王都
ナーストレンドに戻って来た俺達はアグネの拠点を借りて1泊した後、西にある王都に向けて移動を始めた。
飛行魔法を使って街道沿いに飛んでいると、大きな街が見えて来た。中央部には崩れた巨大な城の残骸が残されており、周囲には崩れた建物が立ち並んでいた。
「あれが王都か」
瓦礫の山となった城に降りて周りを見回してみるが人の気配は感じられない。城下町の所々で黒い塊が動いている。魔法で視力を上げて確認すると、それはスレイプニルだった。観察中に乾いた金属音のような足跡が聞こえて来た。物陰に身を隠し、音が聞こえた方向を伺っているとムスペルが歩いてきた。
急に暗くなったので空を見上げるとフギンが姿を現して降下を始めていた。
「総登場だな」
逃げる隙を伺っていると、オーディンから連絡が来たとブリュンヒルデに告げられる。周囲を警戒したまま、魔法でオーディンとの通信を繋ぐ。
(どうした? 今は少し余裕がない)
(なら、早めに済ませよう。まず、ロボットへの命令が届く範囲は最大30kmじゃ。ジャミングプログラムも作成したからブリュンヒルデとスクルドに転送するぞ)
命令の範囲が30kmなら、攻撃後に消えるのは命令を受け直す為だろう。スレイプニルやムスペルが配置されているのは「一定範囲に対する攻撃命令」を出して、範囲外に出ても行動出来る様にする為だ。
恐らく、命令されている範囲外に出ればスレイプニルやムスペルは追って来なくなるのだろう。ジャミングプログラムも有難い。これがあれば不要な戦いはせずに済む。
(ジャミングプログラムの受信完了しました。実行しますか?)
(実行してくれ)
『ジャミングプログラム実行、拡散を開始』
ロボット達が軽く震えた後、その場から動かなくなった。近づいて触っても反応が無い。
「助かったよ、オーディン。良いタイミングだった」
魔法での通信を音声通信に切り替えてオーディンに礼を伝えると、他にも渡す物があるとかで転送してくれた。
『まずは剣と槍じゃ。共に風の性質に適合する"リョクスイキン"で作ってあるから、試してくれ。次にスクルドのフレームじゃ』
イザベラは杖を持ってないから、と用意してくれた様だ。サイズもイザベラに合わせてあり、水と風の2つの性質を扱える様に工夫がされている。
「ありがとう、助かるよ」
『構わんよ、では朗報を待っておるよ』
オーディンとの通信は切れた。イザベラはスクルドにフレームである杖を取り付けて振り回している。顔はどこか誇らしげだ。そんなイザベラを連れて探索しているが何も見つからない。
城下町に降りてみたが結果は同じだった。探索を諦めて休もうかと思った時、声が掛けられた。
「お前、何をしている?!」
「何って、調べ物」
3人の騎士の質問に答えるが話が噛み合わない。
「まさか、あの人間達の仲間か?!」
「あの? ああ、”船”から出て来たって言う……」
「お前を倒せば、この惨劇も終わる!」
「おい、話を聞け」
「問答無用!」
この世界の人間は人の話を聞く気が無いのだろうか。とりあえず叩きのめしておく。
「話、聞く気になった?」
「誰が貴様の言葉などぶふぉっ!」
頭に水を掛けてみるが効果はない様だ。砕いた氷塊で物理的に冷やすか、そう考えているとまた声を掛けられた。
「それ以上はどうか!」
「いけません! 姫様!!」
姫様ということはこの国の王族だろう。そして彼らは近衛騎士という事になる。頭の固い、というか話の聞かない近衛がいたものだ。
「貴方がたの目的はこの国なのでしょう! なのに何故、この様な事をするのですか?!」
「一旦、落ち着け。俺達は旅人で、この国の行末に興味はない」
「え?! 旅人?!」
事情を説明すると勘違いと分かってくれた様だ。姫様は何度も謝っており、騎士達も自分達が先走ったと理解した様だ。
「申し訳ありません!」
「「「申し訳ない!」」」
「分かってくれたなら、それで良い」
「私はこのイェロヴェリルの第1王女で名前をグローアと申します。この度の無礼、重ねてお詫び申し上げます」
第1王女とは驚きだ。背格好はローニ達と近いから10代半ばと言った所だろう。ドレスは着ておらず、冒険者の様な格好をしている。
「ドレスでは逃げづらいので……」
俺が服装の事を聞くと答えてくれた。はやとちりな面はあっても、プライドで判断を間違える事は無さそうだ。
「どこか休める場所で話さないか?」
「では、私達の避難所へ案内します。ついて来てください」
騎士がグローアに小声で話しかけている。が、小声になってないのでしっかり聞こえている。
「良いのですか、姫様?!」
「構いません。彼等に敵意が無い証拠に私達は生きています」
「しかし、騙している可能性も……」
「ならば、その時は覚悟を決めるだけです」
そう言う話は本人のいない所で話して欲しいが、指摘するのは可哀想だろう。
騎士の1人が崩れた民家の床板を開けると地下に続く階段が現れた。この国は地下室が好きなのだろうか。
「この地下道は王族が逃げる為に作られた物です。まさか使用するとは思っていませんでしたが」
複雑に枝分かれしている地下道を正確に把握しているのは王族と近衛騎士だけだと言う。しかし、今は避難民の拠点として利用されている。
「避難民が迷ったりしないのか?」
「正解のルートに印を入れました。ですので、迷っても印を追っていけば人が集まっている場所に出られます」
この通路には各所に広間が設けられており、そこに人が集まって生活しているそうだ。食料は王城の地下倉庫に蓄えられた食料と他国からの支援で凌いでいる状況だと言う。
周辺諸国も国境近くは被害が出たそうだが、その先は無事だという。「世界を」と命じておいて「国1つ」で済んでいるのは不幸中の幸いだろう。
「王女様、ご無事でしたか!」
「王女様が出て行かれたから心配しましたぞ」
「その人は誰ですか?」
「外で会った旅人です。話を聞きたくて連れて来ました」
「おいお前! 王女様に手ぇ出したら許さねえからな!」
「そうよ! そうよ!」
随分と警戒されたものだが仕方ないだろう。それにしてもグローアは好かれてるな。
「ここが私達が使っているスペースです」
仮にも王族が使ってるにしては物が少ない。
「1人……なのか?」
「はい、母は私が産まれた時に亡くなったと聞いています。父は3年ほど前に亡くなりました」
グローアは俯きながら話してくれた。
「すまん、悪い事を聞いた」
「構いません。悲しんでいても時間は戻りません。死んだ両親の事を思うならばこそ、立ち止まってる訳にはいきません」
「強いな」
「空元気ですよ、ふふっ」
王女と言うからには国の歴史に詳しいだろう、と思って"突然現れた船"について聞いた。それと、俺が聞いて来た情報に関しても誤認が無いか確認する。
だが、産まれた時から避難生活だったので国の歴史については余り詳しく無いそうだ。"突然現れた船"についても亡くなった国王は頑なに話してくれなかったと言う。
「情報無しか」
「申し訳ありません」
「姫様のせいじゃ無いよ」
「あの、お願いがあります」
グローアからのお願いは、旅の話を聞かせて欲しいと言うものだった。前も同じ事を言われたと言ったら、避難生活で新しい話に飢えているのだと答えてくれた。
閉じこもった生活だから日々の話題が乏しくなるのか。納得して、旅の話を聞かせた。
話の途中で地面が大きく揺れた。突然の事で警戒していると騎士の1人がフギンが地上を爆発させてるのだと教えてくれた。
その騎士に頼んで地上への出口へ案内して貰う。ついて来ようとするイザベラをグローアに任せて、出口に向かう。
出口を僅かに開けて外の様子を伺う。地面が何度も爆発しており、その中を歩く白銀色の足が見えた。恐らくムスペルの足だろう。
(ブリュンヒルデ、ジャミングプログラムは機能しているか?)
(問題なく機能しております)
(けど、フギンもムスペルも動いている。妨害に対処されたか?)
(可能性はあります)
俺は騎士に姫様の元に戻る様に伝えた。そしてスクルドに魔法で通信を入れる。
(スクルド、俺の転移用のマーカー持って無いよな?)
(はい、未だ所持しておりません)
ブリュンヒルデに頼んでスクルドに送って貰った。マーカーがあれば即座に転移出来る。スクルドにイザベラの護衛を任せてると出口から飛び出した。
目の前にはムスペルが2体、俺に気づいて近づいて来た。オーディンが用意してくれた槍を取り出して振り下ろす。
ムスペルはさらに踏み込んで、槍の柄の部分で受けた。そのまま回し蹴りが来たので、飛び下がって躱す。
この世界で最初に会ったムスペルより手強くなってる。恐らく、俺の動きを即座に解析・フィードバックしてるのだろう。それを可能にする存在がある筈だ。
『電波状況を解析、フギンと頻繁に通信が行われております』
「なるほど、フギンにそんな役割があったとはな。なら何で、ナーストレンドにはムスペルはいなかったんだ?」
『外見が同じだけで中身が違う可能性が挙げられます』
ブリュンヒルデと話しながらムスペルの攻撃を捌く。隙をついてムスペルの1体に攻撃が通る。避けられはしたが、横腹の部分に切れ込みが入った。
「これは良い武器だ。オーディンに感謝だな」
多少の時間は掛かったものの、ムスペル2体を破壊した。今の戦闘情報はブリュンヒルデを通してオーディンに送られている。
「せっかくだ、データを集めるついでにムスペルを片付けておこう」
◇
王都に現れたムスペルは全部で36体に及んだ。全てを破壊すると、空のフギンもどきは隠蔽魔法で姿を消した。
出て来た出口から入ってグローア達の元に戻るとイザベラが走って来た。飛び掛かられるかと思って少し構えたが、直前で立ち止まった。
「えっと……ケガない?」
「大丈夫だ、ありがとう」
「ご無事でしたか、外の様子はどうでした?」
外での戦いの様子を話して聞かせる。空に浮かぶフギンもどきの可能性も話した。
「36体のムスペルを全て?!」
「本当か?!」
「外に出て見てくれても良いぞ。全部片付けたから今は安全だ」
「でしたら、私が!」
騎士達が確認すると言ったが、グローアの我儘で一緒に外に出て確認する事になった。騎士達は刻まれたムスペルを見て呆然としている。
「ハヅキ様って、とても強いんですね」
「ここに来る途中に色々な魔法を試したからな。効果のある組み合わせが偶々見つかったから勝てただけだ」
「姫様、風が冷たくなってまいりました。戻りましょう」
騎士に促されて地下道へ戻った。地下に戻ると避難民の1人が待っていた。どうやら、地上に出たグローアを心配していた様だ。グローアが無事だと分かると安心して戻って行った。
「空きスペースはまだありますので使ってください」
「ありがとう、遠慮なく使わせて貰うよ」
騎士に案内されて空きスペースの1つを借りる事になった。グローアのスペースから直通なのは気になるが、構わないそうなので気にしない事にした。
◇
「大丈夫ですか? 姫様」
「大丈夫です」
ベッドに伏して動かないグローアを心配する騎士達の胸中は悔しさで溢れていた。
「申し訳ありません。我々の力が及ばないばかりに……」
「貴方達のせいではありません」
「ですが!」
自分達がもっと強ければ国は滅びずに済んだかもしれない。そう考えない日は無かった。彼の強さを目の当たりにした時は愕然とした。
自分達が命を掛けても、ただの1体も倒す事ができなかった相手を1人で倒した。それも36体もの数を。
「ごめんなさい、1人にさせて貰える?」
「分かりました。何かあればお呼びください」
そう言って騎士達はグローアのスペースから出て行った。残ったのはグローアと小さな泣き声だった。