避難経路の確保
バスターミナルにある本隊の拠点に向けて行動を開始した。今いる待合のフロアからバスターミナルへは1フロア上がる事になる。
「随分と高い位置にターミナル作ったんだな」
「広さを確保する為に屋上を利用してるのよ」
ターミナルポートは巨大な施設で、複数の次元世界へ渡る為のハブターミナルとしても機能しているそうだ。探索魔法〈野分の便り〉を使うと強風になって魔力が広がって行く。この魔法は細部まで探索・調査出来る魔法だ。
「今の風、ハヅキの魔法?」
「風の探索魔法だ。何か見つけたら教えるよ」
「分かった。私達もサーチしつつ進むよ」
シャーラの先導でフロアを進んで行く。魔法に反応は無い。客は全て避難した様だ。
フロアを上ってバスターミナルに着いた。そこには大量の大型バスが停められていた。そのバスから離れた位置に本隊の拠点となるテントが設置されていた。
「君達は?」
シャーラはテントの近くにいる隊員に事情を説明すると、そのままテントの中に入って行った。少ししたらシャーラが出て来た。
「申し訳無いけど消火と逃げ遅れた人の保護を手伝う事になったから、もう少し協力して欲しい」
「それは良いが」
「ありがとう。それと、その子はお留守番でお願い。危ない所も行くだろうから」
俺は了承してイザベラを救助隊に預けた。警察局の職員達も洗脳を受けてから復帰し切っていないので残るそうだ。
「それじゃ、まずは逃げ遅れた人がいないか探しに行こう。空は飛べる?」
「大丈夫だ、先導してくれ」
シャーラが浮かび上がり、俺も高さを合わせて飛び上がる。シャーラの先導の従って移動していくと、火の手が見えてきた。
広域探索の魔法でも逃げ遅れた人は確認できなかったので、消火作業に移った。対象となる空間を指定して魔法を掛ける。
「〈凍結〉」
指定した空間内が凍結し始め、炎が一瞬で鎮火した。確認のため降りてみると少し肌寒く感じる。
「広域の凍結魔法?」
「基本の凍結魔法を拡大して使ってるだけだ。それより、他の場所に行かなくて良いのか?」
「そうだね、急ごう」
シャーラと火災現場を回りながら順番に消火して行った。テロリスト達が去ったからか、爆発が起きていないのが救いだ。
「一通り消火は終わったな」
「1度戻ろうか、新しい情報があるかも」
拠点に戻って隊長に報告したが、事件は終わっていないようだ。
「ターミナルポートの地下にいた客が孤立している。爆発の影響で通路が塞がったのが原因だ」
隊長は立体映像の見取り図を出してくれた。このターミナルポートの地下には整備区と商業区があり、商業区にいる客の大半が出られなくなっている。
「爆発の影響で天井や階段が崩れている。これは偶然ではなく、狙って起こされた様に感じる」
救助ルートを確保するため瓦礫の撤去作業を行いながら、整備区を通って安全確認に向かっているそうだ。
「俺達も行くのか?」
「そうだね、手伝える事があるか聞いてみよう」
シャーラは救助隊と話に行ったので俺はイザベラの所に戻った。イザベラは駐車されたバスの中で眠っていたので、起こさないように様子を見るだけにした。
バスから降りるとシャーラが駆け寄ってきた。地下で孤立した客の救助に参加して欲しいとの事だ。救助隊の隊員が先導してくれるそうなので付いて行く。
「完全に崩れてるな」
「上のフロアに続く通路は全て崩れて通れなくなってます」
「テロリストが、自分達を追わせない様にする為に残した物でしょうね」
「現在、他のルートから避難経路の確保と安全確認の為に動いています。あなた達にはこのルートから侵入出来るか試して欲しい」
救助隊としても安全な侵入ルートが複数あれば、救助のリスクを下げる事が出来る。俺達は救助隊員の要望を受けて、探索魔法を使って調べ始めた。
「思ったより瓦礫の量が多いな。それに、瓦礫を取り除いても上から崩れそうだ」
「これ以上、天井が崩れたら上のフロアが陥没する可能性もある感じだね」
瓦礫を取り除いたら状況が悪化する可能性が出て来た。代替案を出そうにも状況が悪すぎて実現性が無い。
「天井を凍らせるのはどうかな?」
「瓦礫の自重で崩れるから強度が足りないな。魔法で天井を持ち上げるのは……駄目だな。何日続くか分からない救助活動の期間中、魔法を維持するのは負担が大きすぎる」
「どうしよう……」
「まずは瓦礫の先を確認しよう」
発動中の〈野分の便り〉から得られた情報によると、瓦礫の先には人はいなかった。それに、瓦礫の隙間があるので精霊を通せる。
「〈下位水精召喚ー小蛇〉」
蛇の姿をした下位の精霊を呼び出すと、エンブレムを刻んだコインを飲ませる。そして、瓦礫の隙間を通して先に進んでもらう。足元にもコインを置くと、エンブレムを起点に魔法を起動させる。
「繋がったな。瓦礫の先に行くけど一緒に来るか?」
「行くってどうやって?!」
「普通に転移魔法だ」
足元に魔法陣を展開すると、シャーラと隊員が入ってきたので一緒に瓦礫の先に転移する。
「それじゃ、状況を確認しに行こうか」
隊員を先頭に商業区を進んでいくと、広場に人が集まっていた。隊員を見ると客が集まってきた。
「助けが来た!」
「どうすれば良いんだ?!」
「どこから出るんだ?!」
「ちょっとまってください。先に状況を確認しますので」
隊員が客に圧倒されて報告が出来ないでいる。シャーラが援護に入るも焼け石に水だった。仕方ないので魔法で客を眠らせた。
「ごめんね、助かったよ」
「すいません。すぐに報告を済ませますので」
そう言って隊員は報告を始めた。シャーラも報告している様なので手持ち無沙汰になった。仕方ないので探索魔法で得られた情報を整理していると壁や天井の数カ所に札が貼られているのを見つけた。
「報告、終わったか?」
「はい、終わりました」
「こっちも終わったよ。何かトラブル?」
「壁や天井に札が貼られているのを見つけたから確認したい」
2人の了承を得て札の確認に向かった。壁に貼られている札がある場所に来たが札は見えなかった。掛かっている隠蔽魔法を解除すると、魔法陣が書かれた札が現れた。
「これ、爆発魔法の魔法陣だよね?」
「そうですね。恐らく、テロリストが仕掛けた物だと思われます」
「なら、今回のテロは入念に準備されていた事になるね」
シャーラと隊員が話し合っている隣で俺は札の魔法を解除する。術式としては、周囲の魔力を利用して爆発を起こす仕組みの様だ。
手元に青い宝石が付いた短杖を出すと、魔力を水の性質に変換させて〈野分の便り〉に上乗せする。札に書かれた魔法陣に水の魔力を侵食させて解除していく。
「とりあえず、札を回収して回ることになったから」
「場所を教えて頂けますか?」
「そっちは終わったぞ。全て解除したから爆発の心配はない」
「「え?!」」
魔法を解除した事を伝えると驚かれた。しかし、何かの拍子で再起動するとも限らないので回収する事になった。
「本当に解除されてる……」
「信じてなかったのか」
「早すぎて信用出来ないよ」
「しかし、これで悪化することは無くなりました。救助に専念出来ます」
そこに救助隊の隊員達が合わられた。彼らは整備区のエレベーターが移動する空間を登って来たそうだ。情報共有を行うも避難経路の確保には至らなかった。
「天井を撃ち抜くか」
「それはダメ! 下手したらフロア全体が崩れるから」
俺の提案は即座に却下された。しかし、代案も出ないので崩落した他の通路を見に行く事になった。順番に回っていくが、見てきた所は全て崩落が酷く瓦礫の撤去は不可能だ。
「ここが最後か、相変わらず酷いな。水が漏れてるのか……この外側はどうなってるんだ?」
「海ですね。無理に壊そうとすると海水が侵入して沈む事になります」
足元に水溜りが出来ており、瓦礫の隙間から水が流れていた。爆発の影響で壁に亀裂が入り海水が流れ込んだのだろう。崩れた瓦礫が堰き止めているから崩壊せずに済んでいる。
「海……水か……。強引だがこのルートを使おう」
「でも、瓦礫を除去しても壁が崩壊して海水が侵入する恐れがあります」
「無理やり抑える。〈水精霊王召喚〉、〈上位水精召喚ー天蛇〉」
俺は水の精霊王と上位精霊を呼び出した。そして瓦礫に近づくと、魔法で瓦礫の山を吹き飛ばした。瓦礫の無くなった場所の壁からは水が噴き出ていた。
精霊に頼んで噴き出る水を抑えてもらうと水は止まった。周辺の壁に亀裂や浸水の危険が無い事を確認すると隊員に終わった事を伝えた。
「浸水は抑えてるから通れるだろ? ここから上に上がれる」
「すごい……」
「これは、どのくらい持ちますか?」
「俺の魔力が続く限りは浸水を抑えてられる。けど、早めに済ませて欲しい」
「分かった」
隊員が連絡を入れると数分で追加の隊員達が集まって来た。状況を確認した後、広場に戻って眠っている客達を起こした。
客達は少し混乱気味だが隊員の誘導には従っていた。瓦礫を撤去した通路から上のフロアに上がり、拠点のあるバスターミナルまで誘導した。
「これで避難は完了か?」
「はい。浸水した部分も土嚢で塞ぎましたので、ひとまずは大丈夫でしょう」
「なら、俺の仕事は終わりでいいか?」
「そうですね、我々から依頼する事は現状ありませんので問題ないと思います」
救助隊の隊長がそう言うのでシャーラに確認すると、こちらも終わって良いとの事だった。バスで寝ているイザベラを起こしてシャーラの所に戻る。
「これからどうするんだ?」
「警察局の施設に行って話を聞きたいけど良い?」
「……許可が必要なのか?」
「事情聴取は任意だからね。それにハヅキは強いからね、抵抗されたら抑えられないのよ」
シャーラから感じる魔力も相当なものだが、街中で戦闘するわけにも行かないだろう。こちらも【旗印】の回収と359番の情報を得るには彼女と協力した方が良さそうだ。
「分かった、付いていこう」
俺の返事を聞いたシャーラは警察局に連絡して迎えを出して貰える様に連絡したそうだ。迎えが来るまでは、救助隊の邪魔にならないように拠点から少し離れた位置で待つことにした。
「ごめんね、救助活動お疲れ様」
分けてもらった飲み物を飲んでいると、シャーラが警察局に着いてからの事を話し始めた。事情聴取が終わった後に委嘱の魔道師として登録して欲しいそうだ。
「ハヅキの実力やったら試験は通ると思う。恐らく、どこかに所属していないとトラブルが集まって来るだろうし」
委嘱は、警察局が外部に仕事を依頼する形態の1つで専門性が高い仕事を依頼する場合は委嘱魔導師に依頼されるそうだ。遭難した航行艦の帰還協力とテロリスト関連での貢献を根拠に申請すると言われた。
「俺を救助活動に参加させたのはその為か」
「腕の良い魔導師は、どこも欲しがってるからね」
人材不足が深刻だとぼやいている。人を育ててないのか聞いてみたが、育成が間に合っていないらしい。そもそも危険がつきまとう仕事は敬遠されるので人も集まらないそうだ。
「どうにかならんもんかな」
「……そっちが素の話し方か?」
「え? あっ、ごめん」
「話し方を変えてるのは公私を分けるためか?」
「……それもあるけど、この話し方やと伝わりにくい場合が多くてな」
それで周りと話し方を合わせているとシャーラは気まずそうに話した。働き始めの頃に話し方が理由で連絡ミスが重なった事案があってからは仕事中の話し方に気をつける様になったと語る。
「委嘱の登録はイザベラもするのか?」
「……そうやね、その方が安心やろうし」
イザベラが委嘱の意味を理解するのは難しいので、出来るだけ噛み砕いて説明したがそれでも難しいようだ。
「とりあえず、仕事を貰えるか話をする、とだけ分かってれば大丈夫だ」
「……分かった」
噛み砕き過ぎて原型が無い気もするが、全く分からないよりは良いだろうと思う事にする。シャーラには、事故で両親を失った孤児を拾ったとだけ説明した。
「委嘱の試験は何をするんだ?」
「適正検査と実技やね。人格に大きな問題が無ければ適性検査は大丈夫や。実技は試験管の評価次第な所があるから難しいけど」
「叩き落とせば問題ないだろう」
「脳筋やなー。……赤髪の魔導師との関係って聞いても良い?」
「ある世界の実験施設にいた、同じ実験個体だ。何度か戦ったが、それ以外での接触は無かった」
俺は実験施設にいた頃の話を始めた。359番との戦闘実験、管理AIの襲撃、その後の状況を掻い摘んで説明した。
「壮絶やな。それ、いつの話?」
「数百年は経ってるよ」
「うそやろ」
シャーラの眼の前にいるのは不老不死実験の成功個体。その事実に驚きを隠せないでいる。隠さなくて良いのか聞かれたが、隠す必要は無い。向かってくるならねじ伏せれば良いだけだ。