滅びた都市と大学の秘密
俺達は次元世界キールダーにあるシーベルという都市に来ていた。この都市は5日前にテロを受けている。
都市の中心部にあるビルが2棟、崩壊して瓦礫の山と化している。また、都市内に張り巡らされた道路ではあらゆる所で車両事故が起こっていた。
都市で異常が起こってから、軍や警察局の初動まで数時間掛かっている。これは都市内のインフラが破壊された影響だ。
ネットワークは完全に破壊されており、都市内では無線・有線問わず通信がままならない状況だ。陸路も車両事故によって塞がれており、ターミナル駅が破壊された事によって列車も運行出来ない。
ヘリコプターや飛行が可能な魔導師達が物資の運搬を行っているが焼石に水である。医療機関も消毒液やガーゼなどの衛生用品が切れており、初期治療もままならない。
至る所から悪臭が漂い、文明世界の都市とは思えない程の凄惨な状況と言える。
「酷い……、何でこんな事が起こってるの?!」
「大規模なテロは今までも何度かあったけど、今回のは異常だよ」
シャーラとコルザが憤っている横でブリュンヒルデがネットワークの解析を行っている。俺の予想が正しければ痕跡が残っているはずだ。
『ネットワーク内に【旗印】の痕跡を確認しました』
「それなら、このテロは小規模な方だな」
「小規模って、それ本気で言ってるの?!」
コルザが怒っているが、【旗印】を使った都市規模での洗脳が成立しているのは事実だ。ならば、同じ様に破壊された都市が2、3追加されていてもおかしくは無い。
その事を説明すると2人は口を開いたまま固まった。声を掛けると我に帰った様だが少し混乱が見られる。
「そんなのおかしいよ。だって、この規模の都市が!?」
「【旗印】なら可能だ。実現には膨大な魔力が必要だがウォルフが実行者なら問題は無い」
再び言葉を失って呆然とする2人を呼び戻す。俺達は被害状況の調査と治安維持の協力の為に来ている。
都市の中心部、崩壊したビルの周辺に降り立つと周囲の探索を始めた。生き残っている人の捜索も行っているが、まだ見つかっていない。
建物の中やビルの間などの日陰になる場所では、倒れている人が多く見られたが手遅れだった。既に息を引き取っており、腐敗が進み虫が湧いている。
2人は悲鳴を上げながらも状況を拠点にいる職員に報告した。声を張り上げて人を呼んだみるが返事は無い。探索魔法だけでは人の生死までは判別出来ないので直接向かって判断する。
スーパーやコンビニからは食料品や衛生用品が消えていた。他の商品は散乱しており、争った形跡が見られる。
「一度戻ろう」
シャーラが拠点への帰還を提案したので、探索を切り上げて戻った。
拠点では炊き出しや初期治療が行われている。しかし、利用者は多いとは言えない。同じ様な拠点は他にも何ヶ所も設置されているが、どこも同じ様な状況だ。
拠点の利用者数から考えて、被害人口は都市の7割と推測されている。これは過去の大規模テロと比べても圧倒的な被害規模だそうだ。
俺達も炊き出しを分けて貰い、食事を取っているとフラフラになったイザベラが戻って来た。
「お疲れ、大丈夫か?」
「疲れた」
「はい、ご飯貰ってきたよ」
コルザがイザベラの分の食事を貰って来てくれた。イザベラは俺の隣に座って食事を始めた。お腹が空いていたのか、普段よりペースが速い。
「全然減らない」
イザベラは事故車両の撤去を手伝っている。状況を聞いてみたが、かなり酷い様だ。車両の撤去は端に移動させて終了、とはいかない。
燃料やバッテリーが爆発する可能性がある。車の搭乗者の生存確認も必要なので、簡単では無い。それでもイザベラは頑張っているので、戻って来た時にはきちんと褒める。
「大丈夫だ。頑張りは無駄じゃ無いよ」
そう言って頭を撫でると、小さく頷いた。食事を終えて休憩を済ませると、それぞれの仕事に戻って行った。
俺達は再び、都市の中心部で探索を始めた。今度はターミナル駅を中心に探索して行く。ターミナル駅は爆発によって破壊されている。崩れた瓦礫の一部には黒いススが付いており、焼け焦げた跡が残っていた。
駅周辺の建物や地下街を回ってみるが、生存者は確認出来なかった。こちらも食料品と衛生用品が無くなっていたので、生存者は食料を求めて移動している可能性がある。
上空ではヘリコプターで避難所や炊き出し場所のアナウンスを流している。都市自体がかなり大きいので移動するのも時間が掛かる。
軍や救助隊の本隊も、明日には中心部まで辿り着く予定だ。そうすれば避難誘導や生存者探索も、もっと力を入れられるだろう。
夕方、探索を終えて拠点に戻ると警察局の職員が1人走って来た。どうやら、シャーラへの伝言があるそうだ。
都市内は、ネットワーク関連機器が破壊された影響で通信状況がかなり悪い。そのため、拠点でのみ通信が可能という状況だ。
「シャーラ捜査官に連絡です」
連絡係の職員は俺を見たが、シャーラが構わないと言ったので戸惑いながらも内容を話した。
「医科大学で不法な生体実験が行われている可能性が高いので捜査に協力して欲しい、との事です」
「了解」
連絡を終えると職員は走り去った。シャーラは受けた連絡の詳細を確認すると責任者の元へ報告に向かった。
「忙しいな」
「捜査の仕事も放置出来ないからね」
報告を終えたシャーラが戻って来た。このまま警察局のビルに戻るそうだ。
「ごめんね、捜査の方に戻るよ」
「こっちは大丈夫だから無理しないでね」
「前に渡した魔法陣、まだ持ってるか?」
「持ってるけど」
「なら転移出来るな、必要なら呼んでくれ」
話が終わると、シャーラは足早に去って行った。残った俺達は夕食を貰って休息を取った。明日も早朝から救援活動が続く。
◇
ハヅキ達と別れたシャーラは2日掛けて警察局のビルに戻って来た。移動中も連絡を取り合いながら情報を貰っていたが、シャーラの帰還に合わせて情報共有を兼ねた会議が行われる。
シャーラは捜査部門が入る部屋で、自身に割り振られた机に座るとモニターを出現させた。モニターには会議に参加している捜査関係者が映っている。
「時間なので始めさせて頂きます」
進行役が開始を伝えると、職員達が順番に報告や確認を進めて行った。話によると、対象の医科大学は再生医療に重点を置く名の知れた大学だ。
しかし、以前から裏では非合法な生体実験が行われているとの情報が入っていた。事の発端は、指名手配犯と思われる人物が大学に入って行った事だ。
似ている人物はいるので、その人物が指名手配犯とは断定出来ない。だが、その人物は大学に入ったきり"出て来ない"のだ。
道路に設置されたカメラで見張っていたが大学のどの出入口からも出た瞬間が確認出来ていない。不審に思った捜査官が大学のシステムを調べた結果、非合法の生体実験に関する資料が発見された。実験記録も残っており、ほぼ確定だと言う。
「明日の早朝に調査に入る。各自、準備を進めておいてくれ。以上だ」
会議が終わりモニターを消すと準備に取り掛かった。共有された大学の情報と突入ルートの確認、見取り図の把握、必要物品の用意などを手早く進めていく。
◇
早朝6時、大学近くの駐車場には捜査官が乗った車が集まっていた。集まった人員と物品を確認した後、大学へ乗り込んで行く。
「失礼します」
捜査官の1人が大学の警備員に、警察局の紋章と命令書を提示した。慌てる警備員を無視して捜査官達が大学の敷地に侵入して行く。目的は大学で行われている生体実験の証拠だ。
大学からの公開情報では、5階建ての地下2階という構造をしている。郊外に建っているので敷地面積は広く、設備も整っている。
だが、地下には一般には公開されていない階層が存在する。そこに向うには本来は専用の転移魔法を使う必要がある。そのため、捜査官は転移術式に割り込んで転移ルートと術式を割り出す魔法具を用意した。
この魔法具に記録された術式を使用して、大学の地下4階への侵入を果たした。
「ここか……」
「?!」
捜査官達が侵入した際に研究員と思われる人物に遭遇した。研究員は即座に逃げようとしたが捜査官によって捕らえられた。捕まえた研究員に近づいた時、建物内でサイレンな鳴り赤い光が点滅を始めた。
「速いですね」
「証拠を処分される前に回収しろ」
「了解」
捜査官達は事前に決められた班ごとに分かれて奥へ進んでいった。捜査中に遭遇する研究員は拘束していき、部屋のシステムに自身のデバイスを接続して情報を集めていった。
そして、ある班が一際大きな扉を開けて中に入ると、大量の水槽が設置されている部屋だった。水槽の中には複数の動物の特徴を持った”何か”が入っていた。
「これは……生きてるのか?!」
「奥に端末があるぞ」
部屋の奥には端末が設置されているのを発見したので、操作して情報を収集する。その情報によると、水槽の中にいる生物は「合成生物」と呼ばれていることが分かった。
「おい、これ……」
捜査官の1人が見つけた情報は想像を超えていた。
「全部……人間なのか?!」
水槽に浮かぶ生物は全て、人間をベースに改造されていた。成人の体の一部を手術によって付け替えたり、人工授精やDNA編集で動物と人間の混合生物を作る実験が行われていた。
ーようこそ、警察局の捜査官達。私達の研究はいかがかな?ー
突如として聞こえてきた声は部屋全体に響いていた。監視カメラで捜査官達を見ている様だ。
「何が研究だ! こんな事が許されると思っているのか?!」
ー許すも何も”結果”は実際の医療に反映されているのだ。ならば、過程など粗末な事だろう?ー
「粗末なものか?! こんな実験、明らかに違法だ!!」
ー君達とは理解し合えないのは分かっていた事だが残念だー
声が途切れるとデバイスから警告が発せられた。システム内にウイルスが出現して、急速にデータを破壊しているとこ事だ。
「ウイルスを削除出来ないのか?!」
『間に合いまくぁwせdrftgyふじこlp』
「マズい! デバイスの接続を切れ! 侵食されている!!」
捜査官達がデバイスをシステムから切り離していくが間に合わなかった。接続していたデバイスは全てウイルスに侵されて使い物にならなくなっている。
「オフライン仕様なのが救いだな」
デバイスは単独では外部ネットワークに接続出来ない仕様なので、ウイルスが外に漏れる心配は無い。だが、集めた情報や証拠が完全に消えてしまった。
その時、部屋の扉を破って巨大な生物が入って来た。それは牛の頭を持ち、首から下は筋肉質な人間の体をしていた。
「あれ、ミノタウロスか?!」
「奥にも何かいるぞ?!」
入って来たミノタウロスの後ろにも、大小様々な大きさと姿をした生物が集まっていた。明らかな異形は物語に出てくる様な魔獣とも呼ぶべき姿だ。
ミノタウロスは咆哮すると、手に持った大斧を両手に構えて突撃して来た。
「あれも合成生物か?!」
「拘束するぞ! 〈光の拘束〉!!」
捜査官が放った拘束魔法がミノタウロスの動きを止める。その横から進んでくる魔獣達を、強化魔法を使って近接戦で倒していく。
「数が多い!!」
「強いのが混じってる、注意しろ!!」
魔獣達との戦いの中、ミノタウロスも拘束を破って参戦して来た。他の捜査官達に応援を要請するが、連絡が取れなかった。
ミノタウロスの大斧の一振りが周りの水槽を破壊すると、中にいた生物達が放り出された。その生物達はわずかに痙攣した後、動かなくなった。どうやら水槽の外では生きられない様だ。
「グモォオォー!!」
ミノタウロスが咆哮を上げて大斧を振り回している。その攻撃に巻き込まれて、周りの魔獣や水槽が破壊されていく。倒された魔獣は光の粒になって消えて行った。
しかし、襲ってくる魔獣達が減る気配が無い。それどころか増えている様に感じる。
「どっから湧いてくるんだ?!」
「知るか?! ひとまず、ここを切り抜けて合流しないと!!」
必死に抵抗する捜査官達の前にミノタウロスが立ち塞がる。圧倒的な怪力で振り回される大斧は一撃必殺の威力を誇る。
「〈光の拘束〉!!」
再び魔法で拘束するが、力ずくで拘束を壊された。攻撃を避けるにも、周りに集まってくる魔獣達が邪魔で上手く避けられない。
「〈煌めく槍弾〉!!」
魔法で作られた槍が直撃して爆発を起こすが、皮膚に損傷は少なくダメージは無い様だ。攻撃を繰り返すが、効いている様子はなく牽制にもなっていない。
次第に魔獣が部屋を埋め尽くしていく中で、頭から翼を生やした巨大な蛇が入って来た。




