14. とあるオフィスにて
ログアウトした際の一瞬の暗転を経て大羽梨沙は目を開けた。
ゆっくり体を起こしてヘルメット型デバイスを外す。
手を閉じたり開いたり。腕を上げ下げしたり、肩を回したり。腰をひねってみたり。
確かめるように体のあちこちを動かして様子を見てから梨沙は立ち上がった。
病院の大部屋のように左右3つずつ、それぞれのベッドがカーテンで区切られているなか、扉から向かって右側真ん中のベッドが梨沙の場所だ。
別に入院しているわけではない。病気もケガもしていない。
ここは病院ではなく、とある会社の部署の一つだった。
カーテンを開けて通路へ出た梨沙は部屋の中を見渡す。
今はすべてのベッドのカーテンが開けられ、誰もいないことがわかった。
梨沙は扉を開けて廊下へと出ていった。
7階から4階へと降りると、人の気配が濃くなる。廊下ですれ違う人も増えてきた。
中でも人の出入りが多い大部屋にたどり着いた梨沙は、首にかけていた社員証兼カードキーをかざしてドアを開ける。
すぐに梨沙に気づいた女性――早野愛依が笑顔で声をかけてきた。
「梨沙ちゃんもログアウトしてきたのね。どうだった? 初めてのクエストは」
「受けてくれる人が来てくれるかどうかちょっと不安でしたけど、無事にクリアできてよかったです」
「あーあの子たちねー」
別の女性――笹田沙美も梨沙たちの元へ歩み寄りながら会話に加わってきた。
「なんかすごい引きの強い子たちだったわよねー。次々とクエスト引いてて」
「そうそう。まるでチェーンクエストみたいになってたもの。ちょっとあきれてたけど、顔に出さないようにするのに苦労したわ」
今だから言えるけど、と女性たちは笑いあった。
「突発クエスト初取得、ワープポータル初開放、ワープスクロール初取得・初使用、全属性魔法初取得、変異種初討伐だったかしら?」
「改めて聞くとすごいわね」
「他のゲームみたいにそれぞれワールドアナウンスで流れていたら、結構なパニックが起きてたでしょうねー」
「ええ。ほんとに」
「あれはあれで課金欲を刺激するかもしれないけど、私はあれ好きじゃなかったから、このゲームで知らせない仕様にすることができてよかったわ」
「でもそれって一般サーバーだけでしょう?」
「PKサーバーはねぇ。いろいろあおりがあるのは仕方ないし、そのほうが盛り上がるってのはわかるから、通常通りワールドアナウンスを流すことに反対はしないわ」
「いいんじゃないかしら? 私たちは一般サーバー担当なんだし、それで」
「同じゲームだけれど、まったく違うゲームだものね」
二人の会話を聞いていた梨沙がそっと会話に入っていく。
「そんなに違うものですか?」
「違うわねー。PKのあるなしってかなりゲームを左右するのよねー。プレイヤーの動きが全然違うのよ」
「一般サーバーでももちろんいろいろあるんだけどね」
「それはまあわかりますけど……」
「梨沙ちゃんは向こうには行かないほうがいいわよ。うちからも他のゲームでトップランカーに近い実績があるPvPに強いメンバーしか派遣してないしできないからねー」
「もともと行こうと思いませんでしたが、それは確かに無理そうですね」
「そういえば」
早野は正面のモニターに表示されている時計を確認して言った。
「あと12時間ほどでプレイヤーのランキングの発表が始まるわね」
「上位100位までだったわよね。あの子たちはいったい何位かしらねー」
「さすがにランカーは無理じゃない? 攻略組ってわけじゃなさそうだったし」
「でもね、仮に99位と100位だったとしてもよ、彼らの名前が載るだけでいろいろ動き出しそうでおもしろそうだと思わない? 私たち側としては」
「まあどこまでクエストを拾っていけるのかは興味あるけれど……」
「私はまたクエスト拾ってもらえるように頑張って困ります」
「そうね。梨沙ちゃんは困ることが仕事だものね。頑張って困ってね」
「はい!」
早野と笹田は梨沙の物言いがおかしくて吹き出すように笑ったが、応援していることは嘘ではない。嫌味のない素直な頑張り屋さんは自然と応援したくなるというものだ。




