次元世界アルスフィア
ゆっくりと降下して行く航行艦ポレフが、軽い衝撃と共に着陸した。映像の人物は艦長と副艦長に降りる様に指示した。
「すまないが君も一緒に来てくれるか? 説明する時、君もいた方が説明しやすい」
「私からもお願いします」
「分かった。その代わり、この子を頼む」
俺がイザベラの事をお願いすると、添乗員が引き受けてくれた。
艦長を先頭にしてポレフの後方にある扉から出ると、魔法で階段が作られた。艦長達は気にする事もなく降りて行くので、彼らにとって魔法の階段は日常なのだろう。
階段を降りると2人の人間が迎えてくれた。彼らはこの基地を預かる職員との事だ。
「ようこそツァーボ中継基地へ。私はこの基地を預かる部隊の隊長を務めている、エーガと言います」
「私は副隊長のアメンシーです。よろしくお願いします」
彼らが挨拶してくれたので、こちらも返す。そこにもう先導していた航行艦から降りてきた1人が合流した。
「初めまして。私が今回の捜索を担当している捜査官のシャーラ・シュトルムと言います。長旅、お疲れ様でした」
彼女が捜索の責任者だと言う。また、基地の部隊員が炊き出しをしてくれるそうなので頂く事にした。
「では準備致します。少々お待ちください」
そう言ってエーガとアメンシーは離れて行った。残った俺達は情報交換を行った。こちらの情報は艦長を中心に話していき、次元の境界に落ちた辺りからは俺が補足を行った。
対してシャーラは次元の境界で起こった災害、"次元震"について話した。彼女の説明によると、次元震は原因不明の震災との事だ。
次元航行に大きな影響を及ぼすだけでなく、航行中の船が突然消える事案も起きているそうだ。今回のポレフも突然消えたそうで、次元震を観測した瞬間に掻き消える様に消息を絶ったらしい。
「彼に出会えたのは幸運でした。もし出会わなければ、闇の中で死んでいたでしょう」
「そうですね。でも、よく長距離を航行出来ましたね?」
「それも彼らのお陰です」
振られたので、時空航行の魔法式を展開して蓄えていた魔力で航行して来た事を伝える。その後は基地から目的地である次元世界アルスフィアへ向けたスケジュールの説明を受けた。
「今日1日はこの基地で休息を取ってもらい、明日の出発を予定してます。その後はいくつかの中継基地を経由してアルスフィアに戻る予定です」
順調に行けば15日程でアルスフィアに到着するようだ。目的地までの移動時間に驚いていると、この基地は辺境にあるとシャーラが教えてくれた。
「それでは、私は報告があるので失礼します。また後ほど声を掛けさせてもらいます」
そう言ってシャーラは自身が乗っていた航行艦に戻っていった。残された俺達は、部隊員が用意してくれた炊き出しを乗客と共に食べ始めた。
◇
翌日、シャーラが乗る航行艦の先導でアルスフィアへ向けた航行が始まった。スケジュール通り、途中の基地で補給と休息を経て目的地であるアルスフィアへ到着した。
「これから航行艦用のターミナルポートへ着陸します。誘導しますので付いてきてください」
転移魔法を使ってアルスフィアの世界に入ると、上空に出た。眼下には雲が流れており、雲の隙間からは海が見えていた。ターミナルポートは市街地から離れた海上に作られている様だ。
ターミナルポートの管制から指示が入った。その指示に従ってカウスとウードはポレフを降下させていき、ターミナルポートへ着陸した。
こちらでは金属の階段が用意され、乗客が順番に降りていった。全員が階段を降りると、シャーラが他の職員を引き連れて来た。
「まずは健康診断を受けて貰います。ターミナルに部屋を用意してるので案内します」
大型のバスでターミナルに移動すると、部屋に通されて健康診断を受けた。結果は特に問題はないそうだ。その後、俺達だけ別室へ案内された。状況をもう1度説明して欲しいそうなので、シャーラにした内容の説明を行った。
「では、デバイスを使用した魔法石を出してください」
「どうするんだ?」
「念の為、問題がないか調べます」
「却下だ」
デバイスを見せろという職員の発言を切り捨てる。規則ですから、と言って聞かないので部屋から出ていこうとする。
「勝手な事をするなら、こちらも相応の対応を取らせてもらう」
魔力を放出して凄んでくるが全く怖くない。イザベラが一緒だから抑えめなのだろうか。そんな事を考えていると警報が大音量で鳴り響いた。
『ターミナル内でテロ発生! 職員は避難誘導を開始してください。繰り返します……』
「こんな時に?! 良いか、お前は部屋から出るな! これは命令だ!」
職員の1人が怒鳴ると、シャーラ達といっしょに部屋から出ていった。
「わざわざ命令に従う理由は無いな。出るぞ」
イザベラを連れて部屋を出ると、廊下を歩いて行く。廊下を抜けると開けた場所に出た。電光掲示板やカウンターが設置されている事からゲートエリアだと思われる。
「押さないでください! ゆっくり1歩ずつお進みください!」
利用客が騒ぐ中、職員が必死で避難誘導しているが混乱が酷くて上手く行っていない。その時、騒ぎ声を塗り潰す様に爆音が連続して響いた。
利用客が悲鳴を上げる。ゲートエリアから外が見えるが、係留されていた航行艦から火が上がっているのが見てた。それも1隻ではなく、見える全ての航行艦が燃えていた。
「お前?! 部屋にいろと言っただろう!!」
「命令を聞く道理はない。それより、テロを放置して良いのか?」
「そちらは対応済みだ!」
「部屋に戻らないと不利になるよ?」
「俺達が行く所にお前達は着いて来れないだろう? 前提が破綻している以上、強制は不可能だ」
俺達が言い合っているとシャーラの表情が変わった。テロリストが俺達の方は移動しているそうで拘束に向かうとの事だ。
「私達はテロリストの制圧に……、いやハヅキ達も一緒に来て貰う」
「シャーラさん?!」
「どうせ言う事聞かないなら連れて行く方が良いと思います。良いですね?」
「分かった」
シャーラが押し切って、俺達もテロリストの制圧に向かった。シャーラを先頭にゲートエリアを抜けて別のフロアへ入った。ベンチが大量に置かれている事から待合のフロアだと思われる。
そこでは戦闘が始まっていた。恐らく、仮面や覆面で顔を隠してるのがテロリストで、対しているのが警察局の職員だろう。
「ハヅキ達は離れてて、アルクトス!!」
シャーラが叫ぶと、警察局の制服から服装が変わった。戦闘服だろうか、動きやすさが重視された服装だが装飾もあって少し派手に感じる。他の2人の職員の服装も変わったので、個人装備の一環なのだろう。
「〈星の鎖〉!!」
シャーラが複数の魔法弾を放つと、テロリストに向かって飛んでいった。応戦している職員達が素早く身を引くが、テロリストもシャーラの魔法に気づいて躱そうとする。しかし、1人が躱しきれずに魔法を受けた。
魔法はテロリストに当たった瞬間、光の輪になって相手を捕らえた。捕まったテロリストは動けない様でもがいている。シャーラ達が加わった事で、戦闘は有利に傾いた。
「仕方ない、クラビリスを使うぞ!」
テロリストは巨大な布がなびいている、旗にも見える杖を取り出した。その杖を掲げた時、澄んだ鈴の音色が聞こえてきた。
『精神干渉を確認、遮断します』
スクルドが魔法を使うと、イザベラがハッとした表情で周りを見回してる。どうやら魔法の影響を受けたようだ。
「精神支配系の魔法具か……」
『術式を確認、【旗印】と一致しました』
「この状況でそれはマズいだろ?! スクルド、イザベラの事を頼む」
『了解』
状況は先程から一変しており、職員達がテロリストと協力してシャーラを攻撃していた。スクルドにイザベラの事を任せて戦闘に加わると、シャーラの援護に入った。
「大丈夫か?」
「私は大丈夫、だけど皆んなが?!」
「あれは魔法抵抗の低い人間を纏めて支配する魔法具だ」
「何で知ってるの?!」
「俺の出身世界で作られたものだ。〈旋風の鎖〉!」
魔法で拘束しようとしたが全て躱されてしまった。【旗印】の洗脳は能力が落ちないたけでなく、迷わなくなるので厄介になる。
「【旗印】と同じ世界の出身なら、アイツとも知り合いかもな!!」
「アイツ?」
テロリストが【旗印】を振ると、洗脳された職員達が襲ってくる。捨て身の攻撃を躊躇い無く行ってくるので、対応に困る。
「ブリュンヒルデ、【旗印】の洗脳、解けるか?」
『少々お待ちください、術式の解析を開始します』
洗脳された職員が攻撃してくる。俺とシャーラが手分けして抑えるが、シャーラの所から1人抜けてしまった。
抜けた職員はイザベラに向かって行く。それを見てイザベラが杖を構えて、迎撃体制を取る。
「〈風の弾丸〉!」
イザベラの唱えた魔法が職員に襲いかかる。職員は未熟なイザベラの魔法を体当たりで弾くと、そのまま突進した。
『〈隔てる光〉!』
スクルドは魔法の壁を作って突進を受け止めると、四方を囲んで閉じ込めた。そして、イザベラに拘束魔法を求めた。イザベラも応えて詠唱を始める。
「〈旋風の鎖〉!」
イザベラの作り出した魔法の鎖が壁に閉じ込められた職員を縛り付けた。俺は、相手をしている2人の職員を〈魔封雷剣〉で抑えるとイザベラの元に向かった。
「大丈夫か?!」
「うん、平気」
イザベラにケガが無くて一安心していると、対峙していた職員を拘束したシャーラも視線をテロリストから逸らさずに声を掛けてくれた。
『解析完了……解除術式を展開します』
ブリュンヒルデが魔力を放出すると、ガラスが砕ける様な音がした。拘束された職員達は、拘束されたまま項垂れた。近寄って状態を確認すると意識はある様だ。念の為、回復魔法を掛けておく。
「まさか【旗印】の洗脳が解除されるとは思わなかったよ。けど、甘いな」
再び鈴の音色が聞こえると職員達はうめき声を上げて苦しみ出した。
『解除術式の出力を上げます』
ブリュンヒルデが魔力の放出量を上げると同時に、【旗印】を持ったテロリストに突っ込んだ。慌てて避けた事で洗脳が弱まり完全解除に成功する。どうやら、完全には使いこなせていないようだ。
「アンカーまで?!」
「上手く扱えてない様だな。それは返してもらおう」
「まだ、やってたのか」
突如として炎が燃え上がり、その中から人が現れた。どうやら、テロリストの仲間らしく近寄って話をしている。
「【旗印】の洗脳が解かれた。それに腕が良い」
「なるほど。なら、俺が抑えてるからお前達は先に戻れ」
その人物が俺達の前に立つと、炎を纏い始めた。シャーラが魔法を放つが、炎に阻まれて届かなかった。
「〈風迅の衣〉! 〈烈風の剣〉!」
強化魔法を使った突撃で炎を抜けると風の剣で切りかかった。しかし、風の斬撃は相手の障壁で防がれてしまった。
「その髪色と瞳、401番か?」
「?! まさか、359番か?!」
「久しぶりだな。まさか生きてるとは思わなかったぜ」
「それは、お前もだろう」
「そうだな。ま、再開して早々で悪いが死んでくれ!」
頭上から降って来る炎の槍を躱した先に〈炎の弾丸〉が飛んでくる。
「〈竜巻〉」
竜巻を作って〈炎の弾丸〉を弾く。竜巻が消えた所で〈風の弾丸〉を放つが〈炎の弾丸〉で相殺された。
「悪く無いな。もう少し相手してやりたいが、アイツらも戻れたみたいなんでな。じゃあな!」
そう言うと359番は炎に包まれて姿を消した。増援がいない事を確認すると、職員達を捕らえている拘束を解いた。
解放された職員達にシャーラが駆け寄って状態を確認している。
「大丈夫?」
「まだ少し頭が痛いですが、大丈夫です」
職員達は大丈夫な様だ。しかし、359番が生きているとは思わなかった。それも、こんな遠くの世界で再会するとは……。
「ハヅキ、さっきの赤い魔導師と知り合いみたいだけど……」
シャーラが聞いて来たので簡単に答える。長々と話してる余裕はない。
「同じ場所で暮らしてた昔馴染みだ。生きてるとは思って無かったけどな」
「……後で話し聞かせて貰うよ」
会話を切り上げるとシャーラはどこかへ連絡したので、状況の報告をしたのだろう。職員達も、大丈夫とは言っても負荷の大きい救助活動は無理だ。
「私達は周辺を探索して逃げ遅れた人がいないか確認しながら本隊との合流を目指します」
シャーラが行動方針を決めた。合流する本隊は外のバスターミナルに拠点を設置してあり、そこを目指すそうだ。
シャーラの指示が入り、行動を開始した。




