魔法を使おう
翌朝、外に出ると雨が降っていた。呼び出した精霊は、魔石の魔力が切れたのでぬいぐるみに戻っていた。ぬいぐるみは、灰を含んだ雨のせいで黒くなっている。
「雨で随分と汚れたな、そのぬいぐるみ」
「仕方ないさ」
「ねぇ、貴方が昨日使ってた魔法を教えて欲しいんだけど良いかしら?」
「良いよ、このぬいぐるみを使って教えよう」
水の魔法でぬいぐるみを洗った後、火の魔法にかざしてぬいぐるみを乾かした。ぬいぐるみを乾かしている間に朝食を済ませる。メニューは乾パンとジャムだ。
「ぬいぐるみも大体乾いて来たから、やり方を教えよう」
昼頃には、ぬいぐるみが乾いて来たので魔法を教える事にした。
「まずは依代を用意する。今回はこのぬいぐるみだな。その背中に魔石とコインを入れる。その後、〈精霊召喚〉系の魔法を使えば使い魔として使役出来る」
「コインは、コインじゃ無いとダメなの?」
「遠隔で魔法を維持出来る物であれば何でも良い。例えばアクセサリーとか」
アグネの質問に答えながら、噛み砕いて魔法を教えていく。隣で関係ないという顔をしているアディルスにも注意しておく。
「アディルスにも関係ある話だからな。どこを攻撃すれば無力化出来るか知るのは大事だぞ」
「分かってるよ」
アディルスに胡乱げな目を向けているとアグネから質問が来た。
「魔法を遠隔で維持する道具って、どうやって作るの?」
「エンブレムは決めてるか?」
「そんなの決めてないわ」
「なら、そこから始めようか」
自身のエンブレムを決めるのは簡単だ。好きなシンボルを選ぶだけで良い。それを自身の魔法陣とリンクさせれば完了だ。
ただし、一般的に使われている魔法陣を使うと誤作動が頻発する。その対策としてオリジナルの魔法陣を作る必要がある。
「オリジナルの魔法陣、そんなの考えた事も無かったわ」
「一般的な魔法陣の方が効率や使いやすさの面で優れているからな」
「すぐには思いつかないわね。時間を頂戴」
「なら、アグネの魔法陣が決まるまでの間に今後の方針を決めようか」
アディルスの提案に了承する。
2人はナーストレンドから離れてユーダリル向かおうと考えているそうだ。川沿いに歩いて2日程で国境に着くそうで、そのまま国に入りたいと言う。
「それでお願いがあるのだけど」
「なんだ?」
「国境まで一緒に来て貰えないかしら? 貴方の腕を頼りたいの」
「俺からも頼みたい」
「分かった」
「ありがとう」
明日の朝、雨が上がっていたら出発する事になった。俺達の食料も当てにされてるだろうな、と考えつつも黙っておく。
その後はイザベラの魔法練習を始める。今日は〈風迅の衣〉を使った鬼ごっこだ。鬼はアディルスにお願いした。
「うおっ?!」
大雑把で勢い任せなイザベラに対して、小さな動きで躱していくアディルス。騎士として鍛えているだけはあるな、と関心した。
「わっ?! ちょっと速すぎないか?!」
「強化魔法を使ってるからな」
危ない場面はあるものの、イザベラは触れる事すら出来ていない。5分ほど続けるとイザベラか魔力切れで倒れた。
「お疲れ様」
「魔法って、やっぱスゲェな」
イザベラを端に寝かせた後、アディルスに魔法は使わないのか聞いてみた。
「使えないんだよ。魔法は才能の世界だろ」
「そうなのか?」
「そうだよ、知らなかったのか?」
確かに向き不向きはある。ただ、魔法を使うだけなら誰でも出来る、と言うのが俺の考えだ。実際、イザベラは元々魔法が使えなかったからな。
「アグネ、魔力のコントロールってどの位出来る?」
「基本的な事なら一応出来ますが、どうしました?」
「アディルス、精神統一は出来るな?」
「あ、ああ」
「なら、アディルスの魔力を起こしてみよう」
「そんな事出来るのか?!」
全体の流れを説明した後、アディルスには精神統一をして集中して貰う。その状態でアディルスに魔力を流して、眠っている魔力を一気に活性化させた。
「なんだ?! 力が溢れてくる?!」
「今は魔力を垂れ流してる状態だから、安定させる必要がある。アグネ、教えてやってくれ」
「分かったわ。まずは……」
アディルスの魔力の放出が落ち着いて来た。しかし、気を抜くと再び放出が激しくなる。慌ててアグネが集中する様に声を掛けた。
「あ……ああ」
「集中して!」
「……あっ」
アディルスが倒れた。
◇
夕食ごろ、アディルスが目を覚ました。気分は悪くないが倦怠感が酷いらしい。
「寝てる魔力を起こしたからな。けど、これで訓練すれば魔法が使える様になる」
「本当か?!」
「そのためには、しっかり食べないとな」
今日の夕食も乾パンとスープだ。食後、早々にアディルスは寝てしまった。アグネから魔法陣の事で相談を受けたので答える。アグネはボンヤリとだが形になってきた様だが、イザベラはまだ遠そうだ。
それから1時間程でアグネはオリジナルの魔法陣を作り上げた。イザベラも少しずつ形になって来ている。
「それじゃ、アグネから魔法陣のリンクを始めようか」
「はい」
大きな紙とインクとペンを取り出した。これらは魔力を通しやすく加工しているので、魔法との親和性が高い。
「この紙にエンブレムと魔法陣を描いてくれ」
アグネはペンにインクをつけながらエンブレムと魔法陣を描いていった。描き終わると、紙を持って離れた場所に立って貰う。
「魔法陣をイメージして、地面に展開してくれ」
「はい」
アグネは集中して、ゆっくりと魔法陣を広げ始めた。魔法陣が完成すると、その状態のまま一番簡単な魔法を使って貰う。
「魔法が起動したな。これで魔法陣として運用出来る様になった。あとは使い続けていれば性能も向上していく」
同じ様にエンブレムも運用出来る様にすると、試し撃ちを始めた。しかし、完成したばかりなので簡単な魔法にしか対応していない。使い続けていれば上級の魔法も扱える様になる。
「ありがとうございます」
時間を確認すると深夜になっていた。続きは明日に回して、今日は寝る事にした。
◇
翌日、雨は上がっていたが空は厚い雲に覆われていた。俺が起きると皆んなは起きていて、魔法の練習を始めていた。
イザベラとアディルスはアグネから魔法を教わっている。イザベラは〈風の弾丸〉の精度を上げる練習、アディルスは火の魔法を練習している。
「起きたか、ハヅキ。見てくれ! 火が出せる様になった!」
アディルスは詠唱すると、手の平に小さな火種を使った。火系に適性があった様だ。
「適性があるとはいえ、一晩で魔法が使える様になるとは驚きです」
「このまま鍛えていけば、俺も魔法使いになれるな」
「剣と魔法の両方を極めてくのはどうだろう?」
「それもいいな!」
アディルスは最強の騎士になると意気込んでいる。アグネもイザベラの事を才能があると褒めていた。イザベラも嬉しいにしている。
「朝食を食べて一息入れよう」
朝食を食べ終わると旅の支度を始めた。アディルスも拠点はあるが、何も置いてないそうだ。アグネの支度も終わり外に出ると、雲間から光が差していた。
「それじゃ、案内を頼むよ」
「ええ」
「まかせろ!」
俺達は土地勘が無いので2人に案内を任せた。まずは街の中心部に流れてる川を目指した。生存者を探しながら移動したが見つからなかった。
川に到着すると、そのまま川に沿って南下した。南には森が広がっていたが爆撃の火が燃え移って、大部分が焼け落ちてしまったそうだ。川の水も黒く汚れているから生き物の姿も見えない。
「このまま行けば国境に着くはずだ」
「途中に村とかは無いのか?」
「小さな宿場町が有ったが今は無人な筈だ。全員逃したからな」
そう言えば、と気になっていた事を話した。フロージ達から聞いた話では"世界を滅ぼせ"命令したらしいが、実際は1国の被害で収まっている様に感じる。
「その話は俺も聞いたな。けど、国境沿いは被害が有ったが国の中の方は無傷の筈だ。人を逃がした時に聞いたからな」
「それは妙ね。他の国を攻撃出来ない理由があるのかしら?」
「動けない、とかかな? 考えられるのは」
「全体に命令を出してる物があって、それが動かせないから他の国へ攻撃出来ない。命令が届かなくなるから」
だが、命令が届かないなら届かないなりの命令を出せばいい。例えば、攻撃を終えたら命令圏内に戻って来い、とか。それが出来ないのか、その命令を出した上で他国が範囲外になるのか。分からない事が多い。
森に緑が戻って来た。アディルスの言う通り、この辺りは被害が少ないらしい。ガサガサと茂みが揺れて、シカの様な動物が顔を出した。こちらに気づいて逃げようとした瞬間、魔法で首を刎ねる。
その場で倒れたシカの様な動物の胴体を魔法で浮かせて血抜きをする。アディルスが名前を教えてくれた。
「イオットは素早いのに、良く仕留めたな」
「食えるのか?」
「ああ、臭いが少し強いが味は良い」
角と皮は売れるそうなので丁寧に解体して部位毎に切り分ける。夕食は川の側で火を起こして焼肉にした。久しぶりの肉とあって黙々と食べている。食後、夕食で食べた分以外は塩水に漬けてから一夜干しにした。
◇
その後も大きな問題も無く国境の砦に辿り着いた。国境の警備兵はアディルスの事を知っている人だった。担当になったのは偶々らしいが、アディルスから国境に来た理由を聞いている。
「事情は分かりました。隊長に報告して来ますので少々お待ちください」
そう言って警備兵は砦の中に入っていった。少しすると年季の入った風貌の男が、さっきの警備兵と一緒に出て来た。
「とうとう、お前まで逃げて来たか」
「俺だけ残っても仕方ないからな」
そう言ってアディルスは俺達を紹介した。その後に向こうも自己紹介してくれた。警備兵はエギル、隊長はエイリークと言うらしい。
「事情はエギルから聞いた。俺個人としては腕の良い騎士に魔法使いだ、受け入れるのも構わない」
「個人?」
「国としては、これ以上の受け入れは無理だ。避難民への反発が強まって治安が悪化してるんだ」
「何かしたのか?」
「犯罪は起こしてない。ただ、避難民が仕事を取ったと騒ぎ立てる人が続出してな。一方的に暴力を振るう事案も出てるから受け入れるのは難しい」
「なら、役に立つ人材なら問題無いのでは?」
「お前は……ハヅキ、だったか? 確かに2人は役に立つだろうが……」
「そうじゃ無い。言うより見た方が早いな。一旦外に出よう」
警備兵の2人も連れ出して外に出ると、結界を張った。アディルスに合図を送ると、魔法を起動させた。
「〈火球〉!」
アディルスの周りに2つの火の球が出現し、勢い良く結界に向かって飛んで行った。結界に当たった火の球は勢い良く弾けた。
「お前?! いつの間に魔法を?!」
「ハヅキが魔力を活性化させてくれたんだ。その後はアグネに習った」
「活性化?! そんな事が出来るのか?!」
「魔力のコントロールが上手い魔法使いなら可能だ。やり方はアグネに教えてあるから、受け入れたら国内の魔法使いを増やせると思うぞ?」
「だが、本当に上手く行くのか?」
「試してみるか?」
俺の提案で、砦の警備兵を相手に試す事になった。希望者を集めてアグネが魔力の活性化を始めていく。湧き上がる力に興奮していたが、すぐに力尽きて動かなくなった。
「大丈夫なのか?」
「一晩休めば大丈夫だ。動ける様になったら魔法の訓練を始めると使える様になる」
「なら、こいつらが魔法を使える様になるまで砦にいて貰うが構わんな?」
アディルスとアグネが俺の方を向いた。問題無いと返事をして、砦の滞在が決まった。夜の警備には俺とアディルスも参加した。
「〈中位風精召喚ー鳥〉」
「それは?」
「風の精霊だ。警備を手伝って貰う」
俺は鳥の姿をした精霊を呼び出して砦の外側へ放った。これで異常があれば知らせてくれる。
「便利なものだな」
隊長は関心していた。
夜中の警備は虫の鳴き声が聞こえるだけで何もトラブルは起きなかった。
翌朝、疲れた表情で警備兵達が起きて来た。朝食を取った後、魔法の練習を始める。俺が適性を見て、アグネが適性に合わせた魔法を教えて行った。
「お前は教えないのか?」
「アグネが教えられる様になれば、俺がいなくても問題無いからな」
「お前は戻るんだったな。……物は相談なんだが……なんだ?!」
「おお! スゲェ! 水が出た!!」
「おっ! 俺も出来た!!」
どうやら警備兵の1人が魔法を使った様だ。別の警備兵も手の平に火種を出した。
「俺だって負けたられねぇ!」
警備兵達が大騒ぎしてる中、隊長は頭に手を当てて困っていた。
「こりゃスゲェな、ほんとに魔法が使える様になってる」
「後は訓練次第だな」
「疑って悪かったな。2人の事は俺から国に掛け合ってみるよ。この結果を見せたら頷くしか無いと思うがな」
「後は任せて良いか?」
「ああ、責任を持って引き受ける」
アディルスとアグネに別れの挨拶をして、俺達はナーストレンドに向けて歩き始めた。




