前日譚・求めたもの
私達は何日も掛けて情報を集めていった。管理AIに対する対応は各国とも行っていたが、日常生活に溶け込んだデバイスが機能しなくなった影響で、国の対応も大きく遅れている。
ーーそれでは次のニュースです。AIの反乱によって多くのデバイスが暴走する中、ラコドロ共和国にある研究施設が襲撃を受けました。施設は大きく崩れており、職員の多くが行方不明になっておりますーー
研究所の一室で見ていたニュース番組で、他の施設も攻撃を受けていた事を知った。一度攻撃した施設に対して二度目の攻撃はしないのか、あれから平穏な日が続いていた。
「あの施設、確か人工精霊を使った不老不死の研究をしてた所だったな」
不死性を確かめる為にあらゆる実験・凶行が行われていると噂に聞いた事がある。
他にも軍事施設や駅・空港も襲撃を受けていて多くの人が犠牲になっている。
ニュースを見ているとモニターの端に集合時間を知らせるメッセージが入る。
「時間か、新しい情報が有ると良いが」
これまで集まった情報は、あまり芳しく無い。しかし、求めなければ得られない。私は集めた情報を記したメモを持って、集合場所となっている研究所のホールへ向かった。
研究所のホールには既に人が集まっていた。どうやら私が最後の様だ。
「遅れてしまってすまない」
「大丈夫よ、時間通りだわ。それじゃ、揃った事だし報告し合いましょうか」
研究員達が自分の持ってる情報を順番に報告していく。
「街が完全に崩壊していて、人の姿は見なかった。戦ってる様子も無かった」
「無人になったスーパーやコンビニからは食料が無くなっていた。たぶん、生き残った人達が持って行ったんだろう」
街の方は凄惨な事になっている様だ。食料は手に入らなかったが作物の種や苗は手に入ったそうだ。
「私は家に戻って家庭菜園の本と農具を持って来た。役に立つかと思って植物図鑑も一緒に」
作物が育って実には半年から1年は必要だろう。だが、我々の研究所ならば問題無いはずだ。
「こっちは機材を分解して【促進の紋章】を回収して来た。回収出来たのは8枚だ」
【促進の紋章】は生物の成長を早められる魔工具だ。これを使えば短期間で種や苗から食料が得られるはずだ。
「厨房には食料が残っていた。冷凍品が多かったから節約するば10日位は持ちそうだ。魔法で氷も補充して来た。……異世界へ渡る方法は分からないままだ、すまない」
「そこは仕方ないわね。ひとまず、食料が確保出来ただけでも良しとしましょう」
「そうですね。今ある食料が無くなるまでに【促進の紋章】を使って作物を育てましょう」
研究員の1人が当面の方向性を示して、他の研究員達も同意する。
作物を育てる場所は研究所内の中庭に決まった。水道は止まっているが研究所の近くには池がある。
飲み水についても、蒸留すれば不純物を取り除ける上に殺菌も出来る。時間は掛かるが問題はないだろう。
私達は慣れないながらも農具を振るって種を撒き、苗を植えた。水を充分に撒いた後に【促進の紋章】を起動させた。
種は芽を出し、苗と共に大きく成長した。ある程度の所で【促進の紋章】を止める。
「思ったより上手く行きましたね」
「あぁ、これなら食料の確保も安定しそうだ」
【促進の紋章】での急成長にはデメリットもある。育成不良や遺伝子レベルでの病気が起きる可能性があるのだ。
そのため、様子を見ながら数日に分けて成長させた。研究室で育成状況を調べながらの作業だ。
「遺伝子レベルでの病気や損傷は見られませんでした」
「育成不良も起きてない様だ。これなら食料にしても問題ないだろう」
作物の育成状況と検査結果を他の研究員達に報告すると、小さな歓声が上がった。
あれから街には何度も通った。AIの兵器に見つからない為に慎重に隠れながら行動しているが、人の痕跡は見つけられなかった。
作物の種の他に使えそうな物は、数日に分けて研究所持ち帰った。その間に情報通信は完全に止まった様でニュースすら流れなくなった。
情報を得る手段を失った為、他の場所で何が起きているのか不明だ。
◇
初めてAIの襲撃を受けてから、どれだけの日が過ぎたのか分からない。いつ襲われるとも分からない恐怖も不安の中、作物を育てながら日々を過ごしていた。
そして今日も街へ向かった。目ぼしい物は回収し終わったが少しでも新しい情報が欲しかったのだ。
「やはり何も無いな」
「この辺りは何度も来てますから。もっと奥に行かないと目ぼしい物は無いでしょうね」
今日の探索担当は私とラードとい名前の研究員だ。2人で話しながら辺りを物色する。当然、何も出てこない。
その場を諦めて外に出ようと入口から様子を伺う。辺りを見回していると視界の端で何かが動いた。
「どうした?」
「何かいる」
私は手でラードを制止して注意深く観察していると、2つの人影が堂々と道を歩いていた。
「人がいる、2人だ。1人は短髪の女、もう1人がは長髪だが身なりからして男だろう」
遠見の魔法を使って確認した情報をラードに小声で伝える。
「人!? 生き残りか!?」
「そんな雰囲気じゃないな。人に偽装したロボット兵器かもしれない」
空気が重くなり、警戒感が強まる。
道を歩いていた男女は、私達のいる場所から50m程の所で立ち止まり辺りを見回し始めた。
辺りを一周見回した後、私達のいる方を指差した。女が男に何かを話し掛けているが、ここからでは聞き取れない。
話が纏まったのか2人はこちらに向かって歩き始めた。私は建物の中に戻り、小声でラードに状況を伝える。
「さっきの2人がこっちに向かって来た。音を立てない様にして逃げるぞ」
私達は慎重に建物の奥へ移動した。この建物は他の研究員達も含めて何度も通った場所だ。間取りや逃げ道は把握している。
奥の部屋で、いつでも動ける体制を取りながら建物に入って来た2人を観察する。
「誰もおらへんよ?」
「……いや、人がいた痕跡があるな。棚も埃を被ってない所がある。最近、誰かが触ったんだろう」
「でも今は別の場所におるみたいやな」
どうやら私達がいる事がバレている。女の方は私達がこの場にはいないと思っている様だ。
「無闇に探しに行っても警戒されて逃げられるだけやし、一旦引き上げた方が良いとちゃう?」
「そうだな」
2人は建物の外に出て、街の中心部に向かって歩いて行った。
「ロボットという感じでは無かったな」
「そうだな。だが警戒するに越した事は無い。迂回して戻ろう」
私とラードは普段のルートとは違うルートで研究所に戻った。
「おかえり、……なにかトラブル?」
イザベラ主任が迎えてくれたが、私達の様子からトラブルが起きたと感じた様だ。
「人がいたんだが妙な雰囲気でな。普段とは違うルートで戻って来た」
私達は街で見かけた2人に着いて話した。
「……話を聞く感じ、ロボットじゃ無さそうね。でも軍や警備隊の人とも違いそう」
「人を探してるなら、ここに来る可能性はあると思います。街から離れているとはいえ大きな建築物ですから」
街で見かけた2人が研究所に来る可能性をラードが上げる。私達も同意見だ。すぐに来るかは分からないが、いずれは辿り着くだろう。
「この後の食事で集まった時に、その2人組が来た時の対応を考えよう」
私達は、みんなが集まってくる食堂に向かって歩き出した。
◇
「どこ行っても瓦礫の山やな〜」
「AIの反乱で戦争とは言っても建物がここまで壊されるとはな」
俺達は街の中心部を目指しながら歩いていた。途中、壊れた建物内を探索して人の気配を探すが見つからない。
AIは1度壊した街には興味がない様で兵器を設置したり、機動兵を配置する事はしていない。2〜3日おきに探索用ドローンで街中を見回ってる程度だ。
「人類を減らすと言っても虱潰しという訳では無さそうだな」
俺のサポートデバイスが集めてくれた情報によると、およそ1ヶ月前にAIが反旗を翻した。各地の都市を襲撃して人類を攻撃しているとの事だ。
「元の世界に帰る方法はあるん?」
「俺は分からない。この世界に"世界や時間を越える方法"はあるのか?」
『研究はされていましたが実用化されたという情報や報告はありません』
この世界でも時間移動と異世界転移の方法は確立されていないそうだ。今回の事故は"想定外"の事象と言える。
「無いなら作るしか無い。ひとまず、時間移動に関する資料を集めるか」
◇
街で2人組みを見かけてから2日が経った。あれから一度、別の研究員達が街に行っているが2人組は見なかったそうだ。
「戻りました」
「おかえり」
街の探索に出ていた研究員達が帰ってきた。今回も何も見つからなかったようだ。軽い報告の後、研究所に入ろうとした時に横から足音が聞こえた。
「!!」
とっさに音がした方を見ると、街で見かけた男女2人組みが立っていた。
「お前達は……、ここに何のようだ」
悠然と立つ2人は、武器らしい物は身に付けていない。男の方は砂漠を移動するようなマントを羽織っている。対して女の方はビジネススーツと軍服を合わせたようなデザインの服を着ている。
「敵対する気は無い。人がいるから訪ねて来ただけだ」
男は両手を上げて私の質問に答える。
「思ってた以上に警戒されてんねんけど……」
「AIの反乱が原因だろうな。……これでも人間の魔導師だ、話をしたいが構わないか?」
「ここへ来た目的は人がいるから、と言っていたが他に人はいなかったのか?」
私は気になった事を素直に聞いた。探索に行けていない街の中心部では避難活動が続いていると思っていたからだ。
「いない、少なくとも街中や周囲に人の気配は無かった」
「いない?! そんなハズは!? いや、まさかもう……」
私の頭をよぎったのは最悪の結末、人類の滅亡だ。
「街にいないだけで人はまだ生きてるぞ」
目の前の男は私の想像を否定してきた。どうやら顔に出ていた様だ。
「現状、AIが都市や拠点地域を攻撃している。郊外や田舎は後回しにされているから、そこに住んでた人達は生きている可能性が高い」
「どうして分かるんだ?」
「飛び交ってる情報を解析した結果だ。国も魔導師を集めて都市防衛を行なっている様だが、AIによる妨害で後手に回っているな」
事態はかなり深刻な様だ。私は大きく深呼吸をして意識を切り替えると、改めて2人組に質問をした。
「話を戻そう。人がいる場所を訪ねる理由は何だ?」
「情報が欲しい。この世界の事、文明のレベル、それから"時間移動"について」
「この世界? まるで他の世界から来た様な言い方だな」
「他の世界から来たからな」
「!? 他の世界!? 別の世界へ行く方法を知っているのか!?」
「知っている」
これは朗報だ。私達が求めている情報を彼らが持っているとは思わなかった。私は周りにいる研究者達を見ると「任せる」と言ってくれた。
「教えて貰えないだろうか?」
「こちらも教えて欲しい事がある。情報を交換しよう」
◇
尋ねてきた2人を研究所の中、ホールの席に案内して飲み物を渡す。
「ありがとう」
「早速で済まないが"別の世界へ行く方法"を知りたい」
「分かった。まずは一通り話して行こうか」
男は"別の世界へ行く方法"を流暢に話し始めた。主な方法としては、装置を使った転移、大型船を使った次元航行、個人の魔力を使った移動、があるそうだ。
「研究はされていたから、どこかの研究所に装置があるんじゃないか?」
「でも、未完成の装置だと正常に機能するか怪しいですね」
男の話を聞いて研究員達が議論を始めたので、私も提示された方法について考えてみる。確かに、未完成の装置はリスクが高い。
大型船による移動も、船に搭載する装置が必要なはず……。すると個人の魔力を使った方法か。いや待て、そもそも彼らはどうやって……。
「君たちはどうやって、この世界に来たのだ?」
「転移装置のトラブルにまきこまれて気づいたら崩壊した街の中にいた」
「トラブル……、そうか」
彼らが自力で来た訳では無いと知って落胆した。恐らく表情にも出ているだろう。
提示された方法のどれを選んでもリスクはある。問題はどこまでリスクを減らせるか、どこまで許容出来るか、だ。
"別の世界に行く方法"について考えていると違和感を覚えた。何かが引っ掛かる。
そう思って彼らと会ってからの事を思い返すと違和感の正体に気付いた。彼らは"時間移動"と言っていた。
元の世界に帰る方法では無く"時間を移動する方法"を探している?
世界を越える方法は既に持っているから?
なぜ時間を越える必要がある?
世界を越えるだけではダメなのか?
彼らは過去、もしくは未来から来ている?
「まさか!? 君たちは!?」