
雪村はふと、自分の服装が気になった。
大丈夫だ。ジャージを着た姿だ。
どうやらこの場面では、そのように調整されているらしい。
この「召喚」がいよいよ「未来の雪子さん」の仕業らしく思えてきた。
今さら当たり前のことだが、雪子さんも京子さんも、同じエンジ色の、ジャージのセットアップを着ていた。
パジャマ代わりに学校指定のジャージを着ることが、我が校の伝統なのだ。
そのせいで、暗がりでは存在を視認しずらい。
願わくば、クマに対してもそうであって欲しいものだ。
雪村がそんなことを考えていると、おもむろに雪子が口を開いた。
「京子さん、頼めるかしら。」
彼女は無言でうなづくと、水筒のフタを開けて、中身のお茶を空中にぶちまけた。
ほぼ同時に、彼女が両手をかざすと、手の間で氷の球体が出来上がる。
ソフトボール大のそれを、雪子がチカラを使ってクマに向かって飛ばす。
正確にコントロールされた氷の球体は、大きく開けたクマの口に飛び込んだ。
気道が塞がったクマはジタバタ暴れだし、再び体のバランスを崩した。
すかさず雪子は、地面の砂利を100個ほど空中に浮かせて、クマに向けて素早く飛ばした。
幸いなことに、キャンプサイトには」砂利が山ほどあった。
次々に飛んでくる石つぶてを浴びながら、ジリジリと崖に向かって後退するクマ。
もう一息だ。
「今よ。杉浦君!」
そう言う雪子さんのセリフに呼応して、クマのすぐ脇の木陰から、何か棒状の物を持った人影が突進する。
彼はそのまま勢いよく、手の持ったモップでクマの心臓あたりを突いた。
クマは仰向けになり、もんどりうって崖下の渓流に転落していった。
クマの唸り声が段々小さくなり、そして消えた。
「やったのかな?」
杉浦君がつぶやく。
と、同時に、周りからパチパチと拍手の音が聞こえだした。
最初まばらだったそれは、段々と人数が増えて、最後は割れんばかりの大拍手になった。
いつの間にか生徒たちがみんな、テントの外に出ていたのだった。
ふと気づけば、空がもう明るくなり始めている。
「お~い。まだ起床時間じゃないぞ。何を騒いでいるんだ。」
保健体育の水野先生が管理棟から出てきた。
「杉浦君がクマを撃退したんです。」と雪子。
「そうなんです。私も見てました。」口裏を合わせる京子。
すると皆が、堰を切ったように口々に同じことを言いだして、現場はちょっとしたカオスになった。
「わかった、わかった。まずは一旦みんなテントへ戻りなさい。」
さすがは生徒指導担当教諭。みんなすごすごとテントへ戻って行った。
「杉浦と真田、村田はこっちに来なさい。」
三名は先生の管理棟へ連れて行かれた。
ところで、みんなどこからどこまで見ていたのだろう?
最初は暗かったから、雪子さんと京子さんの行いは見えなかったはずだ。
多分、二人して杉浦君を英雄に仕立て上げるつもりなのだな。
これでまた一つ、「神童」杉浦君の伝説が増えるわけだ。
そう思うと、雪村は一人でニヤニヤしてしまうのだった。
「さて、そろそろ帰るとするか。」
そうつぶやくと、テントの裏に隠れていた雪村は、自分の時空に戻って行った。




