チャプター15 野営
照和53年7月某日。
二年生になった雪子は、学年行事の稲武野外学習に参加していた。
これは、みんなでちょっとした山の中に入り、飯ごう炊さんやキャンプファイヤーやハイキングなどをして、親睦を深めるものである。
雪子はこの行事中も、相変わらず隙あらば友だち勧誘に努めていた。
この二泊三日の行事では、一泊目はキャンプ場のテントで、二泊目は建物内で宿泊の予定だった。
そして事件は一泊目に起こった。
一日目のカレー作りが終わり、みんなは食器類を洗ったり、備品を片付けたり、生ごみを捨てたりしていた。
雪子は、キャンプ場の一番下にある生ごみの捨て場所が、何となく気になっていた。
だから率先してゴミ捨て係を引き受けた。
第一キャンプサイトのゴミ捨て小屋は、頑丈そうな金属のフレームで囲まれており、鉄格子に金網のついたドアの開閉には、南京錠のカギが必要だった。
しかしこの片付け時間だけは、係の先生が開けてくれていたので、ドアの中のポリバケツに、ゴミを捨てることができた。
ポリバケツにフタをしながら、臭いが気になる雪子であった。
テント前のカマドに戻る緩い登り坂の途中で、杉浦君に出会った。
軽く挨拶して通り過ぎるときに、雪子は彼に呼び止められた。
「真田さん、ちょっと。」
「なあに?こんなところで愛の告白かしら。」
「真面目な話です。なんだか今夜、イヤな予感がするんです。」
「あら、奇遇ね。私もよ。」
「じゃあ、お互い用心しましょう。」
「注意喚起ありがとう。頼りにしてるわよ。」
「そりゃ、どうも。」
小声でこんなやり取りをした後、彼は自分のテントへ戻って行った。
その様子を遠くから観察している人物が居た。
それは炊事場で皿を洗っていた村田京子であった。
人間は、過去の記憶を部分的に忘れたり、目や耳などから入った情報をある程度無視することで、なんとか正気を保っていられる生き物である。
誰もが無意識にそうすることで、頭脳や精神がパンクすることを避けているのだ。
それは、超人の領域に足を突っ込んでいる鷹志と雪子とて、例外ではない。
シームレスに毎回未来を読んでいては、カラダがもたないのである。
それでも、少し未来の危険察知能力は働く。
これが生きる本能とでも呼ぶべきものなのであろう。
夜になり、多目的ホールに移動すると、楽しいキャンプファイヤーの時間になった。
まず山の神に扮した学年代表の杉浦君が、呪文を唱えると、中央の井桁に火が着くという演出で始まった。
それを見ながら雪子は「今のはチカラじゃなくてトリックよね?」とつぶやいてしまった。
もちろん、周りのみんなは杉浦君に夢中で誰も聞いていない。
後で杉浦君に問いただしたら、「いやだなあ。理科の基礎知識でできるマジックファイヤですよ。」だそうな。
その後は、トーチに火をつけてダンスをするチームの出し物を見たり、炎をみんなで囲んでフォークダンスをしたりした。
やがて閉会となり、ファイヤーロードを通ってキャンプ場へ戻ると、一日目のテント泊が始まったのだった。




