異世界へ
騎士から渡されていた箱にはブレスレットが入っていた。翡翠色の宝石が嵌められているが、極めてシンプルなデザインだ。
1ヶ月前に受けた依頼で一緒だったAIが搭載されていたブレスレットと同じデザイン。あの時は事後処理に必要だからとその場で引き渡した。
中身を別に移して不要になった外側を記念品として送ってくれたのだろう。そう考えているとブレスレットから少し低い大人の女性を思わせる声が聞こえる。
『お久しぶりです』
「……久しぶり」
声の主はブリュンヒルデだった。そして同じブレスレットから高齢男性の声も聞こえてきた。
『久しいな、ハヅキ』
「オーディンか、久しぶりだな。お前が出てきたってことは……仕事の依頼か?」
『そうだ』
前回の依頼で関係が終われば良かったが、そうはいかないらしい。
オーディンは、この世界を世界管理するAIの1機で前回の仕事の依頼者だ。1ヶ月前に受けた仕事は前文明に作られた駆逐艦の調査だった。現代文明では対処できないので、不老不死の特性を持っていて前文明から生きている俺の所に話を持ってきた訳だ。
今回も同じだと思うと、軽く目眩がして頭を抱える。
「……前回の依頼の時にも言ったが何で俺なんだ? 俺より強いやつや適性があるやつもいるだろう?」
『確かにお主よりも強い者はおる。だが、その者らは寿命がある。死ぬたびに新しい者に頼んでも良いが都合よく適正のある者が見つかる保証はない。
人が変われば物事への理解度も変わる。楽観的に捉えてる者に兵器の危険性を訴えても響かんだろう。不老不死のお主ならば新しく人を選ぶ必要がない。兵器の危険性と、それによって起こった悲劇を知っている。そんなお主だから頼んでいるのだ。引き受けてくれんか?』
「……」
ーーねぇ、異世界って本当にあるのかな? あるんなら行ってみたい! いろんな世界を見てみたいーー
昔の思い出が蘇る。
人に甘くて流されやすくて信じやすい。嫌な経験も多かった。それでも化物としてではなく人として接してくれた人たちがいたのも事実だ。
愛してくれた人もいた。その人の夢は確か異世界を見て回ること。
どれだけ時間が経っても甘いのは変わらないらしい。人から離れれば、他人への情が沸かなくなると思って1人で暮らしてきた。それなのに頼まれれば流されて引き受ける。
ーー君って甘いよね、それに意思も弱い。でも、信じてくれたから一緒に居てくれる人たちに会えたんじゃないかな?ーー
「依頼を受けよう」
『感謝する』
オーディンが感謝を述べると、前回の依頼で調査した駆逐艦の情報を話し始めた。あれから回収した兵器や情報を解析して、兵器も適切に管理しているそうだ。
『駆逐艦から回収した情報の解析をしていたのだが、その結果に困っていてな』
「情報?」
『そうだ』
「具体的には?」
『前回調べてもらった駆逐艦だが、裏ルートで集められた避難民を乗せて異世界に行く予定だった。その先で先住民を支配下に置いて働かせるという計画の記録が残っておった』
計画の詳細を話してくれた。裏ルートで集められた人や兵器を乗せた駆逐艦で安全な異世界へ渡り、現地民と接触して交渉。こちらの不利になることは兵器を使って無理やり言うことを聞かせる、というものだ。
しかし、兵器で言うことを聞くのも最初だけでいずれは反乱が起きるだろう。兵器を奪われる可能性もある。身内同士で争うこともあるだろう。先住民と友好的な関係を築けなければ長期間にわたる安全確保と定住には無理がある。
政治ができる人は乗って居なかったのか聞いたら、居なかったとのことだ。正確には、元政治家が乗っていたが素行が悪く犯罪歴があるため政界から追放された人物だそうだ。
政治はできずカリスマもないので人を率いることも出来なかった。裏ルートで集まった人たちは、一癖も二癖もある問題児たちだ。大小のトラブルが頻発するなかでも出発した。
しかし、騒げば気づく者がでる。小規模なものなら隠せただろうが、次第にトラブルの規模が大きくなってしまった。
『情報を得た世界管理AIが計画を妨害するため駆逐艦に干渉、船は墜落した』
「戦争時の船ならAIに干渉されても落ちはしないだろ?」
『こちらも墜落するのは予測できなかった。よほど質の悪いシステムを積んでいたようだ』
AIと人類が戦争していた時代の兵器はお互いがお互いの干渉を避けるため、あらゆる工夫がされてきた。そのため多少の干渉では影響はでないし墜落もしない。
裏のルートに流れる粗悪品を使ったのだろうと推測できる。性能の良いシステムは貴重で高級品だ。裏のルートならさらに値段が上がることもある。だが、それらは終わったことでありオーディンが出てくる理由にはならない。
「それとオーディンが直接出てくる事に関係があるのか?」
『情報の中には他のグループとのやり取りも記録されていた。その記録を調べて過去のデータと照合したところ、所在不明の兵器や物品が複数見つかった』
「つまり、ほかにも異世界へ兵器や物品を持って渡った連中がいると? だが、戦争で壊れて失われた可能性もあるだろう?」
『正式な避難民でさえ持ち出しているのだから裏ルートで集まった者たちなら尚更だろう。やり取りの記録に残っているグループの船で確認されていないのがある。破壊されたと思われる船も含めて、所在不明の船は現在23隻ある』
「かなり多いな。その全てが異世界へ渡っている可能性がある、と」
『そうだ。そして、今回の依頼は持ち出された兵器や物品の回収になる』
様々な異世界に多種多様な兵器や物品が散らばっていて所在も分からない。そんな物を回収するのは不可能だ。回収できたとしても保管場所の問題がある。危険物を適当な場所に放置はできない。
『時間は掛かってもかまわん。すでに数百年経っておるしな。回収した物はお主が持っていてくれ。もし文明が成熟しており適切に管理出来るなら、そこの者たちに持たせたままでも良い』
「保管場所はどうする?」
『時空航行艦を次元世界の境界に停めておく。【境界の羅針盤】があれば通うのに問題なかろう。集めた品を保管する施設として役立ててくれ』
時空航行艦は異世界を渡る船で、世界と世界の間にある境界という領域を移動する。通常は境界に停めておくことはない。人を乗せて移動する船なので、どこかの世界に停めておかれる。
しかし、用意された時空航行艦は倉庫代わりとして使用されるためどこかの世界に停める必要がない。また、誤作動を起こした場合でも他の世界に影響はでない。
兵器や物品単体に世界を渡る機能をつけるのはコストがかかり過ぎる。そのためごく一部を除き、誤作動を起こした場合でもどこかの世界へ行くことはない。
以前に回収した【境界の羅針盤】はブリュンヒルデに搭載されており、保管場所となる船の座標も登録してあるとのことだ。あの巨大な模型を、ブレスレットについている宝石の中へとよく入れたものである。
持ち出された可能性のある物のリストも用意されていた。回収する物のまとまった呼び名がないと不便なことから【オーパーツ】と呼ぶことになった。
『では【オーパーツ】の収集たのんだぞ!』
「了解」
会話が終了するとオーディンからの通信は切れた。手元のブレスレットからブリュンヒルデが声をかけてくる。
『出発はいつごろにしますか?』
「準備できしだいだな。まずは【オーパーツ】のリストを確認したい」
ブリュンヒルデに回収する【オーパーツ】のリストを出して貰う。リストの中にはさまざまな名前が書いてあった。【境界の羅針盤】の横に〈1/23〉と書かれている。他も同様で〈1/1〉の物もあれば、複数の物もあった。
「これ【境界の羅針盤】だけで23個集めろってことか?」
『所在不明なのが23個あると認識してもらえれば大丈夫です。全ての所在が判明することが理想ですが壊れた物もあるでしょう。全て回収できるとは考えておりません』
「先は長いな。ひとまず荷物を運び込もうか」
ブリュンヒルデとのやり取りを終えると小屋の扉を開ける。小屋は少し歪ながら修繕を繰り返しており、人が住める程度には整っている。中には空間拡張の魔法が掛けられており外観に比べて広くなっている。
家の前に積まれた荷物を開けて、中身を確認したあと小屋の中に運び込んでいく。食料や酒はキッチン付近に置き、その他の荷物はテーブルやベッドの近くに積んでいく。
キッチンから順番に細かく荷物を整理しながら収納していく。確認と収納が終わる頃には日が暮れ始めていた。
「そろそろ食事にするか。ブリュンヒルデはどうやってエネルギーを補充してるんだ?」
『大気の魔力を吸収して補充しています。過剰に吸収した分は保時しておき、必要時に使用できる仕組みになってます』
「思ったより魔法的なんだな。もっと機械的だと思ってた」
『機械技術によるエネルギーの循環システムも存在しますが小型化すると効率が著しく落ちるので使うのに問題が出ます』
「なるほど」
食事が終わると今後の打ち合わせを行う。もっとも不確定要素が多くて現状の確認に留まった。持ち出す道具類の確認と整備のためテーブルに並べて行く。
長年愛用しており使い慣れた杖とローブを手に取る。杖には拳大の白い宝玉が取り付けてあり、先端には尖った金属が付いている。この金属は、魔力を通すことで魔法の刃になり槍として使うことができる。
ローブには防御魔法と身体強化魔法、耐久力強化の魔法を込めてある。身につけることで防御力と身体能力を高めてくれる。
杖もローブも1ヶ月前の依頼が終わった後に整備している。もう一度確認するが不備は見当たらない。
他にも役立ちそうな魔法具や小物などを並べて行き、チェックが終わると肩掛けカバンに直していく。このカバンにも空間拡張の魔法が掛かっているので数が多くても問題なく収納できる。
荷物の準備が終わったので今日は寝ることにした。
◇
翌日、朝日が昇って空が明るくなってきた頃に小屋から出た。動きやすい軽い服装にカバンを肩にかけている。杖とローブは行った先の異世界で違和感を生まないためにもカバンにしまってある。
小屋の扉に魔法で鍵を掛ける。この魔法の維持は小屋の地下に設置した魔法石がしてくれる。
「ブリュンヒルデ、転移の魔法を頼む」
『分かりました。それでは転移の魔法式を起動します』
足元に魔法陣が浮かび、体が少し浮き上がる。周りを光が包み大きな球体になると弾けるように光の玉は消えた。この世界を離れ別の世界へ転移した。
浮遊感が消えて足が地に着く感覚を感じると、周りを包んでいた光が少しずつ消えていく。光が消えて開けた視界には、聳え立つ木々と何処までも続く森が映った。
木々の間には雑草が生い茂っており、陽の光も少なく薄暗い。人の手が入っていない場所に出たようだ。