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夏休みはゲーム三昧  作者: 竪川杼緯


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72/75

72. 壊れることもあるようだ

 最後は岩石エリアだ。

 足を踏み入れるとすぐに視線を感じた。見上げるとそこには1体の『ロックゴート』がいた。確実にこちらを認識している。

「ハル……、こいつなんか違う……」

「! ヒロ、気をつけろ! こいつ変異種だ!」

 晴樹の声と同時に、ロックゴートの立派な角が光り輝き放電を伴って放たれた。

「ヒロ!」

「サンダーシールド!」

 広樹はシールドの魔法を叫ぶように唱えると、すぐに飛び込むように横にジャンプする。ロックゴートの雷撃はシールドを粉砕して、広樹が元いた場所に突き刺さった。

「シャドースコーピオン」

 魔法を使った直後を狙って晴樹が反撃する。

 その間に広樹は前転して衝撃を逃すと、すぐに立ち上がってウィンドカッターを放った。

 ロックゴートはとんとんと別の岩へと飛び移ってそれらをかわす。そして再び雷撃を撃ってきた。

「ウィンドウォール」

「ウィンドシールド」

 今度はなんとか攻撃を逸らすことができた。

 さすがに岩山の移動が得意な(しゅ)だけあって、とても近寄ることができない。必然的に魔法対決になってしまっている。

「シャドーボール」

 扇状に広がる3つの影の玉。晴樹のその魔法を大きく避けた先を狙って、広樹がアーススピアを撃つ。

 なんとかあてることはできたが、さほど痛手にはなってなさそうだ。動きは相も変わらず軽やかで憎たらしくなってくる。

「――っ!」

 いきなり跳びかかってきたロックゴート。その角をかろうじて剣で受け止めるも、首の一振りで広樹は簡単に吹っ飛ばされてしまう。

「アサルトクロウ、アイスニードル、アイススピア、シャドーエッジ――」

 晴樹が擁護してくれている間に、広樹は『HP全回復ポーション』を飲み干して、また走り出す。

「ダークスラッシュ」

 広樹に気づいたロックゴートが逃げようとするも、その後ろ足を広樹の剣がしっかりととらえてクリティカルの威力を与える。

「アースインパクト」

 追撃はロックゴートの体に大きな傷を負わせた。

「アイスプリズン」

 晴樹のその魔法につかまれば最後だとわかっているのか。瀕死の状態ながらロックゴートは最後の力を振り絞るようにしてその牢獄から逃れた。

 しかし。

「アイスチェインズ」

 時間差で放たれた広樹の拘束魔法まではかわし切れず。

 苦し紛れに放たれた雷撃は、明後日の方向へ飛んで岩を焼く。

「桜吹雪」

 仮に拘束から逃げられてもいいようにと選んだ晴樹の範囲魔法は、確実にロックゴートのHPを削り切ったのだった。


 称号:ゴートの天敵

 効果:ゴート系への攻撃力2倍


「はぁー、つっかれたぁぁぁー」

 広樹は称号を確認すると、その場にバタリと寝転がった。称号がもらえたということは確実に倒せたということだ。張っていた気がいっきに緩んだ。

 その横に晴樹は腰かける。

「おつかれ。ボロボロだな。『ヒール』ついでに『リジェネ』」

「ありがとうハル。ほんと装備がこんなに汚れたのも、傷がついたのも初めてじゃなかったかな? もうびっくりだよ。壊れてないといいんだけど」

「そういえばこのゲーム、装備の耐久値ってどうなってたっけ? 話題に出たことなかったからぜんぜん気にしてなかったわ」

「だよね? 僕も存在すら忘れてた」

 広樹はのっそりと起き上がる。

「あとは寝るだけだし、4階への階段にマップピン挿したら、クランハウスへ行ってドレッサーさんに聞いてみようか。ついでに3階でドロップしたアイテムも預けておこうよ」

 もちろん1階と2階で集めたアイテムは自分たちで使う。

 ちなみにロックゴートのドロップは『ロックゴートの皮』『ロックゴートの角』『ロックゴートの肉』『ロックゴートのミルク』『ロックゴートのチーズ』と大量にあった。1体からこれほど多くの種類が一度にドロップしたのは初めてじゃないだろうか。忘れているだけかもしれないが、どうだったか思い出せない。ログを探すほどのことではないので、広樹は放置した。それよりも疲れているので早くやることやって休みたい。

 できるだけ戦闘を避ける方向で妖精に案内してもらい、無事階段へとたどり着いた。

 マップピンを挿して、クランハウスへ転移する。

 生産部屋に入ると、いつものメンバーが全員揃っていた。

 広樹のボロボロになった姿を見ると、驚いて慌てたように集まってきた。

「どうしたんだ、ヒロ? 装備が壊れてるじゃないか」

「装備って壊れるんですね」

「マスクデータになっててなー。数値はわからないんだが、壊れると見た目でわかるようになってるんだわ」

「ああ、それでこうなっちゃったんですねー」

 広樹は両手を広げて自身の装備を見下ろした。

 全体的に汚れが目立つし、破れているところも何か所かある。

「せっかく作ってもらったのに壊しちゃってごめんなさい」

「はっはー気にすんな。装備なんていつかは壊れるもんだ」

 Dresser(ドレッサー)は広樹の肩をバンバン叩く。

「それより新しい装備が必要だな。とりあえず――こっちに着替えて、その装備をくれ」

 システムを操作したDresser(ドレッサー)が、服飾師専用の着せ替え機能を使って代わりの装備を貸してくれるようだ。

 着替えに関して『はい』『いいえ』を選択する画面が出たので、『はい』を選択するとパッと装備が変更された。

「ここで()()ですか……」

 渡された衣装は『白拍子』だった。いつかやるかもしれないと思っていたが、ここできたか。でもまあ、あとはログアウトするだけだ。我慢しよう。そう広樹が思っていると。

「ヒロ、スクショ撮らせてくれ」

 生産職組はやはり簡単には寝させてくれないようだった。

「疲れているのでちょっとだけにしてくださいね」

 そろそろ広樹も慣れた。彼らにはさっさと撮らせてしまったほうが早く終わる。晴樹に慰められながら、広樹は数分程度Dresser(ドレッサー)たちに付き合ってからログアウトした。

 3階のドロップ品はなんとか忘れずに預けることができた。晴樹のおかげで。


 翌日は、日課の散歩を朝に済ませて、少し遅めにログインした。睡眠もしっかりとれたので、心身共にリラックスできている。

 クランハウスへ行くと、さっそくDresser(ドレッサー)が迎えてくれた。

「ドレッサーさん、おはようございます」

「おお、ヒロ、おはよう。装備はできてるぞ」

「ありがとうございます。早いですね」

「まあベースは変わってないからな。デザインに時間がかからない分早くできる」

 案内されたトルソーには、説明されなければわからない程度にデザイン変更が加えられた元狩衣が着せられていた。色柄が変わっているのはすぐにわかったが、和風な絵柄なのは変わらない。これはこれでいい感じだった。なんだかんだでやはりDresser(ドレッサー)はセンスがあると思う。

「そういえば預けておいたラッヘルダンジョン3階のドロップ品で、使えそうなものありました?」

「その装備に『ウェトランドフロッグの皮』を使ってるぞ。数があったからな。水属性には強くなっているはずだ。あとは『フォレストフォックスの毛皮』を部分的にって感じだな」

 足らない素材は、過去に広樹たちが売ったものを使ったりしているそうだ。

 計算もすでに済んでいるということで、残りの代金を払った。もちろん使わなかった素材もすべて買い取ってくれるそうなので、その分差し引いてある。

 『ロックゴートの肉』『ロックゴートのミルク』『ロックゴートのチーズ』といった食材は、知り合いの調理師に売ったそうだ。

 面倒をかけてしまって申し訳なかったと言うと、あちらからも服飾師が使うような素材を譲ってもらっているので、持ちつ持たれつの関係ができているから気にしないようにと諭された。むしろ交換材料が増えて喜んでいるらしい。

「はははっ。ハルヒロはこれまで通り好きに遊んで、拾ったものを俺らに貢いでくれればそれでいいんだよ。気にするんじゃない」

 相変わらずバシバシ叩いてくるその手は痛かったが、その気持ちや言葉はうれしかった。叩かれた背中は痛かったけど。

「まじで痛いです、ドレッサーさん」

 さすがに痛さに耐えかねて広樹は訴えた。

「ああ、すまんすまん。それにしてもヒロは軟弱だな」

「いえ、普通だと思います」

「そうか? もう少し筋肉をつけたほうがいいぞ。そうすればこの程度、痛くともなんとも思わなくなるぞー」

「ムキムキはちょっと……」

 そこへBradley(ブラッドリー)がやってきて、勾玉の付いた首飾りを差し出してきた。

「ヒロ、これを使え。致命的な攻撃を受けた時に、装備より先にこれが肩代わりしてくれる」

「ブラッドリーさん、ありがとうございます。これいくらですか?」

「プレゼントに値段はつかない」

「いいんですか?」

「かまわない。生き残って、また珍しいアイテムを拾ってこい」

 鑑定してみるとこれはあの変異種だったロックゴートの角で作られていた。

 なるほど。たしかに変異種のドロップは珍しい。称号効果はおいしいが、あまりあいたくはないけれど。

「わかりました。またなにか拾ったら持ってきます」

「楽しみにしている」

「――変異種にはそうそうあえないですよ?」

「ヒロならだいじょうぶだ。期待している」

「えええー……」

 よほど広樹が変な顔をしていたのか。Bradley(ブラッドリー)の口元に笑みが浮かんだ。あまり騒がないBradley(ブラッドリー)だが、しゃべらないわけでも笑わないわけでもない。ただなんとなく珍しいものを見た気になるのが不思議だった。『おとなしい』というイメージが固定されているからかもしれない。


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