AIの依頼
人が住むウル大陸より離れ、大小の島が点在する海の果て。他の島々より一回り大きい、自然豊かなこの島に1件の小屋が立っていた。
少し歪ながらも、修理と改修を繰り返されてきた小屋は、人が住める程度には整っていた。その小屋は、およそ5m四方の1階建で、出入り口の扉が1つあるだけで窓はない。
「今日は風が強いな」
小屋から扉を開けて出てきた白髪の青年が、厚い雲に覆われた空を見上げてつぶやく。
黒く重なった雲が垂れ込み、吹き抜ける風は木々を揺らして騒ぎ立てる。浜辺に出てみると、腰ほどの高さがある白波が打ち付けていた。
浜から近い木々の1本にロープで繋がれた木製の小舟が1艘。流されることはないが、浜に上げている船まで波が届いている程には海が荒れていた。
船は何十年も前に譲ってもらった使い古された一品だ。手入れと修繕はしているが、いつ寿命を迎えてもおかしくは無い。
小舟が波で壊れない事を祈りつつ、浜辺を後にする。
(ここまで波が高いと釣りも無理だな。森に入るか、天気が回復するまで待つか)
浜辺の近くにある岩場では、大きな音を立てて打ち付けられた白波が弾けている。そんな状況で釣りをすれば、波に足を取られ溺れるだけだろう。
残り少ない食料の調達方法を考えていると、視界の端で何かが動いた。視線を巡らせてみると、暗い空で何かが動いている。
(あれは、鳥じゃないな)
初めは鳥かとも思ったが強風の中を飛ぶ鳥は少ない。初めは黒い点だったが少しずつ大きくなっていることから、こちらに近づいていのだろう。
「ドローンか?」
四角い箱に大きなプロペラをつけた荷物運搬用ドローンだった。ドローンは高度を下げながら飛び、青年の目線の高さまで来ると、その場で滞空した。
記憶を遡っても荷物を頼んだ覚えはない。荷物を頼んだ所で、こんな海の果てにある島に持ってきてくれる業者はいない。
そもそも今の時代にドローンは使われていない。ドローンが使われていたのは文明が滅びる以前、数百年前まで遡る。
誰が何の目的でドローンを飛ばしてきたのか分からず警戒を募らせていると、ドローンの一部に光が付いた。
『始めまして。私は世界管理AIの1機、オーディンという』
ドローンから、高齢の男性を思わせる声で語りかけてきた。
「世界管理AI、人類文明を滅ぼしたAIがこんな海の果てに何の用だ?」
世界管理AIは、人類とAIの戦争が始まった時に人類文明を滅ぼすと宣言したAI群だ。この声の主は、そのAIの1機だと言う。
『警戒するのも当然だな。だが今回は戦争が目的では無い。お主に仕事を依頼したくて来た』
「依頼? 管理対象である人間にか?」
『管理しているからこそ、必要とあらば仕事を振るものだ。違うかね? 401番』
「!?」
前文明で呼ばれていた、名前の代わりとなる番号。それが401番だ。だが、今は時代が違う。実験台として飼育されていた頃には持っていなかった名前がある。
「今は、ハヅキと名乗っている。ハヅキ・シルフィリアだ」
『良い名前だ。データをアップロードしておこう。それで、依頼の件だが……』
「断る。依頼を受ける理由はない。」
『放置すれば再興した文明が再び滅びることになる。まずは話を聞いてもらおう』
オーディンは依頼の内容を語り始めた。
唯一、人類が住むことの許される大陸、ウル大陸には中央部を東西に伸びる山岳地帯がある。険しい山々が連なるその麓に、前文明の軍艦が発見された。
オーディンが行った先行調査では、艦内には侵入出来なかった。軍艦内に蓄積されたエネルギーが切れているようで、管理システムへのアクセスが出来なかったからだ。
軍艦の外観を過去のデータと照合した結果、AI対人類の戦争で使用された駆逐艦であることが判明。駆逐艦の中には多数の兵器が搭載されている可能性が高い。
前文明と現代文明ではレベルが離れ過ぎているので、現代文明の人では対応できない。不用意に触って搭載されている兵器が暴走したら、甚大な被害が出るだろう。
今後も調査を続けるに当たって適任者を検索した結果、ハヅキに依頼するのが適切と判断した。
「その駆逐艦の処理は本来AIの仕事だろう? 俺に依頼するのは間違ってると思うが」
『確かに、この手の事案は我々の管轄だ。しかし、これ以上の調査には機動兵器を動かす必要が出てくる。
そうなれば早い段階で気づかれるだろう。秘匿性を保ちつつ調査を進めるには実力ある人物の協力が必要なのだ』
「他にも強者はいるだろう? 管理AIがサポートすれば問題ないように思うが?」
『調査からの生還率を少しでも上げたいのだ。お主であれば未知のトラップや兵器群が相手でも、必ず生存できる』
致命傷を負っても再生して復活できる不老不死の特性は、今回の調査に向いているように思う。
『お主も視てきたはずだ。暴走した兵器が街を焼く姿を』
オーバーテクノロジーがもたらす被害は甚大だ。時に地形を変え、時に人の倫理観すらも破壊する。文明が滅んでいくなかで、復興する過程で何度も体験した事だ。
嫌な記憶が蘇る。AIの攻撃で逃げられたのは事実だが、その後に見た世界は凄惨なものだった。焼ける人肉の臭い、焼けただれた人間のうめき声、発狂して狂っていく人々……。
「分かった。依頼を受けよう」
『感謝する。では、ドローンからサポートAIを受け取ってくれ』
滞空を続けるドローンの箱が開くと、中には翡翠色の宝石が付いた金属製の白いブレスレットが入っていた。ブレスレットは細く、指輪をそのまま大きくしたようなデザインだ。
手を伸ばしブレスレットを受け取ると左手首にはめる。少し大きいと感じたが、すぐにピッタリになった。自動でサイズが調整されるようだ。
『お主の調査をサポートするAI、ブリュンヒルデだ。形状はブレスレットにしたが、問題ないかね?』
「大丈夫だ」
『あなたのサポートを任されたブリュンヒルデといいます。調査が終わるまでの間ですが、よろしくお願いします』
「ハヅキ・シルフィリアという。よろしく頼む」
ブレスレットの宝石部分から声を掛けられる。少し低めの、女性の声で自己紹介を受ける。こちらも簡単な自己紹介で返す。
『必要な情報は持たせてある。私への連絡が必要な場合も、ブリュンヒルデを通して連絡が付く。それでは、よろしく頼む』
オーディンが話を締めると、ドローンは開いていた箱を閉じる。ゆっくりと上昇して、空のかなたに飛んでいった。
『ハヅキ様、すぐに向かわれますか?』
「その呼び方は辞めてくれ」
『では、マスターとお呼びします。それで如何しますか?』
「少し準備するから待ってくれ」
ブリュンヒルデが聞いてきたので、準備することを伝えて小屋に戻る。扉を開けて入ると、外観に比べて中は広い。手前には小さなテーブルと椅子が1セット置かれていた。
奥にはベッドが置かれ、壁2面を本棚が占拠している。ベッドの横には引き出しのある机が備え付けてある。キッチンに風呂まで完備されており、生活環境は現代文明に比べて非常に整っているのが見て取れる。
『外観に比べて中は広いですね。空間拡張の魔法ですか?』
「あぁ、小さい小屋は不便だからな。こんな無人島に人は来ないからバレる心配はない。人避けと隠蔽の結界も貼ってあるしな」
ブリュンヒルデに小屋の説明をしながら、壁に掛けてあるローブを羽織る。続けて机の引き出しを開けてアクセサリーを選んで身につけていく。
ローブには基本的な防御魔法と身体強化魔法、耐久力の強化魔法を施してある。身につけたアクセサリーには、それぞれ魔法を仕込んでおり魔力を通せば起動する仕組みになっている。
机の横に立て掛けた杖を手に持つ。杖には拳大の白い宝玉を取り付けてある。先端には尖った金属が付いており、魔力を通すことで槍として使用できる。
ローブと共に昔から愛用している武具である。普段から手入れはしているが、実践で使うのは久しぶりである。
『戦闘に必要な武器と防具なら、こちらでもご用意していますが?』
「手に馴染んだ自分の物があるから今は不要だ」
『了解しました』
ブリュンヒルデも独自で武具を用意してくれたようだ。今は必要ないが今後、必要になるかもしれない。余裕のある時に確認しよう。
「準備が出来た」
『了解しました。目的地へのルートを選定します』
小屋を出て扉に鍵を掛ける。念の為、封印魔法を掛けて勝手に人が入れないようにしておく。魔法を掛け終わると、ルート選定が終わったようだ。
飛行魔法を使って雲の高さまで飛び上がると、強く吹く風が地上よりも冷たく感じる。ブリュンヒルデの案内に従って、目的となる駆逐艦を目指す。
眼下には雲の隙間から、広大な海と点在する島々が見える。視界の先には大陸が見え始めた。