拠点と食料
ゆっくりと意識が明確になっていく。体を起こそうとするが力が入らない。
(〈質量断絶〉を使って倒れたんだっけ。ここは……どこだ?)
ぼんやりとした視界がハッキリすると、眼の前で心配そうにこちらを見つめる女の子が見える。
「イザベラ、無事だったか」
「うん」
「イザベラ、ハヅキの様子はどう?」
もう1人、聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。声の正体はローニでヘジンとリーヴも一緒だ。
「無事だったか」
「ハヅキのお陰だ。起きれるか?」
「まだ無理そうだ。もう暫く休ませてくれ」
ローニ達に、この場所の事を聞くと避難民の隠れ家との事だ。スレイプニルを始めとした兵器から逃げ延びた人達が集まっていると話してくれた。
「なぁハヅキ、食料ってまだ持ってるか?」
「あるぞ。必要なのか?」
「ああ、少しでも良いから分けて欲しい」
食料に関しては余裕があるし、足りなくなればクレスに連絡して送って貰えば良い。ただし、無償で提供すれば食料庫扱いされる恐れがある。必要な交渉はしておこう。
「食料の対価は何だ?」
「私が払えるものは多くない。だから、アンナルじいちゃんと交渉して欲しい」
「分かった。体が動くようになったら話をしよう」
「ありがとう」
◇
暫く眠って様で体が動くようになってきた。倦怠感が強い中、何とか起き上がって体を動かすと少し楽になった気がした。俺がストレッチをしていると傍で眠っていたイザベラが起きてきた。
「ごめん、起こしたか?」
「ううん」
「ローニ達がどこにいるか分かるか?」
「こっち」
イザベラの案内でローニ達の部屋に行くと、3人共起きていた。
「おはよう、でいいのかな?」
「おはよう、もう昼時だけどね」
「時間がわからんな。時計はあるか?」
「あるよ。どこの時計も微妙にずれてるけど」
ヘジンが時計を見せてくれた。ブリュンヒルデに頼んでこの世界の時計を用意してもらう。ブリュンヒルデは寝ている間に俺の右手に戻されていた。
「食料の交渉するんだろ?」
「今から行ける?」
「大丈夫だ」
ローニの案内で長の元に向かう。そこは10人程がゆったりと入れる広さの空間だった。一番奥に座っている髭の生やした人物が”アンナル”だろう。
「アンナルじいちゃん、ハヅキを連れてきた」
「起きたか、体調はもう良いのか?」
「まだ怠いけど動けるようにはなった」
「それは良かった。それで要件は?」
「ローニから食料を分けて欲しいと言われてな」
「それならワシも聞いておる。僅かでも構わんのだが……」
ローニが話してくれていた様だ。こちらの要求として、出来るだけ正確な情報が欲しい事、ここを活動拠点として利用したい事を伝えた。対価として食料の提供を提案する。
この隠れ家には23人がいて捕まえた虫や遠方で確保した植物で食い繋いでいるそうだ。ブリュンヒルデの中に収納している食料の中から、パン・米・干し肉・干し野菜などを出すと驚かれた。水は魔法で出せるので、その事も伝える。
「おお! こんなに! しかし、水はダメだ」
どうやら魔法で出した水は大量の魔力を含んでいて魔力の弱い人間が飲むと毒になる、と言う。
「精霊石を通すから問題ないよ」
精霊石は文字通り精霊の力が宿っていると信じられている宝石だ。実際はただ魔力の込もった宝石だが、質が高い程に魔法との親和性は良くなる。
試しに手元の皿に魔法で出した水を注いで確認してもらう。
「なんと?! 魔力が殆ど込もっておらん?! これなら飲めるぞ!」
アンナルの頼みで水瓶や空き瓶に水を注いで回った。ローニが昼時だと言ったのを思い出したので食事を提供する事にした。メニューはパンと肉野菜のスープにした。温かい上にまともな食事が取れると喜んでいる。
食事の話を聞いた他の避難民が集まって来た。俺が食事の支度を始めると言ったらローニ達が伝えて回ったのだ。
「探索に出てる人の分も残しといてね」
「そいつらが帰って来たら、また作るよ」
どうせ食べるなら出来立てが良いだろう。俺が作ると言ったらローニ達も「それなら」と遠慮なく食べ始めた。
「温かい」
「うめぇ!」
「久しぶりのパンだ!」
かなり逼迫していたようで、泣き始める者も出て来た。アンナルからも感謝された。
「食料もこれ程恵んでくれるとは、感謝してもし切れないわ」
「それで、情報なんだが……」
「ワシらで知ってる情報は全て教えよう」
アンナル達から聞けるだけの情報を聞いた。この国の事、街の事、魔道士や騎士達、現れた兵器の事、細かい事でも聞けば教えてくれた。
「旅をしていると聞いたが、ずいぶんと遠くから来たのだな」
「ああ、かなり遠くからだ。それで、場所は貸して貰えるのか?」
「構わんぞ。用水路から続く地下室で空いている所があるから使うと良い。ローニ、案内してあげなさい」
「はい」
ローニ達の案内で用水路を歩く。用水路と言っても水は枯れているので臭いはしない。
「ここだ」
用水路から横穴が明けられている。その横穴は斜め上に続いていて、抜けると整えられた部屋に出た。机と椅子、本棚が置いてある作業室といった雰囲気だ。ここの家主はおらず、地上部分は崩れて外には出られないそうだ。
「それじゃ、探索の人達が帰ってきたら呼びに来るよ」
そう言ってローニ達は出ていった。机を物色するが何も入っていなかった。本棚には本が残されていたが、読めなかった。雰囲気から魔法の本と思われる。
石造りの部屋は肌寒く、床は冷たいので布を引いても寒くて眠れないだろう。せめて藁でも有れば違っただろうが、無いものを言っても仕方ない。
「いや、クレスに頼んでみるか。ブリュンヒルデ、クレスと連絡取れるか?」
『了解……繋がりました』
『ーハヅキか、どうしたんだ?ー』
「欲しい物があるんで頼みたいんだが」
『ー構わないよ。何を用意しようかー』
「藁が欲しい。あと食料だな」
藁に関して疑問を持たれたが、今いる世界の説明をして納得してもらえた。食料の用意も問題無いそうだ。
「昨日送ったドローンは解析出来そうか?」
『ー今朝、研究所に運んだ所だから解析は時間が掛かるな。急ぐかい?ー』
「いや、大丈夫だ」
藁も食料も、準備が出来たら連絡してくれる事になった。ドローンの外装の融点について説明しておく。驚くと言うより引いていた感じだったが大丈夫だろう。
『ー準備が出来たら連絡するよー』
そう言ってクレスは通信を切った。探索組が帰ってくるまで時間が出来た。ローニに声を掛けて用水路を案内してもらう。アンナル達がいた広めの部屋の他に、貸してもらった部屋の様な場所がいくつも作られていた。
「用水路に逃げ込んだ時に作ったんだ」
地下室のある家や施設と繋いで、襲われても別の出口から出られる様にしているそうだ。用水路を一回りして帰って来ると、探索組が戻っていた。
「あんたがハヅキか、話は聞いてるぜ」
「食料を分けてくれて感謝する。俺はノール、こっちはフロージだ」
「よろしくな!」
「ああ、よろしく。探索組が帰って来たなら食事の支度をしようか」
ローニ達の食事でも使った鍋を借りてスープを作った。アンナルがノールとフロージにパンを渡している。
「うめぇ!」
「ああ、久々のパンだ!」
さっきと同じ反応をされた。フロージ達が食べ終わったのを見て、探索の成果を聞いてみた。
「食えそうな虫は捕まえて来た」
そう言って手のひらサイズの麻袋の口を広げると、中には虫が入っていた。イザベラは悲鳴を上げて涙目になっている。
「すまんすまん」
「他には成果らしい成果は無いな。他のグループと会ったが、金属ゴーレムのせいで探索が進まないらしい」
「それなら朗報があるぞ」
アンナルが会話に入って、俺がロボットを倒した話をする。フロージ達が驚いた顔で俺を見ると、ローニが会話を補足した。
「スレイプニルを3体も?! それにムスペルが4体?! 信じられん!!」
「本当だ」
「なぁ、ムスペルって人型のやつか?」
「そうだよ」
ドローンの事はルービラと呼んでいるそうだ。他にも空から現れた船の周りには巨大な人型ゴーレムがいて、スルトと呼ばれている事も教えてくれた。
「そもそも何で戦争になったんだ? いきなり襲って来たのか?」
「いや、最初は人間が出て来たと聞いている」
フロージ達は元騎士であり、アンナルが持ってない情報を持っていた。
船から出て来た人間達は、国王への面会を求めた。国王も、突然現れた船の事が知りたいと面会を許可したそうだ。人間達は国王会うなり隷属を求めて、自分達こそが統治するのに相応しいと宣言したという。
怒った国王は人間達を追い返した。人間達は要求を受け入れない報復として、ロボットを使って街を破壊し始めた。王国の騎士団と魔法使い達はロボットを倒そうと攻撃したが倒せなかった。
そこで、ロボットに命令している人間を捕まえて攻撃を辞めさせよとした。しかし、人間達は攻撃を辞める事はなく、大量のロボットを投入しての蹂躙が始まった。状況が悪化したと見るや国王は、同盟国との連合軍を結成して、多大な犠牲のを払いながら人間達を倒した。
けど、人間達は最後にロボット達に「世界を滅ぼせ」と命令を下した。そこからロボット達は存在しない主の命令に従って破壊活動を続けている、という流れだそうだ。
「国王に同情するよ」
「船からは際限なく金属ゴーレムが現れて、方々へ散って行ってる。で、辿り着いた街や村を破壊して回ってるのさ」
「ハヅキなら何とか出来るんじゃない? スレイプニルやムスペルを倒したし」
「いくら何でも1人じゃ無理だ」
「……だよね」
ローニの気持ちも分からなくは無いが、今は生活するのが優先だろう。フロージ達に感謝して借りてる部屋に戻った。部屋につくと防音結界を張ってブリュンヒルデと相談する。
「ブリュンヒルデ、暴走しているロボットの命令を書き換えられるか?」
『全体を統括しているシステムにアクセス出来れば可能かと』
「フロージの話を聞く限り、船で命令を管理してそうだな。【ボトル・プラント】も船のどこかに有るだろう」
『【ボトル・プラント】の機能停止を優先した方が良いと思われます』
「そうだな。さすがにイザベラは置いていくか」
「え?!」
「危なすぎる。けど、1人で置いてはおけないし……。そうだ」
思いついたことがあると言ってオーディンに繋いでもらった。
『ハヅキか、解析はまだ終わっておらんぞ?』
「今回は別件だ。デバイスを1機用意して欲しい」
オーディンに事情を説明して、イザベラ用のデバイスを用意して欲しいと伝える。オーディンも問題ないとの事なのでお願いした。1日あれば用意出来るそうだ。
「早いな」
『予備の端末にAIとシステムデータをコピーするだけじゃからな。動作試験はしておいた方が良いじゃろ?』
「そうだな。出来たら教えてくれ」
『了解じゃ』
オーディンとの通信を切ると、悲しそうな顔をするイザベラが目に入った。危険が多くて連れていけない事を説明していると、ローニ達が入って来た。
「ごめん、何度も呼んだんだけど返事がなくて……」
「すまん」
ローニ達に誤りながら結界を解除する。用件を聞くと、何か手伝いたいとの事だった。
「ハヅキは金属ゴーレムが暴れてる原因に心当たりがあるんだろ?」
「大丈夫だ、他の連中には何も言ってない」
「俺達は弱いけど、それでも手伝いたいんだ」
ローニ達は何か出来ないか、と詰め寄ってきた。とりあえず離れてもらって話をする。
「船の場所って分かる?」
「ごめん、分かんないや」
「地図は持ってる?」
「写しの地図なら持ってるよ」
そういってリーヴは簡単な街の地図を渡してくれた。詳細な地図は軍事機密なので一般人が手に入れるのは無理だそうだ。周囲を探索してマッピングをする必要が出て来た。
「外に出て探索する必要があるな」
「それなら、俺達が案内するよ」
「任せるよ」
「おう!」
リーヴが嬉しそうに返事をしてくれた。時間は、明日の朝食後に決まった。
「それと、ローニ達に食料の管理を任せたい」
「それはアンナルがやってるよ?」
手持ちの食料の事を伝えると3人共、静かに驚いていた。
「マジかよ……」
「どこにそれだけの食料が……」
「分かったわ。アンナルじいちゃんを手伝えば良いのよね?」
「量が増えると1人だと大変だからな」
食料は明日の朝、食事前に渡すことになった。
「保存食ばかりだがしっかり管理してくれ」




