表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏休みはゲーム三昧  作者: 竪川杼緯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/75

57. クランボス

 玄関のある広い部屋。その奥に今回のアップデートで実装されたクランボスを召喚するための部屋がある。部屋というかほぼ広場だ。建物の中にある広場。屋内競技場に近いかもしれない。

 観客席は無いが、壁際には装飾が施された柱が等間隔に並んでいる。無駄に凝っているともいえるし、ゲームではよくある風景ともいえる。ただの無地の壁だけだと、たぶんきっとがっかりしただろう。プレイヤーはファンタジーの世界観にあった風景を無意識に求めているものだ。たぶんね。

 広樹はCecil(セシル)に呼ばれるままに召喚の間へと足を踏み入れた。

 ふとなにかを感じて振り返る。視線を上げていくと、入り口の上部にある壁をくりぬいて作ったような彫像が召喚の間を見下ろしていた。

 地面に立てた抜き身の両手剣の柄に両手を添えた偉丈夫。

「精霊王……?」

 どうしてそう思ったのか。わからないままに広樹はつぶやいていた。

『ほんとだ。精霊王さまだ。あ、いなくなっちゃった』

 楽しそうな、そして嬉しそうな、そんな声音のニートリヒの言葉。そこから残念そうな声音に変わったニートリヒのつぶやき。

「え? ニートリヒ? 今なんて――」

 彫像は変わらずそこにあるのにいなくなったとはどういうことか。

 けれどニートリヒへの問いかけは、広樹を呼ぶ声に断ち切られた。

「ヒロ、こっちだ」

「あ、今行きます」

 Cecil(セシル)に返事をして、急いで駆け寄る。

 そして始まる蹴鞠。感じた疑問は遠くへ消えた。

「あり」

「やあ」

「おう」

「やあ」

「あり」

 掛け声を発しながら右足で鞠を蹴っていく。なかなか思ったように飛ばせない。

 後ろへと抜けた鞠を広樹が追っていけば、日本人らしきクランメンバーが自身の足元に転がってきた鞠を拾ってくれた。クランハウスではプレイヤーの頭上にそれぞれのプレイヤーネームが自動で表示されるのだ。

「ありがとうございます」

 お礼を言って鞠を受け取ろうとした広樹へ向けて、そのプレイヤーは鼻を鳴らして「姫プかよ」と吐き捨てた。

 ぽいっとめんどくさそうに広樹へと鞠を投げると、仲間とともに背を向けた。

「このクランもダメだな。そろそろ他へ行こうぜ」

 そう小声で話しながら。

 広樹はため息をこぼす。たぶん以前Gillian(ジリアン)が言っていたアルバイトプレイヤーなのだろう。せっかくのゲームを楽しまないなんてもったいないなと思う。まあしかしゲームとのかかわり方なんて人それぞれだ。彼らがそれでいいならそれでいいのだろう。広樹には理解できなくても、世の中なんてそんなものだ。そしてそんなものであふれている。

「ヒロ?」

 レイドチャットへ切り替えてGillian(ジリアン)が声をかけてくる。今回もGillian(ジリアン)たちと生産職組でレイドを組んでいたのだ。

「気にしないほうがいいわよ」

 その気遣いに感謝して広樹もレイドチャットで答える。

「ありがとうございます。僕は大丈夫ですよ。蚊に刺されるより全然平気です」

 広樹の例えが受けたようで、レイドチャットが笑いの渦に侵された。


「時間になったよー、参加者は揃ってるかーい?」

 クランマスターのZechariah(ザカライア)が召喚の間の入り口に立って声を張る。

 始めて見た彼は、晴樹より少し背が高そうだ。痩身で腰まであるストレートヘアはまさかのオレンジ色。キャソックと呼ばれる、立襟で足丈の黒い祭服を着ている。

 広樹には覚えがないが、誰かのコスプレなのかもしれない。ただ単に彼の趣味なだけかもしれないが。

 Zechariah(ザカライア)はまだ召喚の間へ入っていないメンバーを促して入室させる。

「準備はいいかい? それじゃボスを召喚するよ」

 召喚の間に最後に入ったZechariah(ザカライア)は、背後を振り仰ぐと、壁に彫られた彫像へ向かって手を伸ばす。そして空中でなにかを操作した。

 すると彫像の両手剣から生まれた光球が召喚の間の中央へと飛んでいく。

 爆発するように広がった光は、すぐにクランボスを呼び出した。召喚の間――否、いまや戦いの舞台となったこの戦場へボスの雄たけびが轟いた。

「ティラノサウルス?」

「いや、タルボサウルスって出てるぞ。まあ頭に『ウォーター』ってついてるから恐竜じゃなくて魔物なんだろうけど」

「あーティラノサウルスよりやや小さいんだっけ? 小さいっていうか細い?」

「たぶんそいつがモデルだろうな」

 ウォータータルボサウルスを囲むようにクランメンバーが輪になる。

 正面は盾を持ったメンバーが集まり、とうぜんTheodore(セオドア)もいる。

「挑発」

 まず盾職の中の一人がスキルを発動する。

 それを受けてウォータータルボサウルス――ボスはその人へと突進を仕掛けた。

 この手のタイプで考えられる攻撃は、突進とかみつき、尻尾による薙ぎ払いだろう。

 案の定、突進を掛けられたプレイヤーはその後のかみつき攻撃で盾ごと咥えられた。ボスが大きすぎて盾では防げなかったようだ。近接職が足に攻撃を加え、遠距離職が魔法や弓を放つと、それを嫌って激しく首を振りながら咥えていたプレイヤーを吐き出した。

 プレイヤーの平均的な身長程度もあるボスの足。近接職たちも踏まれないように、ボスが動くたびに逃げたり追いかけたりしながら攻撃を重ねる。

 ここまでは遠距離職は着実にボスのHPを削っていっていた。だが3割を切ったところで尻尾による薙ぎ払いが繰り出されて、次々と倒されていった。

「ウィンドウォール!」

「シャドーウォール!」

 そんな中隣り合っていた晴樹とGillian(ジリアン)は、広樹の『ウィンドウォール』と晴樹の『シャドーウォール』の二重防御によってかろうじて生き残ることができた。すぐさまHP全回復ポーションを飲む。

 死に戻りをしたメンバーたちは、召喚の間の入り口で復活しては戦線に復帰を繰り返していた。もうすでにゾンビアタックは始まっている。

「あっぶなかったー」

 晴樹がしみじみともらして、大きく息を吐き出す。

「間に合ってよかったよ」

「サンキューヒロ。まじ、ヒロのおかげだわ」

 尻尾の薙ぎ払いは左右に大きく振られたため、死に戻りした大半の遠距離職はボスの尻尾側を避けて、盾職の後ろから攻撃を繰り出すようにしたようだ。その代わり、盾職がかみつき攻撃を受けそうなときにはシールド等を飛ばして防御に協力するようになった。おかげでだんだん戦局が安定してボスのHPの減りが早くなった。

「シャドースコーピオン!」

 晴樹がボスに毒を与えようと魔法を放つ。効果はすぐに表れた。若干ではあるが苦しそうにする場面が見られたのだ。

「へえ、ボスもこんな表情をするんだ」

「毒ってても、平気そうに攻撃してくるイメージがあるよねー」

「そそ」

 そうしてボスのHPが5割になったとき、ようやくその名前を思い出すことになった。

 ウォーターカッターのような攻撃がボスから飛んでくる。

「サンダーシールド――うわっ」

 シールドを張っても少し威力が落ちただけで、そのままシールドを突き破って飛んできたので、晴樹は慌ててしゃがんで避けた。

「後衛に優しくないボスだなー」

 四方八方にウォーターカッターが飛んでくるので、あちらこちらで悲鳴や悪態をつく声が上がる。

 そんな盾職や遠距離職たちとは違って、近接職の面々はここぞとばかりに足や尻尾の付け根をひたすら攻撃していた。

「ライトニングストライク」

「リーパーズサイススラッシュ!」

「クレセントストライク」

「ダークグリムリーパーロール!」

「いった!」

 思わず広樹は声を出してしまったが、Jude(ジュード)の『ダークグリムリーパーロール』がとどめとなって、ようやくボスの尻尾を切り落とすことに成功した。

 尻尾を失ってバランスが取れなくなったのか、ボスは頭を地面につけて暴れた。

 魔法を撃つ余裕も無くなったのか、頻繁に放たれていたウォーターカッターも止まる。

 そしてまた遠距離職のターンがきたとばかりに張りきったのか、さまざまな魔法が飛び交いボスへと突き刺さった。

「そのまま逝きなさい! チャージアロー!」

 Gillian(ジリアン)も相当頭にきていたのか。次々とスキルを使って矢を撃ち込んでいた。

 このまま最後まで――そうほとんどの者が考えていただろうが、ボスのHPが残り1割を切ったとき、ボスが大音声をあげた。

「うわっ」

「ぐはっ」

「ぎゃっ」

 脳を揺さぶるような大声に、頭や耳を押さえる者が続出した。攻撃が一瞬途切れる。そのすきをついて、ボスはウォーターリィリィースを放って自身を魔法水で包み込む。それによってボスは掛けられていたすべてのデバフから解放された。

 さらにボスは体の下から噴水ウォーターファウンテンを呼び出して、その水の勢いで体を起こした。

 再びボスの放つウォーターカッターが周囲を襲う。

 正面を睨みつけたボスは盾職へ向かって跳躍した。

「ウィンドウォール!」

「シャドーウォール!」

「サンダーシールド!」

 慌てて広樹と晴樹とBradley(ブラッドリー)が、Theodore(セオドア)の前に防御魔法を置く。

 それでもなにか嫌な予感がして、広樹はレイドチャットで「ストンプかも!?」と告げた。ボスの着地のタイミングを見計らって、念のためにジャンプしておく。

 予想は見事に的中し、広樹のレイドメンバー以外はほとんどの人が硬直のデバフを食らって棒立ちになったり倒れたりしていた。

 ボスが近くに倒れていた盾職にかみつこうとしているところへTheodore(セオドア)が割り込み、カウンターシールドを放つ。

 脳震盪を起こしたようにふらつくボスへ、晴樹とBradley(ブラッドリー)の魔法とGillian(ジリアン)の弓が突き刺さる。

 ダッシュで駆け寄っていた広樹とJude(ジュード)が、ボスの片足を片手剣や大鎌で幾度も切りつける。

「ヒロ、Jude(ジュード)、下がれ!」

 Chad(チャド)の声に反射的にバックステップを使ってボスから距離を取る。

 入れ替わりに、Cecil(セシル)が手に持っていた雅やかな手鞠がボスに向かって蹴りこまれた。

 手鞠がボスに当たると同時に大爆発が起こり、ボスは大火に包まれた。

「ライトニングストライク!」

 Bradley(ブラッドリー)が珍しく左腕を振り下ろしながら力強く魔法を撃つ。

 ウォーターファウンテンで火を消そうとしていたボスは、強烈な落雷を受けてHPを消滅させたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ