37. ネクタウダンジョン3階
情報交換と休憩を終えた5人は、階段をおりて3階へと進んだ。
3階は森林タイプで魔物はボアが出る。晴樹は杖を氷と闇に対応した黒杖に持ち替えた。
セーフティエリアからざっと見渡してみた範囲では木々以外にはなにも見つからない。
さすがにセーフティエリアの間近ではポップしないようだ。
そして森林タイプではセーフティエリアにいつもの白い花が咲いていた。
「それでは行くとするか」
最初にセーフティエリアから出たのは盾のTheodoreだった。
「4階への階段は10時の方向だったよね?」
広樹が晴樹に確認すると、晴樹も記憶を探って。
「それであってるはず」
他の3人も一応情報を調べていたらしく、Gillianからも。
「私たちの情報でも同じよ」
ということで、マップを見ながら10時の方向へと歩いていくことになった。
森の中へ入っていくと、木々の合間に最初のボアを発見した。
「3体……かな?」
「たぶんな。ここは3体ごとの群れしかいないのかも」
3体固定であれば、冒険者ギルドに置いてあった資料にその旨書いてありそうなものだが、なぜかそうした記載はなかった。理由はわからないが、すべてをネタバレする無粋を避けたのかもしれない。
「んーっと、リンク範囲にはあの3体だけっぽいね」
精霊スライムを持っているのは広樹と晴樹だけなので、二人が周囲を見渡して確認している。彼らが揃ってうなずくと、Gillianが弓を構えた。
「じゃあ私が釣るわね」
手前の1体に通常攻撃で矢を当てる。
やはり3体で1セットのようだ。他の2体もリンクしてアクティブになり3体揃ってこちらへと向かってきた。
Gillianとボアとの間に入り込んだTheodoreが挑発スキルでタゲを奪う。
「ブラックアウトショット」
一番後ろにいるボアにGillianが気絶のデバフを与える弓を撃ち込んだ。
「ダークスラッシュ」
気絶状態のボアにJudeが斧スキルを放つ。
それでボアが1体消えていった。
真ん中にいたボアには晴樹のダークボールが幸運なことに3玉ともあたりよろよろと歩みを緩ませた。
そこへ広樹が切りかかる。
「スラッシュ」
それでまた1体倒れて、残るは1体。
その1体もTheodoreのシールドバッシュで脳震盪を起こしたようになっているところへ、Gillianのパワーショットで倒れていった。
「やけに簡単に片付いたな……」
晴樹が困惑したようにぼそっとつぶやき、それを聞いた広樹が「あたりまえじゃん」と答えた。
「だって5人フルパーティだし、ちゃんとした盾がいるからね」
「そういえばそっか。いつもの2人での戦闘の感覚と違い過ぎて、ちょっと混乱してたわ。でもそうだよな。考えたら全然不思議じゃなかったわ」
晴樹の物言いがおかしくて広樹たちは笑った。
2階で戦ったゾンビやスケルトンはもっと多く集まっていた。それが3階では3体しか群れていない。リンク範囲内に他の群れはいないので、3体だけを相手にすればいいのだから余裕があって当然だろう。
「戦闘に問題はなさそうだな」
「そうね。この調子でサクサクと進みましょう」
TheodoreとGillianの言葉にうなずいて、一行は進路上に見つかったボアを倒しながら階段を目指してほぼまっすぐに進んでいった。
「階段が見つかりましたねー! ここで少し休憩しましょう!」
Judeの意見に皆が賛成する。
今のところ他のプレイヤーに出会っていないので、このまま貸し切り状態のうちに先に進みたいところなのだが、適度にログアウト休憩をはさむ必要もある。
きりがいいところで水分補給等を兼ねた小休憩をとることにした。
「じゃあ現実時間で30分の休憩だね。このあとボス戦もあるからトイレも済ませておくんだよ!」
にっこり笑顔でそう宣言するJudeへ、みんなも笑いながら了承の言葉を返して全員いったんログアウトしていった。
広樹たちが休憩から戻ってくると、すぐにパーティ招待が飛んできた。
晴樹もほぼ同時にログインしてきている。
「お待たせしました」
Judeたちへ挨拶するが、彼らの視線は広樹と晴樹の左肩に固定されている。
おや? と思ったところで聞き覚えのある声が。
『マスター、おはよう』
『お帰り、マスター』
「ニートリヒ、セイ、おはよう。――あれ? ニートリヒ? そういえばもうレベルアップしたの? なんか早くない?」
「セイもニートリヒもおはよう。ヒロ、それたぶんここの2階のせいだと思うぜ」
「ああ、まあ、大変だったもんね」
広樹は苦笑を浮かべた。ゾンビやスケルトンの相手はほんとうに疲れたのだ。
「なあ、ヒロ?」
そう声をかけてきたのはJudeだ。
「君たちもしかして精霊スライムと会話できるのかな?」
「はい。――あれ? パーティメンバーにも声が聞こえるように解放してるはずだけど……。ああ、そうか。ジュードさんたちはまだ『念話』スキル持っていないんでしたっけ?」
「念話……、そんなスキルがあるのか。もしかして精霊スライムと話すために必要なスキルかな?」
「はいそうです。精霊スライムを手に入れたあと、クエストをクリアしたらもらえました」
「えーっとたしか、東門の門番からのクエストだったはず」
クエストログを確認していた晴樹が目的のものを見つけてうなずく。
「やっぱりそうだ。東門のベンノさんからのクエスト報酬でした」
精霊スライムについて教えてくれたベンノにまたなにかあったらよろしくと伝えたところ、冒険者ギルドの2階にいるクラウスを紹介されたときに出されたクエストだ。
このあたりのことを言うべきかどうか悩んだが、雑談っぽくこういう会話をしていた時にクエストが出てきたのだと笑いながら伝えた。
「それからは頻繁にクラウスさんのお世話になっているんで、ほんとベンノさんにはいい人を紹介してもらえて助かったよ」
「うんうん」
とりあえずは精霊スライムを装備しようと広樹たちは考える。Judeたちを待たせているし、このまま肩に乗せていてもなんの効果もないからだ。いや、癒し成分くらいは発揮しているが、今は戦闘を優先させたい。
晴樹としては予定通り回避上昇ですぐに決まった。
「じゃあセイ、今度はアンクレット型で左足だ。回避上昇な」
「僕は防御力上昇でいくことにするよ。ニートリヒ、チョーカー型でお願いね」
ぷるんと小さく揺れてそれぞれの場所へ移動する精霊スライムをみて、特にGillianが悶えていた。
「私、絶対手に入れるわ!」
その力強い宣言に、パーティメンバー一同、彼女が精霊スライムを装備せずにずっと肩に乗せたままにする未来しか見えなかった。