58. ドリッテ散策
「あ……」
どこか呆然としたような声につられて広樹たちが顔を向けてみれば、Chadが次の手鞠を準備万端に構えていた。
仲間たちの視線を受けて、Chadは手鞠を持っている手をゆっくりとおろす。
「私も蹴りたかったな……」
小声のつぶやきが妙に物悲しかった。
この様子から察するに、彼らにとっては蹴鞠がおまけで、こちらが本命だったのだろう。つまりこの手鞠爆弾を使うためにこの直衣を仕立てたのだと思われた。
「次回のクランボスで使えばいい」
「そうだね」
Cecilに慰められたChadは、そっとインベントリへ手鞠を片づけた。
「みんなーお疲れさーん。問題なければ明日も同じ時間から開始するよー」
Zechariahがメンバーに向けて宣言する。
「変更する場合は、クランメニューのお知らせに書いておくから、忘れずに確認してねー。寄付も頼むよー。んじゃ、今日は解散ー」
寄付というのは、クランへゲーム内通貨であるゴールドを寄付するというオンラインゲームでよくあるシステムのことだ。このゴールドを使って、クランはクランボスの召喚券を購入したり、クランショップに商品を補充したりするのだ。
通常は1日3回まで規定額を寄付することができる。課金アイテムを使えば、追加で寄付が可能になる。広樹たちもクランに加入した時から毎日ちゃんとゴールドを3回分寄付している。
解散となり、メンバーがそれぞれログアウトしたり、パーティで狩りに向かったりする中、クランチャットに3名のプレイヤーがクランを脱退した旨が流れた。
広樹は晴樹へと視線を向ける。
「さっきの人たちっぽいね」
「ヒロに絡んでたやつか。念のためブロックしておこうぜ」
ちょうど名前がわかっているのだから、のちのちのことを考えてブロックリストへ登録しておくことにした。ほかの8人のレイドメンバーも同じように登録するそうだ。
「逆恨みはめんどうだからね。関わらないに限るわ。Zechariahも登録しているはずよ」
Gillianが言う。Gillianもそうだが、Zechariahもクランマスターをするだけあって、火種になりそうなプレイヤーは二度とクランへ戻ってこないように登録を怠らないらしい。
そもそも彼らは今夜のクランボスへ何食わぬ顔で参加していたが、イベント報酬の『クランボス召喚券の欠片』を一つもクランへ寄付していなかったそうだ。毎日のゴールドだけは寄付を続けていたようだが、最初からクランを脱退する予定でいたのは明らかだ。移転先のクランへの手土産代わりにするつもりで持って行ったと考えられた。
「登録が終わったら彼らのことは忘れることね」
Gillianが言うとおりだ。今後もゲームを楽しむためには余計なことに気を回すものではない。
「ですね」
広樹はうなずき晴樹とともにログアウトした。
翌日ゲームにログインした広樹と晴樹は、ドリッテ周辺を順に回ってみることにした。
ドリットダンジョンを最後に回して、まずは南東のラウペから始めることにした。
ラウペは芋虫の魔物だ。
ドリッテは森に囲まれているため、魔物も森の中に生息している。
そのためトレントの時と同じように、精霊スライムに魔物に印をつけてもらって見つけやすくした。
広樹がそっと近づくと、ラウペは上体を持ち上げて威嚇するように糸を吐き出してきた。
サイドステップで避けてから様子を見ると、糸がかかった部分が白い煙を上げていた。
「サンダーシールド!」
「え?」
晴樹の防御魔法が広樹の前に現れた。
慌てて魔物に向き直る。
「ヒロ、よそ見をするな! ラウペの唾液がかかるところだったぞ!」
「悪い!」
晴樹の言う通り、ラウペは再び広樹へ向かって唾を吐きかけてきた。
広樹はバックステップで距離を取ってから、ウィンドカッターを撃った。続いた晴樹のシャドーボールでラウペは倒れる。
糸と唾液に気をつければ、それほど手こずる魔物ではなさそうだ。距離を保って魔法主体で戦うようにすれば問題ないだろう。
ざっと周囲を確認してから広樹は晴樹の側へ行った。
「ハル、ごめん。さっきはありがとう」
「おぅ。別に謝らなくてもいいけど、気をつけろよ。さすがにあれを浴びるとそれなりに痛みはあるだろうからな」
「そうだね。ちょっと油断してたよ。次は気をつける」
「そうしてくれ。――で、ドロップはなんだった?」
広樹は履歴を確認した。
「『ラウペの撚糸』だね。ドレッサーさん行きかな?」
「俺も同じだ。ここは俺らにはあんまり関係なさそうだな。どうする? 次へ行くか?」
「んー、もう少し狩って確かめてからにしない?」
「それでもいいぞ」
魔法を変えながら幾度か戦闘を試した広樹たちは、『ラウペの撚糸』しかドロップしないことを再確認して移動することにした。
南はトレントですでに経験済みだ。
なので南西のファンガスのところへと向かうことにした。
広樹と晴樹はいったんクランハウスへ寄って『ラウペの撚糸』をすべて買い取ってもらった。Dresserはとても喜んでいた。
ついでにトレントのドロップ『トレントの葉』『トレントの枝』『トレントの幹』で手元に残っていたものも、Chadが全部引き取ってくれた。買取価格は販売システムを利用した場合とほとんど変わらないが、手間がかからないのがいい。大量に持ち込んでも全部買い取ってもらえるからとても助かっている。
身軽になったところで改めて南西へと向かう。南西にはファンガスが生息している。ファンガスはキノコの魔物だ。
傘は肉厚で、柄はでっぷりとしていて、傘の近くに目と口がある。小さな手足も柄から生えていて、移動が可能だ。大きさはいろいろで、広樹の目線くらい大きいものもいれば、腰のあたりまでしかないような小さいファンガスもいた。
「ウィンドカッター」
様子見で魔法を撃ちこんでみる。
傘を縦に切ったような形になった。ファンガスの片目も同時に傷つけることができたようだ。ファンガスは小さく悲鳴を上げた。反撃するようにひだを揺らして胞子を飛ばしてくる。
「サンダーストーム」
突風的な魔法は持っていなかったので、代わりにサンダーストームを試してみたが、こちらでも胞子を除外することができた。胞子は雷に焼かれるか雨水に飲み込まれるかして消えていく。
町へ戻ったら、また魔法屋に寄って突風系の魔法を探してみようと、広樹は心の中にメモを残す。
今は目の前の敵を倒すことが優先だと気持ちを切り替えて、ダッシュでファンガスに近づくと、剣で縦割りするような感じでスラッシュを使って倒した。
いっぽうの晴樹は別のファンガスを相手取っていた。
「シャドーエッジ」
ファンガスは傘と柄を分離するように切られて倒れた。
「アサルトクロウ」
カラスのような形をした影がファンガスの上を通過すると、たくさんの闇の羽が刺さったファンガスが倒れていた。
一撃で倒れていくファンガスを前にして、晴樹は「ふむ」とつぶやいた。
「アイススピア」
今度は氷魔法を使ってみた。まだHPは2割ほど残っており、追加でアイスニードルを使って削り切った。
「最近はシャドーばかり育ててたから、アイスがちょっとレベル不足になってるって感じかな?」
雷魔法や木魔法にも手を出していたので、多少分散もあるのだろう。
「ま、いいか」
倒せないわけではないので、大きな問題はないだろうと晴樹は考えた。それよりも楽しく魔法を使うことのほうがだいじだ。
「ハル? ドロップはなんだった?」
広樹のほうもいくつか試していたことが一段落していた。
「僕は全部『ファンガスの毒』だったわ」
「んーと、ああ、俺も全部同じだわ」
「これ、売れるかな?」
「聞いてみないとわからないなー」
生産職組にチャットで確認してみると、Chadが欲しいということだった。なので手持ちはすべて売っておいた。
たぶんきっと新しい鞠の中に詰められる気がする。
次は西のベヒモスだが、ここはエリアボスのミノタウロスへ挑戦する前に行くことにした。
なので北西のメデューサボールを相手にすることにした。
メデューサボールはメデューサの蛇の髪のように、目玉に蛇が数本生えていた。
大人のこぶしよりも一回りか二回り大きい目玉だ。
木々の間に隠れて獲物を待ち伏せて襲うらしい。
ここでも精霊スライムが大活躍だ。印によって隠れていても先制攻撃をすることができるので安定して戦闘することができている。
「アイスニードル」
目玉に直撃して視力を奪い。
「ウィンドエッジ」
蛇を切り落としてHPを0にする。
「ダークスラッシュ」
蛇の頭が斬り飛ばされ。
「シャドーエッジ」
目玉を真っ二つにして息の根を止める。
そのまま北のフライングアイのエリアへ移動して狩り続ける。
フライングアイも大きな目玉に蝙蝠のような羽が生えた魔物だ。
「スラッシュ。あ、避けられた」
飛ぶ相手はなかなか難しい。逃げられる前に広樹は発動の早いアイスニードルを当てて動きを鈍らせた。そこへ晴樹がシャドーエッジでとどめを刺す。
「思ったより動きが早かったねー」
広樹は剣を鞘に戻して右肩を回す。
「もしかしたら視界が広いのかもね」
「あー、目玉しかないもんねー。羽以外に視界を邪魔するものが無いわけかー」
さて、肝心のドロップはと履歴を確認する。
「『蝙蝠の被膜』と『闇玉』だったわ」
ちなみにメデューサボールのドロップは『蛇の牙』と『闇玉』だった。
「この『闇玉』ってなんだろうね?」
「久しぶりに冒険者ギルドへ行って調べてみるか」
「そうだねー」
一通りのドロップを調べ終わった広樹たちは転移でドリッテに戻ると、冒険者ギルドへと入っていった。




