船を探して
翌日、ムニンを探して空高く飛び上がったが何も見つからなかった。俺とブリュンヒルデの両方で探索しても魔法の痕跡すら残っていなかった。
「姿を消した後、転移せずにそのまま移動した感じだな」
『その可能性が高いと思われます』
地上へ降りて地下道へ戻るとイザベラが起きていた。
「おはよう」
「おはよう、どこ……行ってたの?」
「雲の上まで昇ってムニンを探してたけと、手がかりも見つからなかったよ」
「そう……」
何か様子がおかしい。一緒に連れて行かなかったから拗ねてるのか。朝食の後に魔法の練習をしようと提案したら機嫌が直った様に思う。
「ハヅキ殿、朝食の準備が出来ました」
「ありがとう、行かせて貰うよ」
騎士に呼ばれて朝食を貰いに行った。メニューは干し肉のスープだ。中には小麦を練った物が入っている。
「ごちそうさま」
お礼を言って器を返した。その足で外に出ると、イザベラの魔法練習を始めた。〈風の弾丸〉を連発しても息切れしなくなって来た。
そろそろ模擬戦をしても良いかもしれない。そんな事を考えていると、グローアが騎士達と一緒に外に出て来た。
「おはようございます、魔法の練習ですか?」
「ああ、そろそろ模擬戦でもさせようかと思ってる」
「優秀なんですね」
「どうだろうな……」
「違うんですか?」
「何を持って優秀とするかは人によって違うだろう?」
イザベラが使える魔法は、〈風の弾丸〉と〈風迅の衣〉の2つだけ。これで模擬戦は早いと言われるかもしれない。
それにイザベラは実践に対して知識が追いついていない。先に知識を、と言われれば納得も出来る。詰まる所、周りが判断する"優秀さ"よりも本人の習得ペースに合わせるのが一番良いのだろう。
「騎士を1人、借りて良いか?」
「模擬戦のお相手に、ですか?」
「ああ」
「分かりました」
グローアが了承してくれたので、騎士の1人と模擬戦をする事になった。騎士側は鎧は着ているが武器を持っていない。対してイザベラは杖の形状にしたスクルドを持っている。
「それじゃ、用意は良いか?」
「はい」
「うん」
「……始め!」
俺が合図をした瞬間、騎士はイザベラを掴みに掛かった。それを躱して呪文を詠唱する。それに対して、すかさず再度タックルを仕掛ける騎士。イザベラは騎士のタックルを避けるたびに詠唱が中断される。
魔法のイメージが崩れなければ詠唱を中断しても、途中から再開出来る。けれど、イザベラは経験が無いから正確なイメージを維持出来ない。
スクルドが代わりに起動させても良いが、将来的には〈連立起動〉や〈多重起動〉も出来る様になって欲しい。そのため、スクルドには待ったを掛けてある。
最終的にはイザベラの体力切れで決着が付いた。イザベラにとっては課題の多い結果になったが、これから1つずつ乗り越えて行けば良い。
「大丈夫か?」
「う、うん」
魔法で水を出すと、手で掬って飲み始めた。まだ、肩で息をしているが水を飲んだ事で落ち着いた様だ。
「戦ってみてどうだった?」
「魔法……使えなかった」
「じゃあ、どうしたら魔法が使えると思う?」
「うーんと……」
イザベラが悩んでいると急に空が陰った。空を見上げてみるとムニンが現れており、ゆっくりと降下している様に感じられた。
「地下道に戻れ!!」
すぐさま、騎士達がグローアを連れて地下道へ降りて行った。イザベラも地下道に連れて下ろすと、俺だけ地上に戻った。そして、入口を閉めて魔法で開かないように固定した。
「?! ハヅキ!!」
「イザベラの事、頼んだぞ」
グローア達にイザベラを任せて、俺はムニンに向かって飛んだ。ムニンは底板を開けて大量の何かを落とした。
「何かを落とした?! ……あれは、ムスペルか?!」
ムニンは大量のムスペルをばら撒いたのだ。落下するムスペルは体制を整えて飛行魔法を起動させると、俺めがけて向かって来た。
落下しながら攻撃してくるムスペルを躱すが、落ちていったムスペルが軌道を変えて飛んで戻って来る。
『〈隔てる光〉』
「すまん、助かった」
下から来た攻撃をブリュンヒルデが防ぐ。続けて迫ってくるムスペルを魔法で牽制しながら飛び回る。
「地上に降りてる個体はいるか?」
『いいえ、全て空中にいます』
「なら、全て叩き落とす。手伝ってくれ!」
『了解』
オーディンが用意してくれた剣を片手に飛びながらムスペルとの距離を少しずつ詰めていく。隙をみて攻撃を躱し、即座に詰め寄ると斜めに切り払った。両断されたたムスペルは、そのまま地上へ落ちていった。
『〈光の弾丸ー誘導〉!』
視界を覆うほどの〈光の弾丸〉が飛び回るムスペルに向かって飛んで行く。ムスペルが移動すると、それを応用に〈光の弾丸〉も軌道を変える。
飛び回って躱そうとするムスペルに隙が出来る。高速飛行と〈縮地〉を使ってムスペルを切り払っていく。魔法耐性を盾に突っ込んで来る個体も、全方位からの攻撃を受けると動きが止まるので隙を逃さず攻撃していく。
「〈雷天覇道〉!」
これは2発の雷を使って対象に向けて”雷速で落下"する魔法だ。1発目で道を作り、2発目で自身を落下させる捨て身の攻撃。タイミングを合わせて剣を振り抜く事で、圧倒的な速さでの攻撃が可能になる。
ブリュンヒルデと連携しながら、〈光の弾丸〉による誘導と高速機動で確実に1体ずつ倒していく。
ムスペルの数が減って攻撃が緩くなって来た所で、ムニンを飛び越えて上部に着地した。当然の様に追って来たムスペルもムニンに着地した。
走って来るムスペルが一定の範囲内に入ると、ブリュンヒルデのトラップが起動する。踏んだ相手の動きを止める設置型の魔法、〈絡まる印〉だ。
魔法の鎖で動きが止まったムスペルを”魔法の上から”切って行く。さすがは最高峰の金属で作られた魔法剣、風の魔法と相まって想像以上の切れ味だ。
「ブリュンヒルデ!」
『システムにアクセス、妨害されました。ファイア・ウォールの解析を開始します』
ブリュンヒルデがシステムへの介入を始めた。俺はムスペルの相手をしながら次の行動を考える。
「システムの解析は任せるとして、俺はどうするか……」
時間が経てばブリュンヒルデが解析してハッキングしてくれるだろうと考え、それまでの間はムニンの中を調べる事にした。
剣で外装を切り開けて侵入する。中には多数のムスペルとスレイプニルが設置されていた。
「輸送も兼ねてるのか」
今はブリュンヒルデの介入にムニンのシステムが集中しているので、設置されたロボット達は動かせないと思いたい。作業員用の通路を通って奥へ進んでいく。中で得た情報を記録するためスクルドに魔法で連絡する。
(スクルド、聞こえるか?)
(はい、問題なく聞こえております)
イザベラ達の状況を聞くと、大きなトラブルや被害は出ていないそうだ。小さなトラブルとして、イザベラが不安がって泣き出したのでグローアがなだめてくれた事だ。
(ムニンの内部情報を送るから記録しておいてくれ。ブリュンヒルデはシステム解析に集中させたいからな)
(了解)
スクルドと視覚を共有して、俺が見た情報を送れる様にした。内部の探索を進めると、中心部と思われる場所に巨大な瓶が3つ、横にして設置されていた。
(【ボトル・プラント】と思われる装置を発見した)
(確認しました。オーディンからの情報と形状が一致します)
(どうすれば止められる?)
(一番安全なのはブリュンヒルデによるハッキングです)
(分かった)
地上への攻撃が止まっているので、可能であればこのまま安全に止めたい。ブリュンヒルデの解析が完了するのを待つ事にした。
待っている間に【ボトル・プラント】を観察する。どうやら1つが製造工場で、2つが資材倉庫の様だ。そして工場の稼働が止まった。
『【ボトル・プラント】を停止させました。続けてメインシステムの解析を開始します』
ブリュンヒルデが止めた様だ。その少し後、ムニンが揺れて落下を始めた。
「ブリュンヒルデ、落ちてないか?」
『ムニンのシステムが航空制御関係のシステムを全て破壊しました』
「修復は?!」
『間に合いません』
俺は外に出るとムニンの側面に張り付き、魔力を最大出力で放出した。吹き出す魔力は暴風となってムニンを動かした。
このまま落下すれば地下道の避難民ごと潰れてしまう。落下は止められなくても、落下地点は変えられる。
「はぁああっ!!」
斜めに落ちていくムニンは王都を逸れて、近くにあった巨大な湖に落下した。黒く汚れた湖の水は、満水時の半分程しか無かったので溢れる事はなかった。
安全な場所に落下したのを確認しながら、フラフラと地上に降りた。
「これは、暫く動けないな」
◇
地上の安全を確認しながら地下道へ戻った。危うく階段から落ちそうなったのを騎士が支えてくれた。
「とても大きな音がしましたが、大丈夫ですか?!」
「大丈夫、魔力を使い過ぎただけだ」
空を飛んでいたムニンが、近くの湖に落ちた事を伝えた。中身を壊したから、新手が出てくる事がない事も伝えた。
「分かりました」
グローアのスペースまで来ると、ベッドで眠っているイザベラが目に入った。どうやら泣き疲れて眠った様だ。
「貴方の事、随分と心配してたんですよ。ハヅキはこのベッドで休んでください」
「けど……」
「構いませんよ。今は一緒に寝てあげてください」
「ありがとう」
そう言ってグローアは他の空きスペースへ向かって行った。
「ただいま」
眠ってるイザベラに声を掛けてから、体を横にして眠りについた。
◇
目が覚めると、イザベラはまだ眠ったままだった。しかし、俺が体を起こすとイザベラも起きた。
「おはよう。心配かけてごめんな」
「うん……、おはよう」
俺の謝罪を受け取って貰えた様だ。倦怠感の残る体をベッドから離すと、騎士の1人が声を掛けて来た。
「おはようございます。体調はいかがですか?」
「おはよう。体はまだ重たいけど動けるよ」
「でしたら姫様を呼んで参ります。少々お待ちください」
騎士が戻ると、グローア達を連れて戻って来た。
「お疲れの所、申し訳ありません。ムニンを落としたと伺いましたので、お話を聞かせて頂けますか?」
俺はグローア達にムニンとの戦いの事を話した。当然、【ボトル・プラント】の事は秘密である。
「ムニンの中に、それ程のゴーレムがいたなんて?!」
グローア達の顔は蒼白になっている。ムニンに搭載された戦力の全てが自分達に向いた事を想像したのだろう。
「ムニンは止めたから動かないはずだ、安心して良い」
「本当ですか?!」
ブリュンヒルデがシステムのハッキングを済ませてあるからムスペルやスレイプニルは動かない。【ボトル・プラント】も回収したから戦力の追加も無い。
しかし、問題もある。航空制御関係のシステムをムニン自身が破壊した時に"船"に関する情報も壊されたのだ。
そのため、原因である"船"の場所は分からないままだ。このまま場当たり的な対処を繰り返していても根本的な解決にはならない。いずれ、こちら側の体力が尽きて殲滅されてしまう。
「どうされました?」
「すまん、これからの事を考えていた」
「これから、ですか?」
「"船"を何とかしない限り解決はしない。けど、手掛かりは今の所ない。どうやって探したものか、と思ってな」
俺が困っているとグローアが昔話をしてくれた。
「幼い時の記憶なので曖昧ですが、"変わった服を着た集団"が北の森から現れた。という話を聞いた事があります。そして、騎士団や魔法士団を派遣するのも北でした」
魔法士団というのは国に使える魔導師達の事の様だ。そして、最初にロボットが暴れたのも北の街との事だ。
「王都から北には山脈が伸びていて、その麓にヘルグリンドという街がありました。最初に金属ゴーレムが現れたのは、その街です」
「分かった、ありがとう」
「……すぐに出られるのですか?」
「そうだな、明日の朝にでも出ようと思う」
「分かりました」




