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夏休みはゲーム三昧  作者: 竪川杼緯


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74/75

74. 精霊の森

 クエスト種類:シークレットクエスト

 ・精霊王に会おう 0/1回

 内容:精霊の森にいる精霊王に会いに行こう。

 依頼主:精霊の森

 報酬:精霊王の祝福


 インスタンスエリアに入った瞬間、突っ込みどころのあるクエストがポップアップ表示された。

「依頼主が『精霊の森』って……」

「『運営』とは書けなかったから仕方ないんじゃないか?」

「まあたしかに『神』ってのも変だけどさー」

 この世界の名前『ワイスシュトラーゼ』となっていたとしてももにょるのは変わらないかと広樹はそこまで考えて、いつものように考えを放棄した。

「ま、なんでもいいよね。要するに精霊王を探して会えばいいってことだし」

「そういうことだな」

「それはそうと――」

 広樹は足元を見つめてため息を落とした。

「崖なんですけど……、どうやって先に行くの?」

 セーフティエリアに咲いている白い花が足元で揺れる。半径3mほどの半円形の足場の先は、深い谷になっていた。

「あ」

 足元を見ていた広樹が小さく声を上げる。

「どうした?」

「花の名前」

 これまで何度も鑑定していたが、いつも『???の花』となっていた。それがようやく見えたのだ。

「『精霊(ガイスト)の花』だって。精霊の森の花だったんだね」

 だから精霊の森(ここ)まで来ないと、鑑定できないようになっていたのかもしれない。

「それで、どうやって降りる? じゅうたん出すか?」

 晴樹が言う『じゅうたん』とは、生産職組が作った空飛ぶじゅうたんのことだ。

 妖精のクライナーとミリアムが晴樹への答えを口々に言う。

『フェニックスの羽を使う』

『手をつないで飛ぶ』

 『フェニックスの羽』とはラッヘルダンジョン1階の宝箱から出たアイテムだ。詳細のわからなかったそれを使えということだろう。

「手をつなぐとか、小学校低学年以来か? 1年生のころはたまにやってたよな?」

「懐かしいねー」

 広樹はインベントリから『フェニックスの羽』を取り出す。晴樹と手を握ると、ふわりと体が浮き始めた。

「俺、羽持ってないんだけど、落ちないよな?」

 広樹に続いて、晴樹も手を引かれるようにして体が浮き始める。

「手を離さなければだいじょうぶだと思う。たぶん」

「それで『たぶん』をつけるな。嘘でも言い切れ」

「嘘でいいの?」

「いいわけあるか」

 互いに軽口を言い合いながら、妖精に導かれるままにふわふわと飛んでいく。

 谷を越えて、平地の上に来たところで静かに下降していった。

 足がしっかりと地面をとらえると、二人揃って大きく息を吐き出した。

「けっこう怖かったね」

「地面最高!」

 役目を終えたからか。『フェニックスの羽』は空気に溶けるように消えていった。

「無くなっちゃった」

「これからどうするんだ? ミリアム、場所はわかるか?」

 この先は森になっている。どこまでも続くような森。少なくとも空から見えた範囲はすべて森だった。

『エントの枝葉を使う』

「ああ、今度は俺が持っているやつか」

 ラッヘルダンジョン1階で宝箱から出たもう一つのアイテムだ。

 晴樹がインベントリから取り出すと、突然二人に影が差す。

 驚いて見上げれば、そこにはいつの間にか巨大なエントが立っていた。

「攻撃されないよな?」

「たぶん……?」

 固唾を飲みこんで見上げていると、エントはその巨大な両手を、手のひらを上にして重ねた。その手がゆっくりと広樹たちの目の前に差し出された。

『ここに乗る』

『エントが連れていく』

 二人が余裕でくつろげるほどの広さがあるエントの手のひら。

「いいのかな?」

「でも乗れっていってるし」

「それじゃ……お邪魔します」

「よろしくー」

 そっと乗り込んで、手のひらの上に座る。二人が落ち着いたところで、エントはその手を持ち上げた。

「うわっ」

「高っ」

 エントの胸元まで持ち上げられた手。その高さは、周囲の木々をも超える高さだった。

 エントが歩き始めると、目の前の木々が避けていく。

「出た。ファンタジー」

 木々が避けて作った道を、エントがゆっくりと歩いていく。

 自ら切り開いた道を進んでいく勇者のよう。

 広樹は道を見て、空を見上げる。

「――僕ね、こんな風にハルと遊べるのは、この夏休みが最後だって思ってた……」

「受験勉強が始まるもんなー」

「それもあるけど、僕ら大学も別々になるでしょう?」

「まあそうだな」

「ハルは家の仕事を継ぐんだよね?」

「そのつもり」

「僕はまだ将来を決められない」

「そっか」

「なんだかなー」

 広樹は再び目の前の道を見る。

「こんな風に道を作っていければいいのに……」

「土木作業員を目指すか?」

「ははっ、木を切り倒して?」

「根っこを掘り起こして」

「整地して」

「舗装して」

「日本じゃもうそんな場所無いだろうけどね」

 交通網はもう整備されている。あっても補修工事くらいだろう。

「いざとなったら俺のところで雇ってやるよ」

「野菜工場で?」

「そそ。天候に左右されない野菜作り。やりがいはあるぞ」

「それもいいかもね」

「まあヒロならそのうち見つかるだろう」

「そうかなー?」

「このゲームだって先に見つけたのヒロじゃん」

「うん、まあそうだったね」

「こういうのってさ。あると思うよ。偶然の出会い? つーか、ひらめき? みたいな?」

 だんだん疑問形が増えていく晴樹の言葉。けれど言いたいことはなんとなくわかる。

「そうだったらいいな――」

 広樹は力を抜いて微笑む。

 遠くにとてつもなく大きな樹が見えてきた。

「世界樹――」

「でかすぎ」

 このエントでさえ小さく感じる。たぶん樹幹に頭が届かないくらいだろう。

 時間をかけてたどり着いた世界樹の根元が目的地だった。

 エントの手から降ろされた二人は、目の前の存在に一礼した。

 そこでシークレットクエストがクリアになる。

 目の前の、世界樹の根に腰かけている存在――精霊王。

 大きさは違うが、妖精のように光に包まれており、細部はわからない。ただ精霊王だと感じる。なぜかわかった。

 精霊王からクエストの報酬の祝福が与えられる。2つの光が手のひらからひらりと飛び出して、広樹と晴樹のそれぞれの体へと入っていく。

 広樹たちは胸元を押さえた。

「ぽかぽかしてる……?」

「温かいな……」

 精霊王が、広樹たちが通ってきた道を指さす。

 二人が振り返って見た先は、白い道がずっと続いていた。

『道を作るのはおまえたち。道を染めるのもおまえたち』

 語りかけるように告げて、精霊王は姿を消した。

 広樹は精霊王がいた場所をもう一度見つめて、また白い道へと視線を向けた。

「僕思い出したんだけどさ」

「なにをだ?」

「さっきハルとゲームできるのはこの夏休みが最後だって思ってたって言ったよね」

「おぅ」

「でも、実際にゲームで遊んでいるプレイヤーの大半は大人なんだよね」

「そうだな」

「きっと大学生だっているよね」

「いるだろうな」

「じゃあ……またハルと遊べるかな……?」

「VRにこだわらなければ、隙間時間で遊べるゲームはたくさんあるだろうし、一緒に遊べるかどうかは、俺らしだいだろう」

「そっか」

「そうだよ。それにだな、大人になってからだって遊ぼうと思えば遊べるだろう。俺らが選んだ奥さんならきっと一緒にゲームだってできるだろうし。そうすりゃ4人でパーティ組めるぜ。それに子供が生まれたら、レイドだって組めるかもしれないだろう?」

「そうだね」

「自分でここまでって区切りをつけなきゃ、未来まで続いているさ」

 「この道のようにな」と言って晴樹は目の前の道を指さす。

 広樹はくすくすと笑いだした。

「なんだよ」

「だって、奥さんとか子供とか、僕考えたことなかったよ」

「俺は考えてたぞ」

「そっか。だからハルは寂しくなかったんだね。僕は考えてなかったから寂しかったよ」

「夏休みが終わるまでって考えるから寂しくなるんだよ。だいたいな、高校だってまだ1年半あるんだぞ? その間教室で毎日会えるだろうが。なに人生終わるみたいに思ってるんだよ」

「ほんとだね」

「ほら。もう変なこと考えないように狩りに行こうぜ。体動かして、魔物いっぱい狩って、生産職組を喜ばせてやろうぜ」

「それいいね!」

 広樹と晴樹はラッヘルダンジョンへと転移で戻っていった。


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