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夏休みはゲーム三昧  作者: 竪川杼緯


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69. ラッヘルダンジョン1階

 北門まで転移した広樹と晴樹は、ラッヘルダンジョンまで乗合馬車が出ていることを知り、試しに乗ってみることにした。

「馬車に乗るのなんて初めてだね」

「今まで見かけなかったもんな」

 もしかしたら王都内も走っていたのかもしれない。あれだけのんびり散策した割には気づかなかったのが不思議だったが。

 彼らの会話に入ってきたのは御者だった。

「はっはっは。王都の中は貴族街にしか馬車は走っておらんぞ。それ以外じゃここだけだ」

「そうだったんですね」

「それなら見たことなくても当たり前だな」

「教えてくださってありがとございます」

「いやいや。短い距離じゃがまあ乗っていくがいい。そろそろ出発するからの」

「はい」

 片道1000G。乗っているのは広樹たち以外では1パーティのみ。

 たぶん一度行ってしまえば、あとは転移を使うからかもしれない。利用者はとても少なかった。これでよく採算がとれているものだと不思議に思うが、なにかしらからくりがあるのだろう。

 御者の言葉通り1時間ほどで着いたので、たしかに短い距離だったが、貴重な体験ができてよかった。

「ありがとうございました」

 お礼を言って馬車を降りる。

 その時御者が告げた。

「夕方に出発するからの。不要なドロップ品があったらそれまでに持ってくるがええ。買い取ってやるぞ」

 どうやら出張買取みたいなこともしているようだ。もしかしたらそちらが本業だったのかもしれない。

「わかりました。機会があればよろしくお願いします」

 御者に軽く手を振って、広樹たちはダンジョンの入口へ向かって歩いていった。

 同乗していた1パーティは、無言でさっさと降りて歩き去っていた。

 晴樹はそちらをちらりと見て、ため息をこぼした。

「さっさと行ってくれて助かったな」

「あの人たち?」

「そ。なんか嫌な感じだった」

 奇異の目で見られたとでもいうのか。わかるかわからないかの際どい範囲で観察されたというか。そんな気がした。晴樹のそんな説明に、広樹は目を瞠った。

「え? 僕ぜんぜん気づかなかったよ?」

「たぶん、俺だけ観察されたからじゃないかな?」

「ハルだけ? なんでだろう?」

「わからん。俺とヒロの違いとかほとんどないし……」

「装備が和風かアラビアン風かの違いしかないよね?」

「あいつらとの違いは、氷姫人形か氷人形かってことくらいか?」

「まさか氷姫人形を狙ってるってこと?」

「奪えるかどうかはわからないし、それが狙いかどうかはわからないけど――」

「要するになにもわからないってことだね。んじゃまあこれ以上は気にしても仕方ないよ。頭の片隅に置いておくくらいにして、とりあえずダンジョンに行こうよ」

「まあ、そうだな。でも一応ヒロも心にとどめておいてくれよ」

「わかったよ」

 晴樹の真剣な表情に、広樹も気を引き締めてうなずいた。

 ダンジョンの入口脇にマップピンを挿す。1回だけなら楽しいが、さすがに何度も馬車を使おうとは思わない。時間というのは有限なのだ。

 冒険者ギルドで買った紙のマップを広げる。

「そうだな……、ここからこう行くってのはどうだ?」

「そのあとはここまで戻ってこっちに行くってこと?」

「そそ」

「りょ」

 マップは購入した時点でシステムに取り込まれているので、よくあるゲームのようにミニマップを常時展開させることも可能だ。だが、全体図を複数人で見る場合は、このアナログ方式も便利だったりする。

 ダンジョンの中に入るとまずは、左の通路に進んでいく。ここの1階は洞窟タイプだった。ここも道幅が広いので剣を振るのも問題ないだろう。

 最初の小部屋には懐かしのスライムがいた。

「アイスニードル」

「ダークスラッシュ」

 晴樹が凍らせて、広樹がとどめを刺す。いつものお決まりのパターンだったが、ここのスライムにも通用するようだった。

 赤いスライム、水色のスライム、緑色のスライム。出てくるスライムの色も同じで、ドロップも各色のスライムゼリーとスライムの魔石だ。ただ頭に『高級』とついている。

「もしかしたら王都で売ってる『HP全回復ポーション』が成功率90%なのは、この高級スライムのゼリーと魔石を使ってるからかもな」

「たしかにそうかも。僕らもあとで試してみたいね」

「だな」

 スライムを倒し終わって通路に戻ろうとしたところで、広樹は「あ」と小さく声を上げた。

「どうした? なにかあったか?」

「これこれ」

 広樹はそう言って自身の前髪を指さす。そして。

「クライナー、道案内してほしいんだけど――」

 広樹の呼びかけにこたえて、前髪に同化していた妖精が姿を現した。

「ああ!」

 それを見た晴樹も、自身の横髪をつかんで目の前に持ち上げた。

「これだ!」

「え? ハル? なにが?」

「さっきのやつらだよ。たぶん俺のこの髪を見てたんじゃないか?」

 晴樹はキャラクターとして金髪のエルフを選んでいる。それなのに左の横髪だけ新緑色に染めているのはいろいろと違和感があり過ぎる。もしかしたら鑑定をされていたのかもしれない。

「え? 僕も前髪の一部だけ新緑色になってたけど?」

「ヒロは人間じゃんか。中二病あるあるだぜ」

「ええー?」

 不服そうな声を上げるも、広樹はそれ以上はなにも言わずに話を戻した。

「でもそれならクライナーを呼ばないほうがいい?」

「いや、くるかどうかわからない災害におびえてなにもしないのは不健全だ。俺もミリアムを呼ぶ」

 いざとなればGMコールをすればいいだろうということになった。このゲームのAIGMは信頼してもいいと、これまでの経験から思っているからだ。

 再び紙のマップを取り出して、広樹はクライナーとミリアムに説明する。

「今こっちの左側からまわり始めているところなんだ。最終的にはこのフロアの見れるところ全部を見てまわりたい。案内できるかな?」

『できる。案内は得意』

 2体の妖精に案内されながらダンジョン内を歩いていく。出現する魔物は今のところスライムだけだ。途中2階への階段があったところではマップピンだけを挿して通り過ぎる。

 2つ目の行き止まりに着いたとき、妖精が右端に寄って上下にふよふよと浮き沈みするような動きをした。

「クライナー、どうしたの?」

『ここを押す』

『扉が開く』

「ん? 行き止まりじゃないってことか?」

『そう』

『小部屋がある』

 晴樹が言われた場所をよく見ると、ちょうど腰のあたりの岩の一部が四角い押しボタンスイッチのようになっているところがあった。

「これか?」

 指をさして確認すると、ミリアムが『そう』と答えた。

「押すぞ?」

「おけ」

 四角い岩は見た目に反して、指で押すだけでカチリと奥にはまった。

 かすかな振動を伴って岩の扉が開いていく。

「うわぁ……」

「まじファンタジー」

 小部屋の中を覗くと、奥に宝箱が1つ置いてあった。

「ニートリヒ、この中に魔物はいる?」

『いないよ、マスター』

「ありがとう」

 広樹と晴樹は、小部屋の中をきょろきょろと見回してから入っていった。

 宝箱の前までくると、二人は視線を交わして同時に手を伸ばす。二人同時にふたを持ち上げれば、ふたはすんなりと開いた。

 宝箱の中には『フェニックスの羽』があった。ほんのりと赤く輝いている。まるで炎が宿っているようだ。

 晴樹が手を伸ばし、けれど羽に触れる前に弾かれたように手をひっこめた。

「……っ」

「ハル? どうしたの?」

「触れなかった。熱くて」

 指先が火傷をしたような痛みがあった。試しに『キュア』をかけるとすっと痛みが引いていく。

 晴樹は手をにぎにぎと握ったり開いたりした。

「火傷も状態異常であってたな」

 広樹は晴樹から宝箱の中へと視線を移した。

「僕も試してみるね」

「気をつけろよ」

「うん」

 広樹はゆっくりと手を伸ばしていく。

 触れるか触れないかのところでいったん止めて、さらに伸ばす。なんの障害も感じられなかったため、広樹はそのまま羽をつかんだ。

「ヒロ、だいじょうぶか?」

「うん、僕はなんともないみたい」

 手に持って鑑定してみるが、『フェニックスの羽』としかわからない。

「これ、なんだろう? 鑑定しても詳細が見れないし」

「俺が弾かれて、ヒロが受け入れられた理由もわからないしなー」

 二人が頭を悩ませていると、妖精のクライナーが羽のすぐそばに寄ってきた。

『あなたが持っているといいの』

「クライナーはこれがなにかわかるの?」

『今は必要ないもの。いつか必要になるもの』

 とりあえずインベントリへ入れておけば、必要になったときにすぐに取り出せるだろう。広樹はクライナーへお礼を言って片づけた。


 そろそろ次へ進もうとしたときに、小部屋の入り口側から聞き覚えのない男の声がした。

「なんだそれは?」


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