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風精の魔導師、異世界の旅に出る  作者: かーくん
次元連合警察局
49/61

崩壊する都市

 その男は、訓練に参加していた職員が全員運び出された事を確認すると訓練場を後にする。そして、警察局が入るビルの一室に向かった。


 扉をノックすると中から返事が返って来た。扉を開けて中に入ると、大きな机に1人の男が座っていた。部屋の壁には棚が備え付けられており、本やファイルが並んでいる。


 「どういう事ですか?」


 男はおもむろに机に座っている男に話しかけた。机の男は答えるが、何を言っているか分からない、といった雰囲気だ。


 「どう、とは?」


 「何も知らない職員に彼の情報を吹き込んだのは貴方でしょう」


 「何の事を言っているのかね?」


 男は机の男を睨み着けるが気にした様子は無い。男はもう良いと言って部屋から出ていった。


 「癇癪(かんしゃく)持ちのガキは面倒だな」


 机の男はモニターを出現させて、どこかに連絡を入れた。モニターには砂嵐が映っているがノイズの無い声が聞こえて来た。


 「……」


 「私だ。例の件は少し手を焼いているが作戦は進めてもらって構わない」


 「……」


 「了解だ」


 机の男はモニターの先にいる相手との会話を終えるとモニターを消した。そして、机から立ち上がると部屋の窓から外を見た。


 窓の外には1羽の鳥が飛んでいる。その鳥は少しずつ近づいて、窓をすり抜けて男の肩に停まった。


 「ああ、分かっている。この世界は歪んでいる。正さなくてはならない」


 肩に停まっている鳥は(くちばし)での羽づくろいを終えると、再び窓をすり抜けて飛び立って行った。



 ◇



 砂漠に囲まれた石造りの街、そこにある建物の1つに人影が入って行った。その人影はフード付きのマントを身に着けており、中に入っても外すこと無く建物の奥へ進んで行く。


 奥の部屋ある地下に繋がる階段を降りると通路が延びていた。地下は光が届いていないので真っ暗だが、気にする様子も無く進んで行く。


 通路の先にある部屋に入るとフードを降ろした。中からは燃え上がるような赤い髪の青年が顔を出した。その青年に向かって部屋の主が話し掛ける。


 「待っていたよ、ウォルフ。君のお陰で準備は順調だよ」


 「それは良かった。必要な物は集まったのか?」


 「一通りはな。欲を言えば多いに越した事は無いが、ここ最近は派手に動きすぎた。警察局の警戒も強まっているが、それよりも動く為の準備が追いついていないのが問題だ」


 主はウォレフに近況を報告した。当初の予定通りに”必要な物”は集まったし、運用の準備は終えている。しかし、実行に移すための物資が不足しているので準備期間が欲しいとの事だ。


 「作戦の決行まで余裕はある。準備は間に合うだろ?」


 「……そうだな。それで、例の魔導師はどうなった?」


 「変わらず警察局の仕事を手伝っている。最大の障害になる可能性が非常に高い、警戒は怠るなよ」


 「大丈夫だ、情報は細かく収集している」


 ウォレフは主と今後の行動を打ち合わせるが、主が事前に作戦に使う魔法具を試したいと言い出した。使いたい魔法具は【旗印(ヴァンガード)】で、どこかで規模や必要な魔力量などを確認しておきたいそうだ。


 「【旗印】の効果は、魔力を消費する事で電波や音波などにも乗せられる。効果範囲や洗脳強度も細かく決められるが、どうする?」


 「そうだな、そこは検討しておこう。予定が決まったら連絡するから、他の連中を手伝ってやってくれ」


 「了解だ」


 ウォルフはフードを被って建物を出た。


 

 ◇



 半月後、ウォルフはとある世界の都市を訪れていた。都市の中心部から離れた所にある建物の1室に入ると、人が集まっていた。集まっている人の中には、石造りの街で会った主がいた。


 「来たか、準備は出来てるぞ」


 「なら、早速始めようか」


 集まっている人達が、主の指示で動き始めた。どうやら部屋の主だった人物はリーダー格の様だ。数人が部屋に備え付けられたモニターの前に座って、操作し始めた。


 ウォルフは部屋の中央に立ち、足元に魔法陣を展開させると【旗印】に魔力を込めていった。【旗印】は薄く光を放ち、刻まれた術式が魔法陣を通じて接続されたネットワークに送られていく。


 「【旗印】の接続、問題ありません」


 「ネットワークのハッキング準備、完了」


 「術式との同期、完了しました」


 「了解。都市ネットワークのハッキングと同時に【旗印】による洗脳を開始する。作戦開始」


 都市のネットワークに接続された【旗印】が術式を浸透させて行き、そこに繋がる全ての人達を飲み込んで行く。


 都市内ではネットワークに繋がるあらゆる端末から術式が広がり始めた。ある人はモニターや電子広告に映る映像から、ある人は聞いている音楽から意識を奪われて行く。


 道路のあらゆる場所では自動車が衝突事故を起こし炎上した。列車は制御を失って次第に減速し、線路の途中で止まった。


 虚ろな目をして立ち尽くす人達は、そばで起こった事故にも無関心だ。緊急車両が来ることも無く、事故を起こした車は燃え続けている。


 街からは喧騒が消えて、電子広告から流れる音楽や音声だけが不気味に流れていた。実行した人達は、建物の外に出て、その光景を目の当たりにする。


 「予想はしていたが凄まじいな」


 「ああ、組織や立場に関わらず全ての人間が【旗印】の支配下にある」


 「それで、洗脳した後はどうするんだ?」


 「試せる事は試していこう」


 リーダーの指示に従って洗脳している人達が、どの規模の命令を、どの程度の精度で実行出来るのか試して行った。


 結果、細かい精度で命令を実行させるには洗脳の規模を抑える必要がある事が分かった。しかし、街全体を洗脳した場合でも大雑把な命令は実行が可能だった。


 「監視カメラもハッキングが完了した」


 「よし、必要な物資を確保しろ」


 「了解」


 建物から出て来た人達は街中へ散って行った。数時間後には戻って来たが荷物などは持っていない。建物に入ってリーダーに報告を済ませていった。全ての報告を受け取ると、リーダーが転移魔法を起動させた。


 「私達は先に戻っている。後は任せたぞ」


 「了解」


 転移魔法が消えると、建物の中にはウォルフが1人残った。そして、ウォルフもまた魔法を起動する。


 「〈噴炎(イラプション)〉!」


 ウォルフの周りから炎が吹き上がり、建物の中を(うね)る様に進み満たしていく。建物から溢れた炎は周りの建物に燃え移り、炎は激しさを増して行く。


 激しい火災を目前にしても微動だにしない人達を横目に、ウォルフは都市の中心部へと向かって飛んで行った。


 都市のビルを抜けて飛び回るが、1棟のビルの前で停止する。そのビルは都市内でも一際大きく、多くの企業や組織がオフィスを構えている建物だ。


 「アレス、この建物で間違いないか?」


 『はい。21階から30階まで次元連合警察局のオフィスが入っております』


 自身のデバイスであるアレスの返事を聞いて、行動を開始する。起動させるのは自身が持ちうる中で最大規模の攻撃範囲を持つ魔法だ。


 足元に魔法陣を展開して魔力を広げていく。次第にウォルフの体は赤く染まり、周囲を火の粉が散り始める。


 「〈精霊深化〉!」


 ビルの内外問わず火の粉が散り、輝き始める。さながら、赤いダイヤモンドダストである。


 「〈スターダスト・エクスプロージョン〉!!」


 輝きが空間に広がるとビルが大爆発を起こした。それも、10階層に跨る規模の爆発なので、支柱による支えを失った上層が落下を始めた。


 上層は下層にぶつかると瓦礫を撒き散らしながら崩れて傾いた。そのまま隣のビルを削りながら落下し始めた。削られたビルも、削られた部分から崩れても2つ折れになって上層が落下した。


 落下したビルは地面に直撃すると瓦礫と粉塵を撒き散らして崩壊した。当然、中にいた人達は即死である。


 ビルの崩壊を見届けたウォルフは別の場所へ移動した。向かった先は、巨大ではあるものの他のビルと比べれば比較的小柄な建物だ。


 「ここが行政の施設だな」


 『はい』


 ウォルフは再び〈スターダスト・エクスプロージョン〉で施設を爆破させた。瓦礫の山となった施設は黒い煙を上げている。


 その後もウォルフは都市内にある軍事施設や消防署、ターミナル駅などの重要施設を破壊して回った。


 一通り破壊し終わると【旗印】の洗脳を解除して、転移魔法で移動した。洗脳から解き放たれた人達は当初、混乱していたが次第に意識がハッキリとし始めた。そして、目の前の惨状に愕然とした。


 至る所で車が燃えており、駅が炎に包まれていた。緊急回線を使って連絡を取ろうにも繋がらなかった。


 中心部では崩壊したビルをみた人達がパニックを起こしていた。テロだと言って逃げ惑う人達のパニックは伝染していき、都市全体がパニックに飲み込まれた。


 その惨状が外に届いたのは半日後だった。都市に入ろうとした人が車両火災を通報したのが最初だ。都市機能を完全に失った影響か、都市の周辺では連絡が取りづらい状況が続いた。


 国は軍を派遣して情報収集と復興に動き始めた。警察局も職員を派遣して救助活動と治安維持に努めた。しかし、交通網が完全に遮断されており物資は届かず中心部は終末の様相を呈していた。


 泥棒や略奪は横行し、暴力が支配する世界と化している。餓死する人も続出し、医療も逼迫した影響で感染症が流行した。



 ◇



 別の世界のある場所で、その人物は手元のモニターを通して誰かと連絡を取っていた。


 『あの都市はどうなった?』


 モニターからはウォルフの声が聞こえて来た。しかし、モニターにはウォルフの代わりに砂嵐が映っていた。


 「機能は完全に停止し、中心部は暴力が支配する場所になっている。復興には十数年は掛かるだろう」


 『【旗印】の使用は問題無さそうだな』


 「ああ、お陰で目的の達成が近づいたよ。感謝する」


 『構わない。狂った世界を作り直して正しい世界を取り戻す為だ』


 ウォルフとの通信を終えると、部屋の中央へ向き直った。そこには地図が何枚も重ねて置かれたテーブルがある。


 テーブルの周りを人が囲む。中には都市で指揮を取っていたリーダーも混じっている。その人物がテーブルの前に来ると、リーダー達は報告を始めて行った。


 「【旗印】の運用は問題無い。規模も強度も十分だ」


 「ハッキングの方はまだ準備期間が欲しいな。そろそろ、企業側のシステムにアップグレードが入る。今は問題無いが可能性は減らしたい」


 「【境界の羅針盤】の解析は難航している。今の所、体系の異なる術式を多数組み合わせている可能性が高い事しか分かっていない」


 「【命のカルテ】を利用した合成生物(キメラ)は順調に個体数を増やしてます。いつでも実践投入が可能です」


 「警察局は、例の都市の対応に追われています。あと2、3ヶ所で同規模の事があれば動きは止まるでしょう」


 報告を聞きながらスケジュールを確認していく。決行する事は決まっているが準備は万端では無い。優先すべきは世界の再構築だ。


 【境界の羅針盤】に関する案件のペースを落として、他は注力する様に命じた。ハッキングは、警察局の動きを止めてから本格的に動く事を決める。


 そして、最大の障害と予測される魔導師についてはウォルフが対応する事になっている。


 その他にも細かい事を調整・決定していく。全ての報告と決定が終わると、その人物が座っていた椅子の方を向いて片膝をついて頭を下げた。


 誰も座っていない椅子の上には、長い杖を足で掴んだ青い鳥が羽ばたいていた。鳥が掴む杖が光ると、頭を下げていた人達は頭を上げた。


 「分かっています。全ては清く正しい世界の為に」


 気づけばそこにいる人達の肩には、目の前で羽ばたいている鳥と同じ姿をした小鳥が停まっていた。いつの間にか椅子の上の鳥はいなくなっている。


 肩に乗せた鳥を落とさない様に慎重に立ち上がると部屋を出て、自分達の役割に戻った。人のいなくなった部屋には数枚の青い羽が落ちていた。

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