管理AI「ロキ」
「ブリュンヒルデ、下に降りるルートは分かるか?」
『申し訳ありません。内部空間を常時変動させている為、正確なルートは断定出来ません』
「ここを壊して降りれないか?」
『術式に異常が出て、予期せぬ災害が起こる可能性があります』
力づくで降りる方法も駄目となると正規ルートを探して辿り着くしか無い。しかし、ルートを常に変えられている為、実質到達は不可能と言える。
「仕方ない。干渉して空白地帯を作るしかないな」
俺は手元に短い杖を出した。この杖には青い宝石が取り付けてあり、水の魔法効果を最大にするための術式を刻んである。
「〈水流変換ー魔道侵蝕〉」
俺自身が持つ風の魔力を水の魔力に変換して、空間を遮断している魔法に浸透させていく。浸透した魔力から、術式と魔力の流れを読み取って少しずつ空白地帯を広げていく。
人が通れる大きさまで広がると、物理的に隔てている窓を壊した。そして、空白地帯を通って【ボトル・プラント】のあるフロアへ降りた。
「ブリュンヒルデ、これ全部回収出来るか?」
『時間は掛かりますが可能です』
ーそれを持っていかれては困りますー
突如としたフロアに誰かの声が響いた。周囲を見回すが人の気配は無く、ロボットも見当たらない。
「何者だ?!」
大声で叫ぶ俺の質問に、謎の声は答えた。
ー私の名は「ロキ」、この世界を管理するAIですー
「管理AI?! この世界にもいたのか?」
『いえ、恐らくは持ち出されたものです。この世界の文明レベルとは開きがありすぎます』
ー私は管理AI「オーディン」を元にして作られました。この世界を管理するためにー
「それは"やりすぎ"だ。外の世界に手を出すべきでは無い!」
ーそれは、あなたの都合でしょう? 私は私の生存理由として世界を管理しますー
ロキか言い終わると、俺の周りの景色が歪み始める。
(空間が歪んでる?!)
その場から移動して歪んだ空間から脱出するが、再び周囲の景色が歪み始めた。俺は空間の歪みに捕らわれない様に走り出した。
「ブリュンヒルデ、システムの方はどうなってる?」
『ロキから激しい抵抗にあっています』
「ロキの相手は任せる。必ずねじ伏せろ!」
『了解!』
ロキの相手はブリュンヒルデにしか出来ない。俺がこのフロアを動き回っていれば下手な攻撃は出来ない。ブリュンヒルデが制圧するまで時間を稼ぐ。
空中に大量の魔法陣が現れてムスペルの軍団が現れた。ムスペルの軍団は攻撃魔法を使わず、飛び回ったり、走って追いかけてくる。
「鬼ごっこだな」
こちらも強化魔法を使って逃げ回っていると、ムスペルの軍団が魔法を使い始めた。それは攻撃魔法では無く、捕縛や拘束の魔法だった。ムスペルが記録している魔法を書き換えた様だ。
『申し訳ありません。ロキが管理AI「シギュン」を起動させました。制圧にはかなりの時間が必要です』
シギュンはロキをサポートする為に作られた管理AIとの事で、性能もほぼ同じだそうだ。
「制圧は可能なのか?」
『スペック上では可能ではありますが、排熱が追いつきません。クールタイムを設けながらですので、時間が掛かります』
「その熱、こっちに回せるか?」
『可能ですが、高温のため肉体損傷の恐れがあります』
「大丈夫だ。排熱を回してくれ」
手元の青い宝石が付いた短い杖を、赤い宝石が付いた短剣に持ち替える。この短剣は火の魔法効果を高める特性がある。
ブリュンヒルデから放出された高温の排熱を短剣を通して魔力に還元する。還元効率は悪いが、大量の排熱を処理する点に置いては好都合だ。
還元した魔力で〈旋風の鎖〉を起動させてムスペルの軍団の動きを妨害していく。
「まだ余裕はあるが、そっちはどうだ?」
『高温帯で維持されています。排熱の放出量を上げます』
ブリュンヒルデからの放熱がさらに強くなったので、魔力還元の出力も上げていく。使う魔法も火系の〈燃える黒縄〉に変えて排熱のエネルギーを消費して行く。
火系の魔法は得意では無いので運用効率は風系より落ちる。しかし、効率が悪いほど大量の排熱を処理出来る事になる。
◇
どれだけ逃げ回っていただろう。ブリュンヒルデが管理AIのロキとシギュンを相手にシステムの権限を巡って争っている。放出される排熱は増える一方で、ブリュンヒルデからの反応な無い。
ムスペルの軍団も変わらず追いかけてくる。変わらない状況の中で次の手を考えていると、天井が爆発した。
『お待たせしました。ロキおよびシギュンの制圧に成功しました。しかし、制圧の直前にシステムの大半を切り離されました』
「手が出せないって事か?」
『はい。処理するには1体すつ対応していく必要があります』
「【ボトル・プラント】の回収は出来そうか?」
『そちらは順次、回収しております。しかし、内部データを破壊するウイルスを使用されたので施設のみの回収になります』
申し訳ない、と誤ってきたが文句はない。ブリュンヒルデには回収作業に集中してもらい、俺はムスペルの軍団を牽制しながら注意を引く事にした。
『【ボトル・プラント】の回収、全て完了しました』
「脱出するぞ!」
スクルドに渡してあるマーカーに向かって転移しようと魔法を起動させるが、転移出来なかった。魔法は問題なく起動している。恐らく、転移魔法を妨害する魔法なり装置が働いているのだろう。
ー逃がしません。このまま私たちと共に滅びて貰いますー
ロキの声が響く。どうやら自身のコピーを予め作成していた様だが、本体程の性能は無いらしい。
『先程の攻防でシステム機器がオーバーヒートしています。現状、オリジナルと同等の性能を出すのは不可能です』
航行艦に施された空間拡張の魔法はロキとは関係ない様で、今でも機能している。広い空間を飛びながら出口を探す。
『脱出ルートを確認しました。誘導を開始します』
ブリュンヒルデが脱出ルートを見つけてくれたので、誘導に従って飛び続ける。
『正面の壁が外との境界になります』
壁に取り付くと、短剣を短杖に持ち替えて水の魔力を放出する。空間拡張と結界に干渉して空白地帯を作ると、壁を魔法で壊して脱出した。
「マジか?!」
外に出て驚愕した。黒い斑点が空間に浮かんでいるのだ。それは魔法ではなく、空間そのものが消失している事を意味する。
「この空間ごと消し去る気が?!」
航行艦の外に出ても転移魔法は使えないままだ。残る脱出手段は1つ、最初に入ってきた転移ルートだ。
空間に浮かぶ斑点が増える中、それらを避けながら出口を目指す。斑点に飲み込まれたらどうなるか分からない。異世界に飛ばされるのか、次元の狭間に落とされるのか。生きて帰れる可能性は非常に低いだろう。
出口に繋がる通路を入った所で、突然右足に激痛が走る。見れば右膝から下が無くなっており、血を流していた。
「空間の消失に巻き込まれたか?!」
即座に足を再生させて飛び続ける。出口が見えた瞬間、目の前の空間が砕けた。
「?!」
慌てて軌道をずらして回避する。その時、航行艦のある空間が目に入ったが、真っ暗で何も見えなかった。
「ブリュンヒルデ!!」
『転移式を起動します』
出口となる空間に魔法陣が出現して元の世界へと繋がった。魔法の出力を上げて魔法陣に飛び込んだ。
「間に合ったな」
『お疲れ様でした』
飛び出した先はヘルグリンドの上空だった。暫く魔法陣を観察していたが、空間の消失はこちらまで影響しない様だった。
魔法陣は浮かんでいるが転移式は起動しない。あの空間は完全に失われた様だ。
「オーディンに報告しておくか」
ブリュンヒルデに頼んでオーディンに繋いで貰い、事の経緯を報告した。【ボトル・プラント】は保管用の航行艦に乗り切らないので、オーディンが指定する座標へ送る事になった。
「報告も終わったし、王都に戻るか」
◇
「ただいま」
王都にある地下道に入ってグローアが使っているスペースに向かうと、イザベラやグローア達がいた。声を掛けると集まって来た。
「お帰りなさい。ご無事で何よりです」
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
グローア達にヘルグリンドで起こった事を話したら、口を押さえて顔を引き攣らせていた。手出し出来ない領域からの侵略は絶望以外の何物でも無いからな。
「その異空間が消えたとして、こちら側に影響は無いのでしょうか?」
「暫く観察したが影響は無さそうだった。恐らく問題ないだろう」
「これで敵の増加は無くなった。後は、残った相手を殲滅すれば復興に向けて動けるな」
「しかし、私達に倒す術はありません。もう少し、力を貸して頂けませんか?」
「それは良いが、俺1人で倒して回るには限界がある。どれくらいの時間が掛かるかも分からない」
「そうですね……」
「少し対策を考えてみるよ」
そう伝えてイザベラと共に借りているスペースに戻った。お湯を沸かし、一息入れた所で対策を考えてみる。”船”は異空間と共に消失し、【ボトル・プラント】は全て回収したので増援は無い。倒して回るのは時間が掛かりすぎる。
「現地の騎士や冒険者達が倒してくれるのは一番良いんだが……」
『武器を配るのは危険です』
「だよな……。なら、神を作るか」
「神様って作れるの?」
「物語に出てくる神様の様に何でも出来る訳じゃないけどな」
必要なのは全能の神ではなく”国を守る守護神”だ。ブリュンヒルデの収納スペースから杖を1本取り出した。この杖は普段使っている杖の予備として作成した物だ。念の為と思って持ってきたが使っていないので構わないだろう。
この杖には緑色の宝石が取り付けてあって、風の魔法と適合するように調整してある。この杖を媒体にして〈精霊召喚〉を行う。呼び降ろすのは最高位の〈精霊王〉である。
「室内でやるのはマズいな。外に出よう」
グローアのスペースには、グローア達がいた。外に出ると伝えると心配されたので対策を思いついた事を伝えると一緒に行きたいと言い出した。
「駄目でしょうか?」
「ふむ……、いや来てもらう」
むしろ都合が良いかも知れない。呼び出した精霊王に主を登録する必要がある。その時にグローアがいれば手間が省けるだろう。
地下道から外へ出て、広いスペースへ移動する。グローアに伝えると案内してくれた。
「それじゃ、始めるぞ。〈風精霊王召喚〉!」
飛ばされそうな程の強い風が嵐となって吹き荒れる。その中心では、設置された杖に魔力が集まり、1つの存在を形作っていく。辛うじて人の形と分かるそれは、薄い緑色の結晶の体を持っていた。背中には翼と思われる物が付いている。
俺は精霊王に”リョクスイキン”で出来た剣を渡すとグローアを呼んだ。
「グローア、血を分けて欲しい」
「分かりました。ですが、どうやって……」
「指を少し切らせてもらうよ」
グローアの親指を風の魔法で少しだけ切ると、わずかに血が流れ出した。グローアを精霊王に近寄らせると、足元に魔法陣を展開した。
「今ここに、精霊の王たる汝と血の契約を結ばん、〈契約執行〉!」
足元の魔法陣が光り、精霊王とグローアが光に包まれる。光が消えると、精霊王の姿は消え杖だけが残った。
「これで精霊王との契約は完了だ。あとは杖を使って呼び出せば、ムスペルの軍団を倒してくれる」
「本当ですか?!」
「そうだな……、湖に落ちたムニンで試してみよう」
都合よくムスペルと遭遇する事は無いので、湖に落ちたムニンの元に向かった。
「杖を持った状態で呼び出せば応えてくれる」
「どうやって呼び出せば良いのですか?」
「精霊王召喚、と言えば良いよ」
「分かりました。〈精霊王召喚〉!」
グローアの声に従って暴風が吹き荒れ、先程と同じ精霊王が剣を握って現れる。
「呼べました!!」
「次は命令してみよう」
「はい! それでは……あのゴーレムを攻撃して下さい!」
精霊王はグローアの命令に従ってムニンを攻撃し始めた。激しく荒々しい斬撃がムニンの外装を切り刻んでいる。
「ええっと、そこまでです!」
グローアが止めると、精霊王は攻撃を止めてグローアの元に戻ってきた。攻撃していた時の激しさは無く、静かに佇んでいる。
「ええっと、帰ってもらうにはどうしたら?」
「帰るように命令したら良い」
「では、ご苦労さまです。帰って良いですよ」
精霊王は姿を消すと、わずかな風が吹いた。精霊王を呼び出してからの一連の動きに騎士達は何度も驚いていた。
「私、魔力は少ないのですが精霊王を呼び出す魔力はどこから用意してるのですか?」
「杖に蓄えられている魔力を使ってる。その杖には周囲の魔力を吸収して蓄える力がある。だから、持ち主の魔力は関係ないよ」
「そうなんですね」
「さっきの血の契約をやり直せば、杖を継承させる事も出来る。その時は双方の承諾が必要だから注意してくれ」
「わかりました」
グローアも杖を使うには問題ない様なので王都に戻った。その後は精霊王の特性や出来る事、出来ない事などの説明をした。
◇
翌日、王都の外周にムスペルが現れたので、グローアに倒して貰った。呼び出された精霊王は、その手に持つ剣でムスペルの胴体を両断した。高速で動き回るムスペルを相手に、遅れる事なく立ち回って倒した事に騎士達は感嘆の声を上げていた。
これでグローアは王女として、国の復興に向けて動けるだろう。王女が直々に国敵を排除すれば民衆の指示を得られ、求心力も高まるだろう。それに、精霊王の力は他国への牽制にもなる。
杖を渡して3日が経った。俺達は旅の支度を整えてグローア達に挨拶に来た。
「それじゃ、俺達は行くよ」
「はい、お世話になりました」
「世話になったのはこっちだ。食料も分けて貰ったしな」
「そんな事はありません。我が国の民を苦しめていた原因を取り除いてくれただけでなく、この様な力まで与えて頂いて感謝しきれません」
俺は、それ以上何も言わずに感謝の言葉を受け取った。
「行こうか」
「うん」
俺達は王都を後にした。途中、道を逸れて人気の無い所へ行くとブリュンヒルデに質問した。
「航行艦が避難民を連れて脱出したのは数百年前だろ? なのに、100年前だったり50年前に別の世界についてるんだ?」
『可能性は2つあります。1つは、そのタイミングまで次元の境界を彷徨っていた事。もう1つは航行中のトラブルによって時間軸に影響が出た事です』
「調べようにも、前の世界でも、この世界でも航行艦は調べられなかったからな」
次の世界では、どんなトラブルに巻き込まれるのか。そう考えながらイザベラを抱えあげるとブリュンヒルデが次元転移の魔法を起動した。
◇
ハヅキ達が離れてから1年が経過した。
ユーダリルでは魔法を使う騎士の部隊、「魔法騎士団」が組まれていた。アグネの指導の元、魔法を使えるようになった騎士が国を守っていた。また、平民でも素養がある者を積極的に雇い上げた。
そのお陰もあって国内では魔法が一気に普及して、周辺国を圧倒するほどの魔法使いを保有するまでに至った。
アディルスは初の魔法騎士として前線で活躍していた。アグネの指導も良かったのだろうが、魔法の才覚にも恵まれていたようだった。
火系の魔法を中心に剣で攻めるスタイルは「炎剣」の二つ名で呼ばれるようになった。
一方、イェロヴェリルでは金属ゴーレムの殲滅が続けられていた。王女グローアが率いる騎士団がゴーレムを追いたて、グローアが従える精霊王が討伐する形で戦略が組み上がっていた。
国民からの支持は凄まじく、他国の支援を受けながら国を再興していった。また、子供を出産しており王族の血を繋いでいった。
その子供は、太陽の様に光輝いていたと噂される。その髪は光を集めたかの様なプラチナブロンドであり、その瞳は宝石の様に輝くグリーンゴールドであったという。