セキュリティ
ブリュンヒルデの指示に従って通路を進んでいると、正面の角から人の形をした何かが歩いて出てきた。
それは全身が白く、関節まで金属で覆われたロボットだった。本来は、人が入れない危険地帯や災害救助などで使用される遠隔操作の人型ロボットだ。
ロボットの右手の先に魔法陣が浮き出ると光輝く魔法剣が出現する。剣を両手に持ち変えて、構えを取った瞬間、眼の前に低く踏み込んで来た。
「!」
下から上へ振り上げられた刃を、後ろに下がって躱す。ロボットは、さらに踏み込んで刃を振り下ろす。半身を引いて剣の軌道から体を外す。空を切った剣が跳ね返って胴体に向かってくる。
さらに後ろに引くと、踏み込んで横に薙いできた。剣が一瞬引かれ切っ先が飛び込んでくる。こちらの動きに合わせて正確に間合いを詰めて斬りかかってくる。
杖の先端で剣の軌道を反らせると、そのまま杖の先端と剣の根本で競り合う。すぐに剣が引かれロボットが後ろへ下がり、合わせてこちらも後ろに下がる。最初に遭遇した位置より後ろに押し返されてしまった。
ロボットと組み合っている間にドローンに追いつかれたようで、後ろから放たれる魔法弾を魔法の盾で防ぐ。前からロボットが剣を振り上げて切り掛かって来る。振り下ろされる剣を躱して傍を通り抜ける。
「締めよ、風の紡ぎ手〈旋風の鎖〉」
すかさず反転して、拘束魔法でロボットとドローンの動きを止める。杖に魔力を流すと全体が淡く発光し、先端の金属部分に魔法の刃が形成される。
動きの止まったロボットへ槍と化した杖を突き出すと鈍い金属音を響かせて、ロボットの胸に刃が突き刺さる。
「〈雷の咆哮〉!!」
『拘束魔法を確認……強制解……じょ……』
刃が刺さったまま動こうとするロボットに雷の魔法を浴びせる。内部回路をショートさせて、動きを完全に止めるためだ。
内部回路を伝って雷撃が暴れまわる。基盤と配線を焼き払われたロボットは崩れるように倒れ込んだ。素早くロボットから刃を引き抜くと、ドローンに向かって切り掛かる。
ドローンはロボットと違い魔法を解除しようとする動きは見られない。空中に囚われたドローンを次々に切り落としていく。
ロボットと全てのドローンを破壊した後、ブリュンヒルデに提案する。
「こいつらを解析して無力化できないか?」
『了解しました。解析を実行します』
壊れたドローンやロボットの下に魔法陣が浮かぶ。そして、魔法陣の上に記号が並んだ帯の輪が3本、サイズを変えて層になる。
『解析が完了しました』
「早いな……。無力化できそうか?」
『中は魔法で保護されています。無力化するなら、保護している魔法を解いた状態で停止命令を入れれば停止します』
解析結果の報告を簡単に受ける。ロボットもドローンも事前に設定された命令によって動いているので、外から追加の命令を受けることはない。
保護している魔法が解けるなら、そもそも攻撃魔法が当たって壊せている。無力化するのは却って手間がかかる、とのことだ。
「素直に壊したほうが早そうだ」
ブリュンヒルデの解析と報告が終了すると、再び通路を進む。
『マスター、ドローンの追加が来ました』
通路の前後からドローンが5機ずつ迫って来る。どうやら5機1組で行動するよう命令されているようだ。身体強化魔法を使って、前から来るドローンの下を潜って通り抜ける。
そのまま進んでいると、ロボットが前から2機走ってきた。魔法弾で足止めして、頭上を飛び越えて走り抜ける。追いかけてくるドローンとロボットを背にブリュンヒルデに尋ねる。
「魔法の構築は出来るか? あと、通路の延長に重要な設備はあるか?」
『魔法の構築は可能です。重要な設備はありません』
「よし。〈天穹の風迅〉と上位の騎士召喚を頼む」
『……〈天穹の風迅〉と〈上位風精召喚ー騎士〉の構築が完了しました。魔法を宣言すれば起動します』
追ってくるドローンとロボットに振り向き魔法を宣言する。宣言を受けた魔法が事前に組まれた構築にそって発動する。
「〈天穹の風迅〉!!」
相手に向けられた手の平から、暴風と共に魔力の本流が打ち出される。ドローンとロボットを巻き込んで爆発を起こす。
「〈上位風精召喚ー騎士〉! 打ち払え!!」
煙幕を超えて向かってくるロボット2機を、呼び出された風の騎士5柱が迎え撃つ。ロボット1機につき、騎士が2柱が対応し、残り1柱が遊撃を担っている。
ロボットは応戦するが、対応しきれずに瞬く間にロボットが倒される。相手を倒して役目を終えた騎士たちは煙のように消えていく。ドローンの追撃がないことを確認して先へ進む。
『次の角を曲がった先が管制室です』
角を曲がり初めに見えた大きな扉を開けようとするがロックが掛かっている。ブリュンヒルデのアクセスも受け付けないため、魔法で扉を壊して中に入る。
管制室の中は明かりがなく暗い。幾つものモニターが設置されているが、何も映っていない。
出入り口の正面、1段高くなった位置に置かれた椅子が艦長の席だろう。立っている場所から1段下がると席が6つある。オペレーター用だろう。
オペレーターの席の1つに近づき、設置されているコンピュータに触れてみる。電源が入っていないのか反応しない。キーボードやその周辺、机の下を覗いて見るが電源らしきものは見当たらない。
「電源が入ってないのは、セキュリティとは別システムだからか?」
『別システムの可能性はありますが、運行上必要な管制システムが稼動していないのは不自然です。恐らくスリープモードにして、アクセスを遮断してるのでしょう』
「介入出来そうか?」
『問題ありません』
そう言うと、ブリュンヒルデの周りに円形の光の帯が3本浮かぶ。介入を始めると部屋に明かりが灯る。
『強制アクセス成功しました。解析に少し時間が掛かるので、護衛をお願いします』
「了解」
入り口を結界で塞ぐ。ドローンやロボットが突入してくるまでの時間稼ぎにはなるだろう。
少しするとロボットの足音が聞こえてきた。それも1機や2機ではない。
5機のロボットが結界で塞がれた入り口の前に集まると、手に魔法の剣を出現させて斬りつけてきた。剣が結界に阻まれ音を立てて跳ね返されるが、何度か繰り返すと動きを止めた。
『結界破壊プログラム起動』
再び剣で結界を攻撃すると結界が切られて砕ける。結界破壊の効果を付加する魔法を使ったようだ。結界が完全に壊れたタイミングで魔法弾を打ち込んで牽制する。
「締めよ、風の紡ぎ手〈旋風の鎖〉」
さらに拘束魔法で動きを止める。部屋に入ってきて陣形を組まれると困る、そう考えているとブリュンヒルデから報告が入る。
『ハッキング完了しました。セキュリティを停止します』
ロボットはわずかに動きを止めた後、その場から去っていった。セキュリティが止まったから、待機場所に戻るのだろう。
「これで一安心だな」
ひとまず安全が確保されたので一息つく。ブリュンヒルデはまだシステムを調べているようだ。
『マスター、【境界の羅針盤】を発見しました』
「それもセキュリティの兵器か?」
『いえ、次元世界の境界領域を移動する時に使われる装置です』
次元世界を渡る船には、次元座標を識別する装置が搭載されている。これには有効範囲があり、離れ過ぎるとエラーを起こして座標を見失う。
しかし【境界の羅針盤】は、どんなに離れても設定された座標を示す。そのため、未知の領域を探索する時に使用される。万が一にも遭難して帰る方向を見失う、という事が避けられる。
『回収を希望します』
重要な装置らしくブリュンヒルデが要求してきた。セキュリティは止まっており安全も確保出来ているので了承する。ブリュンヒルデの案内にしたがって、保管されている区画へ向かう。