3体のキメラ
必要な情報がカード型デバイスに送られてくると、ツンカシラとの通信を切った。3体が3体とも巨大な生物なので1体ずつ倒したい。
キメラの情報を共有するため、ブリュンヒルデを通してシャーラのデバイス〈アルクトス〉に転送する。
・リオプレウロドン
手足がヒレになった巨大なワニの様な姿をしている。使う魔法は身体強化が中心で、強力な顎の力と身体能力が特徴だ。
・メルビレイ
鋭い牙の生えた鯨で水、氷を始めたし回復や各種強化魔法を使う。3体の中でも特筆して知能が高く、魔力も高い。
・アンモナイト
殻を背負ったイカに近い姿で、あらゆる生物を捕食する獰猛な性格をしている。隠れるのが上手く、幻術や幻覚、マヒを始めとした多種多様な毒を使う。
お互いに情報を確認すると感想を言い合った。結論としては、非常に手間が掛かる。
広い海洋の中から巨大とは言え、たった3体の生物を探し出す。さらに、深海に潜られていたら余計に探せなくなる。
高度から海を見下ろして、それらしい影を探すが見当たらないので軍艦に降りた。軍艦に搭載されているソナーで周囲の状況を確認する。
ツンカシラが軍艦の支配権を一時的に手放してくれたので、設備を利用出来る様になった。だが、手放した為に軍艦の防御システムが作動。搭載されている機械兵と1戦交える事になった。
ブリュンヒルデが即座に掌握したが起動した機械兵は止まらなかった。都合3体の機械兵を壊す事になる。
残骸となった機械兵を端に寄せているとシステムから音が鳴り始めた。
「この大きい影ってなんやろ?」
早速ソナーに反応があった様だ。画面には他の影と比べても明らかに巨大な影が映っていた。場所は軍艦から北東に進んだ辺りだ。
探索魔法で周辺を探りながら、ソナーの反応があった場所へ向かった。そこでは、探索魔法にも反応はあり海面には巨大な影が浮かんでいる。
10〜15mはありそうな影に向かって魔法を放つ。
「〈刻印付与ー天を砕く槍〉」
海面を貫いて水中にいる相手に命中する様に貫通力の高い魔法を選択した。逃げられても追跡出来る様にマーカーを付ける魔法を付与するのも忘れない。
海面が弾けて真っ白な飛沫が柱の様に高く上がった。その飛沫を掻き分けるように、巨大なワニの頭が飛び出す。
巨大な影の正体はリオプレウロドンだった。恐らく爬虫類であるワニがベースなので体温調整の為に海面に上がって来ていたのだろう。
海中に逃げようとするが、ここで逃げられると手間が掛かる。マーカーを付けられたので居場所は分かるが、一々逃げられるのは煩わしい。
「逃さへんで!! 〈不滅の足枷〉!!!」
シャーラの周りに光の輪が4つ現れると、海に向かって弾ける様に飛んで行った。海面を砕いて水の柱が上がる。
立ち昇る水飛沫が収まると、光の輪に捕らえられたリオプレウロドンが海面に浮かんでいる。拘束から逃れようと激しい波飛沫を上げながらもがいている。
「〈神の大鎌〉!!!」
大鎌に変化した杖が振り抜かれると、衝撃波が飛んでリオプレウロドンの首に直撃した。真紅に染まった水飛沫を上げ、頭と胴が別れたのを確認する。
大量の血が流れ出し、海面が赤黒く染まっていく。事切れて海面浮かぶリオプレウロドンの最後は意外と呆気ないものとなった。
ツンカシラに報告を入れようとデバイスを取り出した時、リオプレウロドンの胴体に絡みつく触手に気づいた。海上からは見えないが、アンモナイトの触手だろう。
リオプレウロドンの真下に取り付いて持ち帰ろうとしている。胴体だけでも10mを超える巨体に絡まっている太く長い触手。
「シャーラ!! 雷!!!」
「〈神雷霆〉!!!」
「〈破軍の雷轟〉!!!」
大規模な落雷が2発、海面に浮かぶリオプレウロドンに向かって落ちた。血液に染まった海水は雷撃を通してアンモナイトに届く。
雷で焦げたリオプレウロドンを押し除ける様にしてアンモナイトが浮かんで来た。仕留めたか確認する為に近づいてみると、触手の筋肉が痙攣しているのが分かる。
恐らく、気絶しているだけで生きている。姿形から急所はイカやタコと同じだろう。距離を取り直して〈神の大鎌〉で頭と胴体を切断して貰った。
改めてツンカシラに報告を入れる。残る1体、メルビレイは知能が高いので簡単には見つからないだろうと言われた。
リオプレウロドンとアンモナイトは知能が高くても本能に忠実だ。しかし、メルビレイには本能を抑え込めるだけの理性がある。
魔法への耐性も高いので倒すのも難しいだろう。倒した2体の死体は、巨大すぎて回収出来ないので放置する事にした。
◇
翌日から3日掛けて探索したがメルビレイは見つからなかった。二手に分かれて、海面スレスレを飛びながらソナーの魔法を使ったが反応は無い。
「深海に潜んでそうやな」
「鯨がベースだから息継ぎする為に海面に出てくると思ったが甘かったか」
バパナーズに到着して5日目の夜、軍艦のセンサーに反応があった。しかし、どこから探知されているのかは不明だ。
思い当たるのはメルビレイだ。軍艦に搭載されたAIの解析結果では、超音波に魔力を乗せて範囲と精度を上げた特殊な魔法と出ている。
「鯨の超音波は1000km届くと言うが、これほどとはな」
「絶対に追いつかれへんやん」
「ブリュンヒルデ、エコーロケーションの魔法を作れないか?」
『魔法の作成自体は可能ですが、メルビレイほどの距離は不可能です』
「大丈夫だ。可能な限り広範囲を探知出来る様に組んでくれ」
ブリュンヒルデが組み上げてくれた魔法〈超音波感知〉を使って無理やり炙り出す。
6日目の朝、海洋のやや北側に陣取ると、大きな矢尻状の魔法具〈サテライト〉を取り出した。これは誘導魔法の弾としても使えるが、魔法を遠隔で起動させる事も出来る。
このサテライトは全部で10個あり、一定の間隔を空けて海上に展開した。そしてブリュンヒルデを通して〈暴風領域〉を起動する。
海洋に展開したサテライトが連動して魔法を起動し、広大な海の一角を暴風雨が包み込む。吹き荒れる風は海水を巻き上げ、打ち付ける雨は海面を叩いた。
続けて〈上位水精召喚ー天蛇〉で精霊を可能か限り呼び出した。その数、13体。
呼び出した精霊に〈超音波探知〉を付与して海中での探索を可能にすると、海の中に飛び込ませた。
海洋の北から中央部を嵐で封鎖して、以南に精霊を向かわせる。東部ではシャーラが待ち伏せする形だ。
俺自身とブリュンヒルデに蓄えた魔力、それに蓄積専用に作った魔法具から魔力を流用して大規模な魔法を支える。
メルビレイが姿を現さないまま数時間が経過した。シャーラからも発見の報告は無い。何も無いまま4時間が経とうとした時、シャーラから連絡が来た。
潮が噴き上がったのだ。距離は離れているが、共有した〈超音波探知〉で補足、座標指定の空間爆撃でダメージを与えたという。
ダメージを受けた事で海中にいられなくなり再び海面に出た所で魔法戦に発展。〈術式保留〉を使って大魔法を連続で叩き込んで倒したそうだ。
ツンカシラに報告すると、衛生映像で確認したとの事で依頼は達成になった。
魔法を全て解除してサテライトを手元に戻す。蓄えていた分も含めて、ほぼ全ての魔力を使い切ったので飛んでいるのも辛い状態だ。
今いるのは海洋の沖合なので周辺に休憩出来る様は場所は無い。残った魔力で海面を凍らせて足場を用意すると、氷の上に降りた。
「依頼完了だな」
軽い目眩に襲われて氷に座り込んだ。久しぶりの強い脱力感に襲われて立つ事も出来ない。
波に揉まれて崩れる氷を見ながら待つ事30分、戻って来たシャーラに救出されて軍艦に戻った。
その日はそのまま休息に入ったが、翌日になっても俺の魔力は回復し切ってはいない。ブリュンヒルデも活動は出来るが戦闘が出来るまでの魔力は無い。その為、追加で丸1日を休息に当てた。
◇
バパナーズに来て8日目となる今日、魔力もある程度は回復したので動ける様になった。軍艦の権限をツンカシラからブリュンヒルデに譲渡されたので、システムに【境界の羅針盤】の術式を刻んでいく。
目指す座標は巨大な熊と遭遇し、【促進の紋章】を発見した世界だ。記録した座標から時間軸を切り離したものを軍艦のシステムに転送する。
『これで、現在の時間軸のまま指定された世界への移動が可能になりました』
ブリュンヒルデが調整した事により、システムの不備なく完了した。
「システムの方は無事に終わったな」
「お疲れさま」
日が変わって9日目。軍艦の最終確認を終えると封印魔法を利用して収納した。ルートの確認を軽く済ませると研究所に向かって飛び始めた。
◇
「無事だったか! ……軍艦はどうなった?」
研究所に戻るとラモンが出迎えてくれた。俺達が無事な事に一安心した様だ。
「鹵獲したよ。一悶着あったから中は壊れているが航行するのに問題はない」
申し訳無いと謝ると、必要無いと返された。鹵獲した軍艦を置く場所が無いか聞いたら、近くに池があるそうだ。
「それなら池がある。ただ、淡水だから軍艦は浮かばないだろうが……」
「置いておければ良い」
ラモンに案内されたのは研究所の裏にある池だ。収納していた軍艦を開放すると、高波を上げて池に沈んでいく。
深さが足りないので、軍艦は浮かぶ事なく船底が水底につくて傾いた。魔法で調整しつつ少し傾けて軍艦を設置させる。
「少し傾いているが大丈夫か?」
「この位なら問題ないだろう」
ラモンは他の研究員に声を掛けて荷物の積み込みを始めた。傾いているとは言っても艦橋までは高さがあるので、乗降は俺達も手伝った。
「必要な物は積み込んだ。君達が協力してくれたお陰で設備も持ち込む事が出来たよ、感謝する」
必要な物品の積み込みが終わり、ロビーで一休みしていた。残るのは個人の持ち物だけで量は多く無い。
「準備が一段落したなら、これを渡しておこう」
俺は軍艦の中から回収したデバイスを取り出した。ブレスレットやペンダント、指輪などタイプの違うアクセサリーに装着されている。中のシステムをアップデートして管理AIから干渉を受けない様にした物だ。
「1人一つずつ取ってくれ」
「ずいぶんと親切にしてくれるけど、何が目的なの?」
「秘密だ」
彼らに未来の出来事を話す事は出来ない。納得していない者もいるが、イザベラが最初に手を出した。
「覚悟を決めるしか無いでしょう?」
イザベラが静かに力強く言うと他の研究員達も決断した様でアクセサリーに手を伸ばしていった。
「しかし、何でわざわざデバイスを用意してくれたんだ?」
「研究者だけで船を動かすのは難しいだろうと思ってな。デバイスが船の運行をサポートしてくれる」
ラモンはデバイスの用途を理解した様で納得している。軍艦の運行や航行はデバイスがメインで管理し、彼らは簡単な指示を出すだけで良い。
「なら、すぐに出発するのか?」
「いや、まだ待ってくれ」
メインシステムへのダウンロードは終わっているが、魔法式にトラブルが発見された。運行自体は可能だが、エンジンに対するエネルギー効率が噛み合わないのだ。
これは荷物の積み込み中に試運転させた事で発見された。術式の一部を削って再調整するしか無い。ラモン達には悪いが数日待って貰う。
俺とブリュンヒルデがシステムの調整をしている間、ラモン達は軍艦内の設備の確認と積み込んだ物品の再チェックをするそうだ。
シャーラは都市に物品調達に出るイザベラの護衛を当たる。日暮れ前には戻ると言って出掛けて行った。
「さて、俺達も術式の調整を始めようか」
『了解』
◇
「ハヅキ、少し早いが夕食の支度が出来た」
「俺は手持ちがあるから大丈夫だ」
「そう言う訳にはいかない。これだけして貰って食事も出さないでは示しがつかない」
夕食を断るとラモンに手を引かれて強引に食堂へ連れて行かれた。振り払う事も出来たが、気を利かせてくれているのが分かるので断るのも悪い。諦めて頂く事にする。
日暮れ時、都市に出ていたシャーラとイザベラが帰って来た。中心部まで行って来たそうだが、途中で"人型のなにか"に遭遇したらしい。
「それ、ロボットが人の服を着てるって事は無い?」
ラモンが尋ねるがシャーラが否定する。もっと気持ち悪い感じがしたそうだ。可能性として考えられるのはキメラだが、それの感覚とも違うと言う。
「考えて分からないなら今は置いておこう。夕食の支度が出来ているから食べて来ると良い。まだ食べてないのは君達2人だけだ」
ラモン話題を変えると、シャーラとイザベラが目を合わせた。俺も夕食を済ませた事を聞くと、2人は連れ立って食堂へ向かって行った。
「さて、俺は腹ごなしに散歩して来るよ」
ラモンに一声掛けてから研究所の外に出て、都市へ向けて歩き始めた。




