02. 終業式の日
天海広樹は教室の窓際奥の席でタブレットを見ていた。
待ちきれないといった感情がにじみ出るように、その顔はわくわくしながら笑んでいた。
学校の教室といっても実際に生身の体がそこにいるわけではない。学校という施設はメタバースの中で作られ、生徒はアバターを使って授業を受けている。ただし学校内にいるときは、リアルの姿と同じアバターでなければいけないルールになってはいる。
日本人としてありふれた黒髪。やや童顔っぽい顔立ちだがじゅうぶん高校生として通じる程度。まあ2年生なのに1年生に見られる程度のことだ。身長も体格も平均的で特徴といえるようなものはない。ただ『優しそう』という評価がプラスなのかマイナスなのかわからないままずっとつけられている。そんな少年だ。
その広樹に声をかけるのは、彼の幼馴染の少年――守屋晴樹だ。
晴樹は広樹よりも少しだけ背が高く短髪で、そのためか少しだけいたずらっ子っぽい印象がある。あくまで外見の印象であって、別にいたずら好きというわけではないのだが。
「よ、広樹。またワイスシュトラーゼのトレーラー見てるのか?」
「だってさ、このゲーム早くやりたいじゃん」
「俺もだけどさ」
広樹は横に立っている晴樹を見上げて「だろう?」と笑った。
ひとしきり笑いあったあと、晴樹が「ところで」と切り出した。
「サーバーはどうするんだ?」
「んーやっぱり一般サーバーかなー? 僕はゲームを楽しみたいし」
「だよなー。ブロックチェーンゲームだからといって儲かるのなんてほんの一部だろうし、対応サーバーはPK有りだもんな。やられまくってたんじゃ稼ぐどころかまともにゲームで遊ぶことすらできないもんなー」
「組織の参入も当然あるだろうし、重廃課金者も多そうだし。僕らみたいな学生が、数千万から数億円も課金できるような人たち相手にできることなんて何もないよ。ただでさえグローバルサーバーなのに」
「ほんとそれな。まあ俺ら学生ゲーマーは学生ゲーマーらしく遊べばいいよな」
「そういうことだね」
「じゃあ一般サーバーで遊ぶとして、職と種族はどうする?」
「片手剣か両手剣かで悩んでる」
「広樹が近接なら、俺は遠距離にするかな?」
「盾でもいいよ」
広樹が冗談っぽく言う。
「あはは、それだけは無理だ。そんなでかいボスの攻撃を受け止める度胸はないね」
そう言って晴樹は、広樹が観ていたトレーラーにちょうど映った巨大ボスを指さして胸を張った。
「自慢げに言うセリフがそれー?」
「そそ。そうだなー、俺は杖にしようかな。美形エルフの杖とかいいと思わん?」
「定番だね」
「じゃあドラゴニュートで杖とか?」
「本気?」
「いや、言ってみただけ」
「まあ明日のリリースまでにキャラクタークリエイトして決めたら? 僕もいろいろ試して決めるつもりだし」
「だね。あー楽しみー」
晴樹はそう言って自分の席へと戻っていった。
明日から学校は夏休みに入る。
1学期最後のホームルームを終えて、広樹は帰宅という名のログアウトを実行した。
通学に時間を取られなくなったのはいいけれど、ずっと椅子に座っているだけなのは体に良くないということで、宿題という名の運動は毎日行わなくてはならない。
広樹は軽く伸びをして椅子から立ち上がると、ノルマをこなすために外へと出た。
外はさすがに暑い。
腕時計に内蔵されたGPSをオンにして、適度に水分を取りながら、定められたコースを歩いていく。
散歩コースをたどりながら周りを見ているようで、実際はワイスシュトラーゼのことばかり考えていた。
片手剣にして腕に小盾でも装備すれば少しくらいは防御の足しにはなるだろう。だが両手剣も捨てがたい。そのうえ魔法にも興味がある。物語の勇者のように剣と魔法の両方が使えるといろいろ便利かもしれない。
(実際はどっちかに絞ったほうがいいんだろうなー)
でも、と広樹は考える。
(攻略組ってわけじゃないし、エンジョイ勢は好きに遊べばいいか)
広樹は軽く肩を回すと、残りのコースを軽くジョギングしながら帰っていった。