55. 狩場の移動
イベントエリアに歓声が沸く。
2時間近くかかったイベントボス――オルトロスの討伐戦。
しかも前情報なしに挑んだボスだ。倒しきれたことに皆喜びを感じていた。
「最後の攻撃すごかったねー」
大剣を使ってオルトロスの首を落としたプレイヤーはきっと上位勢なのだろう。自分たちとは攻撃力がだいぶ違っていた気がすると広樹は思った。
広樹も最初は両手剣か片手剣かで悩んでいたが、さすがにあそこまでの大剣は自分には難しいだろうと思う。そして今となっては片手剣でよかったとさえ感じる。そもそも魔法もかなり使っているので、盾さえいれば杖でも問題ないのだ。基本晴樹と二人でプレイすることが多いので、盾もどきの近接職としてプレイしているだけで。
「ヒロやジュードさんも、蛇を切り落としたときとかかっこよかったぜー」
「あー、ジュードさんの大鎌ね。あれもすごかったね」
まさにアニメ『ヘルダン』に出てくる『ハルヒロ』が大暴れしているように見えたのだ。演じているJudeもだけど、あの衣装と武器を再現した生産職組も尊敬する。
「さて、これで今回のイベントも終わりだし、次はクランボスかな?」
「『クランボス召喚券の欠片』もかなり集まったし、明日のメンテが明けたら、どこのクランもボス祭りするんじゃない? ここのクランの予定はわからないけど」
ちょうどその時、クランチャットに知らせが流れた。
『Zechariah:やあ、みんな。イベントボス討伐お疲れさん。クランボス戦についてアンケートを作るから、参加できる日時を教えてほしい。できれば今日中に返事を頼むわ』
クラン用のメニュー画面を開けばクランマスターの名前が表示されているので、名前だけは知っていたが、会ったこともなければ、声を聞いたことさえこれが初めての広樹と晴樹は、こんな感じにしゃべる人なんだという風に思った。緩い感じでこのクランに合っている気がする。
「ハルヒロ、クランボスには参加できそう?」
まだ近くにいたGillianに聞かれた二人は、基本的にいつでも参加可能だと答えた。さすがに深夜にはやらないだろうし。
「じゃあ二人の分もアンケート投票しておくわね」
「ありがとうございます」
Gillianがまとめて記入してくれるようだ。といってもここにいるメンバーは毎日ログインしているし、朝昼晩問わず参加可能なメンバーばかりだったので、曜日も時間帯も「all-all」という回答になっている。実に楽なものだ。
イベントボス終了直後だったこともあり、まだログアウトしているメンバーもいず、回答は早々におこなわれたようだ。
『Zechariah:お、みんな回答ありがとう。早速結果が出たわ。まず1回目は明日の夜。サーバー時間で20時開始だ。集合場所はクランハウスな。遅れずに参加してくれよ。んじゃ、今日はこれで解散ー』
「楽しみだなー」
晴樹の一言に皆が同意する。
さて、名残惜しいが長時間の戦闘で疲れているだろうと、いったんここでレイドも解散することになった。
もっとも生産職組の興奮具合から察するに、明日のクランボスでも何かしら持ち出してきそうではあるが。そこはまあ明日の楽しみに取っておくことにして。
広樹と晴樹は、おとなしくログアウトしていったのだった。
メンテナンスは予定通り終わり、広樹と晴樹は、今日も朝からログインして狩りをしていた。
今回は2人だけでのオーガ狩りだ。
1体ずつであれば問題なく狩れることがわかった。2体でもなんとかなりそうな感じだ。3体では厳しいかもしれないといったところか。
これならドリッテへ移動しても大丈夫だろう。
早めに昼食を済ませて、午後からはドリッテの資料室へ行って、どこの狩場が自分たちの適正かを調べることにした。
「まず、西門側にいるエリアボスがミノタウロスっていうのは聞いていたとおりだな。ってことは北か南のどちらかで経験値を稼ぐのがいいのかな?」
ドリッテの冒険者ギルド内にある資料室で、ドリッテ周辺の魔物を調べている晴樹がざっと資料を眺めて言う。
広樹は該当箇所を指でなぞりながらつぶやいた。
「んーっと、北がフライングアイで、南がトレントか……」
ちなみに北西はメデューサボールで、南西がファンガス。北東にドリットダンジョンがあって、南東はラウペがいるようだ。
広樹は少し考えて南のトレントを勧めた。
「ハルの杖をトレントのドロップで作ってもらうってのはどう? きっと王都ラッヘルで使えるような杖ができると思うんだよね」
広樹はオーガの角や牙・爪を使って作ってもらおうと考えている。
ネクストタウンで出会った鍛冶師見習いのエルゼは、今広樹が使っている剣を『折れた骨を使ってるので安くなってる』といい、『牙や爪を使ったものですと30000Gは超えてしまいます』とも言っていた。つまりは牙や爪を使って剣を作れば今よりもっと強いものができるということだ。
クランメンバーで武器を作っているのはCecilとChadの双子だと聞いている。一緒にイベントを乗り越えた仲間だ。ダメもとで頼んでみようと思っている。
「ヒロがそれでいいなら南のトレントにするか。あ、先に剣の製作依頼をしてみたらどうだ? 材料はもう揃ってるだろう?」
「そうだね。ちょっと聞いてみるよ」
広樹はクランチャットへ切り替えて呼びかけてみた。
『ヒロ:セシルさんかチャドさんいますか?』
『Cecil:二人ともいるよ。どうしたヒロ? 武器の依頼か?』
『ヒロ:はいそうです。手が空いていたら僕の片手剣を作ってもらえませんか?』
『Cecil:問題ないぞ。材料があるなら今からクランハウスへ持ってくるか?』
『ヒロ:はい、すぐ行きます』
そして広樹と晴樹はクランハウスの生産部屋へと向かった。
「このオーガの角・牙・爪を使って片手剣を作ってもらいたいんです」
「任せておけ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
言われたとおりの数量と、製作費として22000Gを渡す。
また、今からトレント狩りに行くつもりなので、ドロップ品が集まればそれで晴樹用の杖の製作もお願いすることになる旨も伝えて了承を得た。これで安心してトレント狩りに集中できる。
だがその前に魔法屋に寄ることにした。
「属性によってドロップに差が出ることもあるよね」
「あるある。火はたぶん使わないほうがいいから、風あたりを探した方がいいかもな」
「雷もきっとやめたほうがいいだろうし……、風はもちろんとして、僕も闇とか取っておこうかな?」
「いいんじゃないか。持ってて損はないだろう」
そういうことで二人は魔法屋へと向かい、販売している魔法のリストを見ていく。
「風だと定番の『ウィンドカッター』と『ウィンドエッジ』あたりか?」
単発と範囲は押さえておきたい。
あとは防御として『ウィンドシールド』『ウィンドウォール』。
「あ、『テンペスト』もある。風と水の複合もいいかも」
攻撃魔法はドリッテからは1つ2500Gと少々値上がりしている。攻撃力が上がるのだから当然なのかもしれないが。防御魔法も1500Gと、ファーストの町やネクストタウンと比べて500G高い。
広樹は手持ちの金額を確認して、これらとプラスして闇魔法の『シャドウエッジ』と『アサルトクロウ』を購入した。
晴樹は風魔法だけにする。闇魔法は今後もシャドウ系を育てるためだ。もっともけっきょくその後晴樹もこの2つの闇魔法を購入した。手数は多いほうがいい。
「ちょっと金策しないとまずいかも」
広樹が苦笑しながら言う。
晴樹もそれには同意だ。
「トレントのドロップで余ったものを売ったらちょっとは足しになるかもな」
「売れるものがたくさんドロップしてくれるといいなー」
そんな話をしながら、広樹たちはドリッテの南門を抜けてトレントの森へと足を運んだ。
「ねえ、ハル」
「ああ」
「どれがトレントだと思う?」
「ああ、どれだろうな……」
二人は悩んでいた。植物の樹木と、魔物のトレントとの区別がつかない。
こんな時頼りになるのは、1つしかない。
「ニートリヒ、トレントがどこにいるかわかる?」
『わかるよ、マスター。印、付ける』
精霊スライム――ニートリヒの言葉と同時に、視界のところどころに赤い逆三角印がついた木が目に入った。
晴樹も同じようにセイに頼む。
「おおー。こんなにいたのかー」
これで安心して狩れる。二人はそっと息を吐き出して、一番近い印のもとへと向かった。
少し離れたところからじっくりと観察する。
鑑定を使ってみると、ちゃんとトレントと表示された。
擬態が見抜かれたことに気づいたトレントがざわざわと枝葉を揺らす。
と、次の瞬間広樹の元へ数枚の葉が飛ばされてきた。
反射的に避けると、その葉は、後ろの幹へと突き刺さった。
「なかなか攻撃力の高い葉っぱだね」
「手裏剣みたいだな」
晴樹が笑う。
広樹もつられて笑った。
「言われてみればたしかに」
「それじゃあ攻撃を始めますか」
晴樹は杖を掲げた。
「ウィンドカッター!」
枝が数本斬り飛ばされた。
広樹も続く。
「ウィンドエッジ!」
扇状に風の刃がいくつも飛んでいく。反撃してきたトレントの葉や枝を斬り飛ばして、本体である幹に傷をつけた。
「まあまあかな」
「だな。次は――シャドースコーピオン」
影で作られた大きなサソリ。尻尾の先端の毒針を幹に突き刺して毒を注入する。毒にやられたトレントの葉がみるみる枯れていく。
「シャドーボール」
影のボールが幹に穴をあけ。
「シャドウエッジ」
闇の刃が飛び出して枝を次々斬り落とす。
「闇もちゃんとダメージ入ってるね」
そうやってトレントを見つけてはいろんな魔法を試していった。
ドロップは『トレントの葉』『トレントの枝』『トレントの幹』だ。特に『トレントの幹』はレアアイテムっぽくて、広樹と晴樹二人分を合わせても5本しかドロップしていない。
「この『トレントの幹』って強そうだよね。もっと落ちないかなー?」
「『幸運のネックレス』をつけててもこれだけしか落ちないって、超レアって感じだよな」
「とりあえずクランハウスへ行ってセシルさんとチャドさんにこれで足りるかどうか聞いてみようか? ダメならまた狩りに来ればいいんだし」
「そうするか」
広樹と晴樹は今後のためにマップピンを刺してからクランハウスへと移動した。




