中継基地に向けて
翌日、オーディンからの連絡事項を持ってウィルソンがやって来て、メンテナンスの終わったブリュンヒルデとスクルドを届けてくれた。
「わざわざありがとう」
「構いませんよ。彼らにも用事がありますから」
「進展があったのか?」
「次元連合警察局に連絡は付きました。しかし救助は難しいそうです」
「何か問題があるのか?」
「彼らの航行艦では、こっちまで来れないそうだ」
大問題だな。助ける意思があり、その準備もしているのに助けに行けないと言われたそうだ。俺達にデバイスを届けた足で報告に行くそうだ。
「悪いけど一緒に来てくれ」
航行艦の艦長であるカウスに割り当てられた部屋の前に来ると、扉をノックしてカウスを呼んだ。
「ウィルソンさん、どうされました?」
ウィルソンはカウスに、オーディンが次元連合警察局とのやり取りの内容を報告した。カウスは初め、連絡が付いた事に喜んでいた。しかし、助けが来ないと聞くと俯いて声が小さくなった。
「そんなに遠いのか?」
「そのようだね。私も詳しくは分からないが、現状の設備では届かない様だ」
連絡が付く範囲なら帰れると思ったが簡単では無いらしい。それにしても、よく連絡がついたと感心する。
「以前から情報は集めていた様で、複数の中継機を跨いだ果てに複数の次元世界による連合組織がある事を確認していたそうだ」
「努力の賜物という訳だ」
だが、中継機を飛ばすのと実際に移動するのでは意味が違ってくる。航行自体は可能でも、必要なエネルギーが圧倒的に足りないのだ。
「エネルギー問題は対策を考えているから、もう暫く待って欲しい。それとハヅキ、彼らに同行してくれないか?」
「なんでだ?」
「オーディンの指示領域から離れても、ブリュンヒルデに搭載された【境界の羅針盤】があれば辿り着ける。座標は登録してあるからお願いするよ」
【境界の羅針盤】は、例え次元の果てであっても目的地を示す。そのため、エネルギー問題が解消されない場合でも小まめに異世界で休息を取れば、いずれは帰還出来るだろうとの事だ。
「仕方ないな、了解だ」
その後、細かい確認を済ませるとカウスの部屋を後にした。ウィルソンは1度、自分の領地に帰るそうなので同行する事にした。
何も無いとは思うが、自分の家を確認しておこうと思ったのだ。オーディンに連絡すると、進展があったら知らせる、と言ってくれた。
時間を合わせて、外周部の東にあるポートから飛空艇で移動する事になった。俺達は用事も無いので、観光しながらポートを目指した。案内や解説はブリュンヒルデとスクルドがやってくれた。
解説を聞きながら歩いていると、目的地に到着した。飛空艇を係留する為の場所で、外部との玄関口になる。必要に応じて人間が出入りする場合、このポートが使用される。
「すごい」
係留されている飛空艇を見て、イザベラが感想をもらす。そのまま待機所に入ると、置かれている端末にアクセスした。
ーデータを照合します。デバイスと端末を接続して下さいー
ブリュンヒルデとスクルドが端末にアクセスすると登録情報の確認が行われた。問題は無い様で、そのまま手続が進められた。
ー確認しました。ハヅキ・シルフィリアおよびイザベラ、登場手続を完了しました。飛空艇へどうぞー
飛空艇への搭乗許可が出た。端末との接続を切ると、待機所を出て飛空艇に乗り込んだ。中にはオイルとは違う鎧を着た騎士が、既に乗り込んでいた。
オイルとは所属が違うのかと考えていたら、騎士の方から話しかけて来た。
「お初にお目に掛かります、ハヅキ様。我らは王国に仕える近衛騎士です。この度はウィルソン様の護衛として参りました」
近衛騎士が来ているのは以外だった。それだけオーディンからの依頼は重要度が高いという事だろう。
飛空艇の一室を借りて休んでいると、扉がノックされた。扉を開けるとウィルソンとオイルが立っていた。
「休んでいる所で申し訳ない。こちらの用事は終わったので出発しようと思うが構わないか?」
「大丈夫だ。折角だし見晴らしの良い所に行こうか」
イザベラを連れて部屋を出ると、側面の景色が良く見える場所に移動した。軽い揺れの後、飛空艇が少しずつ浮き上がって行く。
一定の高さまで上がると、上昇を止めて前に進み始めた。魔法も使っているが、移動にはプロペラを使用しているので唸る様な音が響いている。
「飛空艇に乗った感想はどうかな?」
ウィルソンが質問してきた。飛行が安定したので俺達の様子を見に来てくれたそうだ。
「……感無量と言った所だろう」
「それは良かった」
窓に張り付いて外を見ているイザベラの代わりにウィルソンの質問に答える。ふと、飛空艇の飛行ルートが気になったので聞いてみた。
「王都に向かってるのか?」
「ハヅキの家がある群島を通って王都へ向かうルートで飛行している」
「なら直接王都へ向かってくれ。買い出しもしたいからな」
「分かった。ルートを変更しよう」
ウィルソンは飛行ルートの変更を伝えるために操縦室へ戻った。俺達は王都に着くまで外を眺めて過ごした。
◇
飛空艇の窓から大きな城が見えてきた。アセノス王国の王都・エルヴェートの到着したのだ。飛空艇は、王城の敷地内にある着陸場にゆっくりと着陸した。
「私は国王に報告に行くが、一緒にどうかな?」
「礼儀を知らないので遠慮しておくよ」
「そうか、残念だ。オイル、ハヅキ達を王城の外まで案内してあげなさい」
「はっ!!」
ウィルソンは近衛騎士達と共に王城へ入っていった。残った俺達はオイルの案内で、王城の敷地と城下町を繋ぐ城門まで来ていた。
「私はウィルソン様の元に戻ります。こちらはウィルソン様からお渡しするようにと預かっている物です」
オイルから受け取ったのは、手に収まるサイズの革袋だった。オイルに確認してから革袋を開けると、中には金貨が一杯に入っていた。
「このお金は?」
「以前、航行艦を調査して頂いた件の報酬の一部です」
「……、分かった。心遣い感謝する」
オイルと別れて城門を抜ける。城下町は活気に満ちており、立ち並ぶ商店には華やかな商品が所狭しと並んでいた。イザベラが逸れないように手を繋いで城下町を散策する。
装飾品や服の店に入ってみるが、イザベラが気に入るものは無かったようだ。俺は食品や薬草を購入していく。
「ほら」
「……甘い」
途中の屋台で買ったお菓子を食べながら、王都の広場で休憩する。広場では曲芸師や絵描きがパフォーマンスを繰り広げていた。
「日が暮れてきたし、帰ろうと思うけど良いか?」
「うん」
城下町の大通りから離れて細い路地に入っていく。日陰になる路地は暗く、夕焼けの空と相まって不気味な雰囲気を漂わせていた。
「兄ちゃん、ずいぶんと羽振りが良いじゃねぇか?」
「俺達にも奢ってくれよ」
分かりやすい集りが来たものだ。呆れて言葉が出ないでいると、さらに脅してきた。懐かしさすら感じる脅し文句は感動すら覚える。
「おい! 聞いてるブォガッ?!」
「てめっガハッ?!」
1発ずつ殴ると動かなくなった。目線を合わせるためしゃがむと短く悲鳴を上げられた。
「まだ遊ぶか?」
「「すいませんでした!!」」
そう言うと集り達は大通りに向かって走っていった。俺はイザベラを抱えて飛び上がると、夕焼けで赤く染まる海を眼下に家がある群島を目指した。
しばらく海上を飛んでいると小さな島々が見えてきた。アセノス王国があるウル大陸から離れた群島は人が寄り付かないので、静かに暮らすには丁度良い。
「着いたぞ、ここが俺の家だ」
魔法で掛けた鍵は今も問題なく機能していた。魔法を解いて家に入る。
「椅子に座って休んでてくれ」
イザベラにそう言うと俺は地下室へ降りた。地下室には家に掛けてある魔法を維持してくれる魔法石が設置されている。
「まだ余裕はあるが、魔力を補充しておくか」
魔法石に魔力を流し込んで、蓄えられている魔力を補充する。補充を終えて1階に戻ると食事の支度を始めた。食事中、イザベラに王都の感想を聞いてみる。
「人が一杯だった」
「そうか」
出会った頃より話すようになり、表情も豊かになった。語彙が少ないのも時間が解決してくれるだろう。食後は海を相手に魔法の練習をした。
◇
家に帰ってきて5日が経った日の朝、オーディンから通信が入った。漂流した航行艦を戻す目処が立ったそうだ。
『資料を送るから確認してくれ』
そう言って送られてきた資料には航行艦を帰すスケジュールが記されていた。まず、航行艦を次元連合警察局の中継基地まで届ける必要がある。この中継基地は管轄領域の一番外側にある基地だそうだ。
その基地からは、先方が用意した救助艦に牽引される形で帰還する流れだ。基地までは俺とブリュンヒルデ、スクルドが航行魔法を起動させてサポートする。必要な魔力量に関しては、オーディン達が使っている「神煌石」を用意してくれるそうだ。
神煌石は、魔法石の中でも特に品質が高い鉱石に特別な術式を刻む事で、莫大な魔力を蓄えられる様にしたものだ。数が非常に少ないので、基本的には管理AIが保管している。
「その神煌石は、使い終わった後はどうするんだ?」
『ハヅキが持っていてくれ。何なら使ってくれても構わんぞ』
その他の段取りを確認した後、通信を切った。その直後にウィルソンから通信が入った。内容はオーディンと同じだ。今日の夕方に飛空艇が群島の上空を通るようにするので乗り込んでくれ、と言われた。
「無茶を言うな」
「君なら出来るだろう?」
出来るかどうかでは無く、内容が無茶だと言っても聞いてくれなかった。軽く雑談をした後に通信を切った。
「イザベラ、今日の夕方に出発するから準備しよう」
必要な魔法具や旅装を確認していく。時間が余ったので、地下室から薬草を取り出して魔法薬を調合していく。内奥は主に”魔法の起動補助”だ。魔法薬を触媒に魔法を起動させる事で、魔力を節約したり、威力をあげたり出来る。
調合の一部をイザベラに手伝って貰いながら作成しているとブリュンヒルデが時間が近いと教えてくれた。手早く片付けて外に出ると、遠方に飛空艇が見えた。
戸締まりを済ませると飛行魔法で飛空艇に近づいていく。飛空艇の後方にある格納庫から艦内に入ると、オイルが迎えてくれて前回も使った部屋へ案内してくれた。
ポートへ着くとウィルソン達と共に航行艦へ向かった。航行艦では艦長のカウスが迎えてくれた。乗客への説明は終わっているそうだ。
「出発はいつ頃になる予定かな?」
「神煌石を用意するまで少しお待ちください」
神煌石はオーディンのドローンが運んでくれるそうだ。ドローンを待っている間にスケジュールやルートなどの再確認を行った。
「来ましたよ」
ドローンが到着して神煌石を引き取ると、俺達も航行艦に乗り込んだ。操縦室に入ると、ブリュンヒルデとスクルドがシステムにアクセスした。
『『システムの一部を掌握。次元世界アルスフィアの座標を確認、航行ルートを策定しました。』』
「準備が出来たようだ」
「では、出発しよう」
ウードが艦内放送で乗客に出発を告げている。放送が終わった事を確認すると、航行感は少しずつ浮き上がって行った。
『次元転移魔法を起動、航行ルートへ入ります』
ブリュンヒルデの主導で魔法が起動して、次元の境界を進んでいく。
◇
「反応あった?」
「いえ、まだ反応は……?! 待って下さい! 反応あり、識別コードから航行艦ポレフと判断します!」
次元の境界に浮かぶ警察局の基地。そこから離れた領域、ポレフが現れるであろう地点で待つのは警察局に所属する捜査官シャーラ・シュトルムである。
捜査官は本来、事件の捜査が仕事だ。しかし、大規模な次元震によって行方不明となったポレフの捜索を任されていた。
「私の仕事は事件の捜査やねんけど……」
「仕方ないですよ。次元を超えた救助活動はトラブルしか生みませんから」
「ほんとに。被災者そっちのけで責任の押し付け合いしよるからな」
「航行艦ポレフ、視認しました」
「了解」
次元の果より現れたのは行方不明のはずの航行艦。通信が届く範囲に入ったことで通信が可能になった。自身が乗る航行艦の後方にポレフを着けるよう指示を出す。ポレフが指示通り後方に着けると魔法の鎖を使ってポレフを捕まえた。
「これより、航行艦ポレフを中継基地まで牽引する。発進準備!」
「発信準備! 発進準備、完了!」
「中継基地に向けて発進!」
航行艦はゆっくりと動き出し、引っ張られる様にポレフも動き出した。暫くすると、次元の境界に浮かぶ港の様な施設が見えてきた。警察局の中継基地である。
基地には球形の結界が張られていたが、物理的な防御では無い様で航行艦は結界をすり抜けた。結界に入ると操縦室のモニターに映像が映った。
映像の中の人物は基地の管制官との事で、着陸に関して指示を出している。基地の発着スペースでは、航行艦がゆっくりと降り始めた。ポレフも指示に従って、航行艦の隣に着陸した。




