会談へ
ホテルに帰るとティーナが迎えてくれた。
「お疲れ様です。楽しめましたでしょうか?」
「ああ、ペリオンのお陰で楽しめたよ。ありがとう」
「恐縮です」
ティーナが予定を確認してきた。明日も自由にして良いそうで、明後日は会談があるので参加して欲しいと言われたので了承する。
「明日は、いかがなさいますか?」
「特に決めてない。街を観光しようかとも思ってる」
「承知しました。またご要望がありましたら、お申し付けください」
明日も9時にロビーで待ち合わせる事になった。ティーナとペリオンに感謝して部屋に戻ると、アスクレスに連絡した。部屋に帰ってると言うので、今日もイザベラの風呂をお願いする。
しばらくしてアスクレスと一緒にイザベラが帰って来た。昨日より時間が掛かってたので聞いてみた。
「今日は長湯だったな」
「イザベラと色々話してました」
「どんな話しだ?」
「秘密です」
アスクレスは自分の口元に人差し指を当てて微笑んだ後、部屋に帰って行った。イザベラに聞いても教えてくれなかった。
(これは成長と受け取って良いのか?)
イザベラの変化に不思議な感情を持ちつつも今日は休んだ。
◇
翌朝、俺のベッドでイザベラが寝ていた。夜のうちに潜り込んだのだろうか。イザベラを起こして身支度を整えるとロビーに降りた。ロビーでは既にティーナとペリオンが待っていた。
「おはようございます、ハヅキ様、イザベラ様」
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう…ござい…ます」
ティーナとペリオンが挨拶してくれたので応える。予定を聞かれたので、昨日話した通り街の観光をしたいと伝える。
「承知しました。本日も私がご案内させて頂きます」
「ありがとう、ペリオン」
ホテルの前に用意されている車で市街地に移動した。最初に案内されたのは複合施設にある映画館だ。ペリオンが選んでくれた映画は、昨日のテーマパークでも見かけたキャラクターの映画だった。
「最近の子供向けの映画は、大人でも十分に楽しめるくらいに作り込まれています」
ペリオンが言う通り映画を楽しめた。イザベラは大きな音や声のたび、「ビクッ」としていたが楽しめていたようだ。映画の後に買ったグッズを大切そうに握りしめている。
昼食は、同じ施設内のレストランで済ませる。昨日とは違う趣向の店を選んでくれていた。
食後は俺の希望で本屋に入った。紙媒体の本は売れなくなって来ているので大型の本屋以外は無くなったと少し寂しそうに教えてくれた。
「この国の文字は読めるのですか?」
「知っている文字に近いものがあるから何となく分かる、といった感じだ」
本屋を出た後はゲームセンターや、キャラクターグッズの専門店を案内してくれた。昨日今日と歩き回ったのでイザベラは疲れ気味だ。
「この後はいかがされますか?」
「イザベラが疲れてるみたいだから、どこかに入って休みたい。出来れば、大事な話が出来る場所が良い」
「それでしたら……このお店などはいかがでしょうか?」
ペリオンがホテルの喫茶店を選んでくれた。この喫茶店は個室があるので大事な話をしたい人も利用するそうだ。
「良さそうだな。近いのか?」
「少し歩きますが、さほど遠くはありません」
ペリオンの案内で喫茶店に入ると個室に案内された。俺とペリオンはコーヒー、イザベラはジュースを頼んだ。
飲み物が来るとペリオンが聞いてきた。
「ハヅキ様、大事な話があると先ほど言われましたが…」
「明日の会談について聞きたい。魔法技術が欲しいとは聞いているが、分野や方向性が分かるなら教えて欲しい」
「そうですね、詳細は大統領に確認された方がよろしいかと。……私の私見を言わせて頂けるのであれば、"出来るだけ沢山欲しい'というのが本音では無いかと思います」
「それは、そうだろうな。ただ、分野や方向性がバラバラの情報を大量に渡されても処理に困るだろ?」
「そうですね」
「なら、質問を変えよう。ペリオンが欲しい魔法はあるな? 実現性は気にしなくて良い」
「私が、ですか。そうですね、子供の頃は空を飛ぶ魔法に憧れていた記憶があります。他にもテストで良い点を取れる魔法があれば、と考えた事もあります」
「なるほど」
「参考にはならないと思います」
「十分だよ」
他にも不治の病や、この国の技術レベルに関して話を聞いていると不意に体の右側に何かが当たった。イザベラが俺に寄りかかって寝ていた。
「今日は終わりにしようか」
「承知しました」
寝ているイザベラを抱き抱えて車に戻ると、そのままホテルまで送ってくれた。ホテルのロビーでペリオンと別れて部屋に戻ると、イザベラをベッドに寝かせる。
帰ってくる途中も起きなかったので相当疲れた様だ。俺は明日の会談で出す情報をまとめる事にした。
「ブリュンヒルデ、記憶関係の魔法ってあるか?」
『はい、候補を表示します』
ブリュンヒルデが小さなモニターを4つ出現させて、候補の魔法を表示していく。
・記憶操作ー記憶を編集する複合魔法
・記憶消去ー特定の記憶を思い出せない様にする
・記憶潜行ー古い記憶や忘れた記憶を探す
・記憶転写ー記憶を他の媒体に静止画としてコピーする
・記憶複製ー記憶を他の媒体に動画としてコピーする
・記憶力強化ー記憶力を補強して忘れにくくする
・情報検索ー記憶の中から特定の情報を引き出す
「思ったよりあるな」
記憶に干渉する魔法は、事件の捜査だけでなく精神病の治療にも使われる。もちろん犯罪に使う連中もいるが、正しい使い方をすれば多くの人を救う事が出来る。
空を飛ぶ魔法は、いくつかの系統に分かれるが内容は基本的に同じだ。右から行くか左から行くかの違いくらいしか無い。
「あとは初心者が使う下位の魔法をまとめておくか」
相手の欲しがる情報が分からないからオーソドックスな魔法を中心に集めていった。
魔法の収集がひと段落した時、イザベラが起きてきた。お腹を抑えていて、腹痛かと思ったが「ぐぅー」とお腹が鳴ったので心配いらなかった。
「まだ晩御飯たべて無いからな。まだレストランは空いているから食べに行こう」
「うん」
エレベーターで1階のレストランへ向かう途中、ロビーでティーナとアスクレスに会った。2人は明日の会談の打ち合わせをしているそうだ。少し雑談した後、アスクレスから風呂の事を聞かれる。
「今日はこの後も話し合いがあるので、イザベラの入浴はハヅキがお願いします」
「…犯罪にならないのか?」
「大丈夫でしょう。イザベラ、今日のお風呂はハヅキと入ってくれますか?」
「うん」
「イザベラから許可を貰いましたので、お願いしますね」
風呂に入れるのは問題ないが、文明世界で自分とは性別の違う子供を風呂に入れる行為は危険すぎる。許可を貰ったとかいう話では無い。
ティーナの方を向くと目を逸らされた。万が一の場合は逃げるしか無い。
「それでは、失礼します」
そう言ってティーナとアスクレスは歩いて行った。内心の不安を抑えつつレストランで食事を済ませた。
部屋に戻って湯船にお湯を溜める。浴槽の半分くらいまで溜まるとお湯を止めてイザベラに声をかける。
「お湯が溜まったから風呂に入ろう」
「うん」
イザベラは脱衣場に行くと服を脱ぎ始めた。俺はズボンの裾をまくって足元が濡れても良い様にしてからお風呂場に入った。
「その…脱がないの?」
「一緒に入るのは、また今度だ」
そう言ってイザベラを洗い始めた。この世界に来てからは毎日入浴しているので汚れはない。髪も丁寧に整えられている。
「ゆっくり温まってから出て来い」
イザベラを洗い終わると、タオルで足を拭いてからお風呂場から出る。イザベラがずっと不機嫌な顔をしていたのは気になったが理由は教えてくれなかった。
◇
翌朝、部屋の扉がノックされたので出るとティーナが立っていた。用件を聞くと、今日の会談の予定を伝えに来たそうだ。
「朝早くに申し訳ありません。本日の予定をお伝えします。会談は10時からになりました」
「早いな」
「申し訳ありません。本来は夕方から夜の予定で進めていたのですが、急に外せない用件が入ってしまいました。重ねてお詫び致します」
「分かった。どこに行けば良い?」
「8時30分にロビーに来ていただければ、会場までご案内致します」
了承すると「失礼します」と言ってエレベーターの方は向かって行った。見送っていると、今度はアスクレスが訪ねてきた。
「おはようございます、どうしたのですか?」
「ティーナが予定を言いに来てた」
「そうですか。私も同じですが、時間は問題ありませんか?」
「大丈夫だろ」
「急遽、反対派の議員が予定をねじ込んで来まして。無碍にも出来ないので会談を前倒しにしました」
「お疲れ様」
アスクレスが疲れた顔をしているので労っておく。予定していた会談に邪魔が入って調整をし直したのだろう。
「それでは、8時30分にロビーにお願いしますね」
「ああ」
アスクレスは自分の部屋に戻って行った。俺は部屋に戻ってイザベラに会談の話を伝える。
「イザベラ、8時30分にロビーに降りるから支度しよう」
イザベラと支度を始める。荷物は魔法で収納してあるから手ぶらだ。イザベラには赤いワンピースを着せてある。話には参加しないが、会談の席には座っている。退屈するだろうが我慢して欲しい、と先に謝っておく。
15分前になったのでロビーに降りる。ロビーでは既に集まっていた。ペリオンの案内で車に乗り込み、会談の会場へ向かう。
「会談にはウラルス大統領の他にアケノス陸将とクレス議員が出席されます。話は通してあるので無礼な振る舞いはしないでしょう。それでも、気になる点がございましたら、おっしゃってください」
ティーナが会談中のマナーについて話す。こちらも、この世界のマナーや常識を知らないのだからお互い様だとは思う。
「着きました」
ペリオンが到着を告げる。会場となるホテルには警備員や警察、軍人と思われる人が大量に配置されている。厳重だな、と内心で思いつつ車から降りてペリオンの案内について行く。
ホテル内には客は見当たらなかったので貸し切っているのだろう。通された部屋は、中央にテーブルが置いてあり、向かい合う様に椅子が4つ置かれている。壁際には大きめのソファが置かれていた。
「ハヅキ様とアスクレス様は椅子の方へ、イザベラ様はソファへどうぞ」
ティーナが席へ案内してくれてる時にノックされる。ペリオンが出ると恐縮した様子で3人を中に案内した。
「待たせてしまったかな?」
「いえ。今、到着したばかりです。ご無沙汰しております、ウラルス大統領、アケノス陸将、クレス議員」
「久しぶりだね、アスクレス。元気そうです何よりだ。所で、そちらの方が例の?」
「はい、彼が…」
アスクレスが俺とイザベラの紹介をした後に向こうの紹介を受ける。ウラルスとクレスはスーツだが、クレスの方が一歩引いた印象を受ける。もう1人、陸将と呼ばれていた事から軍人だろう。歴戦の勇士といった雰囲気を感じる。
「早速で済まないが会談を始めたい。構わないかな?」
「はい」
大統領は随分と急いでいる様だ。アスクレスも了承したので各々が席についた。中央の椅子にウラルス、向かって右にアケノス、左にクレスが座った。
こちらは中央にアスクレス、左に俺が座って右が空いている。
「では、話を始めようか」
ウラルスの発言で会談が始まった。




