38. ネクタウダンジョン4階
「そろそろ行くぞー」
Theodoreの声掛けで、一同は階段をおりて4階へと降り立った。
「森林タイプで今度はベアだったわね」
周囲を見渡しながらGillianが確認してくる。
「資料にはそう書いてあったね。次の階段は1時の方向だったはず」
広樹が答え、全員がうなずいたところで、Theodoreを先頭に歩いていく。
森に入って間もなく魔物が姿を現す。
「ぐるるる……」
このパーティの中で一番体の大きいTheodoreをさらに上回るほどの体格。そんな巨体がのっそりと立ち上がればさらに威圧が増してくる。
「ぐがぁああ!」
両の上腕を振り上げ、牙を見せびらかすように大口を開けて吠える。
再び四つ足に戻ると、ベアはこちらに向かって突進してきた。
動物の熊との違いは、それが威嚇突進ではなく、完全に攻撃のための突進だということだろう。
迎え撃つように足を速めたのはもちろん盾のTheodoreだ。
「カウンターシールド!」
タイミングを合わせてスキルを放てば、ベアの突進は止まり、そのうえノックバックが発生して体が宙を舞う。
「おおー、すげー」
思わず晴樹の口から声がもれる。
広樹も声には出なかったが同じようなことを思っていた。声に出なかったのは、攻撃を加えるために即座に走り出していたからだろう。
「ダブルショット」
最初に弓が刺さり。
「アイスニードル」
次いで魔法が刺さり。
「スラッシュ」
「ダークスラッシュ」
片手剣とバトルアックスが切り裂く。
だが、ベアは倒れずに起き上がった。
「そんなに弱くはなかったか」
これまでであれば、5人でスキルを1発ずつ叩き込んで倒せない魔物はいなかった。むしろその途中で光の粒子となって消えていくほうが多かっただろう。
Theodoreはつぶやき、仕切り直しをしようとした。
と、突然ベアが広樹のほうを向く。そして上腕を一振り。
「サンダーシールド!」
「サンダーシールド!」
響いた声は、広樹と晴樹のもの。
とっさに張った2枚のシールドは、ベアが放った風の刃を相殺して消えていく。
「ありがとうハル!」
「ヒロ、油断するなよ」
どうやらランダム攻撃だったようだ。
ベアはすぐにTheodoreに向き直り、再度突進をかます。
「ガードスタンス」
盾に直撃をするも、しっかりと止めきる。
すかさずベアは立ち上がって上腕を振るう。
今回は単純に爪の攻撃で、先ほどのような魔法は放ってこない。
今のうちにと、アタッカーが攻撃を加えていく。
「パワーショット」
「アイススピア」
「ダークスラッシュ」
「アイススピア」
広樹と晴樹の二人が氷魔法を撃ち込むと、ベアは半身を凍らせる。
「ライトニングストライク!」
すかさず広樹が追撃の魔法を撃った。
しかしベアはまだ倒れない。
「さすがにおかしくないか?」
晴樹のつぶやきを聞いて、広樹は鑑定を使う。
「あ、こいつ変異種だ」
「まじか」
「油断してたね。出現するのはベアだと思っていたところへ、ベアにしか見えない魔物が出てきたから、わざわざ名前を鑑定してなかったよ」
「ダンジョンにも変異種って出るのかー。しかも1体目から変異種とかどうよ?」
「まあ残り2割くらいだし、この調子ならなんとか倒せるでしょ」
広樹が軽く答えた直後、ベアはまたしてもヘイトを無視したようにTheodoreから視線を外し、今度はGillianのほうへと風の刃を飛ばしてきた。
これも先ほどと同じように、広樹と晴樹がサンダーシールドを重ねるように使って相殺する。
「ありがとうハルヒロ」
そうしてGillianはお返しというようにベアにチャージアローを放つ。
Judeもベアの背後からどんどん攻撃を重ねていき、やがて残り1割を切る。
「ぐぎゃあああああ!」
Theodoreに向かってかみつき攻撃を繰り出したのち、ベアは急に雄たけびを上げて立ち上がると、何度も上腕を交互に振り下ろし、爪の攻撃とともに風の刃をひっきりなしに撃ち込んできた。
「くっ」
慌てて晴樹が『ヒール』を投げ、広樹が『リジェネ』を飛ばす。
「いいかげんくたばりなさい! チャージアロー!」
「カラバンブースプリト!」
Judeのバトルアックスが、ベアの脳天からまっすぐに振り下ろされて真っ二つに切り裂いた。
ベアの変異種はここでようやく倒れて光の粒子へとその形を変えていく。
「やっと倒れてくれたー」
肩を落とすくらいに勢いよく脱力した広樹がしみじみとつぶやいた。
広樹たち5人は一度セーフティエリアにまで戻ってきて、白い花々の上に腰をおろす。
「変異種って結構タフだったのねー」
Gillianが大きく息を吐きだしながら思ったことをこぼす。どうやら変異種の存在自体は知っていたような口ぶりだ。
「ジリアンさんは、変異種のこと知ってたんですか?」
広樹が問うと、Gillianは「ええ」とうなずいた。
「PKサーバーで討伐報告があったわね。一般サーバーでは目撃情報は載っていたかしら? まあその程度よ」
それは暗にその程度の情報しか公開されていなかったということだ。
「じゃあ称号効果は未発表ってこと?」
「ええ。こんなすさまじい効果がついた称号がもらえるなんて、どこにも載っていなかったわね」
称号:ベアの天敵
効果:ベア系への攻撃力2倍
5人にはいつもの称号が送られていた。
『ベア系』という範囲の広さ。しかもベアなんて今後もいくらでも遭遇しそうな魔物である。誰だってほしい称号だ。
「つまりこれから蹂躙が始まる……」
晴樹がぽつりとつぶやくと、他のメンバーは目を輝かせながら森林へと目をやる。
「それじゃあ、称号効果をこの目で確かめにいきますか」
Theodoreの一声で、全員腰を上げて改めて1時の方角へ歩き出す。その歩みは先ほどよりは軽やかだった。
「ブラックアウトショット」
「ダークスラッシュ」
1体。
「アイススピア」
「シールドバッシュ」
また1体。
「アイスニードル」
「ライトニングストライク」
さらに1体。
奪い合うように魔物を倒していく。
「これ、気持ちいいわね!」
Gillianが満面の笑みを浮かべて矢を放つ。
「毛皮と肉が大量です」
Judeもほくほく顔でバトルアックスを振り回す。
「全部売り払えば盾を新調できそうだ」
Theodoreすらも大口を開けて笑い声をあげる。
「ドレッサーさんへのお土産ができたね」
「だな」
広樹と晴樹はこれで3回目なのでやや慣れたものだが、それでも先ほどとは違ってさくさく狩れる状態はやはり楽しい。こちらも当然笑顔だ。
1体ずつしか出てこないベアを、途中からは寄り道しながら探し探し歩く。
「そろそろ5階に向かわないか?」
Theodoreがふと我に返ったように言う。
「そ、そうね」
「オッケー」
「うん、そうだね」
「りょ」
気づけば逆方向に進んでいた一行は、ちょっと恥ずかしそうにしながら向きを変えた。