59. 闇玉
イベント期間中は毎日冒険者ギルドへ通っていたので、もう慣れたものだ。自然と窓口へと体が進む。一番奥の窓口が常に空いていたので、今回も無意識にそちらへと向かっていた。窓口の担当者は、ドリッテに到着した際に最初に対応してくれたオーブリーだった。彼は広樹たちのことを覚えてくれていたようだ。
「いらっしゃいませ。ヒロ様とハル様ですね。ダンジョンのスタンピードの際はご協力ありがとうございました。おかげさまで町への被害を回避することができました。心より感謝申し上げます」
「被害が無くてほんとよかったですね」
プレイヤーとしては楽しいイベントだっただけに、なんとも言えない気分になりながら、広樹は無難に返事をした。
「それでは。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「これなんですけど……」
広樹はインベントリから闇玉を一つ取り出す。
「これの使い道はわかりますか? もしくは納品依頼があれば納品したいのですが……」
「闇玉ですね。少々お待ちくださいませ」
オーブリーはすぐに依頼状況を確認してくれた。
「こちらの闇玉の納品依頼は2件ございますね。3玉ずつの合計6玉の依頼が出ております」
闇玉は『暗闇』を発動するアイテムの材料となるそうだ。完成したアイテムはラウペ討伐の際に使われるらしい。特にドリットダンジョン3階にいるライトラウペがドロップする『ライトラウペの撚糸』が人気で、主にその討伐に使われるそうだ。
「ライトラウペの撚糸の納品依頼もございますよ。1点からでも納品可能ですので、よろしければご検討ください」
「わかりました。確認ありがとうございます」
とりあえず闇玉は、広樹と晴樹がそれぞれ3玉ずつ納品した。残りは生産職組が欲しがれば提供することにした。
ライトラウペの撚糸についてはどのくらいドロップするのか不明なため、実際に拾ってから考えることにした。
冒険者ギルドを出た広樹たちは魔法屋へと向かった。
ダンジョンの中にもファンガスの胞子のようなものを飛ばしてくる魔物が出るかもしれない。また別の場所でも出会うかもしれない。ということでそうした粉末状のものを吹き飛ばすことができる突風系の魔法を探しに来たのだ。
「んー、『ヴィントシュトース』と『ヴィルベルヴィント』くらいかなー?」
要するに、突風とつむじ風だ。吹き飛ばすときは突風。集めるときはつむじ風。そんな使い分けができるのではないかと考えたのだ。
「それでじゅうぶんじゃないか? 攻撃力は無いけど、使い方次第だろうし」
「じゃあ、この二つは購入で」
あとは、と考えたところで、広樹は先ほど冒険者ギルドで聞いた話を思い出した。広樹はカウンターにいた店員に声をかける。
「すみません。暗闇にする魔法ってありますか?」
「申し訳ございません。暗闇の魔法はまだ見つかっておりません。雑貨屋でアイテムを販売しておりますので、そちらをご利用いただくようになります」
広樹は晴樹へと視線を向けた。
「あとで雑貨屋に寄ってみようぜ」
晴樹へうなずき返して、店員にはお礼を言って。そして二人揃ってヴィントシュトースとヴィルベルヴィントの2つの魔法を購入して店を出た。
その足で雑貨屋へ向かった広樹たちは、まっすぐカウンターへ向かうと、店員に暗闇にするアイテムについて尋ねた。
「お客様のご利用目的はライトラウペ狩りでしょうか?」
「はい、そうです。冒険者ギルドと魔法屋で話を聞いて試してみようと思って、こちらへ来ました」
「さようでございますか」
納得したように軽くうなずいたのだが、店員はそのあとで申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ございません。アイテム自体の在庫はございますが、こちらの販売は特殊で、ゴールドではなく、闇玉との交換が条件となっております」
「1つのアイテムに、闇玉はいくつ必要ですか?」
「2つです。アイテムを1つ製作するためには闇玉が1つ必要なんです。残りの1つはそれ以外の材料費と製作料に充てられます」
「それじゃあ、今闇玉を4つ持ってますので、アイテム2つと交換してもらえますか?」
「かしこまりました」
今回は広樹が持っている闇玉だけを交換した。まずはお試しというわけだ。必要ならまたメデューサボールやフライングアイを狩りに行けばいい。
「そういえば……、これの使い方はまだ教わってないんですけど……、えーっとすみません、どこに行けば教えてもらえますか?」
すると店員の女性がそのまま説明してくれることになった。
この暗闇というものだが、対象の魔物に使うのではなく、対象がいるエリア一帯に掛けるものだという。そのため、このアイテムを使う場合は、『暗視眼鏡』の併用が推奨されるそうだ。暗闇の中ではライトラウペは糸を吐かなくなるそうだ。そのためドロップにライトラウペの撚糸が落ちやすくなるそうだ。そして品質も上がるらしい。ただ暗闇になると、こちら側も周囲が見えなくなる。ライトの魔法を使えば見えるようにはなるが、そうするとライトラウペもまた糸を吐くようになるらしい。
「その暗視眼鏡はこちらに置いてありますか?」
「はい、ございます」
「でしたら、それも2つもらえますか?」
「はい。2つで4000Gでございます」
広樹は晴樹へと確認した。
「もう買い忘れってないかな?」
「今のところはこんなもんじゃなかったか?」
広樹と晴樹は店員へお礼を言って雑貨屋を出た。
「それにしても」と晴樹が言った。
「この間のイベントってドリットダンジョンがスタンピードを起こしたって設定だったけど、ライトラウペって出てこなかったよな? あのイベントで出てきた魔物と、実際にドリットダンジョンで出る魔物って同じなのかな?」
「そういえばそうだったね。――まさか最下層のボスがオルトロスってことは無いよね……?」
「まあ出たとしてもかなり弱体化してパーティで倒せる程度にはなってると思うけどな」
「だよね。さすがにそうじゃなきゃ絶対倒せないし。んー、一応資料室で確認してみる?」
「そうするか。その暗闇のアイテムってやつの使い方ももう少し詳しい説明が載ってるかもしれないし」
そもそもどの程度の範囲が暗闇になるのかとか、どのくらいの時間効果があるのかも現時点ではわからない。
それによっては先にメデューサボールやフライングアイを狩って闇玉を集める必要が出てくる。
というわけでまた冒険者ギルドへ戻って、2階にある資料室へと足を運んだ。
ここの担当者はディーターという名前の青年だった。
ディーターにドリットダンジョンについての資料と、暗闇のアイテムについての資料を用意してもらい、席について資料を開く。
まず暗闇のアイテムの名前は『ドゥンケルハイト』というらしい。ただ名前はあるが一般的に『暗闇のアイテム』と呼ばれる方が多いそうだ。
効果範囲は一区画。効果時間は1時間。
一区画とはどういうことだと、二人はドリットダンジョンについての資料へと移って調べる。
ドリットダンジョンの3階は26区画あり、予約者に優先使用権が与えられるそうだ。
「これって予約すれば自分のところがインスタンスエリアになるってことかな?」
「たぶんな」
「それなら乱入無しで安心して狩れるね」
「アイテム使ってないやつに横取りされる心配もなさそうだ」
「それそれ」
どこで予約ができるのかを調べると、ちょうど冒険者ギルド内に予約専用の窓口があるようなので、さっそく行ってみることにした。
ドリットダンジョンに出現するそのほかの魔物については、簡単な説明だけだったので、ざっと目を通しただけで返却した。
1階におりた広樹たちは、窓口のプレート看板を見渡す。右の奥に『ダンジョン予約窓口』というものがあったので、そちらに行ってみることにした。
「すみません。ドリットダンジョン3階の予約というのはこちらで合っていますか?」
「はい、こちらでございます。ご予約でしょうか?」
「はいそうです。今からでもいけるところはありますか?」
受付嬢は画面を操作してから答えた。
「あと15分ほどでA区画が空きます。最大3時間まででしたらご利用可能ですが、いかがなさいますか?」
広樹は晴樹と相談する。アイテムをあと1つ購入すれば3時間分は確保できる。そして購入するための闇玉は晴樹が持っている。
晴樹はうなずいて、一人で雑貨屋へ走った。続きは広樹だけで対応する。
受付嬢には3時間の予約を告げた。
「予約手続きが完了しましたので、こちらの羽をお持ちください。時間になりましたら該当区画の入り口まで自動で転移いたしますので、それまでにご準備をお願いします」
この羽を持っていればパーティメンバー全員が自動で予約先の区画の入り口へと転移で運んでくれるので、1階から3階まで順に進む必要はないそうだ。区画の入り口に羽を挿す場所があるので、そこに挿しこめば入り口の扉が開いて中に入れる。そして時間になれば羽が消えて、中にいた全員が元の場所へ転移で戻されるということだった。




