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救援

 「だ、誰か! 助けてくれ! 熊が出て商隊が襲われた!!」


 ギルドに飛び込んできたのは軽装に身を包んだ10代半ばくらいの青年だ。装備や雰囲気から狩人の若手なのだろう。


 その若手狩人の一言でギルド内は騒然となった。受付の1人が駆け寄って事情を聞いている。ギルドマスターも奥から出てきたから、誰かが呼びに行ったのだろう。話を聞いたギルドマスターが声を張り上げて叫ぶ。


 「動ける人間はすぐに準備しろ! 救援に向かう!」


 ギルドマスターの指示が飛び、ギルド内にいた職員や狩人たちが一斉に動き出す。イザベラは不安な顔でこちらを見ているので「大丈夫だ」と声をかける。テーブルに着して注文しようと手を上げるとアキラが近づいてきた。


 「ハヅキ! すまないが一緒に来てくれ!」


 「新入りの不審者も連れて行くのか?」


 「お前は熊の前でも動けるだけの胆力があるからな。その子はギルドで預かってもらえ。すまない! ハヅキを連れて行きたいからこの子を預かってくれ!」


 アキラは職員を呼び、イザベラのことを伝えてる。職員も了承したので預かってくれることになった。


 「俺に拒否権はないのか?」


 「ない!」


 「まったく……。イザベラ、すぐに帰ってくるから待っていてくれ」


 大きなため息をつきながら椅子から立ち上がると、イザベラに声を掛けながら頭を撫でる。その後、アキラと共にギルドの外に向かう。


 ギルドの前には10頭の馬が並んでいて、その周りには武器を持った狩人が集まっていた。俺たちが外に出るとセツナが駆け寄ってきた。ゴヨウも一緒だ。


 「あなたも来てくれるのですね」


 「アキラに連れてこられたからな」


 「そう言うなって、ハヅキは熊の前でも動けるから腕も立つだろうと思って連れてきた」


 「おれは不審者じゃなかったのか?」


 「ギルドには登録したんだろ? なら仲間だ! 気になる点は確かにあるが構ってるほどの余裕は今はないのでな」


 「そうか……」

 

 余裕がないというのは本音だろう。いくつもの村が襲われているのに、原因となっている熊は倒せていないのだから。


 アキラたちと話していると馬の準備が終わったようだ。だが、狩人の人数は増えてない。狩人と思しき人たちは、俺たちを含めて8人だ。


 「少なくないか?」


 「他の人たちは怖がって拒否しました。残念です」


 セツナの話では、熊のことを怖がって参加を拒否した狩人が何人もいるそうだ。


 「それでは馬に乗りましょう。あなたはアキラと乗って下さい」


 1頭の馬に2人ずつ、合計で8人がそれぞれ馬に乗る。俺はアキラと一緒の馬に乗った。狩人たちが全員馬に乗ったことを確認するとアキラが声を上げる。


 「準備はいいな! 出発だ!」


 今回の部隊はアキラが率いるようだ。


 アキラと俺が乗った馬が先導して街道を走っていると熊が見えてきた。しかし、周りには誰もいない。近づきすぎないように距離を取って馬から降りる。各々武器を手に走って近づくと、熊がこちらに気づいて振り返る。


 「ッ!!」


 熊の姿をみて部隊の1人が短く声を漏らす。両手と口の周りには遠目でも分かる程べったりと血が付いている。地面は血溜まりで赤く染まっており武器が散乱している。しかし、人の姿は見えない。馬も熊の足元に横たわってる1頭以外は見当たらない。


 熊はこちらを一瞥すると我関せずといった感じで馬を食べている。


 その光景で現場にいた全員が理解した。足元に残る1頭の馬を残して、それ以外の人間と馬は食べられたのだと。狩人たちは武器を構える。


 「散会! 纏まってると的になるぞ!」


 アキラの一声で狩人たちが街道に広がる。熊は気にするでもなく馬を食べ続けている。アキラの指示で矢が放たれるが、熊の毛皮に弾かれて刺さらずに落ちる。


 矢を受けた熊がこちらを見て咆哮する。食事を邪魔されて怒ったのか勢いよく、弓を放った狩人に向かって来る。他の狩人たちは武器を構えたまま動かない。腰が引けており震えている者もいる。


 「!! おい! ハヅキ!」


 俺は向かってくる熊に対して、アキラから槍を奪って駆け出していく。かち合う瞬間、熊は右前足を上から下へ振り下ろす。横に飛んで躱すと、着地と同時に槍を突き出す。


 自身の左目に向かって伸びていく槍の穂先を、熊は頭をずらして躱すと、振り向き様に牙で噛みついてきた。それを鼻の頭を押さえて飛び上がり、熊の巨体を飛び越えて避ける。


 体勢を整えるために捻った体の動きに合わせて槍を振るうも毛皮を撫でるだけだった。


 「予想以上に硬いな」


 矢も刃も通らない毛皮は、鎧よりも強固に熊の身を守っている。熊は後ろに振り返り、体をこちらに向けた。狩人の部隊には背中を向けている。狩人にも警戒はしているのだろうが熊の注意は引けたようだ。


 (狙うなら目か口の中……!!)


 毛皮に阻まれて攻撃が通らない。攻撃が通るのは毛皮に守られていない目と口の中。どう立ち回るか考えていると熊が勢いをつけて飛びかかって来た。


 横に動いて躱すと、振り返りざまに前足を振り上げた。迫る爪を下がって躱すと、熊はそのまま仁王立ちになり見下してくる。こちらも武器を構え直した。


 「あいつ、熊と1人でやり合ってるぞ」


 「攻撃も全部躱してる、すげぇ!」


 狩人たちは感嘆の声を上げる。アキラたちも警戒を解くことなく再び始まった戦いの様子を見ていた。


 「腕が立つだろうと思って連れてきたが、これ程とはな」


 「彼は一体何者ですか?」


 「知らん。たまたま森で会った不審者だ」


 「しかし、あれ程の腕を持つものが埋もれていたとはな」


 アキラの呟きにセツナが疑問を投げかけ、ゴヨウが感心する。


 ハヅキは熊と一定の距離を保って立ち回っている。しかし、ハヅキの攻撃は通らず熊の攻撃は避けられるため拮抗した状態が続く。


 離れて散会する狩人たちは戦いに参加できずにいた。自分たちの攻撃が熊に通らないのもそうだが、戦いの激しさについて行けるだけの実力が無いのが最も大きな理由だ。


 無理に参加しても邪魔になるのを理解しているから動けずにいるのだ。


 「なっ!!」


 ハヅキが熊の懐に飛び込んだ。その行動に狩人たちは驚愕する。


 振り下ろされる右前足を逆に飛んで躱し、横に振り抜かれた左前足を半歩下がってやり過ごす。牙での追撃に対して、下顎に右手を当てて受け流す。すかさず左手に短く持った槍を突き出すと熊の右目に突き刺さった。


 熊は大きな咆哮を上げた。鼓膜を破らんばかりの大声に耐えながら、素早く槍を引き抜き間合いを取る。対する熊は右目から血を流し痛みで激しく吠え叫んでいた。


 「片目を潰した!」


 熊の咆哮が収まると、ハヅキや狩人たちに背を向けて森の中に入って行く。追うことなく森の中に消える熊を見届けると狩人たちから歓声が上がった。


 「ハヅキ! ケガはないか!?」


 アキラが駆け寄ってきてケガの確認をしてくれる。


 「大丈夫だ」


 問題ないと伝えるとアキラが安心しながら大きく息を吐く。そして一言アキラに注意される。


 「こちらの指示を待たずに飛び出すのは部隊の安全に関わる危険行為だ。今後はしないように」


 「……了解」


 「それで、何で飛び出した?」


 「部隊の何人かの足がすくんでたみたいでな。飛び出して注意を引かないと死人が出ると思った」


 アキラは俺が飛び出した理由を聞くと、チラッと後ろで雑談している他の狩人を見てため息を吐いた。


 セツナとゴヨウが現場の検分をしているが、すぐに終わったようだ。現場には食べかけの馬が1頭と倒れた荷馬車が2台。荷物が散乱しているが一部が血で汚れていた。


 「確かに。全滅してた可能性もあるな」


 「積荷は無事ですが一部が血で汚れているため商品としては使えないでしょう」


 「荷馬車は荒らされているが車軸は壊れてないから馬で引いて戻れる」


 検分を終えたセツナとゴヨウがアキラに報告する。報告を受けたあとアキラが指示を飛ばして荷馬車にそれぞれ馬を2頭ずつ繋げる。散乱した積荷をまとめて荷馬車に積み込むと狩人も乗り込んだ。


 「準備はいいな!! 帰るぞ!!」


 アキラの号令に狩人たちは返事を返し、2台の荷馬車を引きながら都市に向かって進み出した。


 都市に戻りギルドに入ると、ギルドマスターが駆け寄ってくる。その後ろにはギルド職員やギルドに残った狩人が見える。代表してアキラが答える。


 「商隊の人間、護衛の狩人、馬含め全滅。残った荷馬車と積荷を回収して戻りました」


 アキラの報告にギルド内が騒然となる。ギルドマスターは険しい顔のまま報告の続きを促す。


 「熊と遭遇したのか?」


 「はい。ハヅキが1人で戦い、熊の右目を潰しました。これにより熊は森の奥へ撤退しました」


 「1人で戦わせたのか!?」


 「1人で飛び出したんです。もう注意しました」


 「そうか。なら、俺からは言わないでおこう。任務ご苦労だったな、回収した荷馬車と積荷はこちらで処理しておこう。お前たちは休んでくれ」


 ギルドマスターが任務の終わりをつけると、部隊に参加していた狩人たちは酒場になだれ込む。テーブルに座ると酒を注文し始めた。


 「救援任務に出てもらった分の報酬を渡すから受付に来てくれ」


 受付に行くと任務報酬を貰った。多いかと思ったが熊の右目を潰した分の成果報酬も含まれていると説明してくれた。


 報酬を受け取って周りを見渡すと、倉庫整理の仕事のときのギルド職員と一緒にいるイザベラを見つけたので、近づいて声をかける。


 「戻った」


 「お、おぅ。お前……あの熊と1人でやり合ってきたってのは本当か? 熟練の狩人を何人も殺した化け物だぞ」


 「確かに動きは速いし、攻撃も重い。一撃でも受ければ即死だろうな。けど、戦えない相手じゃない」


 ギルド職員は驚いた顔のまま固まっていた。


 「イザベラ、遅くなったけど食事にしようか」


 「うん」


 イザベラを伴ってテーブルにつくと店員に2人前の食事を注文する。



 ◇



 ギルドの2階にある1室でギルドマスターとアキラが話していた。


 「そんなにか」


 「はい。熊の攻撃を全て躱して反撃してました。厚い毛皮で攻撃はほぼ通りませんでしたが、懐に潜って右目を潰しました。並の実力者じゃ無いですね」


 「分かった。それじゃ、ハヅキを入れて討伐作戦を組み直そう」


 ギルドマスターとアキラは熊の討伐に向けて作戦の話し合いを始めた。



 ◇



 昨日の夜も過ごした馬小屋の一角で、積まれた藁をベッド代わりにしてイザベラは寝っている。帰る場所も無いそうなので馬小屋まで連れてきた。ギルドマスターと馬小屋の職員に話をして了承を貰っている。


 (ブリュンヒルデ、熊の血から何かわかったか?)


 槍に着いた血を確保しておいたのでブリュンヒルデに解析して貰った。イザベラが起きると困るので魔法を使って会話をしている。


 (血液成分はこちらで把握している熊と大きな違いは無いですね。遺伝子情報も現時点では異常は見当たりません)


 (何もなしか……)


 熊の血から何か情報が得られるかと思ったが、上手く行かないらしい。諦めかけるとブリュンヒルデが気になることを伝えてきた。


 (含まれている成分に違いはありませんが数値が気になります。一言で言うなら痩せすぎです)


 (痩せすぎ? 実際は筋肉もあったし痩せている印象はなかったぞ。……今までに【促進の紋章】に適合した生物はどうだったんだ?)


 (食事量は増えましたが痩せたという報告はありません。血液検査の結果も標準値内でした。しかし、突然に糸が切れた人形のように死ぬという状態でした)


 【促進の紋章】は寿命を前借りして成長を早める効果を持つ。稀に適合して通常より大きくなるが凶暴化して食事量も増える。しかし、適合した場合は1年経たずに突然死ぬ。熊と共通している部分もあれば違う部分もある。


 (血液検査の結果だが標準値内でもどの辺りなんだ?)


 (全体的に下の辺りです。下限に近い個体も確認されております)


 血液検査の結果は異常なしだが標準値内でも低い。【促進の紋章】の影響が更に強まれば標準値の下限を下回る可能性があるのではないだろうか?


 (これまでの生物は【促進の紋章】の急激な成長に体がついてこられず死んだ。対して熊は急激な成長に体が耐え切った)


 (血液検査の数値異常に関しては?)


 (【促進の紋章】の影響でエネルギーが全て成長に使われるからだろう。これまでの個体でも数値が低かったのは痩せる兆候だろう)


 【促進の紋章】に適合すると急激に成長して体自体は大きくなるが、実際は痩せていき飢餓状態になるのだろう。これまでの個体では飢餓状態になる前に死んだから分からなかっただけだ。


 熊は適合した上に成長に耐え切った。強い飢餓状態にあると推測できる。村を襲ったのも飢えを満たすためだろう。


 しかし、接種したエネルギーは全て成長に回されるので飢えが消えることはない。だから、次々と村を襲っていた。


 今回の戦闘で右目を負傷した熊は、傷を癒すためのエネルギーを求めるはずだ。近いうちに、どこかの村が襲われるだろう。状況によってはこの都市にくる恐れもある。明日、ギルドに伝えて警戒を促しておこう。

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