パンドラ2
どこかから聞こえる声が正解だと告げる。しかし、転移魔法で逃げられる可能性が非常に高い状況で深追いは出来ない。
「ここは引いた方が良いよ。皆んなケガしてるし魔力も切れてる」
「大丈夫だ、向こうに来てもらう」
そう言うとハヅキの前に魔法陣が出現し、その上に1人の研究員が現れた。その状況にお互いが理解出来ないまま、ハヅキだけが冷静だった。
「魔法を手元じゃなく離れた場所で起動させる"跳躍起動"と言う技術だ」
研究員が現れた瞬間に魔法で拘束して逃げられない様にしている。その研究員の左手には小さな箱型の魔法具、【パンドラ】があった。
「面白い技術を使いますね。ですが、甘いですよ!」
「?!」
研究員が言い終わると、拘束魔法や結界が崩れる様に箱に吸い込まれた。再度、魔法で拘束を試みるが箱に吸い込まれてしまった。
「魔法も吸い込むのか」
「あらゆる厄災が込められた箱ですからね。その源たる魔力は当然、収める事が出来ます」
研究員が【パンドラ】に魔力を込めると魔獣が出現した。減らした意味が無いと言えるほどに魔獣で溢れかえる。
「吸収した魔力で魔獣を作り出すのが【パンドラ】の能力です。魔獣の強さがランダムなのが唯一の欠点ですが……こうすれば関係ありませんね」
研究員は作り出した魔獣を【パンドラ】で再び吸収して新たに魔獣を作り出した。現れたのは獅子と山羊の2つの頭と蛇の尾を持つ魔獣、キマイラだ。
キマイラの獅子が口を開けると、口の中に火の球が現れた。火の球は強い光を放ちながら大きくなっていく。
「マズい!! 伏せろ!!」
『〈隔てる光〉』
巨大な火の球を防ぐため多重結界を展開し、ブリュンヒルデも防壁を張った。しかし、全ての防御を熱線が貫いて頭上を過ぎていった。
熱線が消えた瞬間、キマイラに向かって走ると今度は山羊が口を開け、猛吹雪を吐いてきた。雪を風で視界が白くなり、床が凍り始めた。
白い視界の奥で、獅子の火の球だろう光が見える。その光に向かって魔法弾を放つと命中した様で高温の大爆発が起こった。
爆煙が晴れてキマイラの姿が現れるが、ダメージを受けた様には見られない。
「キマイラの強さが想像以上ですが、貴方もやりますね。実験サンプルとして、ぜひ手に入れたいですね」
「断る」
「材料の意思は聞いていません」
獅子が再び口を開けると炎のブレスを吐いてきた。炎の波が迫る中、氷の壁を作って防御する。
「負傷者を連れて下がれ」
コルザと意識のある捜査官達が負傷者を魔法で浮かせて、キマイラとは反対方向に移動する。魔獣はいるが、キマイラを作る時に吸収されたので数は少ない。
俺は手に持った杖を槍に持ち替えると、キマイラの懐に飛び込んで獅子の頭を斬りつけた。
「グォォー!!」
痛みに悶えながら咆哮を上げる獅子の横から山羊が吹雪のブレスを吐いた。飛び上がってブレスを躱すと前足で攻撃してきたので受け流して着地する。
「ほぉ、槍も使えるとは器用ですね」
獅子と山羊がブレスを吐こうとしたので魔法弾で妨害すると、大きくのけぞって怯んだ。
「〈天を砕く槍〉!!」
槍に魔法を上乗せしてキマイラを両断する。致命傷を負ったキマイラは光の粒になって消えて行った。
「このレベルでは相手になりませんか。仕方ありません、ここは素直に引きましょう」
「〈魔封雷剣〉!!」
「?!」
研究員が光に包まれたので魔法で動きを封じると、転移出来ずにその場で拘束された。手に持っている【パンドラ】を回収する。
「何ですか、この魔法は?!」
「動きと魔法の起動を封じる魔法だ。これは回収する」
「くっ!!」
研究員は藻掻いているが魔法が使えないので拘束から抜けられない。戦いが終わったのを見てコルザが様子を見に来た。
「大丈夫?!」
「ああ、終わったぞ。拘束を頼む」
俺が拘束したままでの良いが、警察局まで連行する事を考えてコルザにお願いした。コルザは〈魔封雷剣〉の上から拘束魔法を掛けた。
拘束したのを確認してから【パンドラ】を引き渡した。コルザは少し驚いたがお礼を言って受け取った。
「ありがとう」
研究員を魔法で浮かせて運びながら、捜査官達の所へ移動する。床に座って急速を取っている捜査官へ魔力を譲渡して行く。
「助かるが、こんなに魔力を貰って大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。まだ、余裕がある」
「ありがとう。だが、申し訳ないがここから出る方法が無いんだ」
この建物に入る時に使った魔法具は起動こそするが転移出来なくなっているそうだ。研究員が使かおうとした転移魔法も、専用なので他の人間は転移出来ないという。
「どうします? このままでは一生出られずに餓死するしかありませんよ?」
「ねぇハヅキ、私達が来た時に使った転移魔法は使えないの?」
「使えるぞ。やる事が終わってるなら移動するが……」
俺の発言に捜査官達と研究員が驚いている。
「そんなハズはない! お前達が入って来た時に転移阻害の機能を強めたのだ。事前に登録された転移魔法で無い限り、実行出来ない!!」
「……とりあえず帰るぞ」
俺は魔法陣を展開して転移魔法を起動させる。転移先は警察局の訓練場を指定した。【境界の羅針盤】も併用しているので妨害を無視して転移出来た。
光が消えると、警察局の訓練場に立っていた。周りには驚いた顔をした訓練中の職員が集まっている。
「な、何事ですか?!」
「すまん、転移先が思いつかなかったんだ」
「すいません、私が説明します!」
混乱している教官にコルザが状況の説明を始めた。研究員は呆然としており、捜査官達は安堵の表情を浮かべている。
「……事情は分かりました。医療班と捜査課に連絡しますので少々お待ち下さい」
教官が関係部署に連絡を入れて暫くすると、医療職員と捜査官が集まってきた。研究員と【パンドラ】を捜査官に引き渡し、負傷した捜査官達は医療職員の処置を受けてから護送された。
「これで一段落か」
「ありがとう。助かったよ」
「それは良いが、仕事を抜け出して来てるから連絡を入れておいて欲しいんだが……」
「そうだね」
コルザがシーベルで支援に当たっている担当職員に連絡を入れて説明を行っているので待つ事にする。
「移動に時間が掛かるから、私達は戻らなくても良いって」
「転移魔法ですぐ戻れるぞ?」
「世界を超えた転移はトラブルの元だから出来るだけしないように」
世界を超えた転移はテロや密輸に関わってくるので基本的には法律で禁止されている。基本的なのは、今回のような緊急事態の場合は仕様しても罪にならないそうだ。
「一般人の救命措置と同じ認識で良いか?」
「厳密には違うけど、だいたい大丈夫。調書を残したいから一緒に来てくれる?」
大学の地下に隠された建物と、そこで行われた事や発生した事案についての調書を取るそうなので付いて行く。
◇
『【パンドラ】が奪われたか、警察局も優秀だな』
「これでは計画に支障が出ます。取り返すか代わりの魔法具を用意しなければ……」
どこかの部屋で誰かとリーダーがモニター越しで話をしている。【パンドラ】が警察局に回収された事で戦力面で大きな支障が予想される。
対策を練ろうにも【パンドラ】の様に大量の戦力を用意出来る魔法具は他に無い。また、時々出てくる上位個体の性能も良いので失ったのは大きな痛手だ。
『【パンドラ】自体は複数制作されているが、今から新しく手に入れるのはリスクもコストも大きすぎるな』
2人の通信に別の人物が割り込んで来た。
『俺も混ぜてくれ』
声の主はウォルフだ。2人は【パンドラ】の代わりになる魔法具が無いか相談すると、意外な答えが返って来た。
『それの術式は解析してコピーを取ってあるから、媒体があれば量産出来るぞ』
『本当か?!』
『試しに1個作ってみよう。ただ、触媒になる物が無いから集めて欲しい』
「了解した。触媒の条件を教えてくれ」
リーダーはウォルフが求める触媒の条件を記憶すると通信を切って部屋を出ていった。
◇
調書の作成が終わったので、負傷した捜査官達の様子を聞いてみた。
「そっちは大丈夫みたいだよ。これからシャーラのお見舞いに行くけど一緒に来る?」
コルザがシャーラの様子を見に行くと言うので同行した。警察局の入るビルの隣、訓練場とは違うビルに警察局が運営する総合病院が入っている。
この病院は一般にも開放されており、待合には人で溢れかえっていた。受付でシャーラのいる部屋を聞いたので入院病棟にあるシャーラの病室を訪ねる。
ノックして部屋に入ると、シャーラはベッドに座ってモニターを触っていた。
「お邪魔します。シャーラ、起きて大丈夫なの?」
「大丈夫やよ。検査の結果も異常ないって」
「仕事か?」
「調書の作成や。忘れんうちに済ませとこう思ってな」
仕事熱心な事だ。コルザとシャーラが話をしていると扉をノックする音が聞こえた。返事をするとウィルが入って来た。
「起きて大丈夫なんだ」
「わざわざ来てくれて、ありがとうな。ハヅキもありがとうな、【パンドラ】の回収は大手柄やで」
しばらく雑談してから病室を出た。コルザもウィルもシャーラの様子を見て安心した様で、各々は寮の部屋に戻った。
部屋の戻って一息ついた頃、コルザから通信が入った。
「休んでる所ごめんね」
「大丈夫だが、何かあったか?」
「ちょっとね。ウィルとシャーラも呼んで良い?」
了承すると2人が入って、4人での通信なので一気に賑やかになった。コルザから用件を聞くと、強くなりたいとの事だ。
未だにウォルフとの戦いで重傷を追った事を気にしている様だ。シャーラも力が足りずに追い詰められた事を悔やんでいる。リミッターを外せなかったからだとウィルがフォローするが、そういう話では無いらしい。
「私の場合、リミッターを外しても勝てないと思う。あの差は魔力量だけじゃ埋まらない気がするの」
「うちもやな。リミッターを外したとしても相手の位置が分からんかったから結局はジリ貧やろうし……」
「コルザ、シャーラ……」
ウィルは掛ける言葉を探しているが見当たらない。実力差を埋めるには、数で当たるか兵装で補強する方法がある。
しかし、数を用意しても実力が一定以下であれば範囲攻撃で全滅してしまう。兵装も使いこなせなければ邪魔にしかならない。
「地道に鍛えて行くのが一番だと思うが……」
「それじゃ、間に合わないよ!」
テロ組織と遭遇は出来ても拘束までは至っていない。ウォルフの存在が大きいのもあるが、そもそも警察局の魔導師達がテロリストに勝てていないのだ。
相手が使う魔法具に対処が追いついていない事と魔法の体系による違いが問題だ。
警察局が使う魔法はパターン化されている。これは大人数を短期間で教育する必要がある組織にとっては有効な方法だ。
しかし上位層の魔導師達、特に最強と呼ばれるに相応しい実力者達には通じない。彼等が強いのは唯一無二だからだ。
才能・資質・努力・経験・魔法・技術などの様々な要因を組み合わせて作り上げた唯一無二のスタイルがあるからこそ「最強」と呼ばれる。
彼女達にはそれが無い。使う魔法の種類や属性に差異はあれど、誰かの互換にしかなっていないのだ。
組織に所属する魔導師の弊害ではあるが、これをクリアしなければ何百年訓練してもウォルフには届かない。
それを伝えるのは彼女達の努力を否定する事になる。安易に言えたものでは無い。
「ハヅキ、何か方法は無いかな?」
「どうだろうな……」
「ハヅキ、何か隠してるんとちゃう? 言いたい事があるんやったら言って欲しい」
「……本当に良いのか?」
「お願い」
俺は考えていた事を話すと3人は黙ってしまった。強く言い過ぎてしまただろうか。
「今からでも間に合うかな?」
思ったよりも大丈夫そうだ。ならば、俺のやる事が決まったな。彼女達の戦い方はパターン化しているとは言え、得手不得手はある。後は、そこに合わせて鍛えるだけだ。
「その気があるなら今から鍛えるが、間に合う保証は無いぞ?」
「絶対に間に合わせる!」
やる気は十分なようだ。明日の夜から時間を取って訓練をする事になった。
「それぞれの得意分野や使う魔法を教えてくれるか?」
訓練の方針を決めるための情報を貰う。ウィルも参加するのは驚いたが、ランクが高いので他の法務官より現場に投入される頻度が多いそうだ。
他の2人に負けたくないのも理由だと言っている。
コルザは射撃・砲撃がメインに据えて、近接の魔法も使うバランス型の後衛タイプだ。
ウィルは近接戦をメインに起動の速い魔法を使う前衛タイプ。武器は長剣をメインに短剣から大剣まで使うそうだ。
シャーラは大魔法による力押しが得意で使う魔法は広域攻撃や威力の高い魔法が多い。魔力量で押し潰すのが基本戦術になる。
「ありがとう。貰った情報を元にして訓練をして行こう」




