悪役令嬢扱いされた不憫な子、セカパを作る
「ユーミリア、聞いてください。本当に彼女とは疾しい関係ではないのです。ただ、彼女は幼馴染で…家が困窮しているので、できる限りの援助をしつつ心のケアも出来ればと…」
「だからって屋敷にまであげなくても!」
「屋敷には僕の家族も使用人たちもいます、疾しいことなどできるはずもないでしょう?」
「だからって!」
婚約者を責め立てる。
婚約者は今、異性の幼馴染を庇護下に置いている。
婚約者はその子をただの幼馴染だと主張するが、明らかに私よりもその子との距離感の方が近いし正直イライラする。
「ユーミリア、僕の顔を立てると思って今は我慢してください。ね?」
「…」
結局私は、婚約者に宥められてそれ以上何も言えなくされた。
本当は、いっぱい文句があるのに上手く言語化出来なかったから。
「…というのが昨日の話ですわ、伯父様」
「なるほどなぁ。ユーミリア、辛かっただろう」
「ええ、この上なく」
伯父様がちょうど遊びに来たので愚痴る。
伯父様はお父様の兄だが、お父様やお母様より私に甘い。
なんでも伯父様の家には男の子ばかりが生まれたから、私が娘のようで可愛いのだとか。
反対に私の家は私しか子供がいなくて、近々伯父様の次男…長男の次に優秀だと言われる従兄が養子に来ることが決まっていて、お父様とお母様はその従兄ばかりを可愛がっている。
ということで、婚約者のことでお父様やお母様には愚痴ることは出来ないが、伯父様には愚痴れる。
「ユーミリア、クラウドくんはユーミリアを愛していると思うか?」
「いいえ、思いません」
だって、婚約者が私を愛してくださっているのなら異性の幼馴染など側に置かないでしょう?
「では、ユーミリアはクラウドくんを愛しているのか?」
「え、もちろんですわ。でなければ嫉妬などしませんもの」
「本当にそうか?自分の『婚約者』が他所を向いているのに憤慨しているだけではないのか?」
「…え」
それは新しい視点だった。
そしてストンと腑に落ちた。
今まで彼の婚約者として、と勉強に社交に頑張ってきた。
それは彼の婚約者として当然のこと。
でもそれは恋心故ではなく、義務感からだったかもしれない…そしてその義務感故、あの幼馴染が許せなかったのかもしれない。
「…そうですわね、そうかもしれませんわ」
「そうか。それでユーミリア、クラウドくんの愛おしいララ嬢を傷つけたいと思うか?」
「さっきまでは思っていましたが、今は思いませんわ」
「ではクラウドくんを傷つけたいと思うか?」
「さっきまでは思っていましたが、今は思いませんわ。なんだか、急にどうでも良くなりましたわ。どうせ義務的な婚約ですもの。立場がこれ以上悪くならないよう、今からでも上手く立ち回れるように気をつけるだけですわ」
伯父様は私の言葉に満足そうに頷いた。
「ユーミリアは本来優しい子だからな!嫉妬など似合わない!」
「ふふ、そうですか?でも、さっきまで悪い子でしたのよ?」
「嫉妬させる方が悪い!」
「ふふふっ!伯父様ったら、本当に私に甘いんですから!」
「可愛い可愛いユーミリアを甘やかさずにいられるものか!それでな、ユーミリア。一つ提案なんだが」
伯父様は、悪い顔で私に囁いた。
「セカンドパートナーを、作ってみないか」
「セカンドパートナー…ですの?」
「ああ!」
セカパ、セカンドパートナー。
貴族社会では仮面夫婦も多い。
真に愛する『愛人』を『セカンドパートナー』と呼んで美化する風潮がこの国の貴族社会にはある。
「おそらくだが、クラウドくんとララ嬢はセカンドパートナーの関係にあるのではないかな?」
「それは私も思っていたことですわ」
「だろう!あちらが婚前からセカンドパートナーを作るなら、こちらも婚前からセカンドパートナーを用意したところで責められることはない」
「そうかしら?」
「そうだとも!だってもうクラウドくんとララ嬢の仲の良さは社交界でも噂だからな!」
ああ、そうだ。
婚約者とその幼馴染は、社交界でも噂の的だ。
おかげで私はなにも悪いことをしていないのに、二人の仲を引き裂く『悪役令嬢』と噂されている。
思えば不当に『悪役令嬢扱い』されていたことも、二人への不満の種だったのかもしれない。
「私の可愛いユーミリアが悪役令嬢扱いされていたのにはイライラしていたが、ユーミリアがもうあの二人に何も思わないというならあの二人から距離を取ればいい。二人は二人の世界に浸れる、ユーミリアは精神的に楽になれる、ユーミリアを悪役令嬢呼ばわりしていた輩はすぐに飽きてそれ以上騒がなくなる!その間にセカンドパートナーも用意して、これで誰も傷つかない!」
「なるほど、そうですわね。とりあえずお二人からは距離を置きますわ。それで噂はなんとかなりそうですものね」
「ああ!」
「あとはセカンドパートナー…ですけれど」
伯父様は豪快に笑った。
「ははははは!心配するな!伯父様がお前の気に入った奴隷を好きなだけ買ってやろう!それを飼えばいい!」
「伯父様、ありがとう」
ということで伯父様からお父様にも話が行って、私は奴隷を飼う許可を得た。
「これが奴隷オークションですのね…」
「素晴らしいだろう!」
「伯父様、本当にどんな奴隷でも気に入ったものを買ってくれますの?」
「ああ、もちろんだ!」
そして奴隷オークションは始まった。
だけど、どの奴隷にもイマイチ心が動かない。
やっぱりセカンドパートナーなど辞めておくか…と思っていた時だった。
「続いては、亡国の第三王子!どの奴隷よりも見目麗しい、褐色の美少年です!」
それは、我が国では見られない褐色の美少年だった。
我が国では白い肌の人がほとんどで、肌を焼こうとしても赤くなるだけ。
けれど彼は、綺麗な褐色の肌で…エキゾチックで、とても美しいと思った。
「伯父様、彼がいいわ」
「うむ、競り落としてやろう」
伯父様は言葉の通り、見事に彼を競り落とした。
彼…奴隷の少年は、喋れないよう喉を焼かれていた。
そして、主人に絶対服従となるよう奴隷刻印を受けていた。
私はセカンドパートナーへの最初のプレゼントとして、焼かれた喉も戻して奴隷刻印も消せるハイポーションを与えた。
伯父様は心配そうにしていたが、喉を取り戻し奴隷刻印が消えた彼は言った。
「こんな、こんなに良くしてもらえるなんて…ありがとうございます、ご主人様…!」
私は彼の奴隷刻印を消したことで、彼に消えない忠誠心を刻みつけたのだ。
「俺はファイズ。ご主人様に忠誠を誓います」
「なら、どうか私のことはユーミリアと呼んで」
「ユーミリア様…」
恍惚とした表情で私の名前を呼ぶファイズ。
伯父様は感心したように頷いた。
「さすがユーミリア。優しさで人を惹きつけるとは」
「ふふ、伯父様は言い回しがお上手ね」
「いやいや、本当に感心しているんだ」
「ふふふっ」
こうして私は、絶対に私を『愛して』くれるセカンドパートナーを手に入れた。
それから半年。
この半年で、ファイズに私の『執事』となるための教育を受けさせた。
元々亡国の第三王子、教養は十分。
半年で完璧な執事となった。
その間に、私はファイズとの間に『愛』を育んだ。
「ファイズは元々私を愛してくれていたから、あとは私がファイズを愛するだけだった」
そして、私もファイズの献身的な愛に絆されいつしかファイズを愛するようになった。
こうして私は素晴らしいセカンドパートナーを手に入れたのだ。
そんな私の元に、久しぶりに…実に半年ぶりに、婚約者からの手紙が届いた。
内容は…。
「幼馴染の実家がようやく持ち直して、幼馴染も良い家に嫁に行くことが決まったから屋敷を出た。久しぶりに一緒にデートに行かないか…?」
なんと、私がセカンドパートナーを作っている間に彼はフラれてしまったらしい。
可哀想に。
ちなみにこの半年でいつのまにか私の『悪役令嬢』という汚名は消え去り、むしろお二人の仲を見て見ぬふりをするしかなかった『悲劇的な健気なご令嬢』と言われるようになった。
人の噂とはなんと無責任で、移り変わりの早いものか。
ララ様も、きっとクラウド様から離れて他所に嫁ぐ際色々言われるだろう。
「クラウド様も、色々噂されるでしょうね」
ああ、可哀想に。
私は何もして差し上げないけれど。
「お久しぶりです、ユーミリア。元気そうでよかった」
「お久しぶりですわ、クラウド様。ララ様のことはもう平気ですの?」
「ええ。彼女の実家はすっかり立ち直りましたから、彼女もすっかり元気を取り戻しました。僕もそんな彼女を見られて安心したのですよ」
「それはよかった」
「では、デートに行きましょうか」
手を差し伸べられて、手を取る。
仮面夫婦になるにしても、人前では仲良く振る舞わないといけないから。
そんな私とクラウド様の様子に、切なそうにするファイズに安心する。
ああ、私は本当に愛されているのね…。
大丈夫よ、愛しているのは貴方だけよ、とこっそりアイコンタクトを送ると彼は途端に嬉しそうに笑った。
それが可愛くて可愛くて…私はデート中終始ご機嫌だった。
しばらく、婚約者の方からデートに誘われることが多くなった。
デートするたび、婚約者は私のセカンドパートナーである執事をなんだか不穏な目で見つめていた。
そしてある時言われた。
「ねえ、ユーミリア。まさか彼は君の…セカパでは無いですよね?」
「いえ、セカンドパートナーですわよ?」
「…!?嘘だ、なんでっ…」
「クラウドくん」
「あ…公爵閣下…」
私の屋敷の中でそんな話になったからか、ちょうど良く伯父様が来た。
「ねえ、クラウドくん。我が姪っ子が君とララ嬢が仲良くやっている間、なんて呼ばれていたか知っているかな?」
「え?」
「悪役令嬢…君とララ嬢を引き裂く、悪役令嬢と呼ばれていたんだ」
「なっ…」
「我が姪っ子は、君とララ嬢の距離感の無さに傷つき、周りの噂に傷つけられた。でも、君はユーミリアとちゃんと話し合いすることはなかっただろう?ただユーミリアを宥めて、その場をおさめていた。だからユーミリアは君を諦めたんだ。それなのに被害者面は止めてくれるかな?」
伯父様が言いたいことを全部言ってくれた。
私はほっとする。
私は、こういう時に言いたいことを言語化するのが苦手だから。
「そ、そんな…そんな、僕は…!」
「悪い事は言わない、クラウドくん。君も婚前からララ嬢をセカンドパートナーに選ぼうとしたのだろう?であればユーミリアにも自由にさせてやってくれ」
「ちがっ…僕は、僕はっ…」
「クラウド様、私からもお願いしますわ。もう、私を苦しめないで。せめてセカンドパートナーくらい自由にさせてくださいまし」
「………ユーミリアっ!」
こちらに手を伸ばした婚約者から、私の執事がそっと庇ってくれる。
「大丈夫ですか?ユーミリア様」
「ええ、ありがとうファイズ」
「いい加減諦めたまえ、君の招いたことだろう」
「…っ」
何故か床に蹲り泣く婚約者に、私は戸惑うことしか出来なかった。
そして私は、婚約者と結婚した。
婚約者との間に男子二人女子二人を授かった。
どちらも双子だった。
この国では双子は縁起がいいので、とても歓迎された。
そして義務を果たした私は、今はファイズと密かに愛し合っている。
「人目のあるところでは完璧なおしどり夫婦を演じているけれど、やっぱり一番安心するのは貴方の腕の中ね」
「ユーミリア様…俺もユーミリア様がこの腕の中にいるこの時間が一番幸せです」
婚約者は結局、あの後セカンドパートナーを作っている様子はない。
そんなにララ様にフラれたのがショックだったのかしら。
あるいは私とファイズのように隠れて愛し合っている相手がいるとか?
…まあ、考えたって仕方がないことだわ。
「ファイズ、愛してる…」
「ユーミリア様…愛しています…」
ああ、私…今、すごく幸せだわ。
ありがとう、クラウド様。
貴方が先にセカンドパートナーを作ってくださったから、私は幸せなセカンドパートナーとの日々を手に入れられましたわ。
本当に、本当に、ありがとうございました。