12. 変異種
「きゃっ」
小さな悲鳴が聞こえた広樹と晴樹は、一瞬視線を交わしただけで同時に声がしたほうへ向かって駆け出した。
先ほどの薬草の群生地だった手前あたりから徐々に傾斜がつき始め、木もまばらに生え始めた先。数人の少女が魔物に襲われていた。
その魔物は大型犬よりもやや大きめのウルフだった。鑑定によると『ウッズウルフ(変異種)』となっている。
いまだスライムとしか戦闘をおこなっていない二人は、一瞬たじろぐものの、勇気を出してそのまま駆けた。
「加勢するよ!?」
「お願いします!」
「ありがとうございます!」
横殴りと受け取られないように念のため声をかけ、広樹は悲鳴の主と思われる座り込んでいる少女のもとへと向かった。
少女に振り下ろされる魔物の腕をそらすように広樹が剣で弾く。
空いた顔面に晴樹のアイスニードルが突き刺さってウッズウルフは悲鳴を上げてやや後退した。
その間に晴樹は少女にヒールをかけながら立たせ、一緒に後ろへと下がらせる。
「ポーションは持ってるか?」
「はい」
ヒールによって少し動けるようになっていた少女は腰のバッグからポーションを取り出して飲み干した。
「ありがとうございました、助かりました」
「お礼はあの魔物を倒してからね。ところでそっちは何人パーティ?」
「3人です」
「じゃあこっち解散するから、俺とヒロをそっちのパーティに入れて?」
「わかりました」
「ヒロ、聞いた通りだ。いったん解散するぞ」
「りょ!」
ちょうど彼女がパーティリーダーだったらしく、広樹と晴樹の二人は彼女からの招待を受けて無事パーティに合流できた。
これで経験値やアイテムを横取りするようなことにはならないだろう。
相手がプレイヤーならもちろんだいじなことだし、住人であっても気遣いは必要だろう。なにせこれだけリアルな世界のゲームなのだ。
広樹はウッズウルフの攻撃をいなすだけで精一杯のため、晴樹がタイミングを見てアイスニードルやヒールを飛ばしながらパーティチャットで反対側にいる二人の少女に声をかけた。
「二人はケガはない?」
「おかげさまで、さっきポーションを飲みましたので、大丈夫です」
「同じく、大丈夫です」
「じゃあタゲを取らないように注意して攻撃を始めてくれる?」
「わかりました」
「はい」
広樹と晴樹の二人だけでウッズウルフを倒すのはまだ無理だ。彼女たちの協力は不可欠だ。ここは頑張ってもらおう。
向こうの二人は、短剣持ちと弓持ちのようだ。ただ短剣を両手に持っているため双剣使いとでもいうのだろうか。
双剣使いが飛び込んで攻撃を加えては下がり、飛び込んでは下がりと繰り返す。
双剣使いが下がっている間は、弓使いが攻撃を加えている。
どうやら後ろ足を集中的に攻撃しているようだ。
最後の一人はとちらりと視線を向けると、彼女のほうも晴樹を見上げたところだった。
「あの、彼は――ヒロさんは、あのまま盾をやってもらっても大丈夫でしょうか? 交代したほうがいいですか?」
晴樹はウッズウルフのかみつきをアイスニードルを使って阻害しないといけないため、長く視線を逸らすわけにはいかない。魔物の動きを注視しながら声を返した。
「俺もヒロもまだスライムとしか戦ったことがないからなんとも言えないなぁー。でもまあ今のところ安定しているから、しばらくはあのままでもいいんじゃないかな? 危なくなったらスイッチしてくれる?」
「わかりました。ではそれまでは両手剣を使ってもう片方の後ろ足に攻撃をしてきます」
「りょ。んじゃそっちは任せたわ」
序盤の魔物だからか。変異種とはなっていたものの、かみつきと爪の攻撃しかしてこないウッズウルフは4人の攻撃を受けてやがて倒れて光の粒子となって消えていった。
倒したとわかった瞬間、5人全員がそろってため息をもらした。
誰からともなく歩み寄り、ウッズウルフがいた中央あたりに集合する。
「なんとか倒せてよかったね」
広樹がしみじみと口にする。晴樹の補助があったおかげとはいえ、盾役はなかなかきつかった。
「これから3人はどうするんだ?」
「いったん町に帰って休みます。さすがにポーションを飲んだだけでは気力までは回復できませんから」
「帰りは大丈夫なの?」
「ワープスクロールがありますので、帰りは問題ありません」
「ならよかった」
さすが住人。しっかりとワープスクロールを持っていた。
パーティを組んだことではっきりしたが、パーティメンバーの名前の前に『(住人)』という表記がついていたのだ。もちろんこれはプレイヤー側からしか見えないのだろうが。
「それじゃ俺たちはパーティ抜けるよ。まだまだ薬草採取が残ってるんでね」
「薬草なら、ここを左に行った先に群生地がありますよ。ちょっと林みたいになっていますが、少し歩くとすぐに平原に抜けられますので」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう!」
「いえいえ、こちらは助けていただいたんですから。こちらこそありがとうございました」
広樹と晴樹がパーティを抜けると、3人はワープで帰還し、二人は改めてパーティを組みなおす。
「ところでさ」
広樹が開いたメニューを見つめながら遠い目をする。
晴樹も同様だ。
「わかっている。変な称号をもらったことだろう? だがもらってしまったものは仕方ない。幸いにこのゲームはワールドアナウンスは流れない仕様みたいだから俺たちが口にしなければきっとばれないさ」
「だといいけど……」
メニューには『New』マーク付きで、『称号:ウルフの天敵 効果:ウルフ系の魔物への攻撃力2倍』と書かれていた。
「いいか、ヒロ。今は考えるな。なるようにしかならないんだ」
「だね。それじゃあ教えてもらったところへ行って薬草採取をしようか」
「そっちは荒らされてないといいな」
晴樹の言葉に広樹は乾いた笑いをもらした。
「そういうフラグを立てるのはやめてくれる?」
「ウッズウルフとの戦闘で疲れたんだよ」
「そういえばドロップは何だっけ?」
「ウッズウルフの毛皮と牙だな」
「僕はウッズウルフの毛皮と爪だね」
「――顔面にアイスニードルを撃ちまくったから牙なのか?」
「僕は爪のひっかきを弾き続けてたから爪ってこと?」
「たぶん?」
「これで防具でも作ってもらえるといいんだけどなー、足りるかなー? クエストが終わったら探してみる?」
「まだ序盤じゃ、まともなものが作れる生産職っていないかもだけど、素材を提供しないと成長も助けられないもんなー」
「投資ってやつだね」
林を抜けた先の平原は、荒らされることなく、むしろ今まで見た中では一番きれいな景色だった。




