前日譚・別の世界へ
荷物が積み終わると、再びロビーに集まった。
「必要な物は積み込んだ。君達が協力してくれたお陰で設備も持ち込む事が出来たよ、感謝する」
「準備が一段落したなら、これを渡しておこう」
そう言ってハヅキは複数のアクセサリーを取り出した。ブレスレットやペンダント、指輪などタイプの違うアクセサリーが並ぶ。
「これは?」
「軍艦を鹵獲したついでに手に入れたデバイスだ。中のシステムをブリュンヒルデが修正して、管理AIからの干渉を受けない様にしてある」
「そんな事が可能なのか!?」
「ブリュンヒルデからコピーしたシステムデータを使ってるからな。1人一つずつ取ってくれ」
「ずいぶんと親切にしてくれるけど、何が目的なの?」
「秘密だ」
イザベラ主任がハヅキに目的を聞くが教えてくれない。警戒したり戸惑ったりする研究員達のなか、イザベラ主任が最初にアクセサリーに手を伸ばす。
「私達を助ける事は貴方達に取って都合が良いのでしょう?」
「あぁ」
「なら、覚悟を決めるしか無いでしょう?」
イザベラ主任が静かに、力強く言うと研究員達も決断した様でアクセサリーに手を伸ばしていく。
「しかし、何でわざわざデバイスを用意してくれたんだ?」
「研究者だけで船を動かすのは難しいだろうと思ってな。デバイスが船の運行をサポートしてくれる」
軍艦の運行や航行はデバイスが管理してくれる様で、私達は簡単な指示を出すだけで構わないとの事だ。
「なら、すぐに出発するのか?」
「いや、まだ待ってくれ。【境界の羅針盤】の術式が未完成なんだ。今のままだと安定しない上に術式の規模が大きすぎる。調整して一部を削らないと船に載せられない」
軍艦自体が巨大だからと言って、大規模な術式を組み込める訳では無いそうで調整が必要らしい。また、安定性が確保出来ないと次元の狭間に投げ出される事も有るという。
「なるべく早く完成させるから、もう数日まってくれ」
「分かった。それなら待ってる間に運び込んだ設備の点検をしておこう」
「街に出る時は声掛けてな、護衛するから」
「助かるよ」
シャーラが護衛をとして声を上げてくれた。腕の立つ護衛がいれば、街の中心部まで行けるはずだ。そうすれば物資も集めやすくなる。
◇
「シャーラ、早速で悪いけど護衛をお願い出来る?」
「了解や」
「それじゃイザベラ主任、シャーラ、物資調達を頼む」
ラモン主任に後の事を任せて、私はシャーラと街へ向かった。街の外周部は探索が終わっているので、真っ直ぐ中心部を目指す。
黙って歩くのも気まずいし、2人の関係にも興味がある。
「ねぇ、2人はどこで出会ったの?」
「うーん、元々は敵同士? なんよ」
「そうなの?!」
興味本位で聞いてみたけど、敵同士とは思わなかったわ。素直にそう伝えると苦笑いを返された。
「敵同士って言っても悪者やなくて、お互いに危険物を回収しとったんや」
「危険物? ずいぶんと物騒ね」
「ハヅキは自身の出身世界から流出した危険物を回収しとった。で、私はその危険物を警察の仕事として回収しとったんや」
話を聞いて、なんとなく関係性が見えて来た。
「それで、どっちが回収するかで何度か戦った事も有る」
「そこまでしたの?」
街の中心部を目指して歩く道すがら、シャーラからの話を聞く。時々、愚痴がこぼれるが彼の事は信頼している様だった。
「ちょいまち、誰かおるな」
シャーラに言われて足を止める。ジェスチャーで移動を伝えられたのでシャーラの後を追って物陰に移動する。
姿を隠しながら様子を見ると、私達が向かっていた方向から武装した人間が歩いて来た。顔は完全に隠されているので、中身までは分からない。中がロボットなら、かなり精巧に作られた物だろう。
「人間なら味方じゃないの?」
私は声を抑えてシャーラに尋ねる。
「そうやねんけど……、何か妙な気配がするんよ」
「妙な気配? 私は感じないけど?」
「なんて言うか、別のなにかが人の皮を被ってる様な感じがするんや」
避けた方が良い、と言うシャーラに付いて別のルートから街の中心部を目指す事にした。
その後も何度か人型のなにかに遭遇してはルートを変えた。
街の中心部、ターミナル駅がある区画までやって来た。外観は変わらないが、駅の内部や脱線した電車がホームに乗り入れていた。
脱線した時に壊れたであろう売店やホームのコンクリートが散乱している。衣類や食料品を扱う店は物色された跡があった。
「この辺りにも人が来たんやな」
「どこかに避難してるのかしら?」
周りを警戒しながら物資を探すも、すでに持ち出された後だった。
「収穫なしね、残念だけど」
「他に調達出来そうな場所ってある?」
「個人の家に入れば残ってる物もあるでしょうが、効率が悪いわね。ドアが壊れてたら入れないしね」
シャーラと相談して今回は引き上げる事になった。帰りは何とも遭遇する事なくスムーズに研究所に戻れって来れた。研究所に着いた時は、日が完全に沈んで星が輝いていた。
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
「無事なら構わないさ。何が収穫はあったのか?」
私達は街の中心部へ向かう途中に遭遇した人型のなにかについて話した。
「それ、ロボットが人の服を着てるって事はない?」
「そんな感じや無かった。もっと気持ち悪い感じやった」
「……」
研究員達はイザベラ主任とシャーラが遭遇した何かについて考えていた。
「考えて分からないなら今は置いておこう。夕食の支度が出来ているから食べて来ると良い。まだ食べてないのは君達2人だけだ」
ラモン主任がその場を切り上げて話題を変える。私はシャーラと一瞬だけ目が合った。
「分かったわ。それじゃシャーラ、ご飯にしましょう」
「私も貰ってえぇの?」
「構わないさ。ハヅキにも無理矢理食べさせた」
ハヅキの方を見ると軽く両手を上げたので食べさせたのは本当の様ね。
私はシャーラと食堂へ向かう事にした。
◇
「さて、俺は腹ごなしに散歩して来るよ」
「危険じゃないか?」
「研究所の外周を歩くだけだから大丈夫だよ」
ハヅキはそう言って研究所から出て行った。残った私達は各々が自由に行動している。畑を見回る者、自身の研究を続ける者、部屋で眠りにつく者と様々だ。
◇
翌朝も襲撃やトラブルもなく朝日が昇った。目を覚ました研究員達が食堂に集まって来る。シャーラはイザベラ主任に連れられてやって来た。
「ハヅキは一緒じゃないのか?」
「朝早くに軍艦に行くって出て行ったよ」
「そうか」
集まって来た者達で朝食を取る。野菜と果物しか無い環境だが工夫を詰め重ねたメニューになっている。
食事の話題として、【境界の羅針盤】について尋ねてみた。
「詳しく聞いて無かったが【境界の羅針盤】って、どんな物なんだ?」
「次元世界を移動する時の指標にする物や。元々の世界からどの位離れたか、立ち寄った世界との位置関係はどうなっているか、を座標として記録する道具や」
「記録する座標は3次元なの?! それとも4次元?!」
「私も詳しい仕組みは知らんねんけど、4次元座標として記録してるって聞いた事がある」
シャーラは自身が知る限り、私達の質問に答えてくれた。朝食を終えた研究員達は各々の仕事に取り掛かった。
私はハヅキの事が気になったので、帰ってきてるのではと思いロビーに向かった。ロビーでウォーターサーバーの水を飲んでるハヅキを見つける。
「戻っていたのか。術式の方は順調か?」
「目処は立った。あと1日ほどで完成するよ」
「それは良かった」
必要物品も揃っている様で、明日には設置まで行けると教えてくれた。
「無理はして無いだろうね?」
「大丈夫だ。船で作業してるから何かあったら呼んでくれ」
彼はそう言うと手に持った水を飲み干してロビーから出て行った。
私は自室に戻って持ち出す機材や資料のチェックを始める。大半は既に軍艦に積み込んでいるので量は多くない。
いざ別の世界へ行くとなると様々な思いが込み上げて来る。これまで進めて来た研究を諦める事、AIの反乱で死んだ研究仲間達の事、私達が離れた後の世界はどう変わっていくのか。
「気持ちの整理もつけないとな……」
自分しかいない研究室で呟くと虚しさが込み上げて来る。
「落ち込んでる暇はない!」
感情が沈みそうになるのを奮い立たせて、気持ちを切り替えると、確認作業に移った。
◇
翌日、朝食の時間より少し早く食堂に向かうと研究員達が揃っていた。ハヅキとシャーラも一緒だ。
「みんな集まって何かあったのか?」
「術式の調整が終わって、船のシステムへのダウンロードを始めた。情報量が多いから時間は掛かるが、終わればすぐにでも別の世界へ移動出来る」
「おぉ!!」
「それで!? そのダウンロードはいつ頃終わる予定なんだ?」
「順調に行けば昼過ぎには終わる見込みだ」
研究員達が感嘆の声を漏らす。その一方でイザベラ主任が何かを考えていた。
「イザベラ主任、何か気になる事でもあるのか?」
「順調過ぎると思ってね」
「そうだな、もっと妨害や襲撃があると思ってた」
彼らが来てからはドローンが現れた一件があっただけで妨害も襲撃も起こってない。いや、彼らが私達の知らない所で対応してくれている可能性もある。
「ハヅキ、君達が私達に黙って対応してくれたのか?」
「警戒はしているが、どちらも起きてないな」
「私も見てないな〜」
「〈ツンカシラ〉と言ったか、管理AIが私達の行動を黙認しているという事か?」
「それもあるだろうな」
能力が高い者を好むといっていたが、私達の能力が高いと判断してくれたのだろうか? 疑問は残るが考えても答えが出ないのなら後に回すしかない。
「考えても仕方ないな。今は出来る事をしよう、各自やり残した事が無いか最終チェックだ」
「はい」
私は集まった研究員達に声を掛ける。ダウンロードが終われば、そのまま移動するだろうから忘れ物がない様にしなければならない。
◇
『みなさん、昼食の準備が出来ましたので集まって下さい。繰り返します。昼食の準備が出来ました』
昼食を知らせる館内放送が流れる。この放送も聴き納めとなると寂しいと感じながらも食堂に向かう。
食堂で昼食を取っているとハヅキから報告が入る。
「ダウンロードが98%まで来たから、食事が終わったら船に乗ってくれ」
研究員達は了承すると、手早く食事を済ませて自室に帰って行った。私も食事を済ませて自室に戻る。
少ない荷物を纏めると、部屋を出てロビーに向かった。ロビーでは同じ様に纏めた荷物を持った研究員達が集まっていた。
全員が揃った事を確認すると、池に置いてある軍艦へ向かう。ハヅキとシャーラの魔法で軍艦に乗り込むと、ハヅキが私達のデバイスを起動させた。
「ブリュンヒルデ、状況は?」
『ダウンロード完了しました。デバイスとの同期を開始します』
ハヅキが私達に渡してくれたデバイスが起動音を上げると、同期が開始された。
『ストレージ01、システムとの同期を開始します。装着者の情報を収集、登録します』
「持ち主も登録出来るのか!?」
「万が一、誰かに取られて使われると困るからな」
簡易的と言っても性能はかなり高い様だ。ハヅキの説明のもと、必要な情報登録を済ませる。
軍艦の指揮権は私が1位でイザベラ主任が2位、という様に細かく順位付けされている。
「ラモン主任、出発の命令をお願いします」
イザベラ主任が促して来る。
「分かった。ストレージ01、別の世界へ向けて移動する。発信準備!」
『了解。次元転移を起動します、発進準備』
私の声に反応してシステムが起動していく。全て音声入力に対応しており、デバイスがフォローしてくれるので知識や技術がなくても軍艦を操作出来る、との事だ。
『警告!! アンノウンが範囲内に多数出現!!』
突如としてブリュンヒルデが警告を発する。これまで一切の襲撃が無かったのに、このタイミングで仕掛けて来たか。
「シャーラ、処理しに行くぞ」
「出発する方が早いんとちゃう?」
「俺達は居残りだ」
「一緒に行くんとちゃうん?」
「そうだ、一緒には来てくれないのか?」
「それは出来ないな。行くぞ、シャーラ」
ハヅキはそう言って軍艦の司令室から出て行った。シャーラは困った様にこちらを見たが、後を追って出て行った。
「……」
『出発準備完了しました』
立ち尽くしている私にデバイスから完了の合図が届く。
「ラモン主任、行きましょう」
「……分かった。別の世界へ向けて移動する。発進せよ!」
『了解、発進します』
軍艦に載せられた魔法が展開して、巨大な魔法陣が何層にも重なって出現する。巨大な軍艦が浮き上がり、魔法陣の中に消えて行った。
◇
浮き上がった軍艦が魔法陣の中は消えて行く様子を外から見上げるハヅキとシャーラ。
「何で私達も一緒に行けへんかったん?」
森の中で人型のなにかと戦いながら、シャーラはハヅキに尋ねる。
「こいつらは魔法を阻害する能力があるから、近づく前に処理する必要がある」
「倒した後に船に戻れば良いんとちゃう?」
「それだとズレてしまうからな」
「ズレるって何が?」
ハヅキの言っている意味が理解出来ないので質問を続けるシャーラ。
「船に載せた転移魔法は座標の指定が出来ないから、行き先はランダムになる」
「なら、尚更一緒の方が良くない?」
「そうだな、けど一緒に行っても俺達は元の時代には帰れない」
「元の時代に帰るために残ったん? 心配やないん?」
シャーラはラモン達の行末が気になる様だ。しかし、ハヅキは断言した。
「大丈夫だよ。苦労は多いだろうけど、努力の結果は残り続けているから」
「私の言いたい事、ちゃんと伝わってる?」
「大軍が来るぞ! 構えろ!」
「後で説明して貰うからな!」