次元連合警察局
シャーラが驚きのあまり黙ってしまった。気まずい空気が漂う中、シャーラを呼ぶ声が聞こえた。声が聞こえた方を見ると、シャーラと似た制服を着ている人が3人歩いてきた。
「ウィルが迎えに来てくれたんやね」
「無事で良かった。そっちの2人が報告にあった魔導師だね。初めまして、警察局で法務官をしていますウィル・ドゥームと言います。よろしくお願いします」
迎えに来た警察局の職員はシャーラの知り合いの様だ。話し方が変わっているからプライベートでも付き合いがあるのだろう。
「車まで案内します」
ウィルの案内で警察局の車まで行くと2台止まっていた。ウィルと一緒に来た職員がそれぞれ運転してくれる様で、車ごとに分かれた。
「シャーラはそっちで良いの?」
「うん、話の途中やったし」
シャーラは俺達が乗る車に乗り込んで来た。気を使わせただろうか。ウィルはもう1台の方に乗った。
全員が車に乗ると、目的地である警察局に向けて走り出した。到着には時間が掛かるそうなので、車内でゆっくりさせて貰おう。
「さっきの話やねんけど……、その後の事って聞いてもえぇか?」
前の座席から尋ねる声に力が感じられない。話を聞く必要はあるが安易に踏み込んで良いものか迷ってる、といった感じだろう。
「実験施設を離れてからは旅をしていた。初めのうちは普通に暮らそうとしたけど、色々とトラブルが起きたから同じ場所には留まらない様にしていた」
俺のこれまでの旅の話をするとシャーラは黙ってしまった。少し重い空気の中、車は警察局に向かって走り続けた。
◇
車は巨大なビルの前で止まった。運転手をしていた職員を残して車から降りると、シャーラが警察局の建物だと教えてくれた。
「これ全部がそうか?」
「関係する組織も入ってるので全部と言う訳ではありませんが、警察局関係で占められています」
聳え立つビルが組織の大きさを物語る。"次元連合"と名前に付いているから大きい組織だろうとは思っていたが想像以上だ。
ビルの中に入り、受付に向かう。受付自体はウィルが対応してくれたので、そのままエレベーターで上のフロアに上がると簡素な部屋に通された。
「この部屋で話を聞かせてくれる?」
事情聴取はシャーラとウィルが担当するそうだ。俺は次元転移中に境界に落ちた所から話し始めた。内容は重なっても良いそうなので、次元の境界で航行艦を見つけた事やオーディンの所に逗留した事も順を追って話していった。
「そのオーディンの所の世界って、名前あるの?」
「無かったはずだ。ブリュンヒルデは聞いてるか?」
『いえ、私が持っている情報にはありません』
「なら、一時的でも良いから名前決めてくれる? その方が話やすいし」
「……ファケレンデウスでどうだ?」
「分かった。それで登録しておくな」
その後も話は続いたがデバイスや他の魔法具の提出は拒否した。拒否権はあるので制度上問題無いそうだ。しかし、提出の拒否を理由に強引な手段を取る事例もあるそうなので注意して欲しいと言われた。
「それでは、このまま適性検査もしましょうか」
「私は報告に戻るから、ウィルお願いして良い?」
「良いよ、おつかれ様」
「おつかれ様」
シャーラが退室するとウィルが適性検査の説明を始めた。基本は選択式で文章問題はウィルが読み上げてくれたり、代筆もしてくれるそうだ。
「スカウトで来る魔導師達は、この世界の文字が分からなくて読み書きが出来ないので」
話すのは魔法で解決出来ても、読み書きには問題が残る。それでも、優秀な魔導師を確保する為として、読み書きのサポートが用意されている。
適性検査は俺とイザベラが別の部屋に分かれて行われる。イザベラがウィルと残って、俺が隣の部屋に移動した。暫く待っているとウィルが入って来た。イザベラの方は終わったそうだ。
「始めますね」
ウィルがモニターを出現させて、そこに映った問題を解いて行く。本題は倫理観や道徳感に関する内容が多い。文章問題の解答はウィルに代筆をお願いした。
「これで終わりか?」
「えーっと、全部埋まってるから終わりですね。実技試験は予定を確認しますので、ちょっと待って下さい」
俺はイザベラのいる部屋に戻った。実技試験も、担当職員の予定が空いてるとの事で今日の予定に入れてくれた。
「実技試験は夜頃になりそうなので、それまでは下のロビーでゆっくりしてて下さいね」
このビルの2〜3階は待合のロビーになっていてカフェも入っているそうだ。手持ちは無いのでロビーに設置されているソファで休む事にした。
◇
日が暮れて人がまばらになって来た頃、シャーラがロビーに現れた。片側にはウィルがいて、もう片方には緑金色の髪をした人がいた。
「おったおった、お待たせ」
「この2人が今日の受験者だね。初めまして、実技試験の試験官をするコルザ・シードリングです」
「初めまして、よろしくお願いします」
これから実技試験を始めるそうだ。案内されたのは隣のビルで、地下と地上部を合わせて3階層分をぶち抜いた訓練場が作られていた。空間拡張の魔法も使われている様で、中はかなり広い。
「それじゃ、イザベラちゃん……だっけ? その子から始めようか」
「う……うん」
コルザと一緒に中央に行くと、それぞれ杖を構えた。コルザの服も戦闘服に変わった。
「準備は良い? ……始め!!」
ウィルが開始の合図をするが、2人とも動かない。コルザは撃って来るのを待っており、イザベラも攻撃して良いのか迷っている。
「イザベラ! 練習の時の様に魔法使って大丈夫だから!」
届く様に大声で叫ぶ。
「う、うん。〈風の弾丸〉!!」
イザベラの周りに現れた風の塊が弾丸となって飛んで行く。コルザは向かって来る弾丸を、同系の魔法で正確に相殺させた。
一瞬驚いていたがすぐに表情を引き締めて、再び魔法を放った。〈風の弾丸〉、〈旋風の鎖〉、〈烈風の剣〉と使える魔法を放って行くが全て捌かれる。
「そこまで!」
ウィルが終わりを告げるとイザベラはその場に座り込んだ。息が荒く肩で呼吸しているので魔力切れだろう。
「おつかれ様」
イザベラを両手で抱き上げると、訓練場の端に連れて行って床に座らせた。次は俺の番なので訓練場の中央に戻る。
「連戦だけど大丈夫なのか?」
「大丈夫、まだ余裕あるよ」
コルザは元気そうなので遠慮はいらない様だ。ウィルの合図と共に〈風の弾丸〉を放つ。難なく相殺して来るので段々と弾数を増やして行く。
相殺しきれなくなった魔法弾がコルザに向かって飛んでいく。それを大きく後ろに飛んで距離を取りながら障壁で防ぐと、魔法弾を数発飛ばしてきた。相殺させようと〈風の弾丸〉を放つが、魔法弾は避けて俺の方に向かって来た。
「誘導付きか?!」
こちらも大きく後ろに飛びながら魔法弾を躱すと、杖を手元に出現させる。杖に魔力を纏わせて振るい、誘導の付いた魔法弾を叩き落とす。
「じゃあ、これはどう?」
コルザの放つ魔法の弾丸が雨のように襲いかかる。その隙間を縫う様に誘導付きの弾丸が迫ってくる。俺は魔法を限界まで引き付けてから杖に魔法を乗せて振り抜いた。
「〈烈風の剣〉!」
風の斬撃が、迫る魔法を呑み込んで衝撃となって吹き抜ける。一気に距離を詰めて2発目の〈烈風の剣〉を放つが防がれてしまう。
「纏めて吹き飛ばされれるとは思わなかったよ」
「思ったより硬いな」
その後は、お互いに距離を取りながら魔法を打ち合う膠着状態になった。フェイントを絡めて死角から攻撃するコルザに対して、基本魔法だけで対処していくハヅキ。
「コルザの攻撃、完全に見切られとるな」
「コルザもハヅキの攻撃は全部防いでるけど、良い状況じゃないね」
シャーラとウィルが戦いを評価するが、コルザも現状に焦りを覚えていた。攻撃を正確に対処するハヅキの技量は驚くものがある。しかし、扱える魔法の種類が確認できない。
シャーラの報告では、召喚魔法や凍結魔法も使っていたのを聞いている。仕事を依頼する以上、使える魔法に幅がある方が頼める仕事も増える。
「もうちょっと色んな魔法が見たいんだけど?」
「なら、これはどうだ? 〈中位風精召喚ー騎士〉!」
精霊召喚の魔法を使って騎士の軍団を作った。攻撃を命じると騎士達は、手に持つ武器を構えてコルザに向かって突撃した。
「召喚魔法! こんな大量に?!」
向かってくる騎士達を魔法で応戦するコルザだが、騎士を倒すのに手こずっている。召喚された騎士は防御力に秀でているため、他の精霊に比べて硬い。
「〈煌めく槍弾ー拡散射撃〉!!」
通常の魔法弾では倒せないと判断したのか、コルザは無数の光輝く槍を出現させた。槍は放射状に飛んで行き、騎士達を貫いていく。
「〈跳躍起動ー魔封雷剣〉!」
距離を取るコルザの体を魔法剣が貫いて動きを止めた。脱出しようとするが体が動かせず、魔法も発動しなくなっている。ハヅキは、コルザに近づいて杖を向けた。
「詰み、だな」
「そうだね」
コルザが負けを認めるとハヅキは魔法を解いた。コルザは自分の体を確認した後、魔法に興味を示した。
「物理ダメージの無い拘束魔法なのに、魔法も制限できるなんて凄い魔法だね」
「組むのに結構時間が掛かったからな」
「組むって、まさかオリジナル?!」
コルザは驚いている。聞くに、魔法構築の技術と強さを両立している人は限られるそうだ。レベルを問わなければそれなりにいるが、実践で動ける程の実力者となると非常に少ないらしい。
「2人ともお疲れ」
「お疲れ様」
「おつかれ……さま」
見ていた3人が集まってきた。シャーラとウィルは、俺がコルザに勝ったことに驚いていた。
「まさか、Sランクのコルザに勝つなんてな」
「S ランク?」
「この世界では魔導師の実力に合わせたランクが付きます。Sランクは相当な実力者じゃないと付かないんですよ」
俺の実力を示せたという事だろうか。イザベラについても質問を受けた。
「イザベラの杖もデバイスだよね? 使わないの?」
「使わない訳じゃないが、この先を考えて自力でも魔法を使えるようになって欲しいんだ」
「でも、デバイスも使えたほうが魔法の幅が広がるし得手不得手も少なくなるよ」
「多重起動や連立起動を考えると、デバイスに頼り切りは危ないと思ってる」
「なにそれ?」
複数の魔法を同時に起動させる多重起動と、複数の魔法を1つの魔法として起動する連立起動について説明した。似たような考え方はあるが、実践では使用されていない様だ。
この世界の魔法はデバイスによる起動補助を前提として構築されているそうだ。そのため、デバイス無しでは起動がままならない人が多い。
「それって不便じゃないか?」
「デバイスが普及しきってるから不便は感じないかな?」
「ま、事情は世界ごとに違うし正解がある訳でもない。それより、結果はすぐ出るのか?」
「1週間から10日くらいは掛かるよ」
結果を待ってる間を過ごす資金が無いことを伝えた。それならと住み込みのバイトを提案された。住む場所は寮の1室を借り、日払いのバイトとして警察局の仕事をこなす。
仕事内容は未定だが、腕の良い魔導師なので欲しがる部署は多いだろうとの事だ。
「分かった」
「それじゃ、寮に案内するよ」
「すぐ入れるのか?」
「連絡しといたから大丈夫」
俺がウィルやコルザと話している間に連絡を入れたそうだ。仕事が速いのもそうだが話を通せる辺り、持っている権限は大きそうだ。
歩いて15分程の所にあるマンションが寮になっているそうだ。地方から出て来た職員だけでなく、転勤する職員も利用しているとの事だ。
マンションに行く途中、スーパーに寄って買い出しを済ませた。買い出しの費用は、シャーラ達が気前よく出してくれた。働きで返してくれれば良いよ、との事だ。
部屋に入ると、夕食と明日の朝食をシャーラ達が作ってくれた。夕食は5人で食べた。食後の片付けが終わるとシャーラ達は帰っていった。
「……」
「どうした?」
「魔法……ダメだった」
どうやら、コルザに対して何も出来なかった事で落ち込んでいる様だ。優秀な魔導師を相手に駆け出しであるイザベラが何も出来ないのは仕方の無い事だ。
「相手はイザベラより長い時間、頑張ってきたんだ。イザベラも頑張って練習を続けていけば強くなれるよ」
慰めると小さく頷いた。今日はやる事が多かったので、そのまま休む事にした。




