51. イベント開始
最初に出会ったのは床に着くほどに長い髪の女性だった。この女性のほうが十二単が似合いそうにも関わらず、着ているのはつなぎ。腰のベルト部分にはハンマーが挟まっており、いかにも生産職って感じだ。ただし後で聞いたところこのハンマーは見た目だけで、武器としては杖に分類されるらしい。
彼女の第一声は「雛祭り!」だった。
そこは「雛人形」もしくは「雛飾り」ではないのかと思った広樹だったが、おとなしく口をつぐんで挨拶だけを交わした。
彼女の名前はAbigail。
「ヒロ――だったわよね? ねえ、ヒロ、化粧もしない?」
「しません!」
「ははは……、残念ー」
冗談半分だったようで、すぐに引き下がってくれて助かった。
次にログインしてきたのは、晴樹と同じようなエルフの男性だった。名前はBradley。
「おぉー、雛人形。すばらしい……」
こちらはやや抑えた声音で一人感動していた。
十二単の裳や引腰を担当したらしい。広樹はちらりとその部分を振り返り、一つうなずいた。彼もオタクに違いない。
武器は左腕に巻いた木のツルが杖の代わりだそうだ。
その後武器製作担当の双子の男性――CecilとChadがクランハウスへやってきた。使う武器は2人とも剣だが、戦闘はほぼ魔法のみで、剣の形をした杖のようなものらしい。
「これでパーティメンバー全員だ」
Dresserがそう締めた。
Judeたちもログインしてきては生産職の面々と会話をしたり、なにかをやり取りいているから、イベントが開始すれば新しい衣装か武器を披露してくれるかもしれない。
ちょっとワクワクしてきた広樹たちだった。
本日分のデイリークエストはすでに受けているので、イベントが始まったら専用エリアに行くだけだ。
それにしても――、と思いながら広樹は周囲を見渡した?
それに気づいたDresserが声をかける。
「どうした、ヒロ?」
「いえ、大したことではないです。ただ僕たちにはこんな衣装を用意してくれてたのに、みなさんは冒険者風の衣装に革鎧だけなんだなーって思っただけです」
Dresserは自身の体を見下ろした。
「ああ、これか。俺たちは普段いろんな衣装を着ているからな。たまにはこういうのもいいかと思ってな。まあ安心しろ。おまえたちの衣装を作っていたから自分たちのものを作れなかったわけじゃない。むしろ今後も増え続けるのは確実だ。イベントのドロップ内容次第では、それが加速するかもしれないな」
そう言ってDresserは大きな口を開けて笑った。
そしていよいよイベントの開始時間となる。
システムのイベントタグからパーティとレイドを組む。
レイドリーダーであるGillianがスタートボタンをタップすると、レイドメンバー全員がイベント専用エリアへと転移していた。
そこは補給基地のようになっており、住人がポーション等を販売していた。
木で作られた柵を超えればイベント開始だ。
「さあ、行くわよ」
Gillianの掛け声に合わせてまずは盾職のTheodoreが足を進めた。
ほとんどが遠距離職というメンバーが続き、最後尾で後方からの攻撃から生産職を守る役目を近接職のJudeが務める。そのJudeだがいつものバトルアックスではなくステッキを持っていた。これはいよいよ完成したのかもしれない。広樹は期待が高まった。
イベントエリアではパーティやレイド内はもちろん、それ以外のプレイヤーや住人にもフレンドリーファイアはない。なので気兼ねなく範囲攻撃を撃てるので、人が少なくて魔物が固まっていそうな場所を探しながらもどんどん狩っていく。
ドリッテの魔物ではあるが、特に苦労することなく狩ることができている。それに関しては一安心だ。
とりあえず攻撃が当たっていればその魔物が倒されたときにクエストに数がカウントされる。
生産職のみなさんにはとにかくいろんな魔物に攻撃を当てていってもらうようにした。
広樹や晴樹も範囲魔法を中心に攻撃を重ねる。
そうして移動しているうちにそこそこ広い場所が見つかった。ここで本格的に魔物を狩ることにする。
「ヒロ、できるだけ『桜吹雪』をお願いね。ハルも買ったんでしょう? 期待してるわ」
「そういうジリアンさんたちも買ってるんでしょ?」
「もちろんよ!」
「それじゃ、みんなでどんどん花びらを舞い散らせていきましょう」
晴樹が焚き付けたせいで、みなが揃ってやる気になっていた。
「まずはヒロからね」
みんなから期待のまなざしが注ぎ、広樹は小さく咳払いをして顔を上げる。檜扇で敵を振り払うように振り切りながら魔法を発した。
「桜吹雪!」
するとレイドメンバーからやんやと喝采が送られた。
特に生産職の面々が大騒ぎだ。
続けて晴樹が同じように笏を使って斜め切りするような動作とともに魔法を放った。
「桜吹雪!」
さらにDresserたちのボルテージが上がる。彼らの頭の血管が切れないか心配になるほどのはしゃぎっぷりに広樹はちょっと引いた。
そんな中、Judeは思った通りステッキを大鎌に変えて魔物を確実に仕留めていく。とうとう『ハルヒロ』が完成したようだ。こちらはこちらでテンションを上げて本人になり切っていた。
TheodoreとGillianは変わりなかったので、広樹はちょっとだけ気持ちが落ち着くことができた。
「さあ、どんどん撃っていくわよー」
直後に響いたGillianの掛け声に、広樹が先ほど感じたことは幻だったと気づく。
晴樹がポンッと笏で広樹の頭を叩く。
「受け入れろ」
「だね……」
なぜか生産職組のDresser、Abigail、Bradley、Cecil、Chadが『桜吹雪』を使うときには、必ず広樹か晴樹のそばまで来てから発動させていた。渇望に近い頼みを受けて、広樹と晴樹は、彼らの魔法が放たれるタイミングに合わせて檜扇や笏を振った。
次の日、広樹と晴樹に渡されたのは、2セット目の見た目装備用のスロット拡張アイテムと、スチームパンク衣装だった。
これはこだわりのあるJude、Gillian、Theodoreを除く7人全員がお揃いだった。デザインは多少違っているしそれぞれに似合ったものになっているが、スチームパンクで統一されていた。
「ハルヒロ、今日はこれを着てくれ。ただし『桜吹雪』を使うときだけは昨日の十二単と束帯で頼む。今日も期待しているぞ!」
「大人ってやつは……」
広樹と晴樹の思いは重なった。




