36. 南門ルートと西門ルート
広樹と晴樹、そしてJudeとTheodoreとGillianの5人は、階段へと腰かけた。
「はぁ……、ここのリンク率やばかったなー」
「ほんとだね……」
なかなかハードな狩りとなったため、晴樹は疲れをあらわに座り込むと、広樹も同意を示して同じように腰を落とした。
こういう時は温かい飲み物でも飲んで気持ちを落ち着かせたい。そう思った広樹はインベントリから温かいスープの入ったカップを5つ取り出した。
「スープのほうが好みが分かれにくいかと思ったんだけど、よかったら飲みませんか?」
冒険者ギルドに併設されている食堂で買ってきたスープで、具の入っていないコンソメスープだ。そう伝えると、全員が受け取って飲んでくれた。
「さっきの話だが」
落ち着いたところで会話の口火を切ったのはTheodoreだった。
「『精霊スライム』を手に入れた状況をもう少し詳しく聞いてもいいだろうか?」
「ちょっと待ってくださいね」
広樹はそう言って、クエストログを調べ始めた。
(そういえばシークレットクエストをクリアしてメインクエストが解放されたんだった。これを知ったのはクリア後だから今は言わないほうがいいよね?)
「最初から言うと、ファーストの町で防具の露店が出てたでしょう? そこにいた売り子に教わったんだよ。チュートリアルでもらった防具よりもランクの高い装備を手に入れるには、西門を抜けて森に入ったところにいるエリアボス――巨大スライムをソロで倒してネクストタウンへ行くことって」
「ソロで? パーティではだめなのか?」
「『ただしこのエリアボスはおひとりで倒す必要があります』ってわざわざ言うからにはそうじゃないのかな? えっと、セオドアさんたちはパーティで倒したの?」
「そうだ」
「私たちの話は後よ。まずはヒロたちの話からだわ」
ずれかけた話をGillianが戻す。
「あ、すみません。あとはまあそのままなんだけど、僕たちは念のためパーティを解散してそれぞれソロで巨大スライムを倒したら、宝箱から『精霊スライム』と『ネクストタウンへの通行許可書』が出てきたんだ。ボスエリアを出た後は、まっすぐネクストタウンの東門へ向かって、そこの門番のベンノさんには『通行許可書と精霊スライムを確認した』って言われたから、普通にそれが街に入る条件なんだと思ってたよ」
「俺もそう思ってた」
晴樹も同意を示す。
「セオドアさんたちはどうやってネクストタウンへ来たんだ?」
こちらの話はこれで終わりというように、晴樹が今度はTheodoreたちの状況を尋ねる。
これに答えたのはGillianだった。
「私たちは南門から平原と森を抜けた先でエリアボスとパーティで戦ったわ。メンバーはこの3人ね。ボスは同じく巨大スライムで、宝箱から出たのは『ネクストタウンへの通行許可書』だけよ。そしてネクストタウンの南門から通行許可書を見せて入ったの。ほとんどの人はこの南門ルートを通ってネクストタウンへ来ているはずよ」
「じゃあほとんどの人が精霊スライムの存在を知らないってことか?」
「攻略サイトを見る限り、PKサーバーでも一般サーバーでも精霊スライムの話が出たことはないわね」
「じゃあ、ネクストタウンへ入るには精霊スライムは必須というわけじゃないのか……」
「南門を通るときになにも言われなかったから、南門ではそうだったのかもしれないわね」
「ああ。門か。俺たちは東門から入ったから、東門だと通行許可書だけじゃ入れなかった可能性があるということか」
「そうかもしれないわね」
「それで、その精霊スライムというのはなんなんだ? 魔物のスライムとは違うということは名前からわかるが、なにか効果があるのか?」
会話に加わってきたJudeに見えるように、晴樹は自分の額に装備しているサークレットを指さした。
「これがその精霊スライムの1つだね」
晴樹は冒険者ギルドの資料室にいるクラウスから聞いた話をそのまま伝えた。
成長していくと最大6個まで分裂すること。
パッシブスキルのようなもので、装備する場所によって効果が違うこと。
サークレット型だと知力上昇。チョーカー型だと防御力上昇。ブレスレット型だと右腕なら攻撃力上昇で左腕は体力上昇。アンクレット型だと右足で素早さ上昇で左足は回避上昇だ。
また魔物のHPバーの表示もしてくれるようになることなど、とても便利でかわいい存在だということを。
「デフォルトだと自分たちをタゲっているアクティブな魔物だけHPバーが表示されるんだけど、ネクタウダンジョンの2階がリンク範囲が広すぎて困ったから頼んでみたら、範囲攻撃でリンクする位置にいる魔物がどれかも印をつけて教えてくれるようになったんだよ」
成長したからかもしれないので、これから先できることが増えるかもしれないということも伝えておいた。
「それはぜひとも手に入れたいですね!」
Judeがうきうきと声を弾ませると、TheodoreもGillianも同意を示した。
「でもまずはネクタウダンジョンのクリアね」
「そうだな。任務をクリアしてからファーストの町へ戻って、再度西門ルートでエリアボス倒しに行こう」
「それはいいね!」
エリアボスへの再戦については彼ら3人だけで話し合えばいいことなので、この話はここで打ち切られた。
そういえば、と話題を変えるようにGillianが広樹たちに顔を向けた。
「ヒロとハルはクランには所属しないの?」
「んー、今のところ入ってみたいクランがないからなー」
「そうだね。アップデートで実装予定のクランボスは気になってるんだけどね……」
広樹と晴樹が苦笑する。前回のことを少し思い出したからだ。
「あら、だったら私たちが所属しているクランに入らない?」
Gillianが詳しくクランについて説明する。
「攻略クランというわけじゃないからレベルや戦闘力にノルマ的なものは無いし、協力も強制じゃないわ。もちろん手伝えることがあれば助けてあげることはいいことだし、助けが必要なら手の空いているメンバーに声をかけることも自由よ」
フィリピン人がメインのクランではあるが、日本人も数人在籍しているらしい。
ただ、と少し声を潜めてGillianは続けた。
「その日本人はたぶんトップランカーの誰かに雇われているプレイヤーだと思うから、あまり情報を与えすぎないほうがいいわよ」
精霊スライムについてもこちらから教えないほうがいいという忠告だ。
広樹たちもそういう話は聞いたことがある。
オンラインゲームではトップランカーたちはアルバイトを雇って、自分たちが仕事や就寝などでゲームができないときなどに代わりにログインさせて経験値やアイテム集めなどをさせているという話だ。
VRゲームでは生体認証などがあるため同じキャラクターを使いまわすことはできない。
だが攻略情報を探させることはできる。
PKサーバーにも一般サーバーにもアルバイトを放って情報収集させているのは当然考えられることだ。
「教えてくれてありがとう」
広樹と晴樹は顔を見合わせて小さくうなずいた。
「そういうことなら試しに加入させてもらおうかな」
「じゃあ、招待送るわね」
Gillianの言葉に広樹たちが不思議そうな顔をする。それを見たGillianが「ああ」と納得したようにうなずいた。
「私、クランのサブマスターなのよ」
だからなにかあれば言ってほしいということだった。
「それは心強いですね」
「なにかあれば相談しますね」
クラン名は『Daan_PH』。PHはフィリピン人がメインのクランによくつけられている記号のようなものだ。これがTHだとタイ人メインのクランということになる。JPはもちろん日本人だ。それ以外の国ではあまり見かけないのが不思議なことだ。まあたまたま気づいたのがこれらなだけで、他にもいろいろあるのかもしれないが。
それはさておき。
クラン招待を受けた広樹と晴樹は、クランチャットで挨拶をする。
『Gillian:新しいクランメンバーの2人です』
『ヒロ:僕たちを受け入れてくれてありがとうございます』
『ハル:同じく、俺たちを受け入れてくれてありがとう』
『ようこそ』『いらっしゃい』『歓迎するよ』などなど温かい言葉がチャットに流れていく。
今回はだれからも絡まれないかもと思ったところで、違う意味で声がかかった。
『Dresser:ハルヒロじゃないか! 2人の衣装もぜひぜひ作らせてほしい!』
『Gillian:Dresserは服飾師なの。私たち3人の衣装も彼の作品よ』
クラン『Daan_PH』には生産職も在籍しているらしい。
『ヒロ:必要な素材が集まったら、ぜひ作ってください』
『ハル:俺も楽しみにしてますね』
『Dresser:はっはっはー、任せろ!』
それはそれはとても軽やかで楽しみがあふれ、それでいて頼もしい言葉だった。