ナーストレンド
王都へ続く街道に沿って飛んでいると、ムスペルと戦っている集団を発見する。上空から様子を見ていると、ムスペル2体に6人で戦っていた。前衛が上手く誘導して、後衛が魔法を打ち込むスタイルだ。
「様になってるな」
だが、ムスペルの装甲を壊せなくて決定打が与えられていない。対魔法装甲なのも相まって、さらに攻撃が通らない。動きが良いだけに勿体ないとも感じる。
「助けないの?」
暫く様子を見ていたが、倒せる気配が無い。体力や魔力の限界が近いのか、押され始めている。このままだと殺されるだろう。
「仕方ない、助けて話を聞くか」
上空で留まったまま詠唱を始める。起動させるのは〈電離溶断〉だ。詠唱しいると、下で戦っている魔導師が俺に気づいた様で前衛に指示を出していた。
魔法が完成して、杖の先端が光を放った。
「しっかり掴まってろ」
急降下してムスペルとパーティの間に割り込むと杖を振り抜いた。約1万度の熱線がムスペルを切り払う。
「?!」
続け様に、下から上へと人に当たらない様に振り上げるとムスペルは縦に両断された。切断面は高熱で焼き切られた為、赤く光っていた。
「大丈夫か?」
魔法を解除して状況を確認すると、パーティが集まってきた。
「はい、助けて頂いてありがとうございます」
「あの金属ゴーレムを両断とか、すげぇ魔法使うんだな」
「なんで、こんな所で戦ってたんだ? 近くに街や村らしきものは見当たらないが」
「食料を探しに来たんですが、途中であのゴーレムに出会って戦闘に。危ない所を助けて頂いてありがとうございます」
詳しく話を聞くと、ここから離れた所に村があるそうだ。彼らは、その村を拠点にしている冒険者パーティなのだと言う。
「冒険者と言ってもこの状況だからな、自分達の食料を探すので精一杯だ」
「貴方はどうしてこんな所にいるのですか?」
「王都へ向かう途中だ」
俺達が"突然現れた船"の手掛かりを求めて王都に向かっている事を話した。彼らも噂は聞いた事があるが、詳細は知らないそうだ。
「ただ、王都の周りには金属ゴーレムが大量にいると聞いている」
「分かった、気をつけるよ」
彼らと別れて再び王都を目指して飛び始めた。荒れた街道沿いには時折、壊れた建物が残っていた。障害物になる様な物が無いので高度を上げると、立ち昇るキノコ雲が見えた。
「どこかで爆撃があったのか」
ちょうど王都の方角なので、そのまま飛び続けていると巨大なドローンが何かをばら撒いていた。ばら撒かれた物は地面に落ちると大きな音を立てて爆発した。
「あのドローンが爆弾をばら撒いてるのか」
ドローンは俺達に気づいたのか、機関銃を撃って来た。飛び回ってるので当たる事は無いが、動きが制限される。
俺達を攻撃してる間も爆弾は落とされ続けている。魔法で反撃するが、当然の様に魔法は通じない。少しの間、攻撃を躱しながら魔法を撃っていると、ドローンは爆弾を落すのを止めて少しずつ上昇していった。
「爆弾を落とし尽くしたか」
空高くまで昇ると霞む様に姿が消えてしまった。ドローンを見届けた後、まだ炎が燃えて煙が昇る地面に降りた。焦げた臭いが充満しており、地面に燃え尽きた石が散乱していた。
熱気の立ち昇る地面を歩いていると、黒く変形した鎧や折れた剣が散乱していた。周囲を見回しながら探索していると、大きな壁が目に入る。
端は崩れているが、他の建物よりも比較的形が保たれている。重要な施設の跡だろうか、そう考えながら壁を通り過ぎようとした瞬間、剣が突き出された。
剣は障壁に阻まれて俺の体には届かなかった。一瞬遅れて、足元で魔法が起動し凍り始める。しかし、こちらも障壁に塞がれて俺自身を凍らせる事は出来なかった。
「もう1人いるのか?」
「?! 化け物め!!」
塞がれた剣を引き戻して、鎧を着た男が切り掛かってくる。剣を躱しながら横に移動して、男の足を払って転ばせる。
「グハッ!」
切り掛かって来る勢いが強かったのか、顔から転んでしまった。声を掛けようと近づいたら、振り返りながら剣を振って来た。
「おいっ?!」
「はあああっ!!」
こちらの声は聞こえて無い様なので頭を冷やして貰う事にする。
「〈纏わりつく氷〉! 〈水の球〉!」
氷の魔法で動きを止めて、巨大な水の球を被って貰った。俺達は濡れないように上空に退避済みだ。
氷と水で全身がずぶ濡れになった男は、唖然とした表情を浮かべている。
「少しは頭が冷えたか?」
男は呆然とした表情でこちらを見ている。
「あんたはゴーレムじゃ無いのか?!」
「一応、人間のつもりだ」
「そうか……、悪い事をした。もう手を出したりしないから魔法を解いてくれるか?」
氷の魔法を解くと男は立ち上がって、壁の方へ声を掛けた。壁の裏からローブを着た女が出て来た。
「さっきは、ごめんなさい。敵のゴーレムかと思って」
「そのゴーレムとは見た目が違うと思うが?」
「そうね、冷静になってみれば全く違うわね」
「ハ……、ハックション!」
「このままだと風邪を引くわね。近くに私の拠点があるのだけと、そこで話さない?」
「分かった」
歩きながら話を聞いた。2人は知り合いでは無く、さっきの爆撃から逃げてる時に偶々出会ったそうだ。男の方はアディルス、女の方はアグネと名乗った。
ドローンの爆撃が終わった後に、俺が空から降りて来たから敵だと思ったそうだ。あのドローンは5日に1度現れては街を爆撃するそうで、他のロボットは見た事が無いと言う。
「他に人はいないのか?」
「残ってるのは私達だけだと思うわ。逃げられる人達は早々に逃げたし、体が悪くて動けない人達はさっきの爆撃で……」
「あんたは、どっから来たんだ?」
俺は東にある荒野近くの街から、王都を目指して旅をしている事を伝えた。
「逃げるんじゃ無くて王都に向かってるって、正気か?」
「正気だよ。”突然現れた船”の手掛かりを探してる。何か知らないか?」
「いや、分からないな」
どちらも知らないとこ事だ。話している内にアグネの拠点に着いた。この街の名前はナーストレンドと言うそうで、街の中心に巨大な川が流れている水運で栄えた街だそうだ。
しかし、今では灰で汚れた水しか流れてこないと嘆いている。アグネが拠点にしていたのは、食料を一時的に保管しておく倉庫だった。地上部分は過去の爆撃で吹き飛んでしまったが、地下は無事だと話してくれた。
「さ、どうぞ。足元に気をつけてね」
変形した床板を動かすと、地下は続く階段が現れた。アグネの先導で会談を降りて行くと、広大な空間が広がっていた。元は大量の食料や資材などを保管していたであろう地下室は、冷たく冷え込んでいた。
「ちょっと待ってね、今お湯を沸かすから」
そう言ってアグネは取り出したポットに魔法で水を入れて、魔法で起こした火の上に置いて加熱し始めた。沸いたお湯を不揃いのカップに注いで配ってくれた。
「ごめんなさい、カップは揃ってないし、お茶の葉も無くて」
「大丈夫だ、ありがとう」
「温かい物が飲めるだけで十分だ」
注がれたお湯を飲んで落ち着いた所で、巨大なドローンについて聞いてみた。名前はフギンと呼ばれており、誰が言い出したかは分からないそうだ。
何の前触れも無く空から現れては、地上を攻撃した後は霞む様に消えていなくなる。爆撃の頻度は5日に1回、常に空中で浮かび続けている。
「空に何かあるのか?」
「分からない。フギンが消える高さまで飛べる魔法使いはいないから調べようが無いの」
「避難した人達は、どこへ逃げたんだ?」
避難民に関してはアディルスが話してくれた。何でも、避難誘導や受け入れ交渉などを担当したらしい。
「街の人達は川を下って南の方へ逃した。ここから南に降ればユーダリルって国がある。その国とは友好があるから、避難民を受け入れて貰った」
「その国には攻撃は届いてないのか?」
「国境沿いの街や村は攻撃を受けたそうだが、その先は無事な筈だ」
「じゃ、攻撃を受けてるのはこの国だけなのか?」
「恐らくな。ただ、今の状況を詳しく知る方法が無いから何とも言えないが……」
「次は貴方の話を聞かせてよ」
アグネが俺の旅の話を聞きたがった。アディルスの興味があるそうなので、東の街にいるアンナルやローニ達の話しを聞かせた。
「スレイプニルやムスペルか。そんなゴーレムは見た事が無いな」
「場所や目的によって使い分けてるのでしょうね」
アンナル達がいた街は、壊されていたが爆発の跡は少なかった。フギンを投入する理由が別にあるにかもしれない。
「一度、空を調べた方が良さそうだな」
「どうやって調べるの? 相当な高さまで飛ばないと無理よ」
俺はブリュンヒルデの収納スペースから1体のぬいぐるみを取り出した。最低限の特徴だけを残して簡略化したデザインになっている。背中には切れ込みがあり、小さい物を入れられる様に作られている。
「ぬいぐるみ……よね?」
「これで、どうやって調べるんだ?」
「見ててくれ」
俺はぬいぐるみの背中に魔石と自身のエンブレムが刻まれたコインを入れた。そのぬいぐるみを持って外へ出ると、魔法陣を展開して魔法を起動する。
「〈上位風精召喚ー鳳〉!」
呼び出された精霊がぬいぐるみに宿り、人の背丈程の鳥へと変わっていく。その光景に驚く2人は違う反応を示した。
「ぬいぐるみが巨大な鳥に?! 使い魔の魔法だとしても、この規模の魔法は初めて見たわ!」
「相変わらず魔法使いって派手だよな!」
アグネは初めて見る魔法に興奮気味、アディルスは魔法について詳しく無いらしくただ関心していた。
精霊を飛び上がらせると、ドローンが消えたであろう場所まで昇らせた。昇ってる間も探索魔法で周囲を調べているが、何も見つからない。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「ぬいぐるみに魔石を入れてたのは分かるけど、コインは何のために入れたの?」
「遠隔で魔法を維持するためだよ」
自身のエンブレムを刻んだコインを使う事で、通常では維持出来ない距離でも魔法を維持する事が出来る。魔導師によってはアクセサリーであったり、呪文を書いた札を使う。実際、アンナルに渡した人形には札を使ったしな。
精霊は雲の高さまで到達したが、探索魔法に反応は無かった。今度はゆっくり降下させながら調べていく。降下中は別の探索魔法を使って調べてみる。
上昇中に使ったのは物理的な物がないか調べる魔法、降下中に使っているのは魔法的な痕跡を探す魔法だ。
高度1,000m付近で反応があった。精霊を近づけて詳しく調べると転移魔法を使った痕跡が確認出来た。行先は不明だが、隠蔽魔法と転移魔法を使って移動している事が分かった。他に痕跡は見つからなかったので一旦、精霊を地上に降ろした。
「痕跡を見つけた。姿を消したのは隠蔽魔法と転移魔法の組み合わせだな」
「転移魔法?! あの巨大なゴーレムを魔法で移動させたの?!」
「隠蔽魔法って姿を消す魔法だろ? 姿を消して移動すれば済む話じゃないのか?」
「向こうはそうじゃないらしい。転移魔法を使ったのは理由があるんだろう」
「……考えてても分からないわね。日も暮れて来たし、今日は終わりにしましょう」
アグネの提案で切り上げることにした。今日はアグネの拠点で1泊する事になった。アディルスは遠慮気味だったが、人がいてくれた方が良いというアグネの要望を受けて泊まる事になった。
「少ししか無いけど、良かったら食べて」
「きゃっ!」
アグネはそう言って小袋を開けて中身を取り出した。袋の中身は虫だった。光を反射する甲虫っぽいのからミミズみたいな見た目のものまでいる。その虫達を見てイザベラが短く悲鳴を上げた。
「あら、虫はダメだった?」
「と言っても、他に食べられる物が無いからな」
「そうね、私も最初はダメだったけど今は平気になってしまったわ」
イザベラは俺の後ろに隠れて涙目になっていた。無理に食べさせるのも良く無いだろうと今回は俺達の手持ちを出す事にした。使われなくなった鍋を洗ってから水を張って、細かく切った干し肉と干し野菜を入れる
肉と野菜か水を吸って戻って来たら火にかける。塩で味を整えて完成だ。スープ皿は無いのでお湯を飲んでいたカップに入れて、乾パンと一緒に配った。
「ありがとう。温かいスープなんて久しぶりだわ」
「こっちも、ちょっと硬いけど悪く無いな」
食事が終わると食器を片付けて休む事にした。アグネから魔法の話を聞かれ、アディルスからは旅の話を聞かれた。2人には答えられる範囲で話しを聞かせた。




