パンドラ
頭から翼の生えた巨大な蛇が部屋に入って来た。蛇は頭の翼を大きく広げると1度羽ばたかせた。
その瞬間、部屋の中を暴風が駆け巡る。魔獣達は風に巻き上げられて壁や天井に叩きつけられた。何体かは光の粒になって消えて行ったが、大半は残っている。
さらには、蛇の体の横から追加の魔獣が押し寄せて来た。地獄絵図の様な光景に絶望感が強くなる。
「これは……無理だろ」
「何とかしないと死ぬだけだ」
埋め尽くす程の魔獣を倒しながらミノタウロスの攻撃を避けて行く。魔獣の強さにはバラツキがあり、大半の個体は弱かった。
稀に強い個体も混じっているがミノタウロス程の強さは無いので倒す事は出来る。しかし、魔力も体力も無限では無い。
「ハァハァ……、このままじゃジリ貧だな」
「強引に突破するしか無いな。行けるか?」
「行くしか無いだろ。〈煌めく槍弾ー拡散射撃〉!!」
攻撃魔法を拡散させて道を作る。開けた道を進み、道が途絶えそうになると別の捜査官が魔法を放って道を作った。
魔獣達の中を強引に進んで行く。立ち塞がるミノタウロスは攻撃の隙を突いて足元を抜けて進む。振り向きざまに振るわれた大斧を辛うじて躱し、強化魔法の出力を上げて走る。
眼前に佇む蛇は翼を広げて口を開いた。翼を羽ばたかせて暴風を引き起こすが、備えていた捜査官達は飛ばされずに済んだ。
「避けろーー!!!」
暴風のさなか、背後からミノタウロスの大斧が振り下ろされた。寸前で躱すが返す刃が襲い掛かる。
「ぐっ!!」
刃自体は障壁で防げたが勢いを受け止めきれず、魔獣の中に飛ばされてしまう。体勢を立て直すため立ち上がろうとするが、声で止められた。
「そのまま伏せてろ!! 〈スラッシュ・エッジ〉!!」
魔法による斬撃か魔獣を切り裂いて行く。
「大丈夫か?!」
倒れた捜査官の周りに他の捜査官が集まって来る。始めたの位置よりは進めたが、ミノタウロスと蛇に挟まれる形になってしまった。
迫る魔獣達を倒していると蛇が爆発した。蛇の方を確認すると、再び爆発が起こる。どうやら、誰かが蛇に対して魔法を放っている様だ。
「誰かが近くまで来てる! 合流するぞ!」
攻撃を受けた蛇の動きが止まる。そこに合わせて突撃する捜査官達。後ろから大斧を振り上げたミノタウロスが迫る中、蛇の頭上に影が動く。
「〈極天の七星剣〉!!」
7本の魔法剣が床に突き刺さると、剣を中心に周囲が氷結し始めた。魔獣達は氷漬けになり、剣の1本が直撃したミノタウロスも体の半分が氷結して動けなくなっている。
「シャーラさん!!」
「皆んな無事?!」
蛇が反撃とばかりに頭の翼を激しく羽ばたかせて暴風を起こす。風に耐えながらシャーラは拘束魔法で翼の動きを止めた。
翼を動かせなくなった事で暴風は止み、同時に蛇の動きを止める事にも成功した。すかさず魔法で首を跳ねると、蛇は光の粒になって消えて行った。
「シャーラさん、無事ですか?!」
通路から捜査官が現れた。彼らはシャーラと同じ班のようだ。
「大丈夫! それより、こっちの班が限界みたいだからサポートして!!」
2つの班が合流して魔獣達の殲滅を進める。大魔法の連発で魔力は消費したが、部屋の魔獣は倒し切る事に成功した。
変わらず魔獣は湧いてくるが、部屋の入口を氷で閉ざしたので入って来れない。今のうちに休息を取って体勢を立て直す事になった。
「無事で良かった」
「シャーラさん達の班も無事で何よりです。それにしても、この魔獣達ってまさか……」
「恐らく【パンドラ】が起動してると思う。使ってるのは相当な魔力の持ち主だろうね」
「他の班は無事でしょうか?」
「分からないけど、無事を信じるしか無いよ。【パンドラ】を探しながら合流を目指そう」
「はい」
方針が決まったので行動に移す。他の班と連絡が取れないか試してみたが繋がらなかった。同じ様に外とも連絡が取れない。
「それじゃ、開けるよ」
シャーラが氷を砕いて入口を開けた。そこから魔獣が雪崩れ込んで来る。
「〈スラッシュ・エッジ〉!!」
「〈ストレージ・ブラスター〉!!」
魔法による斬撃が入口付近の魔獣達を纏めて両断すると、高火力の砲撃魔法が通路の魔獣達を一掃する。
開けた通路を全力で走る。通路の奥から魔獣が現れるが、手早く倒して行く。
魔獣の密度が高まったタイミングで再び砲撃魔法で道を作る。残り少ない魔力で砲撃魔法の連発は苦しいが、先に進むしか無い状況だ。
他の班と合流出来ないまま、階段を駆け下りて行く。下の階でも魔獣が溢れているが、魔獣のうめき声に混じって戦闘音が聞こえてくる。
「どこかで戦ってる?!」
「……こっちです!!」
音が聞こえる方へ進んで行くと大型の魔獣を相手に戦っている班を見つけた。その魔獣の見た目は、一言で言うなら”角の多い巨大なサイ”だ。
「皆さん、ご無事でしたか!」
「なに、あれ?!」
「恐らくベヒーモスかと」
「方向転換どうするの?」
合流した班と話しているとベヒーモスが勢い良く突っ込んで来た。飛行魔法を使って躱すと、魔獣達を轢き殺しながら壁まで突進して行った。
壁に当たって動きが止まった瞬間、ベヒーモスの体にノイズの様な光が入ると方向が変わっていた。どうやら、方向を変える魔法を使う様だ。
再度、突進してくるベヒーモスに魔法弾を放つが弾かれてしまう。今度は直前に飛び上がり、空中に浮いているシャーラ達めがけて突っ込んで来た。
「?! 〈マジック・ウォール〉!!」
「〈光壁〉!!」
魔法で壁を作ってベヒーモスの突進を防ぐが、空中でも踏ん張れる様で落ちること無く空中に留まっている。壁には次第に亀裂が入っていく。
「今だ! 真下から狙え!!」
「〈スラッシュ・ブレイカー〉!!」
「〈アーク・ジャベリン〉!!」
腹を貫かれたベヒーモスは光の粒になって消えて行った。ベヒーモスが暴れていた事により、通路の魔獣は少なくなっている。合流出来ていないのは残り1班だけだ。
「他の班は?」
「降りていなければ同じ階にいます!」
他の場所を探そうとした時、壁が爆発した。警戒しながら壁に空いた穴から中を見てみると、探している1班が他の部屋を破壊しながら魔獣と戦っていた。
「あれ、ドラゴン?!」
「ひとまず加勢しよう」
合流するため、戦闘に介入する。戦いながら情報を共有を受けると、あのドラゴンは他の魔獣より強力な個体の様だ。
「大型の魔獣は何体か出ましたが、全てドラゴンが倒しました」
「なので、引き付けながら戦いを長引かせることで他の魔獣からの攻撃を防いでました」
ドラゴンを上手く誘導していた様だ。戦っていた捜査官達も疲労やケガはしているが重症は負っていない。
シャーラ達も加勢してドラゴンを誘導して行く。周りに溢れる魔獣達を倒させたり、壁を壊させて動きを封じたりする。
「このままじゃキリが無い。どこかに降りられる階段があるはず」
「なら、このまま引きつけながら探しましょう」
ドラゴンのヘイトを引く役を交代しながら階段を探す。さっに降りて来た階段は1階層の移動しか使えなかった。
恐らく他の階段も同じ構造になっていると考えられる。ならば、下の階に繋がる階段がある可能性は高い。
ドラゴンがおもむろに口を開け、魔力を集中させた。
「ブレス?! 防御!!」
ドラゴンが吐き出したブレスは火系の魔法で、断続的に放出される熱線に近い攻撃だ。ブレスを吐いたまま首を振り、辺り一帯を薙ぎ払った。
幸いにも貫通効果はない様で防ぐ事に成功したものの、壁や柱は破壊されてしまった。このまま連続でブレスを使われると建物が崩れるだろう。
「これ以上ブレスを使わせたら生き埋めになる。注意しろ!!」
「階段を見つけました!」
「動ける者から順番に移動しろ!!」
階段に近い者から順に降りて行った。最後にシャーラが降りると、入口から炎が噴き出した。ドラゴンの攻撃だと思われるが、巨大のせいで階段のエリアに入って来られない。
なんとかドラゴンを巻いて下の階に降りると、状況は一変した。魔獣が一体もいないのだ。
警戒しながら進んで行くと拍手が聞こえて来た。周りには誰も拍手している人はいないので、どこかに設置されたスピーカーから流れているのだろう。
ー素晴らしい! まさか、この階まで来れるとは思ってなかったよー
「どこにいるんだ?!」
ー私も同じ建物の中にいるから安心してくれ。当然、隠れているがねー
「魔獣がいないうちに探し出そう」
ーそれは困るが、さてどうしたものかー
スピーカーから流れる声を無視して手当たり次第に部屋の扉を開けて声の主を探す。しかし、手当たり次第探すが見つけられない上に、下の階に繋がる階段も見つからなかった。
「どこにもいない?!」
「もう1度探してみよう」
再度捜索するが声の主につながる様な情報は得られなかった。魔法を使って探知しているが隠し部屋なども発見出来ていない。
集まって情報を共有しているさなか、多数の魔法陣が出現して魔獣が現れる。通路は瞬く間に魔獣で埋め尽くされてしまった。
「くそっ!」
溢れかえる魔獣達に押し潰されないように密集して戦っていくが、残りの魔力がほぼ無い状況だ。使える魔法も初級に限定され威力も出ない。
通常なら苦にならない様な魔獣が倒せなくなっている。捜査官達も1人、また1人と魔力切れで動けなくなって行く。
外部と連絡を取ろうにも依然として繋がらない。連絡先を変えたり、通信魔法の術式を変えたりして試しているが変化は無い。
他の捜査官達と比べても強大な魔力を保有するシャーラも魔力が底をつき始めた。動けなくなり、その場に倒れ込むシャーラに魔獣の攻撃がふりかかる。
残りの魔力をかき集めて辛うじて防ぐが、反撃するだけの力は残っていない。
(なんとか打開策を)
状況を好転させる手立てを考えるが思考が纏まらない。間の前には魔獣の攻撃を受けて血だらけになっている捜査官達が映る。
「ぐっ?!」
自身の体にも魔獣の攻撃が届き傷が出来ていく。急所は避けているが、このままでは嬲り殺されるだけだ。
ぼやける視界の中で誰かの声が聞こえた。霞む意識の中で声に問い返す。
(だ……れ……)
ー…………ー
「!」
シャーラは魔獣の攻撃を受けながらも微かな魔力を振り絞って魔法陣を出現させると、一縷の希望を持って祈った。
「お願い、届いて……」
(呼んだか?)
「たす……けて……」
その祈りは魔法陣の主の元に届いた。魔法陣からは魔力が吹き上がり、暴風となって吹き荒れる。そして、気付いた時には目の前に2人の魔導師が立っていた。
「シャーラ?! 大丈夫?!」
「間一髪って所か」
すぐ後ろで傷だらけで倒れているシャーラにコルザが治癒魔法を掛ける。ハヅキは群がっている魔獣を手早く片付けると倒れている捜査官達を囲む様に結界を張った。
「コルザ、シャーラは任せる。俺は他の連中を診る」
「分かった」
シャーラは完全に意識を失っているが命に別状は無い。コルザはシャーラに対して魔法による治療と魔力の譲渡と行った。
一方ハヅキも傷だらけの捜査官達を治療していく。中には意識を失っている者や重症者もいるが、命は取り留めた。
「ここって、シャーラに伝言のあった大学よね?」
「多分、大学の地下だな。それに外部との通信が出来ないようにされている」
ハヅキの言葉を聞いてコルザが連絡を試みるが繋がらなかった。連絡先を変えてみたけど結果は同じだ。
「それで、こんなになるまで助けを呼べなかったのね。でも、何でハヅキの所には届いたの?」
「俺の魔法は、風という概念や空気という存在が起点になってるからな。空気のある場所ならどこであっても繋げられる」
「意味が分からないんだけど?」
「感覚の話だから、無理に理解する必要はない」
治療が一段落したので、意識のある捜査官から話を聞く事にした。
「……という訳で【パンドラ】も声の主も見つからないんです」
「【パンドラ】は声の主が持っているとして、どこにいるかだよね」
「調べてみるか。〈野分の便り〉」
緩やかな風が魔力を乗せて広がっていく。通路を抜けて部屋に入り、ダクトを通って別の階へ。そして建物全体に広がった風は、その構造を明確にハヅキに伝えてくる。
「見つけたぞ」
「早くない?!」
「上に建ってる大学と俺達がいる地下の他に空間があるな。配線やダクトでしか繋がってないから専用の転移魔法があるのだろう」
ーなるほど、良い読みですね。まさか見つかるとは思っても見ませんでしたー