駆逐艦へ侵入
厚く垂れ込める雲を背に、飛行魔法を使って空を飛び続ける。肌に当たる風は冷いながらも纏わりついてくる。
大陸に差し掛かると海沿いに大きな港街が見える。港には大型の帆船が並んでいた。この街は交易が盛んなので珍しい品も集まってくる。
街を過ぎると森が広がっている。森の先に視線を向けると連なる山々が見えてきた。ウル大陸の中央にそびえる山岳地帯に近づいている。この山々の麓に目的に駆逐艦がある。
『まもなく目的地です』
ブリュンヒルデが意思疎通の魔法で教えてくれる。空中を移動していると、風の音で声が聞こえない。そのため、魔法を使わなければ会話が出来ない。
目的地付近の上空に到着する。周囲を見回して見るが、それらしき物は見当たらない。低速で移動しながら散策していると、木々の間に開けた場所を見つける。
そこには、枯れ草と雑草に埋もれた駆逐艦が横たわっていた。駆逐艦から1mほど離れた所から草は刈られており、見通しが良くなっている。先行調査の際にドローンが刈り取ったのだろう。
船首付近に、ゆっくりと降りていく。地上に降りると歩いて駆逐艦の状態と周りの様子を確認する。駆逐艦は左に倒れており、左側全体と艦橋の一部が地面に埋まっている。
「艦橋から入るのが妥当だろう」
魔法を使って艦橋の右側に飛び乗る。足元には扉があるので、そこから入れそうだ。取っ手のそばには端末と思わしき装置がある。
手で触ってみるが反応しない。ブリュンヒルデがアクセスを試みるがこちらも反応しない。
「反応なしか」
『事前情報の通りです』
取っ手は錆びているのか、少ししか動かない。動かすたびにギィギィと音がなり、錆が粉になって取っ手の隙間から出てくる。
「物理的に壊すしか無いか」
『そのようですね』
「……はっ!!」
魔力を込めた拳で扉を撃ち抜く。大きな音が周囲に響き、鈍い衝撃が拳に伝わってくる。が、扉には傷一つ付かない。取っ手の可動域も変わらず。
上位魔法なら壊せるだろうが無闇に上位魔法を使うと、近くにある国が置いた前哨基地の監視に引っかかる。山を超えると別の国なので、麓の森の何箇所かには基地が設置されている。
結界を貼ってこちらの動きを隠す必要がある。
人避けと隠蔽の結界を、余裕を持って駆逐艦を覆うように貼る。その下に、対魔法結界と対物理結界を貼る。外からの攻撃を防ぐのではなく中で使った魔法を外に出さないためだ。
複数の結界を維持したままだと、他の魔法を使うと結界が解ける可能性がある。術式を固定して自動で維持するように別の魔法を使う。
「術式固着化。忌避結界、隠蔽結界、対魔法結界、対物理結界」
固定した4種類の結界魔法を杖に記録する。これで他の魔法を使っても結界は維持される。
「よし。じゃあ壊すぞ」
結界を貼っているので、問題なく上位魔法が使える。意識を集中させて詠唱を行う。無詠唱でも発動出来るが、杖に固定した術式と結界に対して万が一にも影響が出ると困る。そのため、今回は詠唱して発動させる。
「風の精霊王よ、契約に従い力を示せ! 空舞う翼は剣となりて、踏み鳴らす蹄は刃となりて、集い重なり大地を駆けろ! 天穹の風迅!!」
魔法を乗せた拳が扉に当たる。暴風が吹き荒れ、鈍い金属音が響く。勢いよく撃ち抜かれた扉は艦内に落ちる。
〈天穹の風迅〉は本来は直線上に飛ぶ砲撃魔法だ。しかし、範囲と威力を集中させるために拳に魔法を乗せて放った。近接戦闘でも使える小技のようなものだ。
扉が壊れて入口が開いた事を確認すると艦内に飛び込むと甲高い警報が鳴り響いた。空間内を照らす明かりも赤く点滅しているためセキュリティ装置が起動したと考えられる。
『侵入者を確認! 侵入者を確認! セキュリティを作動! これより迎撃を開始します!』
「生きてるのか!?」
さっき聞こえた声は「迎撃」と言った。命令を実行するために搭載されている兵器が出てくる可能性が非常に高い。
『端末へアクセス開始、拒否されました』
無反応だった端末は起動したがアクセスは拒否された。しかし、拒否されたという事は駆逐艦のシステム全体が生きている事になる。
『マスター、通路の両側からアンノウンが接近! 警戒して下さい!』
ブリュンヒルデが警戒を促がすと、それはすぐに現れた。通路の両側より小型のドローンが5機ずつ迫ってきた。細長い筒の付いた箱にプロペラが付いた形のドローンだ。
ドローンの筒が光ると魔法の弾丸が飛んできた。両側に魔法で盾を作り防ぐ。威力は高くないが連射出来るようで動きを止められた状態だ。
『放て、〈光の弾丸〉11連』
「!?」
ブリュンヒルデが魔法を起動すると、俺の足元に魔法陣が浮かび周囲には光の玉が出現する。5個と6個に分かれて左右に打ち出される。数発が相手の魔法と相殺し、空間内を煙が覆い尽くす。
煙に紛れて一方のドローンに向かって走っていく。飛んでくる弾丸は魔法の盾で防ぎ、ドローンの下を駆け抜けた。
「放て! 〈風の弾丸〉21連!!」
走りながら魔法を放つ。弾幕を張りドローンからの攻撃を全て相殺する。ドローンに当たった弾もあるがダメージは通らない。障壁で防がれたのもあるが、風の魔法は単体だと威力が低い。
10機のドローンが後ろから追いかけて来る。
「助かったよ」
『管制室までのルートを案内します。次の通路を降りて下さい』
ブリュンヒルデの指示に従って通路を進んでいく。現在位置を推測するが見当がつかない。明らかに、駆逐艦の全長以上の距離を走っている。
「外観に比べて艦内は広いな」
『積載量を増やすために、艦全体に空間拡張の魔法が施されています』
外観に比べて中は異様に広い。初めは錯覚かと思ったが違うようだ。空間拡張の魔法は、その名の通り一定空間内を広くする魔法だ。元の広さから拡張する割合が多いほど効率は落ちるし、拡張の限界もある。
この駆逐艦に施された空間拡張は、2倍や3倍といった規模ではない。おそらく10倍以上だろう。それだけ拡張するエネルギーは、どうやって用意しているのか。
『幻覚魔法の使用を確認しました。魔力フィールドを作って中和します』
この場で使われた幻覚魔法は方向感覚を狂わす魔法だ。しかし、持っている魔力量が多ければ効果は薄くなる。さらに、ブリュンヒルデが作った魔力フィールドのおかげで完全に無効化されている。
「何度もすまん……」
『一時的とはいえパートナーです。もっと頼って下さい』
ブリュンヒルデの指示に従って通路を走っていると、正面の角から何かが歩いて出てきた。
「あれは……人間か?」