燃え尽きた大地
ブリュンヒルデが起動させた転移魔法の光が収まると、黒い大地に立っていた。空を流れる雲すら黒く、太陽の光は地上まで届いていなかった。大地の”黒”は光が届かないから黒く見えるのではなく、大地そのものが燃え尽きたような黒さだ。
「ブリュンヒルデ、地面の解析出来るか?」
『解析を開始します。……土の中に大量の炭素と化学物質を確認しました』
ような、ではなく燃え尽きていた。
毒性は無いので、抱きかかえていたイザベラを降ろす。俺の魔法とブリュンヒルデのレーダーで周囲を探索するが何の反応も得られなかった。
「どうするか……」
周囲には何も無い荒野が広がっていて、目印になるようなものも見当たらない。どう行動するか考えていると、100m程の距離に何かが落ちてきて煙が上がった。煙が晴れると何かが動いているのが分かる。それは小さな爆発音とともに勢い良く迫ってきた。
「!!」
障壁でそれの突進を防ぐと、その姿に驚いた。
「こいつ、航行艦にいた人型ロボットか?!」
『確認しました。自立行動型の機動兵ロボットです。航行艦で戦ったロボットを戦闘に特化させたタイプです』
「それが何で襲ってくるんだよ?!」
『ー結界破壊プログラムを機動ー』
障壁が乾いた音を立てて砕けたので、慌ててイザベラを抱き上げる。ロボットは勢いそのままに腕を振り抜くと、衝撃波とともに地面は弾けた。〈旋風の鎖〉で拘束するもすぐに破られた。近づいて〈魔封雷剣〉を使うが1秒絶たずに抜けられてしまった。
『対魔法装甲と判断します』
対魔法装甲とは、魔法に対して高い抵抗力を持った金属や塗料を使った装甲だ。当然、攻撃魔法が直撃してもダメージは通らない。
ロボットは魔法を無視して突撃してきた。格闘術で攻めてくるロボットを相手に、イザベラを庇いながら大きく避ける。
「物理で壊すか、〈水流刃〉」
手元に出した杖の先端から水を噴出させる。〈水流刃〉は高い圧力の掛かった水を噴出させて物質を切る魔法だ。しかし、ロボットに使用されている金属が硬いようで僅かな傷しか入らなかった。
「硬すぎないか?!」
『この世界の技術と合わさって、強度が増したと推測されます』
「炎で焼き切れないか?」
『元の魔法装甲であれば融点は1万3,000度です』
外側からの壊すには準備がいる。中からなら壊せるだろうが、高速で動き回っている相手に空間座標を固定するは難しい。
「ブリュンヒルデ、あいつの中に魔法を転送させられるか?」
『7秒あれば可能です』
「よし、準備してくれ。動きは俺が止める」
『了解。……準備完了しました。空間座標を入力すれば魔法を転送できます』
俺は、相手の動きを止められる魔法を使う。1秒経たず破られるので、ブリュンヒルデが必要な7秒経つまで魔法を使い続けた。
『空間座標を検出……転送……成功しました』
ロボットが大きく体を震わせた後、動きを止めた。警戒しながら拘束魔法を解くと、ロボットはその場に倒れた。近づいても反応はないので、完全に壊れたようだ。
ブリュンヒルデがロボットを収納魔法で回収した。オーディンの元へ送って解析してもらうそうだ。
「さて、どこを目指すか……」
太陽も雲に隠れており、磁場も歪んでいるので方角が分からない。魔法で飛び上がって周囲を見回してみる。遥か遠くに小さく山脈の様なものが見えるだけで、他には何も見つけられなかった。海が見えないことから大陸の内陸部にいると推測する。
「遠くに見える山に向かって飛んでみるか」
飛行魔法で移動を開始するが、眼下を流れる大地には植物どころが枯れ木すらも見当たらない。
「これ、生き物が絶滅してる可能性ないか?」
『否定出来ません。現状の環境下では生物は生命活動を維持出ません』
俺達がいる場所がたまたまそうだ、という可能性もある。しかし、雲が黒く太陽が隠れるほど厚いので世界規模で異常が起きていると考えるのが妥当だろう。
途中、池が見えたので立ち寄った。しかし、少ない水は黒く汚染されていた。この水にも炭素と化学物質が大量に溶け出していて、飲用には向かないというのが解析の結果だ。
池の中を魔法で探索してみるが生物の反応は無かった。
黒い池を後にして、再び山を目指して飛行していると人工物が見えてきた。降りて確認してみると、大きく崩れて黒く汚れた建物の様なものだった。
中に入って見たが誰もいない。脚元には、何かが燃えつきた跡が残っていた。
「明らかに人工物だよな? 最近まで人がいたのか?」
周囲を魔法で探索するが反応はない。汚れた家からさらに山の方へ移動すると人工物が増えてきた。しかし、全て壊れて黒く汚れている。
その後も人工物は増えていき、穴の空いた舗装された道路も見えてきた。
「これは……街か……?」
大小の壊れた建物が密集しており、建物の間を道が通っている。地上に降りて探索してみる。崩れた壁は、周りに残った跡から推測するに建物だった様だ。
「脚元が悪いから転ばないようにな」
「うん」
石畳で舗装されている道は穴が空いていたり、砕けている所も多くて歩きにくい。イザベラに注意しながら探索を続けるが何も見つからない。途中、地下に降りれそうな場所を見つけるが瓦礫で埋もれて進めなかった。
「お腹すいた」
イザベラが近寄ってきて空腹を訴えるので、食事の出来る場所を探す事にした。元は大きかったであろう崩れた建物に入ると中の汚れは少なかった。
「中は妙に綺麗だな」
黒い汚れが無いのもそうだが埃が少ない。人がいなくても倒壊して時間が経てば砂埃位は溜まる。だが、この建物は今でも使っているかの様だ。
「入口の近くで食事の支度をしよう」
建物の入口付近で比較的汚れていない場所を探して食事の支度を始める。火を起こし、お湯を沸かしてインスタントのスープを作る。
パンを齧っているイザベラにスープを渡して俺も食事を始める。
食後は火を消した後、壁際によって結界を張る。結界にはブリュンヒルデに頼んで隠蔽と感知妨害を重ねておく。俺だけだと機械技術による感知に隙が出来るからだ。
結界を張り終わると床に布を敷いて、その上で寝る事にした。
◇
夜中、何かの気配に目が覚める。事前に機動しておいた水系の探索魔法〈波紋〉に反応があった。反応の間隔は人が歩いている感じに近い。
体を起こして様子を見ると、人影が3つ。俺達が焚き火をした場所を中心に歩き回っている。何か話してる様なので聞き耳を立てる。
「こ……たの……。ま……かも知…さ…!」
大きな声では無かったので、あまり聞き取れなかった。言葉の雰囲気から何かを探している様だった。
その後は別れて探索し始めたので目的は分からなかった。ただ、人がいる事は分かった。問題は"話が出来るか"である。
『警告! 上空より多数の熱源反応が急速に接近中!』
ブリュンヒルデの警告を聞いて結界を解除すると、イザベラを抱えて建物を飛び出した。
「!! いた!!」
建物から出て走る俺達を人影が追いかけてくる。
『着弾します!』
ブリュンヒルデが警告した瞬間、周りで爆発が連続して起こった。熱源の正体はミサイルだった様で、直撃した建物が砕けて石礫と瓦礫が大量に降ってくる。
大きな瓦礫を避けて進んでいると、後ろから叫び声が聞こえた。振り返ると、人影の上に巨大な瓦礫が落ちてくる瞬間だった。
「ッ!」
魔力を全身に巡らせて全力で強化魔法を起動させると一脚で駆け抜けた。左腕には俺達を追いかけて来てた人影を抱えている。
「あ、ありがと」
『追加の熱源反応あり! 退避してください!』
ブリュンヒルデの警告が再び響く。空からは無数のミサイルが降り注ぎ、建物や道路を破壊していく。
「わっ!」
「口閉じてないと舌噛むぞ」
「んぐっ?!」
左腕には抱えられた人間は、俺の忠告を聞いて慌てて口を両手で塞ぐ。爆撃を躱して建物の角を曲がると大通りに出た。
大通りの正面には巨大な正方形の箱が浮いていた。
「いや、"脚"がある?! ロボットか?!」
「スレプ……ニル、嘘?!」
四角い箱に棒の様な脚が付いたロボットは異様な雰囲気を漂わせていた。そのロボットの上部が開いて、何かが上空に向けて放たれた。
『警告!! 熱源反応が上空へ移動しています! 降下を開始! 退避してください!』
「あの箱がミサイル撃ってたのか?!」
急いで離れる俺達だが、後ろからロボットが音を立てて追いかけて来た。横道に入って逃げ切ろうとするが、ロボットは箱の下部から5機のドローンを出して追って来た。
「無理よ! 逃げきれない!」
「なんでだ?!」
「アイツは街を滅ぼす為に作られた殲滅兵器なの。私達だけじゃ逃げきれない!」
ドローンに対して魔法を放つが体勢を崩すだけで追跡は止まない。だが、攻撃してこない所を見ると追跡に特化している様だ。
大きな機械音が聞こえる。ロボットが大通りを迂回して回り込んできた。正面からでは見えなかったが、四角い箱に脚が4本、それが2つ連なっている。どう見ても”馬”には見えない。
「アイツに魔法は効かないの! この国のどんな魔法でも壊せなかったの!」
「外からが無理なら中から壊せばいい。ブリュンヒルデ!」
『了解!』
「腕輪が喋った?!」
脇道から大通りの巨大なロボットの前に出ると魔法を機動させる。
「〈洪水〉、〈凍結〉!」
大量に魔力を注ぎ込んで〈洪水〉を起動すると、魔法で水上へ飛び上がった。ロボットの膝が水に浸かった瞬間を狙って〈凍結〉で凍らせた。
動きの止まったロボットの中にブリュンヒルデが魔法を転送する。ロボットが大きく動いた後、反応しなくなり、ドローンも空中で留まったまま動かなくなった。
「動かなく……なった?」
「中を壊したからな。さてと、ドローンはどうするか……」
『内部システムを解析中です。少し時間をください』
「わかった。なら、待ってる間に話をしようか」
俺は左腕で抱えている人間と、右腕に抱えているイザベラを氷の上に降ろして自己紹介を始める。
「俺はハヅキ、この子はイザベラだ。世界を旅している。お前の名前を聞いていいか?」
「私の名前はローニ、さっきは……助けてくれてありがとう」
「ローニ、さっきのロボットの事を教えてくれ」
ローニにロボットの事を尋ねると、「詳しくは無いけど……」と前置きをして教えてくれた。50年程前に空から巨大な船が現れた。その船か大量の金属ゴーレムが出てきて、街を破壊していったそうだ。沢山の騎士と魔法使いがゴーレムを壊そうと戦ったけど倒せなかった。
街は瞬く間に滅んだ。街を滅ぼしたゴーレムは方々に散って、辿り着いた街や村を滅ぼしていったそうだ。その後も絶える事なく破壊活動が続いている、と涙を流しながら話してくれた。
「金属ゴーレム、この世界には機械技術は無いのか?」
「機械? あれが?!」
「魔法技術が発展した世界か……。そう言えば、最初に一緒にいた2人は大丈夫なのか?」
「あっ! 忘れてた!」
俺を追いかけて来た事で巻き込まれた騒動で忘れていたらしい。道は分かるそうなので、元の場所までの案内を頼んだ。
『内部システムの解析が完了しました。転送してもよろしいでしょうか?』
「1機、クレスの元に遅れるか? あっちでも調べてもらおう」
『了解』
空中で待機しているドローンの下にそれぞれ魔法陣が現れると、光に包まれて消えていった。
「今の転移魔法の光? どこに送ったの?」
「調べてくれる人の所だよ」
ローニと歩きながら話をする。この世界の事を聞くと、「何で知らないの?」とグチりながら色々教えてくれた。歯車で動かす機械はあるようだが機械工学として独立する程の技術は無いようだ。
元いた場所に戻ってくると、建物の入口付近でローニを呼ぶ声が聞こえた。ローニは大声を出して走りだした。
「おーい!!」
「ローニ?! 無事だったか!」
「心配したぞ! どこ行ってたんだ?!」
ローニの元に2人が集まってくる。改めて見ると、ずいぶんと傷んだ服を着ている。
「爆発音が何度も聞こえたから心配したぞ!」
「ごめんね。でも助けてくれた人がいて……」
「助けてくれた人? ッ誰だ?!」
俺達が近づくと一気に警戒されたが、ローニがとりなした。その後。ローニが俺達の紹介をした。
「俺はヘジン」
「俺はリーヴだ、よろしく!」
「こんな夜中に何してたんだ?」
「食べ物を探してたんだだけど、何も見つからなくて……。諦めて帰ろうとした時に明かりが見えて」
「それで調べに来たわけだ」
焚き火の明かりをローニ達に見られてた様だ。
「ハヅキ、食べ物まだ持ってる? 持ってたら分けて欲しい」
「何と交換する?」
「……情報でどう? ハヅキ、何でか分からないけど知らないこと多いみたいだし」
食料と情報を交換することになった。建物に入り、入口付近で火を起こす。燃料となる薪が無いので、さっきの食事の時と同じ様に魔法陣の上に炎を出した。お湯を沸かしてインスタントスープを作ると、紙コップに入れてローニ達に配る。
「熱いから気をつけて」
「熱っ?!」
「でも、美味い!」
「ローニ、これも配って」
ローニにパンを渡して配ってもらう。パンとスープが行き届いたのを確認して、さっき戦ったロボットの話を聞く。




