ヘルグリンド
王都を後にした俺達は北にあるというヘルグリンドの街へ向けて移動を続けていた。街道を抜けた先にある廃墟の群れ、ヘルグリンドの街に到着した。
「ここがヘルグリンドの街か」
街に人の気配はなく、ムスペル達も見当たらない。大きい廃墟を選んで中に入り休息を取る。休憩中に〈下位風精〉を呼び出して周りを探索させたが何も見つからない。
「本当に何も無いな。これまでは何かしらいたが、残ってるのは廃墟だけだ」
ブリュンヒルデのレーダーにも反応は無かった。手掛かり無しかと諦め掛けた時、ブリュンヒルデから報告があった。
『上空にアンノウン多数出現。……確認しました、スレイプニルと判断』
空からスレイプニルが何体も降って来た。スレイプニルは地面に着地すると少し動いた後、勢い良くどこかへ走り去って行った。
上空を確認しても何も見えなかった。しかし、スレイプニルは空から降って来た。別個体のムニンがいるのか、それとも"船"がそこにあるのか。
「確認してみるか」
魔法で飛び上がり探索を始める。昇りながら探索していると、雲の中で魔法の痕跡を見つけた。魔力も残っているので、魔法を使ったばかりだと考えられる。
「ブリュンヒルデ、スクルド解析出来るか?」
『『転移魔法の痕跡を確認しました。ルートを逆算します』』
ブリュンヒルデとスクルドの両方が同じ解析結果を出したなら、さっきのスレイプニルはここから転移魔法で落とされたのだろう。
『『解析完了。転移ルートを開きます』』
正面に球体の魔法陣が浮かび、その中に円形の魔法陣が現れた。円形の魔法陣を通った先には、異空間に魔法で作られた巨大な通路だった。
ー警告! 警告! 侵入者を確認! 排除します!ー
セキュリティに引っ掛かった様で、魔法による攻撃が飛んできた。障壁で防ぎ、魔法で相殺し、機動で躱しながら通路を抜けると広大な空間の真ん中に船が浮かんでいた。
「あれは?! 時空航行艦?!」
『魔力反応多数、注意してください!』
無数の魔法陣が浮かび、そこからムスペル達が現れた。中には巨大な個体も混ざっている。恐らくスルトと呼ばれている個体だろう。
「数が多すぎるな、一度引くぞ」
『強制帰還を実行』
ブリュンヒルデの魔法で空間の外に出て、開いていた入口を閉じる。ムスペルの軍団も外までは追って来ない様だ。
「ブリュンヒルデ、もう一回あの場所へ転移出来るか?」
『可能です。転移しますか?』
「いや、少し準備をしよう」
俺達は地上に降りて状況の確認を始めた。セキュリティは生きており、ムスペルとスルトの軍団が召喚された。通路には魔法攻撃による迎撃体勢が取られている。
「今回はすぐ引いたから襲われなかったけど、まだ何かありそうだな」
恐らく航行艦の内部にも迎撃用の機構が用意されているはずだ。ジャミングプログラムも対処されている事を考えると、搭載されているシステムAIは相当に性能が良いのだろう。
近づいてくれれば剣や槍で切れるが、離れられると一方的に攻撃される事になる。魔力も回復し切っていない状況で飛び込むのはリスクが高すぎる。
「一度、王都に戻ろう」
◇
「何者だ?!」
「俺だ、驚かせてすまない」
警戒していた騎士も俺達の姿を確認すると警戒を解いた。その後、グローアのスペースへ案内された。
「ヘルグリンドで何か見つかりましたか?」
「"船"を見つけたけど警戒が強すぎて戻って来た」
「また行かれるのですか?」
「準備が出来たらな」
改めて地下道のスペースを借りて休息を取る。空いた場所に手持ちの魔法具を広げて行く。
「さすがに魔法が効かない相手に使える魔法具は少ないな」
チラリとイザベラを見る。あの軍勢を相手にイザベラを守りながら戦い抜ける保証は出来ない。やはり、置いて行くしか無い。
「イザベラ、すまんが今回は留守番だ」
「え?!」
悲しそうな顔になるイザベラに守り切れないと説明する。説明中は黙って聞いていた。
「……分かった」
もっと嫌がるかと思ったが、素直に聞いてくれて助かった。帰って来たら新しい魔法を教えてやろうと思う。
それからは突入の準備を進めていった。イザベラに手伝って貰いながら、依代となる人形を作った。これにはグローア達も興味を持ったので参加してもらった。
他にも、魔力を回復させる魔法薬を作成したり、杖に余剰分の魔力を貯めていった。
「イザベラにこれを渡しておく」
「ヒモ?」
「見た目はヒモだけど、実際は精霊の力を封じる鎖だ。持っておいてくれ」
「分かった」
このヒモは万が一の備えだ。使わない方が良いのだが必要になる気がしている。
◇
王都に戻ってきて5日が経った。魔力も回復したし、杖に蓄えられる魔力も一杯になった。依代と魔法薬も用意した。武器や杖の手入れも十分。
「それじゃ、行ってくるよ」
「お気をつけて」
「イザベラ、いってきます」
「……いってらっしゃい」
地下道を出てヘルグリンドに向かって飛んでいく途中で、脇にそれる。人気が無いことを確認して”船”のある異空間の通路へ転移した。
通路に出ると迎撃用の魔法が飛んでくる。イザベラが留守番してる分、思いっきり動けるので高速機動で躱しながら杖で叩き落としていく。
通路を抜けて時空航行艦のある空間まで来ると、ムスペルとスルトの軍団が待ち構えていた。ムスペル達はゆっくりと速度を上げながら向かって来る。
杖から槍に持ち替えて近い相手から切り払う。数体落とした所でムスペル達に速度が乗り、高速機動に切り替わった。
魔法攻撃を絡めながらヒット&アウェイで攻めて来るムスペル達に手を焼きながら1体ずつ倒していく。
俺が航行艦に向かおうとすればムスペル達は多く集まって来るので、航行艦との距離を調整しながら戦う。
「まだ増えるのか?!」
数が減ってきたと思ったが甘く無いらしい。多数の魔法陣から追加の戦力が現れた。しかも、ルービラまで追加されている。
ルービラ自体は脅威では無いが、乱戦の中で飛び回られるのは鬱陶しい。ブリュンヒルデのジャミングプログラムも起動させているが、すぐに処理されるので効果が薄い。
「無理矢理でも中に入った方が良さそうだ」
ブリュンヒルデにジャミングプログラムの運用を停止してもらい、航行艦の入口を開けてもらう。
『システムへ干渉、入口を解放します』
権限の奪い合いは勝った様で入口が開いた。俺が入口へ飛び込んだ瞬間、入口が閉じてムスペル達が入って来れない様になった。権限を取り返されたそうだがタイミング良く閉まってくれたので良しとする。
「想像以上だな、最初の依頼で入った航行艦より広そうだ」
『【ボトル・プラント】の術式を航行艦全体に施していると思われます』
「どんだけコスト掛けるんだよ」
空間拡張の魔法は、広くなるほど魔力効率が落ちる。それは【ボトル・プラント】でも同じだ。小さい瓶という区切られた空間だからこそ可能なのだ。それでも、かなりのコストが掛かったと記憶している。
航行艦は出入口という外と繋がる領域がある。これがある場合、難易度とコストは大きく跳ね上がる。それこそ軍事国家の秘蔵艦でも無い限り運用に見合わない。
「どこかの軍事国家が原因か?」
『コスト面から考えるなら可能性はあります』
軍事国家は独裁色が強くなる。それ自体に善悪は無いが、他国に強いれば反発は必至。
「この国には心から同情するよ」
航行艦の中を走りながら呟いていると床に大量の魔法陣が現れた。その魔法陣からはムスペルの軍団が現れ、襲い掛かって来た。
「外の奴を呼び戻したのか?!」
『4連起動〈輝く縛鎖〉』
輝く光の帯がムスペル達を縛り上げる。いくら魔法耐性が高くても連続起動であれば隙が出来る。僅か数秒であっても、この状況では致命的だ。
「〈風迅の衣〉最大出力!」
最大最速の高速機動で動き出す前に斬り払っていく。拘束を破った個体がいたが反撃する前に両断した。
『お見事です』
現れたムスペルの全てを倒し、強化魔法を維持したまま突き進んで行くと大広間に出た。どうやら空間拡張だけでなく、内部空間をかなり歪めている様だ。
「何だあれ、狼か? っ?!」
逸足で距離を詰めて来た白い狼の牙を躱すが、背後で魔法の気配が強くなりその場から離れる。
俺がいたその場に強力な魔法が叩き込まれる。その原因は黒い狼だった。距離を取るため離れようとするが、2匹の狼は高い機動力で常に俺を挟む様に位置とって攻撃して来る。
牙と爪で攻め立てる白い狼と、強力な魔法を使う黒い狼。2体とも動きが速いので、こちらの攻撃は躱される。
魔法を使う黒い狼にターゲットを絞って魔法戦を仕掛ける。〈風の弾丸〉で弾幕を張り、本命を叩き込む。
「〈天穹の風迅〉!!」
轟音と暴風が吹き荒れる中、黒い狼は悠然と立っていた。この狼もムスペル達と同じ様に魔法耐性が高いようだ。黒い狼がその場で大きく吠えると視界が歪み、強い目眩に襲われてその場に倒れた。
「精神……攻撃か?!」
目眩と耳鳴りが酷くなってきた。魔法を使おうにも上手く起動出来ない。迫ってくる白い狼の攻撃を辛うじて避ける事に成功するが、立ち上がれずにいた。
『聴覚遮断、神経機能の回復を実行』
目眩と耳鳴りはするが、少し落ち着いた。耳鳴り以外の音が消えて魔法も使えるようになった。魔法でブリュンヒルデに話しかけながら、自身に回復魔法を掛ける。
(助かった、ありがとう)
(聴覚遮断と機能回復の魔法を実行中です。音が知覚出来ないため、周囲の状況に注意してください)
相手の動きは気配で分かる上に魔力も知覚出来るので戦闘に支障は無い。攻撃を避けながら回復を待っていると痺れを切らした様で大技が目立つようになって来た。
(隙が出てきたな。仕留めるぞ!)
(しかし、機動力と魔法耐性は相手が上回っております)
(相手より速く、耐性を超える魔法を使えば良い)
槍を杖に持ち替えて、魔力と自身の中にある”精霊の力”を開放する。
「〈精霊深化〉!!」
開放された魔力が暴風となって吹き荒れ、精霊の性質が自身の体を侵食していく。精霊の力を開放すると、精霊が持つ”性質”を得られるようになる。しかし、長時間の使用は自我を失うリスクがある。
「〈風具風〉!」
暴風の流れに乗って黒い狼との距離を詰めると魔法を〈連続起動〉させた。
「12連起動〈烈風の剣〉」
生成された12本の風の魔法剣が、黒い狼に突き刺さる。吹き荒れる暴風を抜けて走り抜ける黒い狼には亀裂が入っていた。
黒い狼を追いかける俺の後ろを白い狼が追走する。〈縮地〉で白い狼との距離を詰めて右手で頭を掴むと、左手で魔法を起動させる。
「〈天を砕く槍〉!」
左手の平に鋭い棒状の武器が出現すると、白い狼に向けて放った。轟音と共に暴風の中を2つの影が飛んでいった。それは、胴体を撃ち砕かれて上下に分かれた白い狼だった。
黒い狼が放った大魔法を、腕の一振りでかき消すと〈風の弾丸〉を放った。この魔法は初級の魔法ではあるが拡張性が非常に高い。本人の魔力次第で弾数を増やせる上に、誘導もつけられる。初級魔法なので反動もほぼ無い。
無数の弾丸が降り注ぎ、黒い狼を追い立てていく。〈風具風〉による超高速起動で黒い狼の先に回ると、狼の頭目掛けて杖を振り下ろした。
「〈暴風の神剣〉!」
杖は黒い狼の頭を砕き、床を割る程の威力をみせた。2体の狼を倒して追加の敵がいないことを確認すると”精霊化”を解いた。解いた瞬間から一気に疲労感と倦怠感が押し寄せてきた。
狼の残骸を確認すると中身は完全にロボットだった。ムスペル達と違う理由があるのだろうか、と考えたが分からなかった。
残骸をオーディンに転送すると先へ進んだ。大広間を抜けて通路を進むと【ボトル・プラント】を見下ろせる部屋に着いた。
「これ、全部そうか?!」
『間違いありません。【ボトル・プラント】です』
眼下には大量の【ボトル・プラント】が設置されていた。軽く数えただけで50はある。それの全てが兵器の生産に当てられていると考えると恐ろしくなった。




