54. オルトロス戦
「やったぜブラザー!」
Judeが楽し気に歓声を上げ、これまでのうっ憤を晴らすようにオルトロスへ向けて追撃を食らわせる。
「ダークグリムリーパーロール」
大鎌をぐるぐると回転させてその勢いをもってボスの体を切り裂く。
リーパーの名前がついたスキルは、その攻撃跡に闇色の靄のようなものが残るようだ。まるで流血代わりのエフェクトみたいにも見えるのだが、あながち間違いではなさそうだ。オルトロスに流血中を示すアイコンがついた。
広樹はざっくりとボスの体全体を見渡した。
上位勢が攻撃している顔や首のあたりが随所に赤くなっているところがある。見た目上流血はしていないが、その部分は深手を負っている演出のようだ。だからあの闇色の靄も流血をごまかすという意味も多少はあるのだろう。もっとも攻撃するたびにいちいち魔物の血を浴びたくはないので、その辺は省略され、単純にスキルの効果を示す演出なのかもしれない。
そんなことを思いながら、広樹も負けじと剣を振るう。
ようやくボスのHPが残り5割となった。
オルトロスはまたしても右側の頭を上げて吠え、配下を召喚した。今度は50体ほどいるだろう。
広樹とJudeは即座にバックステップで仲間たちの元まで下がり、盾職のTheodoreの斜め後ろについた。
「クールタイムが明けたわ」
Gillianがなんのクールタイムを確認したのか全員が把握していた。この状態で知らせることなど一つしかない。
Gillianがそのまま合図を送る。広樹が何度も言うので覚えてしまったらしい。
「せーのっ」
「桜吹雪!」
再び10人の声が揃う。
大量の桜の花びらが舞って、ダークブルドックはどんどんとHPを削られ数を減らしていく。
今度はボスにも効果があらわれ、緩やかにHPを削る。
ダークブルドックが全滅すると、予想通りオルトロスの左側の頭が上を向いて吠えた。
口から吐き出されたたくさんの火の玉がプレイヤーを襲う。
「サンダーシールド!」
広樹と晴樹が叫ぶように防御魔法を唱え、Theodoreは『カウンターシールド』を使った。
直撃は避けたが、今度は数が多く、3~5割ほどHPが減ってしまい、全員がHP全回復ポーションを飲む羽目になった。
「さすがにきつくなってきたなー」
「できれば最後まで死に戻りしたくないんだけどねー」
広樹たちがそんな会話をしていると、双子の男性――CecilとChadがTheodoreの横まで出てきた。
「危ないぞ」
Theodoreが一応といった感じで声をかける。
双子はそれに対してうなずきはするも、後ろに戻ることはなかった。
「ようやく解放する時がきた」
Cecilが言う。
「われらの魔法を食らうがいい」
Chadも言う。
なにが始まるのかと広樹たちが見ていると、CecilとChadの二人は持っている装飾過多な剣をクロスの形に重ねた。その剣はいつの間にか全体が光り輝いていた。
「ストームライトニング!」
声を張り上げて魔法名を唱えながら光り輝く剣を振り切る二人。
剣に蓄えられていた輝きを放つほどの魔力がクロス状の光となって、オルトロスへ向かって放たれる。
魔力はオルトロスに着弾すると弾けるように膨れ上がり、無数の稲妻をほとばしらせながら暴風の中にボスの巨体を閉じ込めた。首から上だけは外に出ているが、嵐によって胴体は無数の傷が刻まれ、稲妻によって無数の焦げもできていた。
「おおー」
見ていた広樹たちの口からなんとなく声が漏れる。
CecilとChadの二人は満足したのか、ボスの様子を眺めてうなずくと、そそくさと元の位置へと下がっていった。
よく見ると彼らの手にあった剣が無くなっている。
「あれ? セシルさん、チャドさん、剣はどうしたんですか?」
「ああ。剣は壊れた。あれは使い捨てなんだよね。魔力を貯めるのにも時間がかかるし、もっと研究が必要だ」
「そうなんですね。頑張ってください」
大技はロマンだとかいうタイプなのだろうか。
広樹はただそれだけしか言えなかった。藪はつつかないに限る。
しかし広樹も人のことは言えないと思った。なんとなくうずうずしているのだ。今まで使えなかった魔法。いや、使ってみたら大変な事態になってしまったあの魔法。
(今なら使えるんじゃないかな?)
「ヒロ?」
広樹の様子に気づいた晴樹が不思議そうに声をかける。
それに対して広樹は不敵な笑みを浮かべるだけで答えなかった。ただ静かにエンチャントを唱える。
「ふふん。――エンチャントホーリー」
「お?」
唱えた付与魔法の属性は『ホーリー』。晴樹も思いついたのかにやりと笑って「エンチャントホーリー」と口にする。
広樹と晴樹はボスへと向き直ると、同時に口を開いた。
「スターダストレイ!」
ネクタウダンジョンで使ったときはゾンビらがリンクしまくって大変なことになったが、今はボスしかいないうえに、イベントエリアなのでフレンドリーファイアはない。遠慮なく放つことができた。
先ほどの『ストームライトニング』でもヘイトを奪うことはなかったのだから、こちらにタゲが向くことはないだろう。ボスはひたすら正面に向かって薙ぎ払いとかみつきを繰り返すのみなのだから。
派手なエフェクトの魔法が連続したことで、広樹と同じようなことを考えたのか、あちらこちらでエフェクトの派手な大技が炸裂した。
晴樹が目の上に手のひらで庇を作ってそれらを眺める。
「おおー、派手だねー」
「まだまだみんな元気だよね」
「だな。1時間以上戦ってるのにこれだもんなー。お、そろそろ残り3割だぜ」
晴樹はそう言って魔力ポーションを飲む。広樹も今のうちにと飲んでおいた。
オルトロスの双頭が揃って遠吠えする。
またしても配下を召喚したのだが、今度は双頭のダークブルドックだった。今までのダークブルドックよりも大きく、大型犬並み。全部で10体ほどのようだが、それぞれの口から炎を吹き出してきたため、あちこちで悲鳴が上がる。
「エンチャントダーク。シャドーウォール!」
晴樹が壁を呼び出して炎を防いでいるあいだに、皆は後ろへと避難した。
「エンチャントサンダー。チェインライトニング」
『チェインライトニング』が使える者たちが次々と唱えていく。
「シャドースコーピオン」
近づいてきたダークブルドックに晴樹が毒を付与してHPを消滅させる。
右側から聞こえた悲鳴につられて広樹が視線を向ければ、Judeが『ダッシュ』で駆け寄って『リーパーズサイススラッシュ』を放ってダークブルドックを狩っていた。悲鳴を上げていたプレイヤーの一部は火傷の状態異常で死に戻りをしてしまったが、大半はなんとか生き延びてポーションを飲んでいた。
息を吐きだし、広樹はボスへと視線を戻す。
オルトロスは遠吠えした時の体勢のまま動きを止めていた。そのため上位勢がここぞとばかりに攻撃を繰り出している。
そしてオルトロスのHPが残り1割となった。
ボスの4つの瞳が紅く染まる。
首を元に戻したオルトロスは、左右に頭を振りながら火の玉を吐き出し始めた。
ボスの正面にいたプレイヤーたちは慌てて盾を出す。
さらには後ろ足で左右交互に蹴りを放ちだしたため、後ろ足を攻撃していた近接職の面々が蹴り飛ばされることとなった。
「うわぁー。ボス大暴れ……」
今まで薙ぎ払いをおこなっていた前足は、今は動きを止めているため、プレイヤーたちは前足へと移動して攻撃を加える。ちょうどボスの胸からお腹にかけても無防備な状態になっていたため、こちらへの攻撃も盛んにおこなわれた。
広樹とJudeもその仲間に入って片手剣と大鎌を振るう。
「アースインパクト! クレセントストライク!」
「リーパーズサイススラッシュ! ダークグリムリーパーロール!」
晴樹たち後衛職も負けじと魔法を撃ちまくる。
「シャドースコーピオン! ホーリーレイ!」
「パワーショット!」
「ウォーターカッター!」
そして。
オルトロスの両側から高く飛びあがった二人のプレイヤーが、大剣を持ったままぐるぐると前方宙返りをして勢いをつけ、左右の首をほぼ同時に切り落とした。




