40. 任務完了
「おつかれー」
「おっつー」
「GG」
「GJ」
「GG」
『GG』は『Good game』の略で、『GJ』は『Good job』の略だ。いずれもニュアンスとしては『お疲れ様』といった感じだろう。
5人は楽しくハイタッチを交わしてボスの討伐を喜び合った。
そうやってひとしきり騒いだあとは、ドロップ品の確認だ。
中央に残された大き目の宝箱。広樹一人ならばゆったりと浸かれる浴槽ほどの大きさだ。
「誰が開ける?」
広樹がみんなの顔を見渡しながら尋ねると、Judeが大きく両腕を広げた。
「みんなで開ければいいんじゃないか?」
「それもそうだね」
広樹は小さく吹き出すように笑った。
たしかに誰か一人が代表で開けなくても、これだけ大きな宝箱なのだ。5人揃って開けることも可能だろう。
「じゃ、そういうことで。俺はここねー」
晴樹がさっそく場所取りに向かうと、他のメンバーもそれぞれ宝箱に近づいて位置に着く。
「準備はいいかー? 開けるぞー」
晴樹が声をかけると全員がうなずく。
「それじゃあ、せーの」
「せっ」
晴樹と広樹の掛け声の意味はわからなくても、なんとなく通じたようで、広樹の「せっ」に合わせてみんなの手で宝箱のふたが持ち上げられていく。
ふたが開ききったところで一度宝箱の中が光を放ち、それが収まると、全員分の武器強化用の素材が現れた。
任務での納品用のボスの魔石は、倒した時点で全員のインベントリに入っている。
これを冒険者ギルドへ納品すれば任務は完了だ。
広樹と晴樹の二人に関しては、合わせてメインクエストもネクタウダンジョンクリアと同時に達成しており、報酬の『攻撃力上昇効果の付いた腕輪1個』もインベントリに配布されていた。
メインクエストについてはまだJudeたちには教えていない。
彼らはファーストの町に戻って西門のエリアボスに挑戦する予定だ。そこから順にクエストをたどっていけば必然的にメインクエストが解放されるはずなので、そこはお楽しみの一つとして隠している。
そういうものがあったほうがより楽しめるのではないかと広樹たちが思ったからだ。
たぶん自分たちのようにびっくりするだろう。
それを思い浮かべて広樹はひっそりと笑んだ。
ネクタウダンジョンから戻ってきた5人は、揃って冒険者ギルドへと入っていった。任務の完了報告のためだ。
相変わらずコンラートが担当する窓口は空いていたが、そこは買取依頼用だ。任務を受けたのはコンラートからではあるが、任務報告用のカウンターが別にあったため、5人はそちらへ並ぶ。
すぐに順番がやってきた。
「こんにちは、いらっしゃいませ。任務の達成報告でしょうか?」
窓口の女性がにこやかに確認してくる。
代表して答えたのはたまたま一番前にいた広樹だ。
「はい、そうです。ネクタウダンジョンボスの魔石を持ってきました」
「かしこまりました。こちらの籠へ魔石をお願いします」
「5人まとめてでもいいですか?」
「はい。パーティメンバー全員のご報告ですね。大丈夫ですよ」
一人ずつではなくてもいいということだったのでありがたく一括で済ませてもらうことにした。
揃ってインベントリから魔石を取り出して籠の中へ入れる。
「はい。確認が取れましたので、報酬をお渡ししますね」
そう言って取り出したのは5枚の紙だった。
「こちらの許可書を生産者ギルドへ提出しますと、武器への強化が可能になります。詳しくは生産者ギルドでご確認をお願いします」
それから、と言って取り出したのは、提出した魔石を買い取るためのゴールドだ。一人20000Gあった。
依頼を受けた時の報酬には記載されていなかったものだが、もらえるというのならありがたくもらうまで。お金はいくらあっても足りないのだ。遠慮などしない。
「生産者ギルドはどこにありますか?」
あっても不思議はないのだが、今まで聞いたことのなかったギルドだ。当然場所などわかるわけもなく聞いてみたのだが、冒険者ギルドの裏にあるそうだ。
冒険者ギルドへ集まった素材は、裏の搬出口から生産者ギルドへと渡されていたらしい。冒険者ギルドの搬出口と生産者ギルドの搬出入口は馬車道を挟んで向かい合っているそうだ。
そのため生産者ギルドの窓口へ向かうにはぐるっと正面まで回らなくてはならないが、遠い場所にあるわけではないので広樹たちにとってもこの位置関係は助かった。
受付の女性にお礼を言って一行はさっそく生産者ギルドへと向かう。
「魔石を提出して任務の完了報告をしたらそれで終わりかと思ってたら、シークレットエリアが解放されたって感じだね」
なにが書いてあるのかわからない許可書とやらを眺めながら広樹が軽く愚痴るようにつぶやく。
「まあ他のゲームだと強制的にNPCの解説動画が始まるパターンだな。チュートリアルは必要ちゃ必要だからそこはまあ割り切って、武器を強化したらどうなるのかを楽しもうぜ」
晴樹の言うことはもっともだ。広樹も納得してうなずいた。
「たしかにそうだね。下手したら次の町でーってこともありえたし、この距離の移動だけで済んでよかったって思うことにするよ」
「そうそう。次の町より全然近いぞー。ほら着いた」
晴樹の物言いが面白くてJudeたちも笑う。
「着いた着いた。さあ強化を楽しもうぜブラザー」
「イェーイ」
一行は新規受付窓口へと向かう。
「いらっしゃいませ。生産者ギルドへようこそ。本日のご用件はなんでしょうか?」
入り口でふざけていたJudeたちを追い抜いて最初に窓口へとたどり着いたGillianが、インベントリから強化の許可書を取り出して差し出す。
「冒険者ギルドから、武器の強化の許可書というのをもらったんだけど、提出はここでいいのかしら?」
窓口に座る女性は笑顔でうなずいた。
「はい、こちらで承っております。提出されるのはおひとりでしょうか?」
「いえ、5人全員です」
「それではほかの皆様も許可書のご提出をお願いします」
全員が許可書を渡すと、受付嬢は「少々お待ちください」と言って、1枚ずつ読み取り装置のようなものへとかざしていった。かざすたびにピカリピカリと装置が光る。5枚すべてを同じように処理すると、女性は装置の横から出てきたカードを取り出してカウンターへと並べた。
「お待たせしました。こちらのカードは生産者カードです。インベントリに保管されますと、生産者ギルドの各種サービスが受けられるようになります。武器の強化もそのサービスのうちの一つです。このカードをお持ちの方は、生産者ギルドへ登録されている生産者に強化を依頼することが可能になります」
「登録していない生産者では強化はできないの?」
「素材さえ揃っていれば挑戦は可能です。ただし成功率は5割以下となるでしょう」
「登録している人だと必ず成功するのかしら?」
「一定の強化値までは必ず成功します。それ以上になりますと、強化を進めるたびに成功率は下がっていきます」
このあたりはよくある強化と同じようだ。ゲームによって+4までは成功率100%でそれ以降は成功率が徐々に下がっていくもの。+6までは大丈夫なもの。といった感じでどこまでの強化が安全なのかどうかは違うが、流れとしてはよくあるものだ。ただ、失敗しても強化値がそのままなもの。失敗すると強化値が下がるもの。失敗すると装備が破損して無くなってしまうものがある。果たしてワイスシュトラーゼではどうなのか。
「失敗した場合はどうなるの?」
「登録者が強化した場合は、+7までは必ず成功します。それ以降は失敗した際には強化値が下がります。未登録者が強化した場合は、安全値はありませんので失敗すれば必ず装備が破損して使えなくなります。ですからくれぐれもご注意くださいませ」
広樹たちは呆然として顔を見合わせた。
+1の挑戦からリスクがあり過ぎる。どう気をつければいいのか。
「えーっと、登録者かどうかは、どうすればわかりますか?」
「強化をおこなう際は必ず生産者ギルドの施設を使うようになります。この施設には破損を防止する効果が付与されていますので。ですからこの施設を利用できる者であれば登録者という証明になります」
それなら安心だ。明確な基準がわかって、広樹たちは胸をなでおろした。
さて、ここまではわかった。
あとは武器の強化をおこなうかどうかだが、これはいったん保留することにした。今すぐ実行する必要もない。またどの武器を強化するのかも考えたい。そして今強化に必要な素材はデュラハンの宝箱からドロップした1つしかない。+7まで安全値だというのなら、もう少し素材を集めてからでもいいのではないかという考えだ。
強化素材はデュラハン以外の魔物からもまれにドロップするようだ。
デュラハンでさえ、初回以外はランダムドロップだというのなら、ほかの魔物を狩るほうがいいだろう。
そういうわけでパーティはここで解散することになった。
Judeたち3人はファーストの町へ飛んで、西門のエリアボス戦への挑戦を優先させたいらしい。
今後を考えれば、『精霊スライム』や『マップピン』及び『転移』スキルは早めに手に入れておくほうが有利に働くに決まっているからだ。
それらをすでに手に入れている広樹たちは強化素材を集めるために、休憩を挟んで、ネクタウダンジョン4階のベア狩りに行くことにした。
「あ、でも、ネクタウダンジョンでのドロップがインベントリに入ったままだよね。ちょっと整理してからにしない?」
「そういえばそうだったわ。魔石とか肉とか、けっこう貯まってたよな。毛皮はドレッサーさんに必要数を聞いてからにして、それ以外を冒険者ギルドへ売りに行くか」
「だね。あ、先にドレッサーさんに聞いてみない? 今いないかな?」
先に必要枚数がわかれば、余った毛皮は魔石や肉と一緒に冒険者ギルドへ売ることができるからだ。
「ああ、そっか。クラチャで聞いてみるか」
そうして二人はクランチャットで声をかけてみることにした。