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夏休みはゲーム三昧  作者: 竪川杼緯


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62. 中の人

 クランボス3日目は『執事服』をファンタジー系にアレンジしたもの。

 4日目は民族衣装『サリー』をファンタジー系かつ男性が着てもおかしくないデザインにアレンジしたもの。

 5日目は民族衣装『アオザイ』をファンタジー系かつ男性が着てもおかしくないデザインにアレンジしたもの。

 6日目は『袴』をファンタジー系にアレンジしたもの。

 7日目は『法被』と『(ひとえ)』をファンタジー系にアレンジしたもの。

 やたらとベルトがついていたり。やたらと刺繍が刺されていたり。

 それぞれの衣装に何かしらこだわりが感じられた。

 素人ながら、これは複数人で手分けしてやっているのだろうと考えられた。

 1週間が経過し、広樹は思い切って尋ねてみた。

「ドレッサーさん、今までの見た目衣装って誰々が作ってたんですか?」

「イベントの時は俺とBradley(ブラッドリー)Abigail(アビゲイル)だな。クランボスの時は、Zechariah(ザカライア)が新たに加わったから計4人で製作してたぞ」

「それでも毎日違う衣装を作るのは大変だったんじゃないですか?」

「なんだかんだ手分けして作業してたからぜんぜん問題ない。だから気にするな。俺らは着てもらえた方が嬉しいんだからな」

 新しい装備についてもこの4人で考えているから、楽しみに待っていてほしいということだった。

 クラマスまで参加していると聞いて、広樹はちょっと緊張したが、けっきょくは生産職組なわけだから、やるなというほうが失礼だと思って、なんとか平静を保とうとした。

 なんだかんだでこの着せ替えにも慣れてきて楽しんでいる広樹だから、Dresser(ドレッサー)には改めて感謝の言葉を伝えた。

「いつもありがとうございます。もちろん新しい装備も楽しみにしていますね」

 Dresser(ドレッサー)は嬉しそうに笑うと、広樹の肩を軽くたたいて生産部屋へと入っていった。


 『ワイスシュトラーゼ』がリリースして3回目のメンテナンスがおこなわれる本日。このゲームの開発・運営会社がゲームショーに参加するということで、広樹と晴樹は入場チケットの抽選に申し込みをしていた。

 広樹が無事当選しており、同伴1名も参加可能ということで、晴樹も一緒に参加できることになった。今日はワイスシュトラーゼ(ゲーム)を休んで、こちらのゲームショーへ参加する予定だ。余裕があれば帰宅後にログインすると思うが、それは状況次第だ。

 首にかけるためのストラップ付カードが入場チケットだ。カードにはICチップが入っており、広樹の情報が入力されている。

 鉄道――電車やモノレールを使って会場まで到着した二人は、入り口横で販売されていたパンフレットを購入した。主に会場案内目当てだ。

 カード式入場チケットを入退場ゲートの読取装置にタッチすればスイングゲートが開く。駅の改札口にあるものとほぼ同じなので気負いなく入場できた。

 すぐ壁際に避けて、さっそく購入したばかりのパンフレットを開く。

「どこだ?」

 とうぜん目的地は、今遊んでいる『ワイスシュトラーゼ』を開発・運営している会社――株式会社アイネアーンデレヴェルトのブースだ。案内地図のページを開いてその会社のブースを探す。

「あ、ここだね」

 広樹が指さした位置は、ここから近い所にあった。顔を上げてそちらを見れば、『ワイスシュトラーゼ』の看板が小さく見えた。

「ああ、あれか」

 晴樹もそれがわかったようだ。

 さっそく向かおうと歩き始めたところで、一人の少女とすれ違う。広樹はその少女に気づくと何気なく声をかけていた。

「あれ? リーシャさん? あ――っ」

「はい? あ、ヒロさ――ま……」

 ついゲーム内の感覚で声をかけてしまい、広樹は慌てて片手で口を塞いだ。ここはリアルだ。そして人違いをしてしまったと謝ろうとした。

 だが少女のほうも思わずといった感じで返事をした後で、なにかに気づいたように慌てて両手で口を押える。

 気まずい沈黙が流れる中、広樹は口を塞いでいた手を放してふぅっと息を吐き出した。

「あの……」

 状況を確認しようとした広樹は、そこで思い出したように周囲をきょろきょろと見渡すと、片手を口の横に添えて小声で話しかけた。

「中の人ですか?」

 その言葉はさらに少女を固まらせる結果となった。


 広樹と晴樹は、案内されたスタッフルームの中で折り畳みパイプ椅子に腰かけていた。

 目の前の会議用テーブルにはコーヒーが人数分置かれている。広樹と晴樹、そして向かいに座っている3人の女性用だ。

 あの後、少女――大羽梨沙(おおばりさ)を探しに来た女性――早野愛依(はやのめい)が現れた。そしてその早野に向かって今度は晴樹が「ティアナさん……?」と呼びかけてしまったのだ。

 それでだいたいの事情を把握した早野によって、ここ株式会社アイネアーンデレヴェルトのブース内にあるスタッフルームに案内されたということだ。

 3人目の女性――笹田沙美(ささださみ)はたまたまこの部屋で待機していただけなのだが、この女性に対して広樹が「あなたはダーチャさんですか?」と尋ねたことで、一緒に話をすることになった。

「改めまして。アイネアーンデレヴェルトが開発・運営している『ワイスシュトラーゼ』の日本支社一般サーバー担当の早野愛依です」

「同じく笹田沙美です」

 そう言って二人の女性は名刺を差し出す。

 大羽は名刺を持っていないので挨拶だけだった。

「所属は同じですが、私はアルバイトの大羽梨沙と申します」

 次いで広樹たちも挨拶を返す。

「天海広樹です。一般サーバーで遊んでいます。キャラ名は『ヒロ』です」

「守屋晴樹です。同じく『ハル』です」

 二人の自己紹介を聞いて、笹田が小さく「ああ、あの」とつぶやいた。

 広樹は首を傾げた。笹田は聞こえたことに気づいてすぐに謝罪した。

「ああ、ごめんなさい。リリース初日はいろいろと進行状況をチェックしていたのだけど、あなたたちは複数の初回実績を取っていたでしょう? それで名前が印象に残っていたのよ」

 今度は広樹が「あー、あれか……」と小声でもらした。

「それで先ほどの件だけれど」

 早野が逸れた話題をもとに戻すように切り出した。

「どこまでわかっているのか伺ってもいいかしら?」

 これに答えたのは広樹だ。

「えーっと、リーシャさんとティアナさん、それからダーチャさんとアデーレさん。あとは……リータさんかな? いつもではなかったと思いますけど、中の人、入っていたことありますよね?」

「どうしてそう思ったのかしら?」

「ただの勘です。なんか違うときがあるなーって。AIが操作してるにしては、どこか慣れていないって感じるときがあったんです。それでもしかしたらNPCの中にも時々人が操作している時間や住人がいるのかと考えるようになりました」

 大羽はやや硬い表情だが、早野と笹田は観念したように大きく息を吐き出した。

「これは他言を控えてもらえると助かるのだけど……」

「はい」

「あなたが考えたように、私たちはゲーム内の特定の住人を使ってクエストを発行したりしていました」

「過去形?」

「ええ。リリースから3週間経過して、大きなバグが見つかることもなくほぼ想定内に進行できていることが確認できました。ですから今後はプレイヤーに解放されたエリアにはログインすることはありません」

「それを僕らに教えてもよかったんですか?」

「ほかにも気づいた人が会社に問い合わせをしてきた人もいます。その際は一時的に調査をしていたためと回答しておりますので、問題ありません」

「そうですか。教えていただいてありがとうございます。ずっと正解なんて得られないだろうと思っていたんです。だから考えないようにしていた気もします。それがこうして回答を得られた。今回のことは僕にとってはとても幸運な出会いでした」

 広樹は一度考えるように下を向いてから、再び顔を上げた。

「こんな機会は二度と得られないと思いますので、最後に2つお聞きしてもいいでしょうか?」

「なにかしら? 答えられることならいいんだけど」

 早野は場の空気を軽くするためか、少し冗談めかして応じた。

「僕たち、住人が発行するクエストを受ける機会が多かったり、魔物の変異種にあうことも多かったんです。先ほど僕たちのキャラ名を知っていたと言われていたのですが、えっと……」

「ああ。ひいきをしたことがあるかどうかね。それは無いわ。あなたたちに会ったのはほんとうに偶然よ。たしかに住人の中に入っていたことはあるけど、ほかのサーバーやチャンネルでも同じ時間同じ場所でAIが動かす住人が同じ行動をとっていたし、変異種も出現していたのよ。ただクエスト発行につながる言動をおこなわなかったり、変異種の討伐には至らなかったりするチャンネルが多かっただけの話よ」

「そうでしたか。それを聞いて安心しました」

「それで、あと一つは?」

「この仕事を選んだきっかけってなんですか?」

 早野は顎のあたりに曲げた人差し指を当てる。

「なんて言えばいいのか……。ゲームが好きだったのも理由の一つだし、PKが無いサーバーでもビックタイトル並みに人気を出すことはきっとできるはずって考えて挑戦したくなったから……かしら?」

「それで一般サーバーの担当を?」

「そうね。これが第一歩って感じね」

「でしたら僕は感謝しないといけませんね。今まったりと遊べているのは、早野さんたちのおかげということですから。一般サーバーを用意してくださってありがとうございました」

「プレイヤーの生の声が聞けて、こちらこそ感謝しているわ。ありがとうございます」

「次は私の番かしら」

 そういって話し始めたのは笹田だった。

「私もゲームが好きだったからという理由と、あとは、ゲームのイベントを考えるのが好きだったからね。こんなイベントがあったらいいのにってよく考えていて、それを実装させるためにってのが最大の理由ね」

「笹田さんのおかげでこれからのイベントも楽しめそうですね。ありがとうございます」

「あは、そう言ってもらえると嬉しいわ。こちらこそありがとうね」

「私は……」

 そう小さく声を発したのは大羽だった。

「えっと、夢をかなえるための、練習、です」

「夢――ですか?」

「はい。舞台女優を目指していて――。住人になり切って演技をするのは、とても練習になると思って始めました」

「素敵ですね。がんばってください」

「ありがとうございます」

 早野が晴樹のほうへ向きなおる。

「守屋さんからはなにかあるかしら?」

「いえ、俺は特にないです。気になっていたことはたしかにありましたが、先ほど広樹が聞いてくれたので、だいじょうぶです。ありがとうございます」

「気にしないで。こちらこそこんなところへ来てもらってごめんなさいね。これで解散するから、あとはゆっくりとゲームショーを楽しんでちょうだい」

 広樹と晴樹のほうも、ゲームショーで忙しい中わざわざ時間を取ってこんな子供の相手をしてくれたことに感謝していた。最後にそういってお礼を述べてからスタッフルームを後にした。

「晴樹ごめん。僕が変なこと口にしちゃったせいでこんなことになっちゃって……」

「広樹も気にすんな。広樹のおかげで、堂々と称号効果を利用できるようになったんだからな」

 そういって晴樹がにやりと笑う。

 広樹は小さく吹き出した。

「それはたしかにその通りだね」

 そこからはもう気持ちを切り替えて、せっかくのゲームショーを目一杯楽しんだ。


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