33. 任務に向かうその前に
広樹と晴樹の二人はとりあえず防具を取りに行くことにした。
「すっかり忘れてたね」
「現実との時間経過の違いがまだ慣れないよな」
現実世界で必要な食事や仕事などといったことに対しては、現実時間でアラームをセットしておけば、指定した方法でゲーム内で通知してもらえる。しかしゲーム内での時間経過は、夜でも狩りや採取ができるため、だんだん意識から外れてくるようになっていた。
しかも次から次へとやりたいことややらないといけないことが出てきて、頼んでいた防具の受け取りに行かないといけないと口では言いつつもすぐに忘れてついつい後回しになっていたのだ。
街中なので通行人に迷惑がかからない程度に速足で防具屋『ライヒト』へと向かう。
アルバンはちょうど店先の掃除をしていた。
「アルバンさん遅くなってすみません。ヒロとハルです。防具を取りに来ました」
アルバンは2人の慌てた様子にちょっと驚いていたが、すぐに苦笑をこぼした。
「お二人ともそこまで慌てなくても大丈夫ですよ。私は4日以降と言いましたし、今日は4日目ですからむしろちょうどいいご来店ですよ」
それを聞いて二人は安堵のため息をもらした。
そんな二人の様子を見ていたアルバンは、ふと思い出したような顔をした。
「そういえば異邦人の方とは時間の感覚が違うという話を聞いたことがありますね。それでですか。――でしたら今後こうした機会があったときは、日にちを指定するのではなく、できあがったらお知らせする方法に変えたほうがいいかもしれませんね」
「そうしてもらえると助かるけど……」
「それってどうやったらいいんですか?」
もしかして住人ともフレンド登録ができるのだろうかと考えたのだが。
「少々お待ちください」
そう言ってアルバンはカウンターの裏へと回った。
カウンターの裏側は、現実世界のレジ台と同じく棚になっているようで、そこから1枚の木札を取り出した。その木札には店名と店員の名前が書かれていた。今アルバンが持っているものはもちろん彼の名前が入っている。
「これはチャット札というものです。これをインベントリに保管していれば、木札に書かれている相手と離れた場所からでも文字での会話が可能になります」
今後製作依頼などをおこなう場合は、このチャット札を受け取っておいて、完成したら連絡を入れてもらうようにすれば時差を考えなくても済むというわけだ。
とてもいいことを教わったと二人は喜んだ。
「ありがとうございます! それなら受け取りを忘れることも無くなりますね」
「日付を間違えて、逆に早く行き過ぎて催促したようになってしまうことも無くなるよな! ほんと助かる。アルバンさんありがとうございます!」
今回はもう防具を受け取れば終わりなのでアルバンのチャット札をもらう必要はないが、今後誰かに依頼するときには大変助かる機能だ。防具や武器の更新はこれから何度もあるだろうからその都度利用させてもらおうと二人は思った。
少々脱線してしまったが、その後は無事防具の受け取りと、残った素材の買取金の受け取り、そして今まで使っていた防具の買取を済ませた。
これでようやくネクタウダンジョンへ行く準備ができた。
と思ったが、ネクタウダンジョンではスケルトンやゾンビにデュラハンなどのアンデッド系も出る。
「ねえハル。アンデッド用の魔法も買っておいたほうがよくない?」
「そっか。そういえばそうだな。すっかり忘れてたわ。魔法屋に戻るか」
「うん。ハンネさんに聞いてみよう。この街の人なんだから、いろいろ知ってると思うし」
そうしてまた魔法屋へと戻った二人。ハンネも店内にいたのでありがたく知識を借りることにした。
「ネクタウダンジョンのアンデッド用の魔法ですね」
「はい、そうです」
「聖属性の魔法であればだいたい効果はありますが……」
ハンナはそう言いながら背後の棚をごそごそする。
ようやく見つけたのか、いくつかの巻物を取り出した。
そのうちの一つを晴樹たちの前へ置く。
「これはスターダストレイという魔法です。言葉の通り光る星屑のような光線が降ってくる範囲攻撃タイプの魔法で、光と聖の属性を持っています」
腕に抱え持つ巻物の中から別のものをまた一つ手に取り、説明しながら晴樹たちの前へと置いていく。
「これはホーリーレイです。聖なる光を撃つ魔法で、こちらは聖属性の単体攻撃魔法ですね」
さらにもう一つ広樹の前に置いた。
「こちらはヒロさん向けの魔法です。武器に属性を付与する魔法で、エンチャントホーリーといいます。お持ちの片手剣での攻撃に聖属性が付与されますので、アンデッドへの攻撃力が増します」
お勧めの魔法はこの3つらしい。
「あとはハルさんの杖ですね。今は氷と闇を強化しているようですが、光もしくは聖を強化する杖も用意して使い分けるといいと思いますよ」
それを聞いた晴樹はぽかんと口を開いた。
「――そっか……、別に杖は1つしか持てないわけじゃなかったよな……。魔物の属性に応じて使い分ければよかったんだ……。ハンナさんありがとうございます! いやほんとまさに目から鱗だったわー」
ゲームによっては対象の属性に応じて武器を変えながら戦うことを前提としたものも多々あるが、晴樹はたまたまそういうゲームで遊んだことはなく、そうした意識がなかった。
インベントリがあるのだから、別に手に持っている1本の杖だけにこだわる必要はない。
「じゃあまたザカリーさんのところへ行かないとな」
ということで、晴樹はスターダストレイとホーリーレイの2つを購入。広樹はエンチャントホーリーとついでにスターダストレイとホーリーレイの計3つを購入した。
「それじゃあいろいろありがとうございました!」
さあ、次は武器屋『ホルツ』で晴樹の杖を探しに行こう。
またしてもやや早歩きでホルツまで向かってザカリーを探す。
しかしそう都合よく出会えるわけもなく、受付の担当者へ声をかけた。
「すみません、聖属性の攻撃力を高める杖を探しているのですが……」
ブラウンの髪を一つにまとめた受付嬢は晴樹のことを覚えていたようだ。
「たしかハルさんでしたよね。ザカリーを呼びましょうか?」
「可能であれば、またいくつか見繕ってもらえると助かります。えーっと予算は同じく15000Gくらいでお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
さほど待たずにザカリーが3本の杖を持ってきた。
「こちらの銀色の杖2本が聖属性、こちらの白銀の杖が聖と光属性に対応しております。ただ申し訳ございません。こちらの白銀の杖はご予算を超えてしまっております。一応こういうものもあるということでお持ちしました。ちなみに18000Gになります」
晴樹をお礼を言ってそれぞれを手にしてみた。前回購入した杖の長さや太さを覚えていたのか、どれもほとんど差はなかった。
鑑定もしてみたが、攻撃力もほぼ同じ。誤差程度の差でしかなかった。
誤差程度とはいえ少しでも攻撃力があるに越したことはない。となると予算は超えてしまうが、白銀の杖が一番ということになる。実際持った感じもこの杖が一番しっくりきていた。
なんとか手持ちもある。晴樹はこの白銀の杖を買うことにした。
購入手続きを済ませてホルツを後にする。
「もう忘れ物はないよな?」
「たぶん?」
「まあいいや、とりあえず1回ネクタウダンジョンへ行ってみようぜ」
「だね。試してみて足りないものがあったらまた戻ってくればいいんだし」
「そそ。いい加減戦いたい」
晴樹は笑いながら本音をこぼす。
それには広樹も賛成だった。
「僕も」
二人の意見が一致したことで、彼らはそのままネクタウダンジョンへと足を運んだ。