20. 勧誘
転移でファーストの町へ戻ってきた広樹と晴樹は、いったん冒険者ギルドへと向かった。一度も依頼掲示板を見ていなかったことを思い出したからだ。
「特に変わったものは無さそうだね」
「だな。エリアボスについても何も書かれてないし、このまま西門に行くか」
二人がそんなことを話しながら踵を返そうとしたところで、背後から声がかかった。
「こんにちは。ヒロさんとハルさんであってるかな?」
「そうですが、あなたは?」
広樹と晴樹に声をかけたのは、人族としては少しだけ長身な男性だった。身長以外はごく普通の日本人男性といった感じで、黒髪黒目の特に特徴のない姿をしている。
「私は日本人専用の攻略クラン『ストラテジー』を運営しているクランマスターのアルフといいます。ランキングの発表を受けて、現在日本人ランカーの人たちに声をかけていってまして、今日はお二人を勧誘に来ました」
「僕たちエンジョイ勢なんですけど」
「攻略組にもエンジョイ勢はいますよ」
「いえ、そういうのじゃなくて、俺らはほんとうに攻略組とは程遠いまったりエンジョイ勢です」
「ランカーになれるくらいなんですから問題ないですよ。お試しでかまいませんから一度加入してみませんか? クランイベントにも参加できるようになりますし、試して損はないはずです」
「まあお試しでいいなら……」
「何か問題があればすぐに抜けますので、クランメンバーから苦情が入ったら早めに言ってもらえますか。歓迎されてないのに居座るつもりはないので」
「わかりました。それではお試し加入ということで、申請を送りますね」
興味がないわけではない二人は、お試しならと加入してみることにした。
まずはクランチャットでいつものように加入の挨拶をする。
『アルフ:お試し加入のヒロさんとハルさんです』
『ヒロ:ヒロです。よろしくお願いします』
『ハル:ハルです。よろしくお願いします』
以下、既存メンバーからの『よろしくー』といった挨拶が続く。
さすが攻略クランというのか。平日昼間だというのにログイン率が高そうだ。
『ひゅうご:で、二人はどこまで行ってるんだ? 南の森はもう行ったのか?』
『ヒロ:僕たちは東の平原でスライム狩りと薬草採取をしています』
広樹のこの返事で、クランチャット内の空気が変わったようだ。
『ひゅうご:え? 東の平原だけ?』
『ヒロ:はい、そうですが、何か?』
『ごっず:まずは南の平原で角ウサギ狩りしてレベル上げがデフォルトだろう? なんだ? 情報弱者か?』
『ハル:どこで狩ろうと自由じゃないのか?』
『ごっず:あはは、どんな素人だよ。クラマス、人選ミスじゃないのか?』
広樹と晴樹は横にいるアルフを見返した。
クランチャットからエリアチャットへ切り替えて話す。
「クランメンバーは俺たちのこと歓迎していないみたいなので抜けますね」
「僕も同じく。ここじゃ楽しめませんから。失礼します」
二人はさっさとクランを脱退して、転移を使って冒険者ギルドの前にある噴水広場へと移動した。今はアルフを避けて出口に向かう時間すら省きたかった。転移を使えばすぐにアルフの目の前から消えることができる。ちょうど町中でも使えるという実験にもなって一石二鳥だ。
残されたアルフはギリリと歯ぎしりをする。
『アルフ:ごっずてめえいらないことを言いやがって』
『ごっず:なんだよクラマス。あんな情弱なガキは俺らのクランに必要ないだろう』
『アルフ:じゃあ聞くが、おまえはこのクランへ貢献してるのか? ワープ情報を掴んでるのか?』
『ごっず:それはまだ誰も見つけてないんだから、実装されてないんじゃないかって話だっただろう?』
『アルフ:だったら、今、俺の目の前でワープしていった二人は何だっていうんだ? NPCじゃないことはクランに加入できたことで証明されている。プレイヤーなのは確実だ。それなのにすでにワープを使いこなしている。これをどう説明するんだ。おまえのせいで、貴重な情報を掴み損ねたぞ。どう責任を取ってくれるんだ。何かといえば情弱情弱と。それはおまえのことだろうがっ』
『りんりん:マスター、そこまでよ。落ち着いて』
クランのサブマスターであるりんりんに制止されたアルフは、深呼吸をして気持ちを立て直した。
『アルフ:みんな悪かった。だがごっず、おまえは問題発言が多すぎる。悪いが追放させてもらう』
『ごっず:けっ、こんなところ俺のほうから抜けてやるわ! 後悔すんなよ』
クランチャットにごっずが脱退した旨のアナウンスが流れた。
ややあって。
『りんりん:まあ今回はちょっとマスターが言い過ぎた感はあるけど、これまでもごっずがいろいろやらかしてたのは事実だから、クランのイメージが悪くなる前にいなくなってくれたのは正直助かってる』
『キキョウ:私もりんりんさんと同じ意見です』
似たような発言が続き、全体的にはクランマスターのアルフを支持してくれるようだった。
アルフは大きく息を吐いた。
『アルフ:それじゃ、もう一度NPC関係から洗い出ししよう。ワープは実装されていると証明された。他のクランに情報が流れる前になんとしても俺たちが先に見つけよう』
『影:それじゃまずは噴水広場の周囲からだね。ちょうど近くにいるから片っ端から近くにいるNPCに声をかけてみるよ』
それから20分後。
偶然門番の突発クエストを掴むことができた影より、噴水そのものがワープポータルであることが判明した。
そしてその日のうちにクランメンバー全員がワープポータルを解放してファーストの町を登録することができたのだった。