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イザベラ

 狩猟(しゅりょう)ギルドのギルドマスター案内されて付いていくと2階の広い部屋に通された。中央には大きなテーブルが置かれていて、地図が広げてある。地図には印が入っていたり駒が置かれている。


 「地図に入ってる印は熊のマーキングや目撃があった場所だ。駒は巡回で人の手が入る場所だな」


 地図を指差しながら説明を始めた。地図の中心には都市国家〈ワウドゥール〉が描かれている。周りには森が広がっており、森の中を縫うように街道が通る。街のそばには南北に大きな川が流れていた。


 「で、お前らが熊に会ったのはどの辺りだ?」


 「この辺りですね。街道から森に入って少し歩いた辺りです」


 「街道の側まで来てるな」


 土地勘のあるアキラが熊と遭遇した位置をギルドマスターに報告していく。遭遇したときの状況なども詳しく話している。


 「気を引く方法を知っているとはな。ぜひ、教えて欲しいもんだ」


 熊の気を引ければ逃走なり討伐なりの手段が取れるからとギルドマスターからお願いされる。しかし、魔法を使ったとは言えないので秘密にしておく。


 「それは残念だ」


 ギルドマスターはあっさりと引いた。元から教えてもらえるとは思ってなかったのだろう。話を変えてギルドの対応について尋ねる。


 「ここまで街道に近づいてるなら討伐しかないだろうな。いくつもの村が犠牲になってる。ただ、熊が強すぎて討伐の目処が立てられん」


 これまでは遭遇しないように、遭遇しても追い払えるようにしてきた。今回、熊と街道近くで遭遇したことから街道を歩くのにもこれまで以上の危険が伴うようになった。


 狩猟ギルドとしては熊の討伐に乗り出したいが、今は出来ないとギルドマスターは話し始めた。以前にも討伐に乗り出したが、その時に腕の立つギルド員の多くを失ったうえに失敗。設置した罠も力押して突破されたらしい。


 「お前は腕が立ちそうだから討伐の時にはぜひ参加して欲しい」


 「そのときの状況によるから返事は保留にさせて貰う。それに俺は不審者として連れてこられたんじゃないのか?」


 「おっと、その話もあったな。食料を補給したいんだろ? だったらうちで仕事しないか?」


 「それは構わないが、不審者を入れても平気なのか?」


 「問題ない。こっちは不審者の行動を監視できる。そっちは仕事でお金が稼げるし身の潔白も証明できる。悪い話じゃないと思うぞ」


 「……わかった、世話になる」


 狩猟ギルドで仕事をすることが決まった。寝床は堀の近くにある、ギルドが管理する馬小屋の一角を借りることになった。


 ギルドマスターとの話が終わるとアキラたちと別れる。その後、狩猟ギルドに登録して仕事を受けられるようにした。


 受付からギルドの注意点などの細かい話を聞き終わると、ギルドを出て紹介された馬小屋へ向かう。馬小屋の職員に事情を説明すると空いた場所へ案内してくれた。


 対応がスムーズに進むので理由を聞くとギルド員から連絡を貰ったと教えてくれた。どうやら受付でギルドの説明を受けている間にギルドマスターが連絡してくれたようだ。


 「この場所を使ってくれ。夜中は馬が寝てるから静かにしてやってくれ」


 「分かった、ありがとう」


 窓に面した一角を使わせてもらうことになった。案内が終わると職員は馬の世話に戻った。俺は荷物をおろして休息を取る。



 ◇



 馬小屋の馬たちが寝静まったころ、一つの魔法を発動させる。


 「〈下位風精(ふうれい)召喚ー小鳥〉」


 小鳥の姿をした風の精霊を2体召喚する。そのうち1体と自分の視界をリンクさせる。もう1体はブリュンヒルデにリンクさせると周囲の森を探索するように命じて飛び立たせる。


 暗い森の中でも風の動きで障害物を把握できる。ぶつかることなく森の中を飛び回っていると、茂みの中で動く影を見つけた。


 (いた)


 通常の5倍はあろつかという巨体の熊が茂みの中を歩いていた。ときどき周りを見回すような仕草をしながら森の中を進んでいく。近づき過ぎないように距離をとりながら熊を追う。


 ブリュンヒルデに熊の場所を伝えて、リンクしてる精霊を呼ぶ。合流すると2体で左右に別れて追跡する。


 熊の進む先に建物が見えてきた。木造の1階建で小ぢんまりとした小屋だ。山仕事の休憩場所として作られたのだろう。


 出入り口らしき場所に扉はなく、周りには雑草が生えていた。熊は辺りを警戒しながら建物の中に入ると体を横にして眠り始めた。


 視界のリンクを解除して魔法を解く。呼び出された小鳥はわずかに風を吹かせ、霞むように消えていった。


 「とりあえず熊の寝床は見つけた。焦らず情報を集めていくか……」


 『マスター、あの熊のサンプルが欲しいので体毛や血液など体の一部の採取を希望します』


 「余裕があれば取っておこう」


 『ありがとうございます』


 あの熊のことは気になる点が多い。【促進の紋章】に適合すると通常より大きくなるが寿命が1年持たないのがこれまでの結果だ。


 しかし、熊は最初に発見されてから少なくとも5年は生きている。これまで研究されてきた生物たちとは何かが違うのは確実だろう。


 それに熊は基本的に臆病な性格をしている。遭遇しても刺激しなければ襲ってな来ない。だが、あの熊は積極的に人を襲っている。人や集落を襲うのは【促進の紋章】による凶暴化と考えられる。


 ブリュンヒルデと熊について仮説を立てたり、集めたい情報の整理をしていると夜が更けていった。



 ◇



 翌朝、狩猟ギルドに行くと慌ただしい喧騒が聞こえる。時折聞こえる口論を聞き流しながら受付に声をかける。


 「あなたがハヅキさんですね。ギルドマスターから話は聞いています。ギルドのお仕事を受けてくれるとのことで間違いないですか?」


 「ああ、仕事の内容が聞きたいんだけど大丈夫か?」


 「はい、大丈夫です。こちらが受けていただきたい仕事内容です」


 受付が差し出していた羊皮紙には仕事内容が書かれていた。この世界の文字は知っている文字に似ている。読み方や意味もほぼ同じ様だ。


 「狩猟ギルドで仕事を受けるのは今回が初めてなので雑用がメインですが、よろしくお願いします」


 「わかった。それで、何個も書かれているがどれから始めればいい?」


 「順番はどれからでも構いません。担当には伝えてありますので、指定されている場所にいる職員に声を掛けてくれれば指示をもらえます」


 受付から仕事内容の確認と進め方を聞いた後、その場を後にする。どの仕事から進めてもいいそうなので気になった所から始めていく。と言っても片付けや整理、掃除などの仕事しか無いので確認しながら進めて行けば問題ないだろう。


 1番上に書かれていた整理の仕事に決めたので、指定されている倉庫に向かう。入り口あたりでギルドの職員らしき人が作業をしているので声をかける。


 「あんたが新入りか? 話は聞いてるぞ」


 「ああ、ここの仕事から始めようと思う」


 「助かる。細かい雑用は後回しにされがちでな。熊の件で新しい人が来ないんだ」


 熊に怯えて狩猟ギルドに登録する人がいないらしく人手不足が深刻だとグチをこぼしている。


 「まっ、グチって人が来るわけでもねぇ。早速ですまんが仕事だ。倉庫の中にある食料を厨房へ運ぶから手伝ってくれ」


 ギルド職員が指差した倉庫の扉を開けて中に入る。中には蓋の開いた木箱に何かが一杯に入っている。


 (これは、サツマイモか?)


 「そっちにカライモが入った木箱があるから運んでくれ」


 木箱に入った芋を手に取って見ていると声が掛かる。カライモというのは手に持っている芋で、主食として食べられているそうだ。中身を確認してカライモの木箱を持ち上げた時、視界の端で人影が動いた。木箱を降ろして人影が動いた方を見に行く。木箱の影には芋を抱えた少女が、身を縮めて隠れるように座っていた。


 「どうした?」


 ギルド職員が不審に思って様子を見に来たので少女を見つけたことを伝える。


 「女の子が何で倉庫の中にいるんだ?」


 「ギルドの人間じゃないのか?」


 「いや、違う」


 ギルド職員が不思議がっているので聞くがギルドに少女は登録されてないらしい。そもそも倉庫の仕事は目の前のギルド職員が1人で行っていて、俺の他には手伝いがくる予定はないそうだ。


 「なら泥棒か……」


 「最近、食料が少しずつ減っていたが原因はその子か」


 「どうするんだ?」


 「芋を置いて出ていって貰おう。うちも余裕があるわけじゃないからな」


 少女は泣きそうな顔をしている。少女は汚れて所々穴の空いた服を着ており、手足も細く顔も痩けていた。


 ギルドとしては注意だけして解放するそうだ。しかし、ここまで痩せているとなるといずれ飢えて死ぬだろう。それなら、と1つ提案してみる。


 「この子にも仕事を手伝って貰うのはどうだ? 人手が足りないんだろ?」


 「手が増えるのは助かるが……その状態で働けるのか?」


 ギルド職員が心配するのは当然だろう。倉庫には重い荷物が多い。痩せた少女では運べないだろう。だが、仕事を選べば大丈夫だろう。少女に提案してみる。


 「仕事を手伝ってくれるならご飯を食べさせてあげる。どうだ?」


 少女は恐る恐るといった感じで頷いた。少女の反応を確認したあと頭を撫でてからギルド職員に振り返る。


 「働く意思はあるか。それで、何の仕事をしてもらうんだ?」


 「今日使う分の芋の泥を落としてもらうのはどうだ? 厨房での仕事が少し減るだろう」


 「なるほど。なら、そっちの木箱に入ってる芋を洗ってくれ。水場は近くにある」


 「わかった。それじゃ、芋洗いを頼めるか?」


 「……うん」


 ギルド職員の了承をもらったので少女に仕事を任せる。倉庫の側には川から水を引き込んで作られた小さな水路が流れていた。そこまで木箱を運ぶど木箱を横に倒して芋が取れるようにする。


 「それじゃ、ここで芋を洗ってくれ。洗い方はわかるか?」


 「だいじょうぶ」


 少女は小さな声で答えると芋を手にとって洗い始めた。少女が仕事に取り掛かったのを見て、倉庫に戻る。


 「アンタ、優しいんだな」


 「甘いだけだよ。こっちも仕事を始めよう」


 甘さのせいで嫌な経験を沢山してきたのに捨て切れなかった。人から離れて冷たい人間として振る舞ってきた分、甘さが強くなった気がする。全てオーディンが悪いとしておこう。

 

 「おっし、そろそろ飯にするか。食事が終わって一休みしたら戻ってきてくれ」


 しばらく作業をしているとギルド職員が食事の時間を告げる。


 「すまんが半日分の給金を先にくれないか? 無一文でね」


 手持ちがないことを伝えて半日分の給金を先に貰う。倉庫整理半日で銀貨3枚。この世界では銅貨10枚で銀貨1枚になるとギルドマスターから聞いている。


 「俺たちも食事にしよう」


 芋洗いをしている少女に声をかけて一緒に酒場に向かう。酒場の空いているテーブルに座ると店員が声を掛けてきた。


 「注文はどうする?」


 「メニューはあるか?」


 「悪いが無いね。うちはそんなに高級な店じゃないんでね」


 「なら、銀貨3枚で収まるように見繕って持ってきてくれ。スープがあるなら付けて欲しい」


 「あいよ!」


 注文を受けると店員はテーブルから離れる。厨房の入り口から注文を伝えると、他のテーブルに向かっていった。待っていると別の店員が料理を運んできた。


 「お待たせ。スープにパン、それに串肉と水だ。銀貨3枚ならこのくらいだね」


 「ありがとう」


 2人前の料理を置くと店員は離れて行った。


 「それじゃ、食べようか」


 少女に食事を勧めると、震える手でスプーンを持ってスープを一口飲む。2口目からは堰を切ったように食べ始めた。目元には涙が滲んでいる。


 「少しは落ち着いたか?」


 「?! ご、ごめんなさい!!」


 食べ終わりを見計らって声をかけると、謝られた。食事を出してもらったことに負い目を感じているようなので食後の休憩もかねて話を聞く。


 「名前を聞いてもいいかな?」


 「……イザベラ」


 「家族は?」


 「うぅ……」


 家族のことを聞くと泣き始めた。落ち着くのを待とうと思っていると、ポツリポツリと話し始めた。


 「お父さんとお母さんがいるの。でも、帰り方がわからない」


 泣きながら少しずつ話してくれた。イザベラはある日、両親に連れられて知らない男の所に行った。その男の人から両親はお金を貰ってたらしい。そして両親はイザベラを残して帰って行った。


 イザベラはそのあと、男に連れられて一緒に行動していた。しかし一緒に行動していた男とその仲間が熊に襲われたそうだ。イザベルは逃げ出した先でこの都市にたどり着いた。ここでは残飯を漁ったり、雑草の中から食べられるものを採って飢えを凌いできたそうだ。


 両親はイザベラを売ったのだろう。売ったはずの娘が帰ってきても歓迎されない。


 「これからどうするんだ?」


 「帰りたい」


 今後のことを聞くと俯きながら呟いた。しかし、帰り方が分からない。帰したとしても追い出されるだけだろう。


 「帰り方が見つかるまで俺と一緒にギルドの仕事をするか?」


 「……いいの?」


 芋洗いの仕事は出来ていた。他にも掃除や皿洗いなどの力がいらない仕事なら手伝えるだろう。話も一区切り着いたので倉庫に戻るとギルド職員が先に戻っていた。


 「すまん、遅くなったか?」


 「いや、大丈夫だ」


 ギルド職員にイザベラの件を伝える。


 「おれは問題ないぞ」


 ギルド職員から許可が貰えたので、引き続き手伝ってもらうことにした。仕事の内容は芋洗いの続きをしてもらうことになった。



 ◇

 


 「今日はここまでだ!」


 日暮れ頃に仕事の終わりを告げられ、午後の分の給金をもらう。イザベラを伴って酒場に入って空いているテーブルを探しているとギルドに人が駆け込んできた。


 「だ、誰か! 助けてくれ! 熊が出て商隊が襲われた!!」

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